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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第三節 『開戦』
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第三節 -1- 勇者と少女

「むむむむむ」


 サヤは眉間にしわを寄せ、うんうん唸っていた。

 そして、数秒経ち、


「たぁーっ!」


 そんな声を上げ、サヤは魔法を発動した。その魔法は勇者の使う魔法と似ており、他の事象を引き起こさない代わり、その威力だけを最大限にまで磨き上げた魔法だった。


 それにより、目に見えることはなく、その魔法はただ『攻撃』という概念のみを持って、対象に向かう。

 ちなみに、威力のみを追求したことによって、『不可視』という影響までもが出たのは、この魔法を考案した勇者自身も予想していなかったことである。


「遅い。もっと早くしろ。お前は俺くらいに親和性が高いんだから、瞬間的に魔力を魔法に変換できるはずだ」


 青年の叱責に、サヤはううっと涙ぐんだ。


「でも、こうしないと、精密性が……。勇者様だって、たまに失敗することくらいあるでしょう?」


「んなわけないだろ、俺だぞ」


「じゃあっ」見せてください。

 そうサヤが言おうとした瞬間、サヤの『周りの空間だけ』が消滅した。

 サヤの髪の毛一本にすらその消滅は行くことはなく、しかし、ほとんど接触しているようなほどの空間は全て消滅していた。


 その現象にサヤは二の句を発することもできず、それを見た勇者は冷静に言った。


「どうだ? これで、わかったか?」


 サヤは力なく頷いた。


 ――勇者とサヤが出会ってから、一年の月日が流れていた。


 その間、勇者はサヤに魔法を教え、サヤはある程度ならば魔法を使えるようになっていた。

 勇者はサヤに厳しいが、サヤの魔法上達速度は普通ならば考えられないほどのものであった。

 勇者は完全な独学で、しかも十歳のときには現在のサヤほどの力量にまで至っていたが、それでも魔法の修行をした時間は少なくとも三年はあるのだ。

 年齢ではなく、修業時間だけで考えるならば、サヤの方が上達速度は圧倒的に早い。


 しかしながら、勇者はサヤを褒めることなど滅多になかった。

 ごく稀に褒めることもあるが、勇者はできるだけそれをしないよう努めていた。

 サヤの性格を考えるに、あまり褒めるのは得策ではないと思ったのだ。

 褒めたら褒めたで極上の喜びを見せてくれるだろうが、それでは駄目なのだ。


 サヤは勇者と会うまで、誰にも評価されたことがなかった。

 それ故に、誰かに評価されることは半ばあきらめていた。

 だが、勇者はサヤを評価した。

 それによって、サヤの『評価されたい』という欲求は極限にまで高められたのだ。

 空腹になった時、少量だけ食べた場合、逆に、更に食欲が湧いてくるのと同じ理屈である。


 だから、青年は『ごく稀に』サヤを褒めるのだ。

 全く褒めなければ、また、あきらめてしまうかもしれない。

 そうなってはいけない。

 そうなっては、評価されたいと願わなくなっては、修業に対する感情が変わってきてしまうかもしれないからだ。


 サヤは評価される為に修行をしていた。

 つまり、どれだけ努力しても評価されないと思ってしまっては、努力しなくなる可能性が無くなるのだ。


 そうなると、困る。

 勇者は一刻も早くサヤに魔法を習得してほしかったのだ。

 その理由は言うまでもないだろう。

 ――魔王を、倒すために。


「勇者様って、本当にすごいですよね。でも修行してるところは見たことないです。いつ、どこで修行してるんですか?」


 魔法車に乗り込み、サヤが勇者に訊ねた。勇者はきょとんとしてサヤを見た。


「何を言ってるんだ? 今もしているだろうが」


「は?」


 サヤは意味のわからないとでも言うように声を上げた。


 「どういうことですか?」


「お前、魔法についてまだ良くわかってねぇな」


 青年は呆れたように溜息を吐いた。

 それにサヤは結構なショックを受けた。

 サヤがショックを受けたことに勇者は気付いたが、そんなことは無視して言う。


「人間は魔力が自然回復しない。つまり、無駄な魔力を使うのは極力控えなきゃいけない。なら、魔力を使わない修行方法はないのか。その答えはもちろん、ないわけがない、だ。頭の中でシミュレーションをするとか、魔法の新たな構築を思考するとか、色々と選択肢がある。俺が今していたのは魔法式の新構造の思考だ。もっと効率の良いものはないか、もっと強力な魔法を発現できないか。そんなことを思考している。最近は、人間の特異性を利用することを中心に考えているな」


 一年前までならば全く意味のわからない言葉だったが、今のサヤならば勇者の言葉の三割くらいは理解することができた。あとはわけがわからない。


「と、ということは、勇者様は、いつもずっと、修業をしていたってことですか?」


 誤魔化すようにサヤは訊ねる。

 無論、勇者はサヤが自分の言ったことを理解していないことに気付いていたが、まだこんなことは理解しなくてもいいだろう、と考え、特に何も言わなかった。

 その代わり、勇者はサヤの質問に答える。


「まあ、そういうことになるな。ある意味、俺は常に修行しているとも言える」


「疲れないんですか?」


「魔王を倒そうとしているんだぞ? 時間なんて、いくらあっても足りないさ。寝る時間だって惜しいから、俺はほとんど寝ていないだろう」


 確かに、勇者が寝ているところをサヤは見たことがない。

 以前、心配して『いつ寝ているんですか?』と訊ねたことがあったが、勇者は『寝ていない』と答えた。

 曰く、『魔力を利用してるんだよ。睡眠なんてのは結局、身体の休息だ。ならば、身体は休息させ、魔力だけで肉体を動かせばいい。魔族は魔力だけで行動しているようなものだ。あれがどうやっているのかを理解すれば、ほとんど魔力を消費せずに行動することができる。これには魔力の循環利用とかそんな理論が関係してくるんだが、今のお前には理解できないだろうから別にいいだろう』ということだ。

 サヤは、つまり寝なくても大丈夫ってことですね、と多少強引ながらも納得した。


「――お。次の街が見えてきたな」


 勇者は魔法車の外を見て、言った。

 それにサヤは勢いよく魔法車の外に身を乗り出し、その街を見た。


「わっ」


 サヤは思わずそんな声を出していた。


「すごい街ですね」


「当然だ。あの街は、この世界でも最高の魔法研究機関のある街、魔法都市だ。あの街の人間は、魔法学を習う人間と教える人間、そして、研究する人間しかいない。故に、魔法を会得していない者には見ることすらできない。魔法を研究するために、他の人間を完全に排除しようって魂胆なわけだ。排他的にもほどがあるが、結果、魔法技術だけならば、世界最高峰であることは間違いないだろう。ついでに、確かここには、『現代魔法の親』がいるはずだ。今は、魔法研究院院長だったけか」


「へえ。そんなすごい人がいるんですか」


「俺の方がすごいけどな。とりあえず、入るか」


「でも、排他的なんでしょう? どうやって?」


「当然、強行突破だ」


 勇者は魔法車のスピードを上げた。


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