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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第三節 『開戦』
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第三節 -12- 老人抗戦

「それは嫌だ、と答えておこう」


 ヘクセルは出来る限り平静を保ち、そう答えた。すると、レプグラムは「だよねー」と笑った。――笑うほどに余裕があると言うことか。ヘクセルは思った。


 ヘクセルは密かに魔法の式を構築し始めた。勇者の魔法構築スピードは一瞬とさえ言えるほどの速さであるが、実際、普通の人間は魔法を構築するまでに一定の時間を要する。故に、戦闘に魔法を扱う際は、元から魔法陣を描き、それだけを利用して戦うことがほとんどである。


 しかし、勇者ほどではないにしても、ヘクセルはかなりの魔法構築スピードを誇る。だから、彼は今、魔法を構築し、すぐにでも、レプグラムに攻撃を仕掛けようとしていた。


「まだ、やめておかない?」レプグラムが首を傾げて、言った。「私以外が来て、この都市の大部分が壊れてからにしない?」


 やはり、気付かれていた。だが、魔法はもう、完成している。


 ヘクセルはレプグラムに魔法を行使した。レプグラムの身体が、何かに縛られたかのように、完全に止まる。


 捕縛魔法――ヘクセルも当然、即興で構築しただけの、しかも、密かに構築した魔法で、レプグラムにダメージを与えることができるとは思っていない。また、そのような魔法でいつまでも捕縛できるような相手でないことはわかっている。


 だから、ヘクセルは、今日まで勇者すら知らなかった、(勇者の頭を覗いても、そのような知識は一つもなかった)、大規模魔法を扱うことを、魔法陣よりも遥かに短い時間で、何もなく頭で構築するだけよりも、遥かに容易な、そして、強大な効力をもたらす方法を用いて、魔法を構築する。


 それは、何か。そんな、誰もが望むような方法とは、何なのか。


 詠唱。


「全ての生命行動の素よ、我が焔の糧となり、その苛烈を敵に与えよ」


 たった、それだけ。


 しかし、それだけで、魔法は発動した。


 レプグラムの周囲から、ちりっ、と音が聞こえた。


 瞬間、全てが業火に包まれた。


「その色は血。生命の素に満ち満ちた血」


 赤く、紅い。業火。劫火。


 血の獄に溢れる焔とは、おそらくこのような焔なのだろう。――そう思うほどの焔だった。


「敵のそれを、喰らえ」


 声に同調して、焔は、レプグラムを喰らうように、レプグラムを包み、飲み込む。


 まるで生きているように、その焔はうごめき、そして、焔の勢いを増す。


「――そなたが、燃え散れ」


 焔の勢いは衰えず、煌々と鮮烈な紅に輝く。真っ赤な血を連想させる焔。そして、それは、やがて――散った。


 ――無論、この魔法は、そんな簡単に扱えるような魔法ではない。


 勇者であっても、扱うのにけっこうな時間が必要だろう。(勇者が攻撃の魔法に焔などの『付加価値』を与えることを苦手とするのも要因の一つだろうが)。それほどの魔法を、たったあれだけで発動するなど、常人には考えられないことだった。


 先の詠唱には、様々な意味が込められている。


 詠唱によって――つまり、実際に言葉にすることによって、『連想』を容易にする。魔法とは、結局を言えば、論理ではなく感覚でするものであり、その魔法の構築をイメージすることができれば、魔法の構築は速くなる。そのイメージに輪郭を与えるのが、詠唱なのである。それにより、魔法の構築スピードと正確性が向上する。


 だから、詠唱の言葉は、その魔法が『連想』しやすいものが選ばれる。全く関係がない言葉を選んだら、詠唱を容易にするどころか、かえって難しくなる。


 単純すぎやしないか、曖昧すぎやしないか――そう思うかもしれない。そして、それは正しい。


 なぜなら、魔法は曖昧なものだからだ。


 人間が理論を組み立てることによって、その発動を可能にしてはいるが、魔法はそのように、曖昧なものなのである。『実際に言葉に出す』。ただそれだけで、このように激烈な変化を生み出す。それが、魔法だ。


 魔法の発見すら、偶然のものだったのだ。偶然、魔族を殺したら魔力を奪うことができて、(無論、最初はそれが魔力だと言うことは知らず、何かが入ってきたとしか思わなかったのだろうが)、偶然、それをある程度操作できることに気付いて、偶然、適当に組み合わせたら、魔法が発動した。焔の魔法だった。蝋燭の先に灯っているような、そんな、小さな火。だが、人間たちは大きく驚いた。そして、魔法の研究が進められ、今に至る。


 魔法の発見すら、それだけ偶然の積み重ねなのだ。(その他の技術の発見もほとんど偶然の産物であろうが)。魔法は、それだけ、曖昧なのだ。


 故に、単純な方法も、途方もないほどに大きい変化の誘因になり得る。


 詠唱。


 それが、ヘクセルの――実際を言えば、この魔法都市の、とある学生の――発見だった。驚くほど容易に、驚くほどの速さで、驚くほどに強大な魔法を行使できる。


 現在、この魔法都市の全ての人間が、この詠唱を知っている。魔法都市外にはまだ教えてはいないが、(勇者が持論を全ての人間に教えなかったのと同じく、未だに人間同士で戦争をしているのをこれ以上加速しないように、人の死の数を、これ以上増やさないように)、もしも、全ての人間が、詠唱を知れば、魔族に、勝つことができるかもしれない。いや、きっと、勝てる。そう、魔王にすら――


「あー、びっくりした」


 声が、した。


 ヘクセルは驚き、その声の方を見た。焔は、どこにもない。先ほどまでの苛烈な焔は役目を果たし、もうとうに消えている。『消えている』? 確かに、ヘクセルの魔法は、かなりの威力を持った魔法だった。だが、あれだけの魔族を、そんな短時間で、燃やしつくせるか?


 否。


「でも、無駄よ。私には、無駄」


 また、声。


 よく見ると、先ほどまで焔が舞っていたそこに、赤ではない、水色の粒子が見えた。


 それはきらきらと輝き――ヘクセルはダイヤモンドダストを連想した――幻想的な、綺麗な、光景だった。


 だが、ヘクセルにとっては、それが何なのかを予想できるヘクセルにとっては、恐怖以外何の感情も導かない光景だった。


「私は『第二』だよ? その意味が、わかっているの? 面倒だから、シャムに『第一』を譲ってはいるけれど、それでも、『第二』。その意味が、わかる?」


 粒子は集まり、人間の身体を形作った。輪郭が生じ、すると、そこにはレプグラムがいた。全く無傷のレプグラムが。


「まあ、わかっても、わからなくても、私にはあなたの攻撃の全てが無駄。だから、無駄な魔力なんて消費しないで、見ておきましょう。この都市の、滅亡を」


 そう言って、レプグラムはぱちんっとウィンクをした。


 ヘクセルは、魔力を練り、魔法を構築しようとして、やめた。


 ――もう、どうしようも、ない。


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