第二節 -16- 魔王と眼球
「魔王様、御調子は如何ですか?」
チャイオニャが恭しく言った。
「なかなか良い。さすがだな、チャイオニャ」
「勿体ない御言葉」
「しかし、趣味は悪い。我は好かんな」
「勿体ない御言葉」
先と全く同じことを恭しく言うチャイオニャに、魔王はふっと微笑んだ。
「チャイオニャ。我には貴様が未だに我が下にいることが不思議に思える。それほどに貴様は有能であり、それをしてもおかしくないような性格をしている」
「私が魔王様を裏切るなど、ありえませんよ」
「どの口が言う」
「生憎、私には口がございませんので――しかし、言わせてもらいましょう。私が魔王様を裏切るなど、ありえないと。統一戦争でのことは、良く覚えておりますから」
「あれか」
魔王は楽しそうに笑った。
「あれは面白かった。確か、あの頃は魔族も様々な場所に分かれていたんだったな」
「左様でございます。しかし、魔王様がこの世に生誕してからは、全てが変わりました」
「ああ。まず近くにあった――あそこは誰が治めていたか、確か、ゾォルだったか。それとゾォルと手を組んでいたルイアが治めていた場所を征服した。どちらもやはり、強かった。さすがは現第六と第八と言ったところか」
「そう言えば、現将軍は全てあの頃にそれぞれ魔族を治めていた者たちでありましたか」
「そうだ。人間のような、ほとんど同種ではなく、多種多様に分かれる魔族を治めていたのだ。そこには一定以上のカリスマ性と、それだけを治めることができる力を持っていると私は考えたのだ」
「はて。確か、シャム殿が提案したのではありませんでしたかな」
「……シャムは助言しただけだ。別に、提案したわけじゃない」
魔王はいじけたように口を尖らせた。チャイオニャは慌てたような素振りを見せ――わざとらしく見せ、言った。
「これはこれは申し訳ありませんでした魔王様。失言でした。どうかお許しを」
それを見て魔王は溜息を吐いた。
「だから、我は貴様が何時裏切るのやらと思っているのだよ」
「いやいや。私のような者こそ、忠臣であったりするのですよ」
「嘘を吐け。本当に、もし我がそのようなことを認めぬ王であったのなら、貴様は殺されていてもおかしくないぞ」
「だからこそ、私は貴方様に仕えているのですよ。おそらく、他の者たちも」
魔王は突然の言葉に少し驚いた。その間もなく、チャイオニャは続ける。
「確かに貴方様は強い。最強の名がふさわしいでありましょう。しかし、私たちはそれだけで貴方様に忠誠を誓うわけがございません。魔族は誇り高い者が多く――もちろん、私を含めて――そのような者たちが自分の意に沿わぬ主に仕えましょうか。いや、仕えるはずがございません。それくらいならば自ら命を絶つ者ばかりでありましょう。そして、私たちは生きて、貴方様に仕えている。それは貴方様の強さにではなく、貴方様自身に惚れたからでございます。その雄姿に魅せられて、私たちは貴方様に仕えることを心に決めたのです。私が皮肉を言ったくらいで殺すような者に私の主が務まるはずがありません。私は、貴方様のような、器が広く――いえ、これは建前でしょう。私は、貴方様の、全てに惚れた。その強さも、心も、御姿も――その全てに。ですから、私が貴方様を裏切るはずがないのですよ」
チャイオニャは真摯に言った。
「……わかった」
魔王は感心したように言った。
「貴様。我に嘘が通じるはずがないことなど、知っておろう?」
魔王の右目になにやら紋様が浮かんでいた。チャイオニャは笑った。
「はははは。私如きの頭を覗いても、何も面白くはございませんよ」
「良かろう。我が魔法の一端、受けるが良い」
魔王はばっと手を振るい、同時に魔王の手から魔法が発動され、衝撃の波が生まれた。
地を揺るがすほどの轟音と共に、魔王の眼前には巨大な穴ができていた。しかし、そこにはチャイオニャの姿は跡形もなかった。逃げられたのであろう。それは魔王も知っていたし、だが先ほどの魔法は必要だったのだ。おそらくこの後シャムに怒られるが、それよりも我慢ならないことがあったのだ。
「……あやつ。恥ずかしいことを、言いおって」
魔王は顔を自分の腕にうずめて、言った。
魔法の結果、チャイオニャの言葉に嘘があることはわかった。
しかし、それはほんの一部分だけであり、それ以外は全て本心からの言葉であった。
魔王はそれを思い出すと、さらに顔を深くうずめた。