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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第三節 『開戦』
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第三節 -25- 光

「そんな……」

 レプグラムは呆然と目の前の光景を眺めていた。その表情は驚きに満ち、戸惑いに満ちていた。目は大きく開き、目の端から青い光の粒子がきらきらと煌いていた。髪がゆらゆらとはためき、髪と世界の境界線が曖昧になっていた。唇は震え、頬の筋肉は強張っていた。

「そんな、はず……」

 その光景は驚くべきものだった。

 まず、ピーピリープリーの他に、見たこともない魔族がいた。おそらくチャイオニャが人間から作ったという魔族だ。しかし、どうして、こんなところにいるのだ。今回の作戦で、あの魔族が投入されることなど計画されていない。

「そんなはず、ない。だって、そんなこと」

「あるのだ。現に、こうやって」

 ヘクセルが言った。レプグラムはきっ、とヘクセルを睨みつける。ヘクセルはにやにやと笑っていた。

 ああ、楽しいだろう。楽しいだろう、この人間は。

 自分の予想通りにことが進んでいるんだ。それほどまでに楽しいことはないだろう。

 私も、そうなるはずだった。

 だが、なんだ、これは?

 なんだ、この状況は?

 こんなこと、予想していなかった。あのピーピリープリーが、人間如きに……?

「これは、現実だ」

 くっ、とレプグラムは息を呑んだ。そう、これは、現実だ。

 いや、もしかしたら……、これはピーピリープリーの夢幻ではないか?

 レプグラムは思い、その顔を笑みに変える。

 そうだ、そうに決まっている。もう、あの子ったら、こんな時にまで、そんなことしなくていいのに。こんな冗談、身体に悪いわよ。

 そう思いながら、レプグラムはその顔に痛ましい笑みを浮かべる。そんな願望を、希望を、夢に見て。

 ――だが、現実は、残酷だ。

 これはピーピリープリーの夢幻などではない。これは現実だ。ピーピリープリーは勇者に対して並みならぬ憎悪を抱いていたし、あんな状態では、冗談なんてするはずもない。

 万が一、勇者を殺したという嬉しさにそんな遊び心を戻したとしても、ピーピリープリーは、第二十だ。

 第二の自分の魔法が、彼女の魔法に遮られるはずはない。

 確かにピーピリープリーの魔法技術は魔族の中でもトップクラスであり、その技術を超えられる者は少ないだろう。

 だが、最高ではないのだ。上は、いる。

 その一人が、レプグラムだ。

「どうして……、どうして? どうしてよ……」

 レプグラムは悲痛な声を出した。か細く、途切れてしまいそうな、儚い声だった。

 そして、レプグラムが驚き、悲しんだその光景は、ヘクセルにとっても驚くべきものだった。……悲しみは感じず、逆に歓喜を覚えたが。

 これについてはレプグラムも同じ思いだろうが、勇者の使った魔法は、まさに規格外の魔法だった。

 時間魔法を易々と使ったことなど、ちっぽけに感じてしまうような魔法。

『捕食』の魔法。

 ただ触れるだけで、魔族から魔力を奪い取る魔法。肉体の構成素である魔力を奪い取られた魔族は、奪い取られた魔力と同じだけの肉体がくり抜かれたように消滅する……いや、その通り、奪い取られると言った方が適切か。

 やってくれたな、勇者。ヘクセルは思った。こんな魔法、思いつく発想がどうかしている。……いや、固定観念に縛られていただけ、か。しかし、あの魔法は、無抵抗の魔族からではなく、生きた魔族から魔力を奪い取る魔法だ。そんなことは、可能なのか……。

 そんな風に、ヘクセルは勇者の魔法について思い悩んでいた。こんな状況なのに、そう思い悩むのは、ヘクセルの性分が大きく関わっているだろう。その性分ゆえに、ここまでこれたのだから、誰も何も言えないだろうが。

 ……そうか、だからこそ、『魔法』か。本来、人間が魔族から魔力を奪うのには、何の魔法も必要ない。しかし、生きた魔族から魔力を奪う場合は――実際に経験するまでその理由は究明できないが――一定の抵抗が存在する。だからこそ、『魔法』が必要になるのだ。『魔法』を使うことによって、魔族から魔力を奪うことを容易にしているのだろう。それ以外にも様々な技術が隠されているような気はするが……それは、わからない。

 だが、わかった。

 今のヘクセルは、その魔法を使うことができた。どのような条件があるのかはわからないが、それでも使うことはできる。魔法は曖昧でデタラメ。理論構築も人間には必要だが、天才とも呼ばれるような科学者や、熟達した科学者が、物理的法則に基づく技術を使うのに、しばしば理論を感覚として扱うように、ヘクセルは、(しかし人間であるから、完璧にとは言えないが)、魔法をある程度は感覚的に扱うことができた。

 完全に理解していなくとも、使うだけならば、可能。

 ヘクセルは今見た映像を真似て、自らの手に魔力を流し込んだ。

 そして、放心しているレプグラムに向かって、その手を伸ばし――

「……なに?」

 レプグラムは、言った。

「もしかして、勇者の魔法を、私に使おうとしていたの? ……なら、残念だったね。今の私を隙だらけと思って、今の内と思ったんだろうけど……」

 ヘクセルの手は、レプグラムに当たっていた。当たっているはずだった。

 だが。

「勇者ならまだしも、あなた程度の魔力と技術で、第二の私に攻撃を加えられるはずがないじゃない。私の魔法も破っていないのに、私に触れられるはずがないじゃない」

 レプグラムには、効かなかった。

 いや、『効かない』というのは間違いだろう。そもそも、ヘクセルはレプグラムに触れることすらできなかったのだから。

「なんか、冷めちゃった。あなたはもういらない。……この都市も、もういいや」

 レプグラムはその目に驚きも悲しみも楽しみも浮かべず、ただ冷徹に、そう言った。

「死んで」

 レプグラムは、手を開き、そこに青い光の球を創りだした。

 その光の球は一度大きく収縮し――膨脹する。

 それは一瞬でヘクセルの部屋を飲み込み、魔法都市を飲み込んだ。

 そうして魔法都市は跡形もなく消滅した。




 魔法都市より、半径がほんの数百メートルだけ広いクレーターに、五つの影があった。

「俺様のことを忘れんなヨ! 第五以上はバケモノだから平気だろうが、俺様はバケモノじゃねぇんだヨ!」

「第六よ、この程度でどうしてそう怒る?」

「これが普通だ! クソッ、バケモノどもめ……」

「吾輩を第五や第三と同じと思うな。吾輩も、今度のことは若干ながら驚いた。……それに、第六。そう言ってはいるが、貴様も無傷ではないか」

「丁度、魔法化の最中だっただけだ……。もしもタイミングが悪かったら、けっこうな魔力を消費していたッての」

「……第二のことだ。そのタイミングも考慮してのことだったのだろう。いやはや、彼女には敵わないな。我らが王の姿を模倣した忠臣への情けをかけ、彼らの住む土地ごと痛みも感じないように、葬ったのだろう。その情の深さ、感服するばかりだ」

「……第三はやっぱり理解できねェ。第二がそんな些細を考えるはずないだろ」

「それに関してはオレも同感だ」

「吾輩も同感だ」

「……理解できぬフリ、か。ふっ、第二を褒めるのに、照れなくとも良いのだぞ」

「照れてねェ」「オレに照れなど存在しない」「照れてはいないな」

「素直じゃないな。ふっ、微笑ましいことだ」

「……やっぱり、何を言っても無駄か。どんな精神構造してんだヨ。意味がわかんねェ」

「そういうやつだから仕方ないな」

「ああ、仕方ない」

「……やっぱり第五以下は意味がわかんねェ」

 なんだとそれは聞き捨てならない第三と吾輩を一緒にするな。そうだこのオレをこいつらと一緒にするな。おいそれでは吾輩もおかしいみたいではないか。その通りだろう第四も充分おかしいぞ。それは聞き捨てならないぞ以下略。

 とそんな会話をする第五から第三であったが、それを見て、第二はいつもと違う反応をしていた。……いや、そもそも第二は、それを見ていなかった。

 いつもならば、その会話を楽しく見て、時にはより楽しくなるように、口を挟むというようなことをするのだが、今の第二は違った。

 第二は、遠くを見つめるように目を細め、ただ思考に耽っていた。

 それは、気にかかることがあったからだった。気にくわないことがあったからだった。

 ――光で消える瞬間、あの人間が笑っていたこと。

 その理由はわからないでもない。だが、わかるからこそ、もっと気にくわない。もっと、わからない。

「……私を苛立たせたことが、私に一杯食わせたことが、どうしてそんなに嬉しいのよ。その程度で、私が与えようとしていた絶望を、簡単に希望に変えないでよ。悲嘆に暮れる死を、幸せに浸る死に、変えないでよ」

 第二は、わかるからこそわかりたくないという思いに、そんな、乞うような声を発した。

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