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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第三節 『開戦』
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第三節 -21- 元人間の魔族

 ――とは言ったものの、さて、どうする?

 勇者は魔力放出による高速移動を繰り返しながら、現状を打破するための戦略を思索していた。

 ――とりあえずは、あの元人間から、殺すしかないか。

 勇者は一応の戦略を決定。魔力放出により、元人間の魔族の背後に移動する。

 ピーピリープリーを先に殺すことはできない。その間に、元人間の魔族に狙われたらひとたまりもない。そもそも、ピーピリープリーは、完全ではないにしても、ほとんど無力化している。ならば、先に元人間を殺す以外の選択は、ない。

 勇者は剣を振り、魔族を斬る――かと思ったが、剣が魔族の皮膚に当たった瞬間、その刃は魔族の皮膚に弾かれた。

 ――予想以上に、硬いッ!

 そう思いながらも勇者は魔族に左手を向け、攻撃魔法を放つ。魔族はそれによって、勇者に放とうとしていた魔法の構築を中断し、勇者はその隙に魔力放出によって逃げた。

 そして、勇者の脚が、着地する瞬間、

「私がいることを、忘れてもらっちゃ、困るね」

 そんな声が聞こえ、足元の床が、崩れ落ちた。

 ――この空間がピーピリープリーの魔法であることは変わりなく、勇者への干渉はできないが、空間への干渉は可能、か。

 勇者は崩れ落ちている最中の床を踏み、魔力放出により、その場から移動した。だが、咄嗟に反応したとはいえ、勇者とて不測の事態に直面した時は、少々の隙ができる。

 そこを狙われた。

 魔族が一瞬で勇者に肉迫し、四本ある内の一本、白い腕で勇者の頭を掴む。間髪入れず、勇者はその腕に向かって剣を振る。

 ――さっき弾かれたのを、混乱で覚えていない?

 ピーピリープリーは思い、すぐに、そんなはずはない、と断じた。しかし、それを伝えようにも、あの元人間との意思疎通はピーピリープリーにはできず、個人的意思から、(これは誇りなどではなく、自分の意地でしかないことをピーピリープリーは承知しているが)、自分の戦いを邪魔され、あまつさえ、二人がかりで戦っているということは好かない。無論、勇者の危険性を知るピーピリープリーは、その自らの意思よりも、魔族の為にという魔王への忠誠の念の方が大きいため、一応はこの元人間と共闘しているが、それでも、ピーピリープリーはこのような戦いをあまり好かないのだ。

 そのような理由もあり、元人間には何も伝えなかった。

 だが、そもそも、伝えたところで、もう遅かった。

 勇者の刃は魔族の腕を容易に断ち切った。

 魔族が驚いたようにそれを見て、勇者はその隙に離脱する。

 ――あいつにも感情は、あるようだな。

 勇者は思いながら、自らの剣を見た。

 その剣は勇者の師匠とも言うべき人物の剣だ。

 勇者の師匠が、強大な魔族と戦い、それに敗北し、死の間際に、勇者に託した剣。

 勇者が今でも思うことは、彼の師匠が何者だったのだろうか、ということだ。

 ただの浮浪者だとは思えない。今だからこそわかる。その剣は魔法剣とも言うべき剣だった。それも、今の時代でさえ、今の勇者でさえ、創ることは難しい――いや、できないかもしれないほどの技術と発想が詰め込まれた魔法剣だ。

 それほどの剣の持ち主であった人間がただの浮浪者であるはずがない。今でもそれは謎のままだが、勇者は、それでいいか、と思っていた。気になるところではあるが、調べるほどではない。そのような時間があるのならば、勇者は魔族を滅ぼすことに時間を使う。自らの目的の為に。それこそが、勇者の師匠の教えであり、故に、師匠の出自などに時間を取る余裕などは、ないのだ。

 そして、その魔法剣だが、それは魔族ですら憧憬の念を覚えるだろうほどの魔法剣だった。

 目には見えないが、その刀身にはびっしりと紋様が描かれており、それは然るべき手段で魔力を通した時、ある一つの魔法をその刀身に宿す。

 その魔法とは、『切断』。

 ただ『切断』することにのみ特化した魔法。それは使用者の意思に従い、使用者が切断対象としたものをなんであれ切断する魔法。

 その魔法はそれほどの効力を持ちながら、しかし、魔力消費量が少ない、勇者の理想とするような魔法の一つであった。

 しかし、勇者は努めて剣の魔法を使わないようにしていた。魔族に自らの魔法を知られることは危険だ。通信魔法がある現在、一人にでも知られれば、全ての魔族に知られる可能性がある。それは危険だ。故に、勇者は剣の魔法を使わない。

 勇者が本気を出さずに様々な奥の手を持つことも、これが理由の一つだ。理由はほかにも魔力消費量の節約などもあるが、これは魔力消費量が多い魔法にだけ存在する理由だ。

 だがやはり、本来の、最も大きな理由は、自らの魔法を隠し、対策を講じられないようにし、相手の油断を誘い、相手を驚愕させ、相手の隙をつき、その一瞬で殺すため。それが勇者が奥の手を隠し持つ理由だ。

 そもそも、勇者は魔王を倒そうとしているのだから、魔王と戦うまではそれらの奥の手を一つたりとも他の魔族に見せるつもりはなかった。 

 だが、今、見せることになっている。

 ――想定外だった。魔族は戦いに対してさえ『誇り』なんてものを持つような、人間ですら数奇な阿呆ばかりだと思っていたが、まさか将軍の戦闘中に割り込むような魔族がいるとは。魔族にも、人間のように『魔』の心を持つような少しは頭が良い魔族もいるようだ。

 勇者は魔族を見下している。だが、客観的に見れば、魔族こそが正義であることもわかっている。ほとんどの人間が魔族を悪だと思っていて、実際、魔族は数多くの人間を殺してきたが、歴史を知り、感情移入能力が高い、もしくは勇者のように全てを客観的に見ることができる人間ならば、魔族こそが正義であることがわかるはずだ。

 感情移入能力が高い人間には、しばしば人類は死に絶えるべきだ、などと言う者がいるが、勇者のような人間は違う。彼らは、その事実を理解しても尚、それでも魔族は人間にとっての悪であることには変わりなく、故に、魔族を滅ぼすべきだと思うのだ。

 だから、勇者は魔族を『誇り高い存在』として認識し、魔族が繁栄することによって世界に安寧と平和がもたらされるだろうことを理解し、その生き様に尊敬すら覚えているが、それでも――いや、だからこそ、魔族を見下している。

 勇者は戦いに誇りなんてものは不要だと思っている。誇りなんてものは戦いに邪魔でしかない。戦いに必要なのは狡猾さと強さ。ただそれだけだ。

 その精神がどれだけ誇り高くとも、勝たなくては、意味がない。どんな汚い手を使っても、勝ちさえすれば、それで良いのだ。逆に、どれだけ誇り高くとも、負けて、死ねば、それで終わりだ。

 だから、勇者は魔族を見下している。馬鹿だと思っている。それは、全ての魔族が同じことだと『思っていた』。

 しかし、違った。

 今、勇者の前にいる魔族は、違う。

 この元人間は、違う。

 誇り高さなど微塵も持ち合わせていないようで、勝つためならばなんだってしそうな雰囲気を湛えている。卑劣で醜悪な雰囲気を湛えていて、しかし、勇者はそれが外見からのイメージからではないことを理解していた。……いや、外見からのイメージもあったのだろうが、その『外見』も製作者の意図によって創られたものなのだろうから、製作者の意図を反映していてもおかしくない。

つまり、この元人間の外見は、製作者の意図を表している。製作者の魂を表している。

 魔族に限っては、今まで勇者が見たことのない、『魔』の魂を。

 それは勇者の想定外だったのだ。魔族に『魔』の心を持つような狡猾なやつがいるとは、勇者は思ってもみなかった。

 だから、勇者は苦戦している。

 完全に想定外だったのだ、この元人間の襲来は。

 普段の勇者ならば、早々に奥の手を使った方が良いと判断し、元人間を殺すことも容易だっただろう。

 しかし、今の勇者は普段の勇者ではない。ピーピリープリーとの戦闘を経験し、元人間からの不意打ちを受け――勇者の魔力は、もうほとんど残ってはいなかった。

 もしもピーピリープリーを殺した後だったのならば、勇者は魔力をピーピリープリーから奪うことによって自らに魔力を蓄え、悠々と元人間を殺しただろう。

 だが、今の状況は、そうではなかった。

 ピーピリープリーを殺す寸前に不意打ち……。考え得る限り、最悪の状況だ。特に、不意打ち。あれは、本当に最悪だった。

 そもそも、勇者はピーピリープリーとの戦闘で、そこまで膨大な魔力を使用したわけではなく、言ってしまえば充分な余裕を持って戦っていた。(と言っても、ピーピリープリーの魔法の攻略については本気だったが)。それはピーピリープリーとの戦闘後、すぐに他の魔族と戦うことになる可能性も考えていたからだった。

 だから、もしも、あの不意打ちがなければ、勇者は、この元人間を殺すこともできた。

 しかし、そうはならなかった。

 元人間からの不意打ち。それは勇者に直撃したが、勇者は接触した瞬間に、頭が反応するよりも前、脊髄反射で魔力を放出し、即座に何重もの障壁を展開し、その魔法の威力を可能な限り弱めた。しかし、接触前に気付いたならまだしも、自分の身体に接触してから気付いたのだ。その威力を完全に消すことなどできるはずもなく、勇者は背中のほとんどをごっそり削り取られたようになった。

 だがその瞬間、その魔法の威力は弱まっていて、なれば自然、その早さも遅くなっている。勇者はその隙を見逃さず、すぐさま時間魔法を展開、加速し、その場から離脱した。

 そして勇者は回復魔法でその傷を癒し、塞ぎ、再生させ――現在の状況に至る。

 時間魔法、回復魔法での魔力消費量は膨大であり、だから、勇者の魔力量は、現在、危険な状態だった。

 故に、見せることになってしまった。

 魔力消費量が少なく、しかし多くの有用性を持つ、『切断』の魔法を。

「ギィイイイイイイイイ! アァアアアアアアアアアアアアアッ!」

 魔族が痛みに叫びを上げる。勇者は一瞬で魔族の元に移動し、剣を振り、『切断』の魔法を行使する。すると、やはり魔族の身体は切断される。

「光栄に思え。この俺にこの魔法を使わせたんだ。その卑劣さがこの魔法に値すると思ったからだ。よもや畜生如きに俺がこの魔法を使うことになるとは思いもしなかったが、お前は合格だ。――しかし、気にいらん。その顔すら見たくはない。故に、死ね」

 勇者はそうやって、魔族の身体をバラバラにして――

 ――その瞬間、魔族の身体が再生した。

 それも、ただ再生したのではない。

 切断した分だけ、再生した。

 切断した分の肉片だけ、その魔族になった。

 微塵にした分だけ、魔族が増えた。

「なっ――」

 勇者は声を失った。それは魔族が増えたことも理由の一つだが、最も大きい理由は、別。

 魔族の魔力が増えていた。

 勇者は『眼』によって、その理由を――この元人間に搭載されていた魔法をほとんど自動的に解析していた。

 感情を、魔力に変換している!

 それは勇者の感情を、なのか、その元人間の感情を、なのか、それとも、そのどちらもなのか……それはわからないが、この元人間が、感情を魔力に変換する術を持っていることは理解できた。

 勇者はそれを見て、自分にもそれができないかと思ったが、すぐにできないと断じた。魔法の解析結果で既にわかっている。これは、人間と魔族の両性を持つ者にのみ可能な魔法だと。

 ――これは、本当に、厄介だ。

 勇者は思い、今の勇者にできる最大の本気を出すことにした。

 本気を出しても、勝てるかどうか、わからなかったから。


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