ひとつの可能性 【Ⅱ】
朝食。
朝食の席にて。
「おはようございます、お父様」
「ああ、おはよう、ソフィ。今日は早かったじゃないか」
「いつもどおりですよ、お父様。私はいつもどおりです。もし私がいつもより早く感じたなら、それはスウが原因ですよ」
「へえ。スウのおかげ、ということか……。やっぱり、ソフィはスウのことが大好きだな」
がちゃがちゃがちゃっ、と音が響いた。
「なっ、なななななな、何を言ってるんですかお父様! そ、そんなこと、そんなことは……」
「そんなことは、なんだね?」
「……う、うううぅぅ!」
「威嚇するなよ、ソフィ。全く、君は素直なのかどうかわからないなあ。嫌いだと言ったら嘘になるが、好きだと言うのは恥ずかしい……。なんとも可愛らしいが」
「べっ、べつに恥ずかしいわけじゃないです!」
「ということは、スウのことが好きだと?」
「あっ。……黙秘します」
「では、嫌いか?」
「それはありえません! そんなの、ありえません! 私はスウがだいす――いえ、なんでもありません」
「そうか。まあ、これは当人同士の問題だから、私がとやかく言っても仕方ないか。……スウもそう思うだろう?」
唐突に自分の名が呼ばれ、スウは驚きながらも、平静を装いながら応える。
「私にはわかりかねます」
その言葉に、金の髪と髭を持つ壮年の男性はつまらなさそうに口を歪ませ、
「やっぱり、君は面白くないなあ。こんな時は、ソフィのように『そっ、そそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそんなことっ、私に聞かないで下さいっ!』と慌てるべきだろう」
「私そんなに慌ててないですよ!」
「そうか? まあそんなことはどうでもいいが」
「どうでもよくないですよ! これは深刻な問題ですよ!」
「はっはっは。我が娘は冗談も得意なようだ。これでいつ公に出しても恥ずかしくないな」
「冗談じゃないですよ! というか、冗談だったとしても、こんなの公で言ったら恥ずかしいですよ!」
「そうかい? 君はどう思う、シュトゥルム」
自分の名を呼ばれた老人は自慢の白鬚を触りながら、
「今の冗談は結構なものであったと思います。お嬢様、私はあなたが『じいじ、好きー』と無邪気に言って私の似顔絵を描いてくれたりしたころから、ご主人に使えていますが、ここまで成長するとは……私としても、鼻が高いです」
「……なんでそんな恥ずかしいことをスウの前で言うの」
「事実ですから」
「いや、まあ、そうなんだけど……」
「懐かしいなあ、ソフィもあのころは、『おとうさま、おとうさまっ。わたし、おおきくなったらおとうさまとけっこんするの』と言っていたのに……」
「だからっ! そんな恥ずかしいこと、スウの前で言わないでって」
「それが今では、スウとあんなことやこんなことを」
「にゃっ!」
と猫のような声を上げ、顔を真っ赤にして、ソフィは縮こまる。「そ、そんなこと、してません」
「そんなこと、とはなんだね?」
「そんなことって………………そんなことです」
「どんなことだね?」
「そ、そんなこと、恥ずかしくて言えませんっ」
「恥ずかしくて言えないようなことなのか……、私は『教育』のことを言っていたのだが。そうか、実際は、そんな恥ずかしくて言えないようなことをしていたのか」
「えっ? あの、それは」
「ああ、嘆かわしい。我が最愛の娘が従者とそのようなことをするとは……、これは、スウを解雇することも考えなければいけないかもしれないな」
「そんなのっ!」
どんっとテーブルに手を叩きつけ、ソフィは勢い良く立ち上がる。
「そんなのっ、ダメです! 私、スウ以外なら、従者なんていりません!」
「それは、何故だ?」
「そんなの決まってます。私がスウのことを好いているから――って今のナシ! 今のはナシですお父様っ!」
「私よりも言うべき相手がいるのではないかね?」
「あっ……スウ!」
ばっとソフィはスウの方に振り返り、彼を睨むように見つめる。
「今の……聞いた?」
その言葉に、スウはしれっとした顔で、
「はて。なんのことやら、私にはわかりかねますが」
それにソフィは胸に手を当て、ふうと安堵の溜息を吐き、
「そう。良かった」
と笑った。
意気地なし、とスウは自らを責めるような二人分の視線を受けた気がしたが、気にしないことにした。
「……そもそも、恋愛感情の好きとは言っていないのだが」
「……いえいえ、ご主人様。お嬢様は『好き』と言えば恋愛感情としか思えない年頃なのですよ。恋する乙女というやつです」
「……そうか。本当に、ソフィはスウのことが好きなんだな。恋愛対象として」
という常人には聞こえないほど小さな言葉もスウの聴力ならば容易に聞き取ることができたが、こんなのは空耳であって、実際に言っているはずはない。口を動かしているのもしっかりと見えたような気がしたが、それは幻覚だ。つまり、全ては気のせいなのだ。
「あ、そうそう。スウ」
「なんでしょうか?」
「何度も言っているが、ソフィを抱いてもいいぞ」
ぶっ、とスウは突然の言葉に吹き出してしまった。
「というか、抱いてくれないか。ソフィもそれを望んでいる」
ぶっ、とソフィは吹き出した。
「な、なななななな」
ソフィはぷるぷると震えながら、顔を紅潮させる。スウは平静を保ちながらも、その額には汗が滲んでいた。
それを見て、二人の男性は、初々しいな、と思いながら、にやにやと微笑んでいた。
これが、彼らの毎日の朝食の光景である。