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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第三節 『開戦』
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第三節 -23- 中央

 ――魔法都市・中央。

 西、南、東、北。

 その四方の惨状を見せられ、ヘクセルは怒りのあまり、握りしめた拳から血が滲みだしていた。

「わかったかしら? これが、魔族と人間の、差よ」

 レプグラムはくすくすと笑いながら、言った。

「……どうして、こんなものを」

「あなたに見せたのか? そんなの簡単よ。その顔が見たかったから」

 レプグラムはヘクセルの顔を指差して言った。それにヘクセルは怒りを抑えきれず、魔法でレプグラムを攻撃するが、それはレプグラムを通り抜けた。

「あなたが怒るのも無理はないわ。でも、誤解しないでほしいのだけれど、私以外の魔族は、こんな趣味を持っていないわ。きっと、ほとんどの魔族が、私がこんなことをして楽しんでいると知ったら、私に対して強い嫌悪を覚えるでしょう。ただ、私が特別なのよ」

「どこが、特別だ。それは、ただの、異常だ……ッ」

「だからそう言ってるじゃない。特別。それは異常と同じ意味よ。私にはその違いが理解できないし、そもそも違いなんてない。特別なんて言葉は、異常な者が自分を選ばれた者として、他の者よりも上位の存在であると思いこんだ末に出た言葉。異常なんて言葉は、特別な者を、衆愚が羨み、嫉妬し、あれはおかしい存在だ、狂った存在なのだ、と決めつけた、嫉妬でしかない言葉。特別はプラス。異常はマイナスのイメージを与えるけれど、実際、その本質は同じよ。

 自分の理解できないものを異常とし、自分より上位の者を特別とすることも同じ。理解できないだけなのに、異常として、差別する。自分より上の成績を残す者を、特別として、自分とは違う者として、自分を慰める。はっきり言って、自慰と同じよ。

 自分より遥かに上位の、いわゆる天才と呼ばれる存在を、特別とする。それは本当に天才なのかしら? 特別なのかしら?

 自分は努力したけれど、あいつは天才だから、特別だから、と。そう言い訳をしたかっただけじゃないの?

 自分の理解できないことを異常とすることは、ただの思考放棄ではないの? 思考放棄のどこが悪いか? 悪くない? ええ、悪くないわ。ただ、思考まで放棄したのなら、そんな存在はただの葦よ。

 それがわからない、あなたじゃないでしょう? きっと特別と言われたあなたなら。きっと異常と言われたあなたなら。私の言っている意味は、わかるでしょう?」

 レプグラムはまくしたてるようにそう言った。ヘクセルはその言葉に戸惑ったが、同時に強い違和感を覚えた。――今の言葉は、こいつの本音ではないか? ヘクセルは今の言葉に、強い感情がこもっているように思えた。表情豊かで温かなそれとは正反対の、冷めていて、しかし強い感情が。

「……ああ。忌々しいが、わかるよ」

 レプグラムの言葉の通り、ヘクセルは今まで特別だとも異常だとも人々に言われ続けてきた。そして、それは正しいと思っている。

 なぜなら、現に今、ヘクセルはもう落ちついていた。

 さきほどまでの怒りが嘘のように消え、今ではレプグラムに一矢を報いるために、冷静な思考を展開していた。

 レプグラムの魔法はわからない。戦っても、自分には勝てないだろう。

 だが、戦わなければ? そうすれば、勝てる可能性はある。

 戦わずに勝つというのはおかしな話かもしれないが、ヘクセルはそれをしようとしていた。

 今まで、レプグラムは表情豊かだったが、彼女と話をするのは雲を掴んでいるような気分だった。

 しかし、さっきは、違った。

 あの言葉の数々の中に、本当のレプグラムがいるように思えてならなかった。

 だが、何故だ?

 あの言葉のどこに、本当のレプグラムが出るような部分があった?

『特別』と『異常』。この二つがキーワードであることは間違いないだろう。

 しかし、そんな言葉で、何を悩む。そんなことで悩むのは、まるで、魔族ではなく……。

 ――いや、待て。今、自分は何を考えようとしていた?

 まさか、『人間のようだ』と考えようとしていたのではないか?

 人間と魔族は違う。違うのだ。

 だが、もしも、もしも……もしも、人間と同じだとすれば?

 魔族は人間とは比べられないほどの崇高な精神を持ち、人間ならばその全てが『聖人』と言われるような存在だ。

 そして、それ故に、理解できない。絶対的に、違う。

 聖人の思考がわからないように、魔族の思考もわからない。

 その、はずだ。

 だが、この魔族は、何を思っていた? 自分は、何を思い、特定の言葉に反応した魔族に対して、『本当の』などと思ったのだ?

 ヘクセルはこの時、自らの死を確信しながら、生涯で一番の頭の冴えをしていた。

 魔族の思考が『悪』だと考えるのは無知の思考。魔族の思考が『善』だと考えるのは、魔族に対してある程度以上の知識を備える者、または魔族を崇拝するような宗教に陶酔しているような幸せ者の思考。そして、魔族の思考が、人間で言う『聖人』、『騎士』の精神に近しく、それ以上に崇高で誇り高いものだと考えるのは、魔族に対する知識の豊富な者の思考。

 それが、今までの常識であった。

 だが、この時――ほとんど同時刻、勇者も知ることとなったが――初めて、その思考が生まれた。

 すなわち――『魔族』と『人間』の思考に差異などないのではないか?

 その思考が今までに一度たりとも生ずることはなかったと言えば、それはもちろんのこと、間違いである。この世界には人の数だけ価値観が、思考があり、その中に、この思考だけは存在しなかった、と言うのは間違いでしかないだろう。

 だが、本当の意味でのこの思考は、これが初めてだろう。

『魔族』と『人間』。

 その二つには絶対的な違いがあり、それは肉体だけではなく、精神も同じことである。

 それが、この世界の常識。

 そして、それは、今、この時、破壊された。

 同時に、ヘクセルは思考する。

『魔族』と『人間』の思考に差異がないのであれば、人間にそうするように、魔族の精神を揺さぶることも充分に可能だ。

 勇者はこれまでにも魔族の精神を揺さぶり、挑発しながらの戦いをしていたが、それは魔族の思考を人間のそれと同一のものだとは考えずに挑発していた。

 勇者が今までに揺さぶってきたのは、それまで魔族の精神だと思ってきた、『聖人』、『騎士』の精神の根幹をなすもの。

 すなわち、誇りだ。

 勇者はそういった、魔族としての誇りだとか、尊厳だとか、そんなものを揺さぶり続け、実際、それは全て効果的だった。

 だが、この時、ヘクセルに生まれたものは、別。

 勇者の思考と同じで、しかし、全くの、別のもの。

 魔族を人間と同一と認め、初めて生ずる思考。

 故に、ヘクセルは、言った。

「今に、勇者がここに来て、そなたらを殺すだろう」

 突然とも言えるその言葉に、しかし今のヘクセルの感情を(間違ってはいるが)予測したレプグラムは、その言葉を自分に対する怨嗟の声だろうと思い、応える。

「不可能よ。だって、勇者は、もうこの世にはいないだろうから」

 くすくすと笑いながらのその言葉に、ヘクセルは大きく目を瞠った。

 もちろん、演技だ。

 ヘクセルはその言葉を予測していた。この魔族が魔法都市に来た時間は、勇者が魔法都市を発って、すぐだ。これが偶然などではないだろうことは誰にでもわかる。

 故に、勇者に対しても、この魔族たちは何らかの対策をとっているに違いないのだ。

「あなたの話を聞いて、勇者の頭の中を見てみたかったのだけれど、あの子も色々と溜まっていたでしょうしね。同胞が殺され、それを実際に見たんだから。それによって生じた憎悪は、尋常なものじゃあないでしょう。心惜しかったけれど、譲ってあげることにしたの」

 だが、魔族は、大きな間違いを犯している。

「あの子は、第二十だけど、魔法技術に関しては魔族の中でもトップクラス。だから、いくらでも準備が可能で、その魔法技術の全てを発揮することのできる、防戦に置いては、彼女に勝てる者は、魔族でも少ない」

 まあ、私なら簡単だけれど、とレプグラムはくすくす笑いながら付け加えた。

「だから、残念だけれど、勇者はもうこの世にはいないわ。勇者が魔族の拠点を見逃したのなら、話は別だろうけれど、そんなことがありえないのは、あなたも知っているでしょう? 私たち魔族の予測はただの統計からのものだけれど、あなたは、その心を覗き見たのだから」

 その言葉は間違いではなかった。勇者ならば、魔族の拠点を見付けたならば、必ず、その拠点を崩そうと動くだろう。

 その言葉は間違いではなった――だが、それ以前に、魔族は大きな間違いを犯していた。

「……くっ、」

 ヘクセルは、思わずそんな声を漏らした。それを苦渋の末に出た声だと思ったレプグラムは喜色満面の笑みを浮かべかけるが、その時、ヘクセルの表情を見て、違うと確信した。

 これは、苦渋の声などではなく――笑い声だ。

「魔族、そなたらは、大きな過ちを犯している」

 くっくっと笑いながら、ヘクセルは言った。

 レプグラムはそれを訝しむように顔をしかめた。どうして、笑っている? とうとう、狂ったのか? 

 だが――そんなことを思いながらも、レプグラムはわかっていた。

 これは、狂った末の笑いなどでは、ないと。

 これは、愚かな勘違いに、思わず出てしまったような笑いだと。

「……どういうことかしら?」

 故に、レプグラムは訊ねる。その答えを、求めるために。

「それを、わざわざ答えると?」

 ヘクセルはその顔に隠しようもない笑みを浮かべながら言った。しかし、レプグラムは何の根拠もなしに質問に答えてくれると確信するようなバカではなかった。

「わざわざ言った、ってことは、言いたい、ってことでしょう?」

 そう、わざわざその『答え』を言ったのならば、その『理由』、『根拠』を説明するに決まっているのだ。訊かれてもいないのに、その『答え』だけを言ったのならば、それはその『理由』、『根拠』を説明するための言葉なのだから。

 そして、その『理由』、『根拠』は、おそらく、レプグラムに悪をもたらす言葉だろう。それをわかっていながらも、レプグラムは訊ねた。『理由』、『根拠』を聞かなければ、『答え』がどのように導かれたかを永遠に悩まされることになるだろうことはわかっていたのだ。だからこそ、ヘクセルは先に『答え』を言ったのだから。

 レプグラムはヘクセルの思い通りだとわかっていながらも、その言葉を発していた。

 そして、その『理由』、『根拠』はレプグラムの予想通り――内容とは別に、予想通り、レプグラムに悪をもたらした。

「そなたらは、勇者を見くびりすぎだ」

 ヘクセルは、言った。

「それが、大きな過ちだと?」

 レプグラムは訊ねた。

「ああ。それこそが、大きな過ちだ。第二十だかなんだかは知らぬが、そのような者で、本当に、勇者を殺せると?」

「話を聞いていなかったの? だから、第二十は――」

 レプグラムは先の言葉を繰り返し、ものわかりの悪い人間に説明しようとする。

 だが、

「それで本当に勇者を殺せると思っているのか?」

 その全てを承知した上で、ヘクセルは言う。

「――え?」

「だから、それで、その程度で、あの勇者を殺せると、本気で思っているのか?」

「お、思っているわ。だって、あの子は」

 レプグラムは声に狼狽を滲ませながらも、言った。

「だが、そなたなら、容易に殺せるのだろう?」

「それは……そうよ」

「なら、勇者にならば、もっと容易に殺すことができるだろう」

「意味がわからないわ。どうしたら、そんな結論に至るのよ」

 その言葉に、ヘクセルははっきりと応えた。

「勇者は、魔王を殺すと言っているのだぞ?」

 レプグラムは、思わず息を呑んだ。しかし、負けじと反駁する。

「魔王を殺すなんて、できるはずがないじゃない。魔王は、この私でさえ、殺すことは不可能なのだから」

「だから、言っている」

 ヘクセルの言葉には確信があった。レプグラムにはその確信がどこから来るものか全くわからなかったが、それでも、強い確信があることだけはわかった。

 そして、ヘクセルは、言う。

「そなたよりも強い魔王を殺すと明言している勇者だ。そなたが容易に殺すことのできる第二十などに、その勇者が、殺されると?」

「……言っている、だけでしょう? 魔王を殺すなんて、ありえない」

 言いながらも、レプグラムは不安を抱いていた。

 そう、『不安』。

 それこそが、ヘクセルの狙い。

 人間と魔族の精神が同じならば、不安も抱くはずだ。そう考えて、ヘクセルはレプグラムに不安を抱かせようと、あのような言葉を発したのだ。

 そして、狙い通り、レプグラムは不安を抱いた。これでヘクセルの目的――レプグラムに一矢を報いるという目的はほとんど達せられたと言ってもいい。

 そして、それを完全に達するために、あとは――

「なら、確認してみればいいだろう。そうしたら、わかるはずだ。どちらが、正しいのかを」

「……良いでしょう。それくらいはしても、この都市へかけた『隔絶』は解けない。もしも通信魔法をしたかっただけならば、あなたは何の得もなく、ただ後悔を覚え、さらなる絶望に落とされることになるでしょう」

 そう言って、レプグラムは魔法を使い、勇者と第二十の戦闘を、もしくは、その結果を、見ようとした。

 ――あとは、勇者が、第二十とやらを殺していることを祈るだけ。


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