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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第三節 『開戦』
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第三節 -19- 不意の来襲

 ――勇者を黒き閃光が襲う数秒前。

『それ』はピーピリープリーの塔へ向かっていた。そして、『それ』は猛スピードで、ピーピリープリーの塔に激突した。その瞬間、『それ』はなんらかの魔法を――侵食魔法と呼ぶには圧倒的すぎるほどの魔法を行使したのだろう。『それ』が触れた場所の障壁が、紫色に染まり、『腐った』。

 魔法に対して『腐った』という表現はおかしいが、それでもそう表現する他なかった。

 そして、ピーピリープリーの魔法を腐らせ、難なく侵入した『それ』は、勇者の姿を認めた。

 ――そして先の展開に戻る。

 勇者は黒き閃光をその背に受けながらも、即座に時間魔法を発動し、自らの時を加速し、その場から離れ、『それ』を見た。

 背には常に蠢き隆起する肉腫。腕が四本生えており、そのどれもが形状の違うものだった。一本は枝の如く貧弱な緑色の腕。次に大きな黄色の腕。次にツギハギだらけで折れ曲がった腕。最後に手首までが真っ白で、手首から先は真っ黒な、人間と同じような腕。

 体長は三メートルほど。身体は人間のよう。腕とは違い、脚は二本で、普通の人間と同じようである。頭は常に左右どちらかに傾いており、口と目は塞がれている。口は糸で縫われたようにして、目は包帯に巻かれるようにして。目から上は鉄が覆いかぶさるようにしており、それに付属してある突起物が時折黄色く点滅していた。

「人間……いや、正確には、元、人間か」

 勇者はその背を真っ赤に染め、ぜえぜえと肩で息をしながらも、努めて冷静に自らを突然襲った相手を分析していた。そして、この状況に対し、まずい、と思った。このままでは、こちらが圧倒的に不利だ。

 そう考えたが故に、勇者は一瞬逡巡したが、この出血量では倒れてしまうと判断し、自らの身体を回復させた。回復魔法の魔力消費量は時間魔法に匹敵するほどに膨大であるため、これからの戦闘を考えるとできれば使いたくはなかったが、先の判断の通り、回復しなければどちらにせよ死んでしまうので、回復魔法を行使した。

 ――ピーピリープリーは短い間に三度の驚愕を経験していた。

 一度目は突然の魔族来襲。これはピーピリープリーが呼んだ者ではなかった。しかし見覚えはあり、確か第十三チャイオニャの創った魔族だったはずだ。また、いやがらせ……?それとも、助けてくれた……? チャイオニャの考えていることはよくわからないけど、助かった。ここは素直に感謝しておこう。

 二度目は魔法。勇者の魔法。時間魔法。人間が時間魔法を使えるなんて、考えたこともなかった。技術的にはピーピリープリーにも可能だが、あれを咄嗟に使うとなると……。やはり、この人間は、危険だ。

 三度目も魔法。勇者の魔法。回復魔法。これは時間魔法を使えることよりも驚きだった。魔族ならば比較的容易にできる回復魔法であるが、魔族の場合、肉体が魔力で構築されているため、回復魔法を使った場合の方が魔力消費量が多くなり、逆に大きなダメージを負うことになる可能性が高いため、一部の魔族を除いてはあまり使われない。

 だからこそ、盲点だった。

 人間の回復魔法。

 それがどういう意味を表すのか。

 それは、人間は魔族を殺し続けたならば、『不死存在』にも成り得るということだ。

 そして、ピーピリープリーは確信した。

 この人間は、危険だ。

 この人間は、絶対に、ここで殺さなければ、いけない。

 ――サヤは目の前で起こったことを理解できずにいた。

 勇者が勝った。そう思った。そうしたら、突然、黒い何かが勇者の背中に当たって、今、勇者は肩で息を吐いていて、いつの間にか、新しい魔族がいた。

 どういうこと? 何が起こったの? あれは何? 勇者様は勝ったんじゃ? どうして? どうしてこうなっているの? どうしてあの魔族はまだ生きているの? 勇者様、ねえ、どうして? どうして、勇者様は、さっきあんなに血塗れだったの?

 そして、サヤは理解した。いや、落ちついた、と言った方が正しかったかもしれない。

 しかし、厳密に言えば、落ちついてはいない。先ほどまでの何も理解していない状態よりは落ち着いているが、それでも、まだまだ混乱している。

 そんな混乱状態で事態を理解したサヤがどのような行動をとったか。

 それは、魔法。

 勇者に加勢しようと、魔法を行使しようとした。

 勇者様、禁を破ってごめんなさい。もしかしたら、私、これから勇者様に嫌われちゃうかもしれない。もう口を聞いてくれないかもしれない。

 サヤの脳裏に『役立たず』という言葉が想起される。トラウマ。勇者に出会うまで、ずっと言われ続けてきた、サヤの精神の根幹に未だ深く根付いているもの。

 その言葉を思い出して――勇者にそう言われることを想像して、サヤは泣きそうになる。勇者にだけは、言われたくなかった。言われたくない。言われたくない。

 でも、それでも、それよりも大切なことは、あるんだ。

 嫌われるのは、いや。口を聞いてくれないのも、いや。『役立たず』って言われたりしたら、私は絶望して、死んじゃうかもしれない。

 それでも、勇者様が死ぬよりは、マシだ。

 勇者様を生かすためなら、私は、勇者様にどう思われたって構わない。

 勇者様は、私に、生きる意味を与えてくれた。『役立たず』じゃなくしてくれた。

 だから、私は――

 そう思い、サヤは魔法を確実に直撃させるため、魔族に接近しようと、じりと地を踏む脚に力を込める。

 その瞬間、サヤの方を、勇者が睨んだ。

 ――やめろ。俺の邪魔をするな。

 そんな感情が、サヤの心にどっと流れてきた。

 だけど、それでも、私は、どう思われても――

《邪魔だっつってんのがわからねぇのか?》

 勇者から、通信魔法だ。

 あんな状態なのに、通信魔法をした。

 それにサヤは驚き、だが、勇者の言葉には承諾しかねた。

《でも、勇者様、このままじゃ……》

《このままじゃ、なんだ? もしかして、この俺が死ぬとでも?》

 図星だった。

 だが、そんなサヤの思いとは裏腹に、勇者は言った。

《俺は死なない。約束する。だから、お前も約束しろ。絶対に、手出しはするな。俺は、必ず、勝ってみせる。俺を、信じろ。そして、お前を、信じさせてくれ》

 勇者の言葉は、真摯で、誠実で、まっすぐだった。

 ――これだから。

 サヤは思う。これだから、勇者様は厄介なんだ。いつもは適当だったり、傲岸不遜だったりする癖に、こんなときだけ、まっすぐな言葉なんだ。これだから……これだから、私は、勇者様に……。

《ずるい、ですよ……勇者様。そんなこと、言われたら、私、信じるしかないじゃないですか》

《ああ。だから、信じろ。俺は勇者だ。あの魔王を倒す者だ。こんな奴らに、負けるようなほど弱くはないさ》

 勇者は言った。


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