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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第三節 『開戦』
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第三節 -11- 夢幻攻略

 その世界は夢幻だった。


 一瞬ごとに世界が移り変わり、その一瞬の間に、勇者はひどく傷つけられた。

 どのようにして傷つけられたかは筆舌に尽くしがたい。表現することすら難しい。

 非現実的な、物理的法則を完全に無視したような、まさに悪夢。

 しかし、これだけは事実だ。

 勇者はひどく傷つけられた。


 勇者が今いるこの空間は、夢幻の世界だ。

 しかし、勇者が今いる世界そのものが夢幻なのだから、その中にいる勇者にとって、それは現実と同じだ。

 故に、この世界では、傷つく。

 そして、おそらく、この世界で死ねば、現実でも死ぬのだろう。

 これは、そんな魔法だ。


 勇者が考えるに、この世界はあの塔という大規模魔法によって創られた世界ではあるが、違う。

 あの塔の魔法は、おそらく、侵食魔法だ。塔に入った者を侵食し、その内に閉じ込める。そして、そこはもう、『魔法の中』だ。

(魔法の中というのがどういう意味なのかは、勇者でさえはっきりと認識できていないが、そう言う他ない)。

 つまり、ピーピリープリーが自由自在に動かせる世界ということだ。


 そこは決して現実ではなく、だが、その内にいる『現実』たる勇者たちにとっては、現実と同じものだ。しかし……と勇者は歯を軋ませる。しかし、このような魔法の使い手とは、初めて会った。どれだけ不条理な魔法なんだ。こんなの、普通に考えたら、勝てるはずがない。この世界の神は、ピーピリープリーなのだから。


「無論、俺は常人の思考など及ばない存在であり、神すらも超えるわけなんだが」


 勇者は夢幻に苦しむ中でさえ、そんなことを言った。どこからか『勇者様、いきなり、何を言っているんですか?』という声が聞こえる。そして、それに勇者は安堵する。ああ、俺の魔法は、まだ破られてはいない、と。おそらくは、気付かれてすらいない、と。


 その実、勇者の魔法――つまり、サヤへの隠蔽魔法は未だに破られても気付かれてもいなかった。ならば当然、サヤの存在にすら、気付かれてはいない。サヤは、この夢幻の世界にいながらも、この世界の神であるはずのピーピリープリーに、その存在を気付かれていない。


 それがわかれば、推測できた。


 ピーピリープリーは、無駄に歳を重ねたわけではないらしく、魔族の永遠とも言える寿命を上手く活用して、かなりの魔法の使い手になっていた。勇者に匹敵、いや、勇者を超える技術を持っていることは容易に想像がついた。


 だが、それでも、届かないほどじゃない。


 勇者が現在していることは、この魔法の解析であったが、先にもあったように、ただ眼の魔法で解析しても、頭の方の処理能力の限界を超える。だから、現在していることは、ただの解析ではなかった。正確には、解析だけではなかった。


 現在、勇者は眼の魔法の解析能力を最大にまで引き上げていた。そうすれば、頭の処理能力の限界を超えるはずだが、超えない。何故か――魔法だ。


 勇者は夢幻の世界で傷つくことを厭わず、死を回避する最低限の魔法以外は、自らの肉体から解除していた。その代わりに、勇者は他の場所に魔法を使っていた。


 その魔法は、時間魔法。


 時間という絶対不変の法であるそれを、扱う魔法だ。


 時間魔法は、他の魔法の何倍もの難度であり、何倍もの魔力を必要とする。そのため、できるだけ魔力を温存しておきたい勇者としては、時間魔法は魔王と戦うまで使わないつもりだったのだが、ここで死んでは元も子もないので、使うことにした。


 加速。


 今、勇者にとっては、全てが遅い。そして、それ故に、処理能力が限界を超えない。


 眼の魔法の解析能力は最大であるが、自らの時を加速し、その解析結果を処理するだけの時間を作ったのだ。それでも途方もないほどの情報量であることは確かだが、それを処理できるだけの能力を持つのが勇者である。


 ……これは言うまでもないが、時間魔法で時を止めることは不可能に等しい。勇者でさえ、自らの時をある程度加速することしかできないのだ。魔王ですら、おそらくは不可能だろう。もし止めることができたとしても、(その止まった時間の中での)数秒くらいしか、止めることはできないだろう。それほどまでに、時間魔法とは高度な魔法であり、時間とは強制力の高い法なのである。


 そして、その結果、勇者は、この魔法がどういう構造なのか、それを推測するに至った。あとは、それを確認するだけ――


 そんな折、


《そろそろ、危なくなってきたんじゃないかしら?》


 ピーピリープリーの声。頭の中に直接響くような――頭の中から直接響くような、頭を揺るがすような声。


 勇者は、密かに拳を握り、よし、と思った。これで、繋がる――


《許してほしい? 許してほしいよね? あなたは、夢幻の苦痛を、無限に受けた。はっきり言って、狂ってしまっていても、おかしくないわ》


 ――フェイクに引っかかった。


 俺の推測は、間違っていなかった。


《でも、許さない。絶対に、許さないから。同胞を殺したあなたは、絶対に、許さない》


 ピーピリープリーは、もう勇者の心を読めていなかった。読めていると思っているそれは勇者が創造した疑似思念体の心だ。勇者の心ではない。


 ――まだ完全とは言えないが、ある程度は、征服した。


 次は、ピーピリープリー本体だ。


 勇者は時間魔法を解除し、自らに向けられた夢幻を疑似精神体へと指向を変換する。勇者は夢幻から抜け、意識が、戻る。


「……勇者様?」


 目の前に、サヤの不思議そうな顔。「どうか、しましたか?」


「いいや、なんでもない」勇者は答え、そして言う。「じゃあ、そろそろ、行くか」


「どこにですか?」サヤが訊ねた。


「ピーピリープリーのところに、だ」


 勇者は当然のように言った。


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