第一節 -6- グローリーの回想
少年とグローリーが出会ったのは、少年がまだ十三歳の頃だ。
グローリーはその時、北地区の奪還作戦に出撃していた。魔族によって占領された北地区。その奪還作戦。
数百もの選び抜かれた猛者たちを連れ、グローリーは北地区に向かい、到着した。すると、そこには幾つもの魔族の死骸。そして道端にうずくまって奮えている人々がいた。
グローリーがそれを不思議に思った瞬間、グローリーの眼前に巨大な紫色の肉塊が降って来た。それは地に落ちるとともに弾け、同時に紫色の煙となった。
それが何処から降ってきたのかを探るため、グローリーは首を回した。
すると、いた。頭上に。空に。
そこには巨大な体躯をさらに巨大な六対の翼で浮かばせる魔族がいた。紫色の体表。中心に球状の胴体があり、そこからそのサイズからすれば小さな数え切れないほどの数の脚と、巨大な六本の腕が生えており、六本の腕は途中で裂け、そうやって裂けた腕がさらに裂け、それがさらに裂け……といったように無限に分かれ裂けている腕。その翼には数百の深緑色の眼球。胴体の真ん中がぱっくりと割れており、それは口のようだった。牙のようなものが生えており、大きな舌が見えた。その奥にはぐつぐつと煮えるマグマのようなものがあり、それは度々口からはみ出し、落ちてきた。
そんな魔族の、一部分が抉り取られていた。胴体の一部分。そこからはどろっとした橙色の液体が滴っており、それはおそらくこの魔族の血だった。
そして、先ほどグローリーの眼前に落ちてきたもの。それこそが、あの魔族の抉り取られた部分。それは容易に予想できた。
しかし、どうしてもわからないことがあった。これは、誰がやったのか。
そんな疑問はすぐに解消され、次に不信が湧いた。
一人の少年が浮遊していた。
黒髪の少年だということと、かなり幼いということだけは確認できた。そして、一振りの剣を持っていることを。
この少年に違いないと思い、同時にそんなはずはないと思った。
その思いもすぐに消えた。
少年が剣を振るい、直後、魔族の六本の腕が少年に向かった。魔族の腕が少年に至る前に、魔族の胴体が上と下に分断された。しかし、魔族の腕は止まらず、少年に向かう。少年はそれは手を向け、かと思うと、魔族の腕は跡形もなく消滅していた。それに驚く暇すらなく、魔族はその口を大きく開き、そこから極度の高温により赤を超え、白くなったマグマのようなものが噴出した。粘性が高く、触れたものを融かすようなそれは少年に降りかかったが、少年はそれを軽く腕を挙げると同時に発動した魔法によって掻き消した。直後、少年は魔族の胴体の上に立っていた。少年は剣を振り、翼が全て切断された。魔族の身体が少年を包み込むように変形し、だが少年は思い切り魔族の胴体を蹴り、それを阻んだ。少年の蹴りだけで魔族の身体は木端微塵になり、霧散する。すると、少年が顔をしかめ、次の瞬間、魔族の切断された翼を追っていた。その翼にある眼は一斉にぎろりと少年に目を向け、そこから光線が射出された。少年はそれを無視するように剣を振るい、すると魔族の翼は跡形もなく消し飛んだ。
一瞬の勝負だった。
そのようにして、少年の強さを知り、だが、やはり信じ切れはしなかった。信じることなど、できなかった。
少年はゆっくりと地に降り立ち、グローリーの方に歩み寄って来た。グローリーたちは皆武器を構えた。すると、少年は驚いたように目を開いた。
「へぇ。あれを見て、まだ俺に剣を向ける、か。度胸あるな、お前ら」
少年は笑みを浮かべた。そうして見ると、少年はやはりかなり幼かった。外見は、十から十四くらいのように見えた。しかし、その目だけを見れば、とてもじゃないが十や十四には見えなかった。おそらくはこの国でかなりの経験を積んでいる自分を圧倒するほどに修羅場をくぐり抜けていることがわかった。
「……貴様、名は?」
グローリーは思わず訊ねていた。それに部下たちがざわめいた。グローリーが名を訊ねるということはそれほどまでに珍しかった。その能力を認めた者以外には、絶対に名を訊ねなかったからだ。
少年は少し考えたそぶりをすると、薄く自嘲めいた笑みを浮かべ、言った。
「魔王を倒す者だ」
――これがグローリーと少年の出会いだ。
そして、少年はグローリーたちに自らの知識を授けた。
それから、少年は城から離れ、旅に出た。グローリーは北地区へ赴き、街を建て直すことにした。
そんな時、魔王が現れ、北地区を滅ぼした。