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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第三節 『開戦』
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第三節 -24- 戦闘終了

 ――これで、勝った。

 ピーピリープリーは思わず、その表情を歓喜に歪ませていた。

 ――邪魔をしたチャイオニャは、ちょっとむかつくけれど、感謝しなきゃ。私一人じゃあ、きっと、この人間は殺せなかったし、あのチャイオニャの創った魔族だけでも、勇者を殺すことはできなかった。あのタイミングだったからこそ、この状況にまで持ってこられた。

 ピーピリープリーは、安堵に腰を抜かし、床にぺたりと座りこんだ。




「ゆ、勇者、様……?」

 サヤは混乱していた。今、自分の目の前で何が起こっているのか、それを理解できないでいた。

「え? だって、勇者様は、魔王を倒す者、なんでしょう? なら、どうして、どうして、今、そんな風になっているんですか?」

 サヤは現実を受け止められず、床にぺたりと座りこんでいた。

 その双眸は涙に濡れ、光が消えていた。

 彼女は自分の死に恐怖しているわけではなかったし、そもそも、自分の死のことなど、完全に思考の外にあった。

 だが、勇者が危機に瀕していることに悲嘆の思いを抱いているわけでもなかった。そもそも、サヤはその現実を受け止められていない。

 なら、どうして、サヤはこんな状態になっているのか。

 それは、サヤのトラウマが大きく関係している。

 勇者と過ごした時間により、払拭されたと思われていたトラウマは、だが、サヤの精神にこべり付いており、表には見えないながらも、内には、未だに深い傷が残ったままだった。

 それは、たった一つのフレーズ。

 たった五文字。

 そして、たったそれだけだったからこそ、こべりつき、こべりつくほどに言われた言葉。

 今、それは、サヤがトラウマを想起するとともに、声となる。

『やくたたず』

「――っ!」

 サヤは、目を大きく開き、そして、涙が流れた。

『やくたたず、役立たず。お前は、やくたたずだ』

 唇が震え、息が震えた。

 ひゅーっ、ひゅーっ、と息の音が大きく聞こえた。

 息の音にノイズが混じっていた。

 頬の筋肉が強張り、ぴくぴくと動いた。

『ヤクタタズ。ヤクタタズ。ヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズヤクタタズ』

「……ぃゃっ……やめて……」

 サヤは身体を震わせながら、耳に手を押しあてた。

 だが、声は止まない。

 これはただの幻聴だ。耳などは問題ではない。

 それをサヤはわかっていた。わかっていたが、それでも、どうしても、聞きたくなかった。

 ――だが、この時、サヤはわかっていたのかもしれない。

 自分が、それを聞かなければいけないことを。

 今の自分は、それを聞かなければいけないのだと。

 なぜなら、今のサヤは、実際、『役立たず』だったのだから。

 ずっと『役立たずじゃない』と言ってくれた勇者の危機に、何もできないのだから。

 そんなのは、もう、『役立たず』じゃなかったら、何だと言うのだ。

 もし、今の自分が『役立たずじゃない』と言うのなら、それは……

「……そんなのは、優しくて、ひどい嘘ですよ、勇者様」

 サヤは耳に手を押し当て、床に座り込み、光無き目で勇者を見つめて、言った。



 

 勇者は自らの危機を明確に把握しながらも、その頭は逆に冴えていた。

 恐怖はあった。利己主義である勇者が、自分の命の危機に恐怖を覚えないわけがない。

 だが――いや、だからこそ、勇者は今、人生でも最大の頭の冴えを、していた。

 自分がどうすれば助かるのか。

 どうすれば自分に最大の利益をもたらすことができるのか。

 それを、考え、まず自分の目的を考えた。

 自分の目的、それは魔王を倒し、魔族を滅ぼし、理想の世界を創ること。

 次に、現在の自分の状況を考えた。

 死の危機に瀕している。

 それらを合わせて考え、自分の最適選択を導く。

 結論――サヤを逃がす。

 自分の命は大切だ。だが、それよりも大事なものはあるし、自分の命がこの上ない危機に瀕していることも理解できていた。

 動物が生命の危機に瀕した時、生殖活動に励み、自らの子を残すことによって、自分の種を後世に残し、自らの意思をそれに託す。

 それと同じように、勇者は、サヤを逃がし、自らの意思をサヤに託すことにした。

 自分の命と、引き換えに。

 ――だが、勇者がそんな決意をした瞬間、その耳に、声が、届いた。


「……そんなのは、優しくて、ひどい嘘ですよ、勇者様」

 

 その言葉に、勇者は思わず目を瞠り、サヤの方を見た。

 サヤは耳に手を押し当て、床に座り込み、光無き目で勇者を見つめていた。

 勇者は魔法を行使しなかったが、サヤが自分の心を読んだわけではないことは容易にわかった。

 故に、今の言葉も、本意とは全く違う言葉。

 おそらくは、サヤが絶望した末に、錯乱状態に陥り、言った言葉。

 ――それがわかっていながらも、勇者は、その言葉に笑みを見せた。

 そうだ、その通りだ。

 そんなのは、嘘だ。本心ではない。

 俺は、生きたい。

 どうしようもなく、生きたい。

 利己主義であるから? それだけではない。今の勇者は、自分の命ではなく、生きることによって得られる時間のために、生きようとしていた。

 その時間とは、サヤとの時間。

 もし自分が死んだとして、サヤはどうなる? 悲しむことは確実だろう。そして、もしそうなったとしても、その悲しみを踏み台にして、魔族に対して強い憎悪を抱き、いずれ、魔王を倒してくれるだろう。

 そのように、教え込んだ。サヤは気付いていないだろうが、念の為の保険として、勇者はサヤがそのような思いを抱くように計算していた。

 もしそうなれば、どちらにせよ、勇者の大願は成就することになる。

 しかし、それによって、サヤは、幸せになるだろうか?

 もし魔族を滅ぼしたとしても、サヤは絶望を抱いたままではないだろうか。

 ――そんなことは、許せない。

 俺が目指すのは、全ての人間が笑う理想郷。

 全ての人間が幸せで、全ての人間が笑う、人間だけの安寧と平和の世界。危険のない、理想郷。

 ――だが、なら、どうする? どうすれば、それが叶う?

 答えは、わかりきっている。

 今、この魔族を殺し、生き残り、自分が、魔族を滅ぼす。

 ――だが、それは、どうする?

 考える。思考する。ただそれのみ。

 活路など存在するかどうかすらわからない。

 だが、選択肢は他にないのだ。

 見つけろ。どれだけ小さくても、あったのならばこじあけろ。なかったのならば、自分で作れ。答えを見つけろ。勝利の為の最適戦略は尽くした? ならば、さらに上を目指せ。思考し、思考し、思考し、思考し、思考し、ただひたすらに思考して、勝利の為の活路を見いだせ――

「……そう、か」

 ――そして。

 その時、勇者は、見つけた。

 ある一つの道を。

 それが閃いたのは、偶然ではなかった。こんなにも都合よく、偶然に、閃くようなことはありえない。そんなにこの世界は都合よくない。もっと、理不尽だ。

 これは、必然。

 幾つもの偶然が重なった末に、成った必然。

 今までに積み上げてきた全ての努力。それが、絶体絶命の危機に瀕し、人生最高の頭の冴えの助けがあって、開花した。それもある。

 ピーピリープリーという魔族トップクラスの魔法技術の持ち主の魔法を『視た』こと。それもある。

 だが、最大の要因は、元人間の魔族が、偶然にも、その時に、勇者の視界に在ったこと。その魔法。その特異性。それを、勇者が、『視た』こと。

 それにより、勇者は、一つの閃きを得た。

 人間の最大の特性。それを最大限に活かした魔法。

「俺は、固定観念に縛られ過ぎていた。どうして、今まで気付かなかったのか、不思議なくらいだ」

 勇者は誰にともなく、そんな言葉を発した。元人間の魔族はそれに怪訝な様子を見せたが、魔族の絶対的優位は揺るがぬものであり、魔力を増やせない勇者に、もう怯えるまでもない。ただ、あとは、殺すだけ。

 そのはず、だった。

「礼を言うぞ、元同胞。お前のおかげで、俺は、魔王を殺すことができる」 

 と、勇者は、意味のわからないことを言った。

 そして、勇者は力なく、右腕を上げ、魔族の腕を、掴んだ。


「早速で悪いが、この腕、もらうぞ」


 その瞬間。

 勇者は自らの全ての魔力を右腕に流し込み、ある一つの魔法を完成させた。

 その魔力の流れに、だが本当に微かな、どのような攻撃魔法であっても、元人間の魔族には傷一つすらつけられないはずの、微弱な魔力の流れに、ピーピリープリーはひどく嫌な予感を覚えた。

「今すぐ、勇者をッ――」

 そうやって、ピーピリープリーは、叫ぼうとして。

 だが、もう遅かった。

 勇者を掴んでいた魔族の腕が、なくなっていた。

「……な」

 ピーピリープリーはあまりのことに声を失くした。元人間の魔族は、自らの身に何が起こったのかすら理解できていないようだった。

 今、何が起きた?

 今、何が――

 そして、その瞬間、ピーピリープリーは、気付いた。

 勇者が、いない。

 もう魔力を全て使い尽くし、ほとんど動くこともできないはずの、勇者が。

 いつのまにか、ピーピリープリーの視界から、消えていた。

「じゃあな、元同胞」

 その言葉に、ピーピリープリーは声の発信源を見た。

 それは、先ほどまで勇者の頭を掴んでいた、元人間の魔族の、背後。

 どうして、勇者がそれほどまでのスピードで元人間の魔族の背後に回り込めたのか。その答えは一つしかない。勇者が魔力で高速移動をしたからに決まっている。

 だが、勇者は全ての魔力を使い尽くしたはず――その通りだ。だが、今はもう違う。

 勇者の新しく開発した魔法。

 それが、どんなものなのかを考えれば、答えはおのずと出るだろう。

 人間の最大の特性を、最大限に活かした魔法。

 では、人間の最大の特性とは、なんだろうか。

 言うまでもないだろう――『捕食』。

 魔族から、魔力を奪うという特性。

 それを、最大限に活かした魔法。

 つまり、肉体が魔力で構成されている魔族から、その魔力を肉体ごと奪い取るという魔法。

 その結果、どうなるか。

 勇者は、背後に回り込んだ元人間の魔族に、触れた。

 そして、魔法を発動する。

 音もなく、まるで空間からくり抜かれたかのように、魔族の肉体が消滅した。

「ギッ――」

 残っていた元人間の魔族が怒りの咆哮とともに黒き閃光を放とうとする。しかし、魔力を得た勇者からすれば、遅すぎる。

 勇者はもう隠す意味もないので、時間魔法により、自らの時を加速させた。

 そして、その状態で、魔力を放出することによる高速移動。

 魔族の背後に回り込み、その背に手を触れさせて、時間魔法を解除。

 世界が戻る。

 時間が戻る。

「――ィアアアアアアアア                」

 既に、『捕食』は終わっていた。拘束魔法で捕らえていた魔族も、自由だった魔族も。

 半ばで断たれた魔族の咆哮が、残響する。

「……なに、それ」

 ピーピリープリーは呆然として、勇者を見た。勇者はそれに肩をすくめて笑い、

「『人間』の魔法だ」

「そんなの……そんなの、理不尽だよ」

「ああ、理不尽だ。それが、人間だ。この世界だ」

 ピーピリープリーは、自分がもう何もできないことを悟っていた。

 勇者が危険であると言うことを痛感しながらも、何もできないことを悟っていた。

 勇者の魔法。それは、魔族からすれば、最悪の魔法でしかなかった。

 魔族の肉体は魔力によって構築されている。その肉体の強度は様々だが、それでも、魔力によって構築されていることは変わらない。

 今まで見た限り、発動条件は、『手で触れること』だろう。だが、そんな軽い条件で、そのような効果を持つなど、規格外すぎる。

 今、勇者は、魔族に触れるだけで勝利できると言う力を得た。

 これは多大すぎるアドバンテージだ。元の魔力がゼロに等しい人間だが、触れられたら、その時点で、敗北が確定するのだ。そんな魔法、あってはならない。

 唯一の救いは、触れられた瞬間、肉体の全てが消滅するということではないらしい、ということだ。

 先の魔族が、腕だけしか消滅させられなかったことが良い証拠だ。これには、なんらかの条件がある。ピーピリープリーはそう確信していた。

 だが、それでも、ピーピリープリーには、何もできない。

 既に、それほどの戦力差が、勇者とピーピリープリーの間には生まれていた。

「じゃあ、そろそろお別れだ」

「そう」

「おいおい、そんな絶望に打ちひしがれたような表情をすんなよ。顔だけは良いんだから、最期まで俺を愉しませろ」

「絶対に嫌だね。でも、絶望は、もう抱かない」

「何故だ? お前は、もう死ぬんだぞ?」

「魔族は、死なんて、恐れない。この命は、既に魔王様に捧げたのだから」

「……やっぱり、魔族は、おかしいな」

「それは光栄だよ。……今から私は、あなたにさっきも言ったようなことを言うわ。だけど、心配しないで。魔王様は、お優しい方だから、あなたのような愚か者にも、慈悲を与えて下さるでしょう」

「慈悲? なんの慈悲だよ」

「一瞬で殺すと言う慈悲よ」

「それは勘弁願いたいな。死という一度しか味わうことができない経験を、感じることすらできずに死んでいくなんて、絶対に嫌だ」

「なら、存分に痛みを与えてから殺してもらえるよう、懇願することね」

「ああ、そうしよう。それこそ、死だ。まあ、そんなことには絶対にならないがな」

「いいえ、なるわ。それほどまでに、魔王様は強い。誰にも、絶対に、勝てない」

「言ってろ」

「ええ、言ってる。……じゃあね、忌まわしき人間。魔王様に、殺されろ」

 勇者はピーピリープリーに触れ、『捕食』の魔法を行使した。


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