第三節 -27- 眼球の思惑
チャイオニャとしても、この事態は予想外だった。
ピーピリープリーが勇者に殺されたことは勿論のことだが、それ以前に、自らが創った元人間の魔族があのような行動に出るとは思いもしなかったのだ。
あの元人間の魔族は、数年前にチャイオニャが実験に使った魔族だった。それは解放され、もはやチャイオニャもその場所は把握していなかった。それが、今になって現れるとは……。
無論、チャイオニャが創った魔族であるので、その場所を把握しようと思えば把握できたし、ある程度ならば制御下に置くことも可能だった。だが、今までそれをしなかった。
それに理由がないわけではない。解放したことも理由がある。ゾォルやルイアに対しては『いらなくなった』とは言ったが、それは説明が面倒だっただけである。……半分位は本音であったことも確かだが。
簡単に言えば、その優先度は他に比べて遥かに低いものであり、『ついで』でしかないものだったのだ。
その内容は、『元人間の魔族を自由にさせるとどうなるか』である。
片手間でやっていたため、その詳細はわからないが、たいていは、予測できた。
チャイオニャは、あの魔族の魔力総量が短期間に半分以下にまで減少した場合、特殊な信号が発せられるようにしていた。その魔力総量から逆算すれば、どれだけの人間の感情を魔力に変化させたのかは容易に予測がつく。
人間を魔族に変えるという試みはおそらくこれが世界初であろう。その産物である元人間の魔族は、魔力が自然回復するが、感情を魔力に変化させ、自らのものとした場合には、その魔力の最大値を増やすという特性を得た。これは人間と魔族の利点を組み合わせたかのような、まさに理想の生物であるが、如何せん、人間を魔族に変えるという試みにはやはり無理があるようで、理性を兼ね備えることはできなかった。
……その実験結果については、予想外ということもなく、やはり優先度が低いだけあって、そこまで有益な成果も得られなかった。
だが、違う方向においてならば、予想外の成果を得られた。
ピーピリープリーの死については、さすがのチャイオニャも悲しみを覚えずにはいられないが、それは成果ではない。いずれ、わかることだ。
成果とは、勇者。
その情報。
その魔法。
その危険性。
どれだけ勇者が危険なのか。
それを、知ったこと。知ることができたこと。
「……これは、早急に対策を講じる必要がありますね」
特に、あの『捕食』の魔法。
あれは、魔族にとって、最悪の魔法だ。触れられた瞬間に、ほとんど勝負が決してしまう。魔王ほどの魔力量ならまだしも、それ以外の、第三位以下の魔族ならば、その時点で、終わりだ。勇者以外の人間にならば、触れられたとしても、まだ勝機はあるかもしれないが、それでも危険であることは間違いない。
だが、最大の危険が勇者であることは、変わらない。
魔王ならば、万が一にも負ける可能性はないだろうが、それ以外なら、わからない。魔王以外の全ての魔族を滅ぼすことならば、可能かもしれない。第一、第二、第三などはまず負けないと思うが、それでも、可能性は考えておいてもいいだろう。
それほどまでに、勇者は危険だ。
「……魔王様に、報告しておきましょうか」
チャイオニャは呟き、転移魔法を使った。