第二節 -13- 少女困惑
そして、次の瞬間、サヤはなんだか凄い部屋にいた。
サヤからすれば、ただ凄いとしか言えないような部屋である。
ふかふかそうなベッド。壁もぴかぴかで、床には絨毯まである。
「え? え?」
サヤは戸惑うように首を振った。突然のことに、頭が付いて行っていなかった。
「やっぱり、俺の見込み通りだ。ここまで付いて来れるとは」
青年は満足気に言ったが、何が付いて来れるのか全くわからなかった。いや、全然付いて行っていません。と言うのがサヤの心境であった。
そんなサヤの心情に気付いたのかどうかは解らないが、青年は言う。
「今のは転移魔法だ。かなり簡略化した部分もあるし、転移指定点とかの説明もいずれせねばならないが、今はまだ良いだろう。ただ一つ、お前ほどの才能がなければ、こんなことは不可能だったと言うことだけは、言っておこう。お前、自信なさそうだからな」
青年の言葉を聞きながら、サヤはそれに全く納得できずにいた。
「私に才能がある、って。それ、何の間違いですか」
その感情は、口から言葉になって出た。
「間違い? そんなことはありえないな。俺の魔法は、絶対だ」
理解できないほどの自信がこもった言葉だった。しかしそれでも、納得できないものは納得できない。
「お前、本当に自信ないんだな」
青年はやれやれと言った調子で肩をすくめ、サヤを納得させるための説明を始めた。
「さっきの転移魔法は、お前ほどの才能がなければ不可能だったわけだが、お前がそれに納得していないのはその才能が何なのかを理解していないからだろう。故に、今のお前では到底理解できないだろうが、特別に説明してやる。
そもそも転移魔法とは転移指定点という点を指定しなければ発動することはできず、それは到達点と出発点の二つの点が必要なわけだ。
そこで、先の転移魔法についての説明だが、あれは出発場所に転移指定点を必要としないような転移魔法であり、それは特別な転移魔法なんだ。おそらく、世界でもこんなことが可能なのは俺とお前くらいのものだろう。
何故か。それはこの魔法が出発点を必要としない理由と密接な関係にある。
到達点は、転移先を指定するためのものであり、出発点は、到達点への発射台みたいなものだ。まあそんな簡単なものではないんだが、それはいずれ学ぶだろうから省略する。これらのことから、俺は出発点は転移魔法に必要ではないんじゃないか、そう思ったわけだ。そして、先の転移魔法が完成した。
しかし、問題点があった。それは、その転移魔法の特性にある。その転移魔法は出発点がするはずである肉体の魔力化、情報化を自身の身体のみでしなければいけない。出発点はその転移魔法をする人間の肉体を魔力化、情報化する機能があるわけだが、それは出発点だからこそ可能なんだ。道具を使わなければ、火を起こすことができないように、自身の身体だけでは肉体を魔力化、情報化することは不可能だ。――まあ、魔法によって火を起こすことは可能なわけだが、肉体を魔力化、情報化することは出発点がなければ、魔法であっても難しいわけだ。無論、難しいであって、不可能ではない。そうじゃないと、先の転移魔法はなんだったんだ、って話だからな。
ここからが本題だ。どうやって、それを可能にしたか。それを今から説明する。
理論としては、俺以外に理解出来る奴などこの世界に数人いるかどうかってところだから省略するとして、簡単に言えば、魔力変換率の問題だ。魔力変換率ってのは、自らの魔力を魔法に変換する効率ってことだが、無論、それだけじゃあない。言い方を変えれば、魔力親和性って感じだな。魔力変換率=魔力親和性と覚えておいたらいい。魔力親和性とは読んで字のごとくだが、簡単に言えば、魔力とどんだけ相性が良いかってことだ。そして、俺やお前はそれがずば抜けて優れているってわけだ。
それが何故、転移出発点が不要な原因となるかだが、それは簡単な話だ。魔力親和性が高いってことは、それだけ肉体を魔力化しやすいってことなんだから。……あー、これについては理解できなくても仕方がないか。まあ、魔力親和性が高いから肉体が魔力化しやすいってことだけを覚えておいたらいい。何故、魔力親和性が高かったら肉体が魔力化しやすいのか、って疑問は、今はどっかに置いておいてくれ。
つまり、先の転移魔法は魔力親和性が高い者ではないと不可能な魔法であり、イコール、お前は魔力親和性が高い、ってわけだ。そして、魔力親和性が高いってのは才能だ。故に、お前は才能があるってことだ。理解できたか?」
「……あの、その、えっと……」
サヤは口を濁した。全く理解できなかった。まず、何を話しているのかわからなかった。自分に才能があるかどうかという話なのはわかったが、肝心の内容についてはほんの少しも理解することができなかった。だから、結局、自分に才能があるとは納得できなかった。
「……そうだ。この街は、魔法学の勉強を全くしていないんだったな。それじゃあ、理解できなくとも仕方がないか。つうか、お前の才能は、魔法学について勉強してるんだったら、大陸中にその名が轟いてもおかしくはないほどだから、当然と言えば当然か。クソッ、シェーラめ。いらん政策をとりやがって。おかげで、俺がここまで苦労するハメになったじゃねぇか」
青年は顔をしかめて、ぼやく。その言葉の一つに、サヤは大変驚いて、
「シェーラ……って、領主さま?」
「それ以外に誰がいる。って言っても、簡単には信じられんか。この世界は未だ格差の激しい社会だ。まあ格差が激しいことについては反対ではないが、上の者と下の者の世界は全くの別だから、お前のようなやつからすれば、『上』であるシェーラに愚痴を、それも領主なんて位じゃなくてシェーラっていう名前で言うなんてのは、信じられんことなんだろう。いや、シェーラって呼び捨てにすること自体が、か」
その言葉にサヤは何も答えず、青年はそれこそが答えだと受け取った。
「なら、実際に見せてやろう。そうすれば信じるだろ」
青年はひょいと腕を振った。