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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第四節 終わりの始まり
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ひとつの可能性 【Ⅰ】

とある国の、とある貴族のお話。

「お嬢様、朝ですよ。起きてください」

 男性にしては若干ながら長い黒髪。端正な顔立ち。目は青い。背丈は一般的な男性のそれよりは高いが、突き抜けて高いというほどではない。

 そんな彼が、現在何をしているかと言うと、自らの主を起こしていると言う他ない。

「むぅ……。いや」

 お嬢様と呼ばれた少女は、淡い金の髪に、綺麗な碧眼を持つ、可憐な少女だった。ふかふかとした寝具の上に寝転がる様は、高貴な猫を思わせる。

 現に、彼女のすぐ隣には、彼女とほとんど同じような体制をしている、毛並みが整えられている猫がいた。そっくりだな、と彼はいつも思っていることを、今日も思った。

「ダメですよ、お嬢様。これからの予定もありますので」

「予定って、なによ」

「まず、お父上との朝食――」

「その時点で、気がのらないわね」

「なにを言っているんです、お嬢様。お父上はお忙しい身の上。それを耐えられるのは、毎日のあなた様との朝食があるからなのですよ?」

「じゃあ、もっと気がのらない。だってお父様、朝食の時以外は、全く私と話してくれないんだもの。それなら、色々な方面からの信頼なんて失って、私とずっと話してくれたらいいんだわ」

 その言葉に、彼は思わずふっと笑う。やっぱり、お父上のことが本当に好きなのだな。これが子供の独占欲というものか。可愛らしい御方だ。これだから、私は王を捨ててまで、彼女に仕えようと思ったのだ。

「だから、とっても気がのらないのだけれど…あなたが私にキスをしてくれるなら、起きることもやぶさかでないわ」

 ……最近は毎朝のことだが、このような冗談は、本当にいい加減にしてもらいたい。これさえなければ、本当に最高の主なのだが……。

 彼は思い、溜息を吐き、

「それはできません。そのようなことをすれば、私は路頭に迷うことになってしまいます」

「あら、そうかしら? そんなことはないと思うけど。お父様も、推奨してくださっているのよ? 前も言っていたじゃない。『いつになったら二人の子供を見せてくれるのか』って」

 その言葉を聞いて、彼は思わず、げほんっ、と咳をした。確かに言われたが……、お父上は私の正体を知っているはずなのに、どうしてそのようなことを言えるのだろうか。いや、私の正体を知っていて尚、私を雇ってくれた時点で、(感謝はしているが)、お父上が普通でないことはわかるが。

「……お嬢様にはまだ早いです」

「そんなことない。私、もう十四なのよ? なんなら、キスじゃなくて、その先でも……」

「はぁ。……どこでそんな知識を得るんですか」

「爺や」

「そんなこったろうと思いましたよ! あのエロジジイ!」

「あらあら。『エロジジイ』だなんて、私の従者たる者がなんて言葉遣いでしょう」

「そっ、それは……申し訳ありません」

「まあ私も同感だけれど」

「……そうですか」

 これ以上、何を言っても無駄だろう。そう思い、彼は落胆の息を吐いた。

「もう。せっかくあなたにキスをしてもらおうと思っていたのに、すっかり目が覚めちゃったじゃない。…………いや、私、なんであんなことを言っちゃったのかしら。今になって思うわ。恥ずかしい」

「それは堂々という言葉ではないように思えますが」

「照れ隠しよ。わざわざ言わせないでくれる?」

 全く照れた様子もなく言う少女だが、その顔は真っ赤で、態度や口調に出ていないだけで、かなり恥ずかしがっているようだ。

「さて。本当のところを言えば今までのはすべて冗談で、別に寝ぼけてうっかり口を滑らせちゃったとかじゃないからそこのところ誤解しないように。私はあなたにキスをしたいわけじゃない……と言ってしまうと、あなたがショックで寝込んじゃうだろうから、そうは言わないわ。私はあなたのことが好きだし……いや、あの、従者として。従者として、好きだし、だから、あなたを傷つけるのは嫌だもの。とりあえず、キスをしたいとかその先とかそんな言葉はすべて冗談でしかなく、私の意思はそこに、あの、いや、アレだから、気にしないように。というか忘れて」

 その言葉もほとんどいつもどおりの言葉であった。今までの『キスをして』だのなんだのという言葉が寝ぼけて言った言葉であることは間違いないことであろう。

 先のようなやりとりをやっているうちに、彼女は目を覚まし、冷静な思考が展開できるようになる。その結果、自らの失言を恥ずかしがる。

 毎日こんなことをやっているわけだが、彼はこのやりとりに飽きたことはない。このやりとりがなければ一日が始まらないような気さえするのだ。

 そもそも、彼は自らの主に強い好意を抱いている。それは、キスやその先をすることを望むような方向においての、好意だ。そのため、毎朝の寝ぼけた時の少女に対する時は、自らの劣情を抑えることに精一杯だが、冷静な思考を取り戻した場合、彼は純粋に少女との会話を、少女の仕草を、少女の表情を、楽しむことができる。つまり、彼はこの、少女が自らの失言に気付き、恥ずかしがっている様が大好きなのだ。 

 無論、それを口に出しはしない。彼女はもう十四だが、まだ十四だ。そんな彼女が結ばれるべき男性は少なくとも自分ではないだろうし、今、彼女が自分に抱いている好意は、ただの一時の気の迷いでしかない。故に、彼は彼女の気持ちを受け入れず、ただ受け流すことにしているのである。

「では、失礼して……」

 彼は寝具から起き上がった少女の衣服に手をかけた。すると、少女は「だから、いいって言っているでしょ! 一人で着替えられる! とりあえず、早く出てって!」と言って、彼を部屋の外まで押し出して、ばたんと扉を閉めた。

 昔は着替えも一人でできない少女だったが、彼に対する自分の好意に気付き、羞恥心を持ってからは、一人で着替えをするようになった。辺境とは言っても、(そもそも、辺境であるのはお父上が望んだからだが)、一つの土地の領主の娘であり、それも人間の国でも大きな国の王から気に入られているような上級貴族の娘であるのに、一人で着替えをするというのは珍しいだろう。

 と言っても、彼ら親子は、あまり使用人を雇っていない。娘の方は、彼一人。親の方は、『爺や』と呼ばれる老人が一人だけ。当然、家事などは実質彼一人で十分だが……それでも、使用人がたったの二人とは、かなり珍しいことだろう。彼ら親子の『自分のことは自分でしたい』というその性格も一因かもしれないが。

 がさごそ、と衣擦れの音が聞こえる。「……ん」とか「むぅ……」なんてうめき声も聞こえる。彼はその音を楽しみながら、自らの主が着替えを終えるのを待つ。

 そうして、十分ほど。

「さて、行きましょうか」

 着替えを終えた少女が、そんな言葉とともに部屋から出てくる。それに彼は「はい、行きましょう」とだけ応え、少女の半歩斜め後ろを付いていく。

 これが、彼と彼女の毎朝である。


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