第二節 -17- 眼球思案
「魔王様も、やはり可愛らしい御方ですね」
チャイオニャは呟いた。
「しかし、折角私が作り上げた傑作のことも少しは考えてほしいものです。私が転移魔法機能を付けていなかったら、これも壊れていたじゃありませんか」
チャイオニャはちらと自らが作り上げた傑作を見た。そこには一人の人間がいた――いや、それは、人間ではなかった。以前は人間だったかもしれないが、今は少なくとも、そうではなかった。
腹の辺りが裂かれてぱっくりと割れている。そしてそこには内臓ではなく、光る玉があった。その玉は身体に根を張り、どくんどくんと鼓動を続けていた。
その時、ゾォルとルイアから通信魔法が来た。
《実験は成功だ。お前に言われた通りの行動をしたぜ、あれ》
「そうですか。では、それは解放してください」
《解放? 何故そのようなことをするのだ》
《馬鹿かお前? 俺にはわかってるぜェ。こいつに、人間を殺させるんだろォ?》
「まあ、それもありますね。と言っても、ただ単にもういらなくなっただけですが」
《いらなくなった? どういうことだ?》
「実験が成功したのなら、この結果を活かしてさらなるものを作るだけだから、その個体はもういらないというわけです」
《ああ、そういうことか。わかった。じゃあ、もう俺は好き勝手にさせてもらう》
「はい。結構です」
通信魔法が切れた。チャイオニャは実験の成功について何の喜びも見せなかった。自分の理論に絶対の自信を持っていたのだ。
チャイオニャは魔族であったが、魔法に理論を持ちこむようなことが多々あった。無論、魔法は感覚で使っているにすぎないが、それを理論として解析することによって、新たな魔法の可能性を模索しているのであった。そして、それを魔族のために使うことを目的としていた。
先ほどの人間だったものもその成果だ。人間の特異性、魔力の強奪とも言えるその能力を解析し、どうにかそれを活かせないかと研究した結果がこれだ。
魔族の魔法は感覚的なもの。つまりは、元々持っている能力を使っているだけに過ぎない。人間でいう、腕を動かしたり、喋ったりといった普通の行動。それがすなわち、魔族の魔法だ。故に、魔族たちは人間よりも圧倒的に早いスピードで魔法を構築することが可能であり、それは魔族が人間よりも有利であることを示している。
しかし、魔族の中には人間に敗れるような者もいる。それはその魔族が弱いというわけではなく、人間の特異性、つまりは倒した魔族の魔力を奪うことができるというものが原因だろう。無論、魔族の魔力は自然回復である。魔族にとって、魔力とは人間の体力のようなものだ。とはいっても、人間の体力とは違い、その回復にはかなりの時間を要することもある。数百年、いや数千年以上の時を生きることができる魔族からすれば人間で言う体力が自然回復するまでの時間と同程度かもしれないが、人間からすればその時間はとても長い時間である。
そして、故に、魔族は人間を恐れているのだ。
魔力の自然回復が間に合うよりも先に、人間がその魔力をどんどん高めていったのなら、それは、とても危険だ。元々の魔力量が無に等しい人間を、魔族はひどく恐れるようになった――正確には、敵と認め始めた。
しかし、それでも最初はそこまで大きな敵だとは認識していなかった。いつでも滅ぼせる敵。魔族を殺すことはあるが、魔族も人間を殺すことがあるのだから、少しならば自然の摂理に適ったことであろう。魔王はそう思って、人間を危険視し、敵視していながらも、そこまで本気で人間を滅ぼそうという気はなかったのだ。
だが、その思考は、ある時、覆された。
たった一人の人間によって。
その人間は、魔族を殺した。将軍すらも殺した。人間にはできるはずもないことをやってのけた。
それから、魔王は本格的に人間を危険視し始め、人間をこの世界から駆逐することに決めた。
そのような経緯もあって、チャイオニャはそれを作り上げた。
人間の特異性。魔族が恐れた特異性。それを活かすために、作り上げた。
人間を核とした、とある魔法兵器を。