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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第三節 『開戦』
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第三章 -20- 北

 ――魔法都市・北部。障壁の前。

 そこには、まだ、何もなかった。

 だがしかし、すぐに魔族が現れるだろうと、魔法都市の人間は待ち構えていた。西、南、東の障壁が破られたという情報が入ったことにより、魔法都市の人間は警戒態勢になっていた。そして、魔法都市の人間は障壁の内側から魔族を待ち構えていた。

 魔族が来たらすぐに奇襲をかけるという作戦だった。

 西、南、東が現在どのような状態なのかは知らない。しかし、もしかしたらまだ戦闘中かもしれない。それもそうだろう。魔法都市の三賢者の内、二人はこの北に存在するのだから、それ以外は魔族討伐に多少の時間がかかることもあるかもしれないのだ。残りの一人、ヘクセルは魔法都市の中心にいるため、どこからでも同じである。

 そして、今ここには、その二人の賢者がいるのだ。この魔法都市の中で最も魔法の知識があり、故に、それほどの魔法を扱える。

 そもそも、この都市は魔法都市と呼ばれるだけあって、世界の魔法の粋の結集である。もしもこの都市が壊滅状態になったならば、その時は他の国が全て滅んだ後の話であろう。

 その点では、この魔法都市は世界で最も安全な場所とも言えた。

 だから、人々は、誰一人として、自分が死ぬとは思わなかった。

 餌が来た。そうとしか、思っていなかったのだ。

 ――だがしかし、今回は、そうには、ならなかった。

「……ん?」

 ある一人の男性が、何かに気付いたようにして声を漏らした。

「どうした?」

 隣の男性が訊ねる。「いや、ちょっと」と男性は目を細め、障壁の外を見つめる。

「おいおい、どうしたんだよ?」

「……いやさ、なんか、黒い線が」

「線?」

 そう言って隣の男は、男が先ほどまで見ていた場所を見る。「……確かに、線のようなものが見えるな。だが、ありゃあ、なんだ?」

「魔法、か?」

「その可能性が高いな。じゃあ、とりあえず、賢者様に報告しとくか」

 しかし、そんな時間など、なかった。

 男たちが通信魔法で賢者の一人に通信しようとした瞬間、その線が、大きくなった。

 空中に浮いた、黒い線。

 それが、どんどん長くなっていく。

 そして、それが、開く。

 黒い線から――世界の『切れ目』から、『それ』は出てきた。

 ただただ、圧倒的なまでの、白。

 甲冑のようだった。角ばったフォルムの甲冑。しかし。素材は見たこともない素材だった。その白は、普通の素材ならば絶対に作れないだろう白だった。

 無慈悲な白。虚無の白。そこに優しさや柔らかさは感じられない。清潔感は感じられるが、その系血感は潔癖症のそれのような清潔感だ。排他的な清潔感、とでも言えばいいのだろうか。少しでも汚いものは存在すら許さない。そう宣言しているような、白。

 見ると、腕の部分が刃になっていた。長さは一メートルと二十センチくらいか。それは輝く白だった。甲冑の部分と同じ白だが、違う白だ。こちらは、排他的ではないが、全てを制圧するような白だった。その輝きに全てを飲み込むような白。その刃。

 その全てから、静謐としか言えないような魔力が障壁すら超えて伝わってきた。

 まずい、と思った。だが、何もできなかった。

 その静謐な魔力は、息苦しいほどに不純物がなかった。汚濁した水の中に棲む魚にとっては、清流こそが毒であるように、『それ』の静謐な魔力は、人間たちにとっての毒であったのだ。

 だから、息さえ、することができない。

 敵はただそこにいて、魔力を垂れ流しているだけなのに、何も、できない。

 人間たちは何もできないが、『それ』は、行動することが可能だ。

 目にもとまらぬ速さで『それ』の刃が動かされる。人間ならば甲冑の右腕の部位が刃になっているため、下から上へ斬りあげたような形になった。

 その結果、何が生じたか。

『切れ目』。

 障壁に、それが生じた。

「……第三アルジェン」

 アルジェンと名乗る魔族は、たったそれだけを言って、またもや目にも止まらぬスピードで、右腕を振った。

 世界切断。

 世界が、斬れた。

 魔法都市の人々は元より呼吸できなかったので声を出すことができなかったが、もし声を出せる状態であっても、この現象には声を上げなかっただろう。声を出すことができなかっただろう。

 まさしく、絶句。

 余りの驚愕に、彼らは絶句していたのだ。

 世界を、『斬る』? 

 そんな魔法、聞いたこともない。

 そして、ありえない。

 ここにいる皆がそう思った。だが、実際に存在している。

 アルジェンは魔力と驚愕に声を失った人間たちを一瞥し、いつのまにか右腕の位置が変わっていた。いつのまにか、人間の身体がばらばらになっていた。

 世界切断。

 静謐な魔力の影響を受けていない、遠くにいた者たちがアルジェンの存在に気付き、詠唱をし、一斉に魔法を放つ。

 アルジェンが腕を振った。

 世界切断。

 全ての魔法が、世界の『切れ目』に吸い込まれていった。

 また、腕を振る。

 世界切断。

 腕を振った軌跡の延長線上に存在した全てのものが、世界ごと、斬られた。

 賢者の内の一人が詠唱をして、他の人間とは圧倒的な差がある魔法を放った。

 腕は、振られなかった。

 だが、そもそも、そのような動作すら不要だった。

 アルジェンの静謐な魔力は、その魔法を拒んだ。ただ魔力を垂れ流しにしているだけなのに、魔力で防御をしようなどとはほんの少しも思っていないのに、その魔力が免疫作用を起こすように、自然に、魔法を拒み、消した。だが、それによって、アルジェンの魔力はほんの少しも減らなかった。

 魔力消費すらなく、防御ですらない。

 ただそこにいるだけで、何者の攻撃を拒絶する。

 それが、この魔族の能力の――いや、特徴の、一端。

「託宣内容。都市壊滅」

 アルジェンの、声。

「我らが王の姿を模倣した忠臣たちを殺すのは若干ながら酷だが、王直々の御命令だ。せめてもの情けだ。我が剣戟で、痛みもなく、殺してやろう」

 アルジェンは悲嘆に暮れたような声を出し、自らの魔法を行使した。

 ――瞬間、アルジェンの周囲にあった全てのものは、微塵にまで切断された。


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