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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第三節 『開戦』
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第三節 -10- 対話

「とりあえず、どこから入った、と訊いておこうか」


「あえて言うなら、空から。障壁は壊していないから心配しないで」


「どうやって、入った?」


「透過して。障壁が阻むものの範囲外へと存在を変えれば、簡単だったわ」


「……光、か」


「よくわかったわね。そう、光よ。まあ、私、太陽ってそんなに好きじゃないんだけど」


「魔族はずるいな。そのようなことができるのだから」


「あら。人間だってずるいわよ。私、あなたたちの姿って好きよ。だから、こんな姿になっているんだもの」


「ということは、そなたは、元から人間の姿をしているわけではないのか」


「ええ。魔王とか、ピーピリープリーの姿は人間に似ているけれど、あんなの、ごく少数よ。人間の姿のようでも、全く似ていない。忌々しき第三みたいになる方が多いわ」


「そうなのか。ふむ、それは新たな収穫だな」


「収穫ねぇ。どうでもいいけど」


「それで、目的はなんだ?」


「単純明快。この都市を、ちょっと滅ぼしちゃおうって思ったの」


「何故、この都市なのだ?」


「この都市が、人間の都市の中で最も戦力が大きそうだったから」


「戦力が大きそうだったから、とは。普通、逆ではないか?」


「そんなことないわ。だって、今回の目的は、この都市を滅ぼすことだけど、真の目的は、その先にある」


「先?」


「人間最大戦力を有する都市を滅ぼすことで、私たちとあなたたちの彼我を、教えてあげようと思って」


「……そう簡単に、滅ぶとでも?」


「思っているわよ? だから、言ってるじゃない。そう簡単に滅ぶことを、人間なんて、魔族が本気を出せば、そんな簡単に滅ぶんだってことを、教えてあげるって」


「なら、そうすればいいじゃないか。何故、今までしなかった」


「簡単よ。魔族の中には、人間のことがあまり嫌いじゃない魔族もいるの」


「……なんだと?」


「だから、人間を好きな魔族もいるってこと。私も一応、そうなのかもしれないわね」


「そうには、とても見えないが」


「それはそうよ。私は人間が好きだけど、それは玩具とか人形とか、そんな好意でしかない。私の場合は、嗜好品としてしか、あなたたちを見ていないもの。でも……少し考えれば、理由はわかると思うけど?」


「……まさか、魔王?」


「そう。魔王よ。魔王は人間の姿をしている。だから、魔王を崇拝していると言ってもいい魔族たちは、人間を殺すことに若干の抵抗を覚えている。人間の少女を攫ったり、人間に化けてまでして、それに仕えるなんていうことをしている魔族もいるわ。人間の少女を魔王や私たちのような将軍の命令なしで殺す魔族はほとんどいないわ。魔族の魔王への忠誠心は、並大抵のものじゃあない。それに似ている人間の少女を、どうして殺すことができるの?」


「そう考えれば、そうだったな。魔族から人間を殺すことはまれだ。あの理由は謎だったが、今になって解けたよ」


「それは良かったわね。魔族を殺して、解剖して、魔法と言う技術の代わりに、魔族の恨みを買った人間さん」


「そうか? 魔族は、あの時点でも――魔族を解剖した後も、人間を襲うことは少なかったはずだが」


「まあね。人間の生態も、少しはわかっていたもの。人間は魔族とは違って、他の生物を捕食して生きる生物だ。だから、これは仕方のないことなんだって。そう思い込んでいたわ」


「だが、しかし、そうではなかった」


「そうだけど、でも、それも人間の特性の一つとも言えるわ。人間は、他の生物を駆逐することで生きてきた。安全を確保するためには、私たちのような存在は危険だものね。安全を脅かす存在は、他のどんな方法でもなく、駆逐することで、絶対の安全を得ようとする。それが人間。だから、あなたたちは、私たちを駆逐しようとした」


「予想以上に強く、魔王なんて化物の存在まで知ったときは、あきらめかけたがな」


「あら、そうなの? そのままでいてくれれば良かったのに。でも、もう遅い。少なくとも、あなたは。この街は、生贄となってもらうわ。人間に、あきらめてもらうために」


「人間を滅ぼそうとは思わないのか?」


「何度も言ってるわよね。魔族は、できるならば人間を殺したくないと思っている者も、けっこういるって。特に、魔王は、できるだけ人間を受け入れようとしているの。魔族の為に滅ぼそうとも思っているけれど、この世界のことを考えるならば、人間という存在も受け入れなければいけないかもしれない。なんてことを思っているくらいよ」


「立派だな。人間は、自分たちだけが生き残ればいいと思っている。同じ人間を殺してでも、な」


「それは仕方のないことよ。ずっと、ずっと昔。魔族がまだ魔王に統治されていなかった時は、魔族もそんな感じだったもの。魔王がその圧倒的な力によって、魔族全てを支配下に置くまでは、ね」


「魔王か。人間にも、そのような者がいれば……いや、その可能性のある者ならばいるか」


「勇者?」


「ああ。確実に、人類で最強の人間だ。魔王がするように、あの圧倒的な力があれば、強引に人類を統治できるかもしれない」


「力だけじゃあだめよ。魔王は、それ以外も魅力的だったから、崇拝されるほどにまで、忠誠心を持たれて、魔族を統治できているんだから」


「その点は問題ない。若干ながら性格に問題はあるが、ワシはあの性格も好きだ。傲慢で、利己的な――しかし、それ故に、誰よりも利他的な、あの性格が」


「どんな性格なの?」


「自分の為ならば、何だってする奴だ。なんたって、この世界を自分の理想の世界にするために、魔王を倒し、魔族を滅ぼそうとする奴だからな。確か、『自分が動かなければ何も変わらない。ならば、自分が動き、自分の理想へと変えるしかない』といった思想だったか」


「それは傲慢ね。自分の為に、世界を変えるなんて。でも、私も好きだわ、そういうの」


「ああ。ワシも、あやつにならば、世界を統治してほしいくらいだ。あやつは他人の不幸と幸福ならば、幸福の方が好きな奴だ。他人の幸福に自らも喜べる人間だ。そんな人間が、自分の為の、自分の理想の世界を作ろうと言うのだ。それはつまり、誰もが幸福な世界だと――そうは、思わないか?」


「思わないわよ。だって、それには、私たちは入っていない。……それにしても、なんて利己主義な勇者なんでしょう。同時に、なんて利他主義な勇者なんでしょう。利己=利他、なんて、本当に存在するのね」


「あやつからすれば、利己=利他にならない方がおかしいらしいがな。『自らの利益を追求するならば、他の利益も考えなければいけない。そして、自分が得る利益が最高になる選択は、ほとんどが他人が得る利益が最高になる選択なんだ』、と考えていた」


「あなたは一回見たらしいけれど、私も見たくなってきたわ。勇者の頭の中」


「面白いぞ、それはもう、な。常人の思考回路ではないことは確かだ。高次の思考。普通の人間ならば、あれほどまでに傲慢でいて崇高な、貪欲でいて清澄な、矛盾すらも内包するほどの思考。『狂っている』と思ってしまうほどに――理解できないものに遭遇した時、人間はそう思うのだ――それほどまでに、高次の、人間を超越した思考。それが、勇者の思考だ」


「魔王もなかなかよ? はっきり言って、私からすれば、狂っているとしか言いようがないわ。たぶん、他の魔族も、崇拝はしていても、理解はできていないんだと思うわ。魔王の思考は、勇者の思考に似ているかもしれない。でも、きっと、魔王は、利己的じゃない。魔王は自分を『王』だと思って、自分をできるだけ殺し、魔族全体の利益だけを考えている。それどころか――さっきも言った通り――人間や、他の生物のことまでも、考えている。それが、魔王。私たち魔族皆が大好きな、優しい王さま」


「それは羨ましい。魔王は、魔族にとってはさぞ良き魔王なのだろうな。いや、この世界にとっても、良き魔王なのだろう。……しかし、人間は不安症でな。その最たる者が勇者なのだ。おそらく勇者は、他の人間とは誰よりもかけ離れた高次の思考をしているが、同時に、それこそが誰よりも人間らしい思考なのだろう。人間の生き方、歴史、そのものが、勇者の思考に内包されている。おそらく、勇者は『人間』を体現した者なのだろう。ただ、人間にしては賢すぎるが」


「それはつまり、人間は本来、それだけ賢いってことなんでしょうね。魔王も、『魔族』を体現した者だけど、魔族にしては優しすぎるし、ちょっと、バカ。だけど、魔王こそが、『魔族』である、と私は思う。だって、魔族は、魔王を崇拝しているんだもの。その魔王の生き方を真似する魔族が、いないはずがないでしょう。ちょうど、宗教を信じる人間が、両性具有の誰かさんの教えに従い、その生き方を参考に、つまり、真似したように、ね」


「そうか。それで、長々と話したが、こんな情報、話しても良かったのか?」


「良いわけないじゃない」


「なら、何故、話した?」


「当然、この会話は、『なかったことになる』からよ」


「なかったことに? ワシが今すぐに通信魔法を使えば、ワシを殺しても、その情報は伝わるぞ?」


「あは。そうじゃない。正真正銘、『なかったことになる』の」


「……どういうことだ?」


「あら。理解できないの? なら、それが人間と魔族の差よ。唯一つ、教えてあげる。魔法は、全ての理解を超越する。――じゃあ、とりあえず、彼らが来るまでは、殺さないでいてあげるし、『なかったことに』もしない」


「彼ら?」


「言ってなかったかしら? 今回の目的は、この都市の圧倒的な制圧。私だけでも充分だったんだけど、他にも行きたいって魔族がいて、どうせなら、ってことで、みんなで行くことにしたの。私、第二レプグラム。そして、第三、第四、第五、第六。たぶん、第三が北から。第四が東。第五が南。第六が西から来るんじゃないかな」


 そして、レプグラムは笑った。


「光と剣戟に蹂躙され、飲み込まれ、燃え散るがいい、人間」


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