第二節 -12- 邂逅。そして、始まり
光のような白に近い金髪と、その髪と同じような色をした肌。顔は幼げで、おそらく十五歳くらいだろう。その表情はひどく弱気で、今にも泣き出しそうである。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
サヤは涙ぐみながらも、必死に謝った。何度もぺこぺこと頭を下げる様は、初めて見る者には少しの罪悪感を覚えさせるかもしれないほどのものであった。
「ごめんですむわけねぇだろ。お前、本当に役立たずだな」
しかし、幾度となく見た者からすれば、それはただ苛立ちを助長させるものであった。
男は不機嫌そうな顔でサヤを睨む。すると、サヤは悲鳴を漏らして身体を震えさせる。
チッ、と男は舌打ちした。サヤの行動の一つ一つに苛立ちを覚えているようだった。
「お前、謝ることだけは一流だな。それ以外は役立たずのクズなのに。そんなんで、よく生きていられるな」
サヤはその言葉の一つ一つに過剰に反応した。それがさらに男の苛立ちを助長させる。
「……あー。駄目だ。もう、駄目だ。さすがに、もう、我慢ならねぇわ」
すうっと男の目から光が消えた。
サヤはそれに気付くことはなく、ただ「ごめんなさい、ごめんなさい……」と繰り返していた。
「もう謝らなくていい。お前をこれから、役立たずじゃなくしてやる」
男は不自然なほど優しく言った。しかし、サヤはその不自然さに気付くことはなかった。
「ほ、本当に、そんなことが、できるんですか……?」
サヤは眼を涙で滲ませて、そこに希望の光が灯った。
「ああ。その通りだ」
また、男は不自然なほどに優しい声で言った。しかし、やはりサヤは気付かない。
「や、やった。やっと、やっと、誰かの、役に立てる。やっと、やっと……!」
サヤの目から涙が流れた。それは嬉し涙だった。その瞬間だけは。
がしっとサヤの肩を男の手が掴んだ。
「えっ?」
サヤは思わずそんな声を出して、男を見上げた。
涙で滲んだ視界に映ったその顔は、ひどく歪んでいた。
「ああ。これからは性欲処理の道具として役に立ってもらう」
どんっという音が響き、その音が鼓膜を揺らしたことで初めて、サヤは自分が押し倒されていることを認識した。
サヤは混乱していた。男が何を言ったのか、咄嗟には理解できなかった。
性欲処理の道具。
どう言う意味ですか。それって、どう言う意味なんですか。
サヤは純粋にそう思った。もしかすると、口に出していたかもしれない。むろん、知識としては知っている。しかし、その知識と今実際に起こっていることは決して繋がらなかった。繋げることをなにかが拒絶しているようだった。
男の手が優しくサヤの服を脱がしにかかった。懐からナイフを取り出し、丁寧にサヤの服を裂いていった。
サヤの服がはだけ、その肌が露わになる時、やっとサヤは自分が置かれた状況を理解し、悲鳴を出そうとした。
しかし、男の手がそれを制した。
見ると、男の顔は驚くほど冷静だった。その顔に罪悪感なんてものは微塵もなく、自分が何をしているかなんて、全く解っていないようだった。男は、まるで何かの作業をするみたいに、サヤの服を脱がし、サヤの口を塞いだのだ。
サヤはそれがひどく恐かった。あまりの恐怖に、涙が流れた。一度流れだすと、それは川の堤防が決壊したかのようにとどめなく溢れだした。しかし、涙がサヤの口を塞ぐ男の手をいくら濡らしても、男はその手を止めることはなかった。
サヤの肌がほとんど露わになった時、突然、男は服を脱がす手を止めた。乳房から上と、股の辺りがかろうじて布として隠されている以外に、サヤの肌を隠すものは何もなかった。
それをじろじろと舐めまわすように見ると、男はにたぁと笑顔を作った。それはサヤが今までに一度も見たことがないような笑顔だった。ここまで悪寒を覚えるような笑顔は、初めて見た。
何をしようと言うのか、男は自らの衣服を脱ぎ始めた。上半身には隆々とした筋肉が見え、下半身には棒のようなものが生えていた。
見たことはあったし、それが何であるかも知っていた。しかし、こんなものは見たことがなかった。なんだかとっても気持ち悪く、グロテスクなものだった。大きくそそり立つそれの先端は亀の頭に似ていて、その部分は少しきらきらと光っていた。
男はサヤの口から手を外して、サヤの股にある布を取っ払おうと、手をかけた。
「……やめて、ください」
サヤの口からそんな声が漏れ出た。その声は涙で濡れ、聞いている者の心を締めつけるような悲惨な声であった。
男もその声には心に響くところがあったようで、その息を興奮したように荒げ、自らのものを大きくした。
「やめて、ください。それだけは、やめてください。お願いだから。やめて。やめて……」
サヤは悲痛とも言える声を漏らし、男も悲痛とも言える息を吐きだした。その息と共に、男のものからはねばねばした透明な液体が滴り、それは男の太腿にまで達していた。
「もっと、言え。やめてくださいと。なんでもするから、やめてくださいって」
その声には興奮したものが混ざっていた。男の表情は嫌らしく歪み、サヤはその表情を見て、あまりの恐怖に失禁した。
「やめて、くださいぃ。なんでも、しますから、やめて、ください……」
サヤは失禁しながら、泣いてそう懇願した。サヤの股の辺りの布が濡れ、床に水たまりのようなものができた。その臭いはすぐに部屋に充満した。
「わかった。なんでもするんだな」
男はにこっと爽やかに笑った。その笑みは、どこか吹っ切れたような笑みだった。罪悪感から、完全に吹っ切れたような。
サヤはひっと悲鳴を漏らし、はずみでさらに失禁した。男の手すらもが少し濡れ、男のものから滴る液体はもう床にまで届いていた。
「じゃあ、これで、遠慮なく、やらせてもらう」
そう言って、男はサヤの股からその行為をするのに邪魔な布を取り払おうと、腕を振った。男の腕はサヤの股から離れ、つまり、男のものを邪魔するものはなくなった。
男は自分のものをサヤの股に突き入れようとした。しかし、おかしい。見ると、まだ、サヤの股には自分の手がかけられている。先ほど、自分の腕はサヤの股から離れてばかりだと言うのに。
そう思い、男はサヤの股から離れた自分の腕を見た。
手首から先がなかった。
は? と男は思わず呟いた。自分の身に何が起こったのか、全く認識することができなかった。
「クズが。この俺の仲間となるべき存在に手をかけるなど、お前如きに許されたことじゃあない。それは、今から俺のものになるんだから」
若い男の声が聞こえた。
男はその声の方を見た。するとそこには、一人の青年がいた。その手に、血を滴らせた剣を持つ青年が。
それを見た男の最初の反応は、自分の手を斬ったことに対する怒りを青年にぶつけるなどのことではなかった。
「ま、待ってくれ! これは、俺が無理矢理やったことじゃあない! あいつが、なんでもするからって、言ったんだ! だから、俺は悪くない!」
男が最初にしたことは、言ってしまえば保身であった。自らの保身。慌ててサヤの上から飛び退き、手首から先がない腕をぶんぶんと振り回して、自分の罪を否定する。それこそが、男が真っ先にしたことであった。
「……人間って奴は、これだから」
青年は呆れたように溜息を吐いた。そして、その目は男には向けられず、サヤへと向けられた。
「で、どうする?」
「……え?」
どう言う意味かわからなかった。おそらく自分が問われているのだろうとは思うが、何を問われているのかわからなかった。
「こいつだよ。この、お前を襲った馬鹿を、殺すか、殺さないか。お前が選べ」
青年は男の首に剣を添えた。その動作は一瞬であり、男が剣を首に添えられているのに気づくことには少々の時間を要した。気付くと男は眼を潤わせ、「や、やめてくれ。こっ、殺さないでくれ。頼むから、なあ。なぁ……」と懇願していた。
しかし青年は男に目を向けることはなく、ただサヤを見ていた。
「なん、で……」
サヤの口が独りでに動いた。思ったことが、そのまま口から外に出た。
「なんで、そんなことを、私に……」
「お前が決めなければ、誰が決めるんだよ。もし、お前がどちらでも良いと言うのなら、俺はこいつを殺すぞ」
青年の言葉に、男は悲鳴を上げ、サヤに懇願するような視線を向ける。どうか、殺さないことを、選んでくれ。そんな感情と涙が滲んだ目を、サヤに向ける。
「それはっ! ……待って、ください」
その言葉に、男は顔を輝かせる。しかし、青年の顔は未だ険しく、サヤだけを見ていた。
「何故だ。理由を聞こうか。もし、こいつの視線を受けて考えたとか言う理由なら止めろ。こいつは死んだら何の影響力もない。お前がこいつの死に対して、何も恐れる必要はない。こいつが可哀想だとか、そう言った感情を抱く必要はない。思い出せ。こいつがお前に何をしたのか。何をしようとしたのか。今までのこと、たった今起こったこと。そして、こいつを生かした場合、これからこいつがお前にすることを、良く考えろ」
青年は男の首筋に剣を添えたまま、サヤに顔を近づける。
「これは一時の感情で決めることじゃあない。全てを想定した上で結論を出せ。お前がこいつを生かしておきたいのかどうか。それだけを考えろ。論理と感情を組み合わせ、互いを同一として考えろ。ただ自分がしたい方を、選びたい方を選べ。お前の望むままに選べ。そして、これを忘れるな。お前の意思で、こいつの生死は決定する」
青年はサヤを見つめる。サヤはその目に飲み込まれそうになっていた。そして同時にその言葉の全てが不思議と心に沁みわたった。
青年の言葉に、サヤは様々な感情を抱いた。
男の視線を受けたから「待って」と言ったのか。それは、おそらく、そうだ。自分は、あの視線を受けたから「待って」と言ったのだ。
しかし、それだけではない。それだけではないと、信じたい。
それ以外にも、色々な感情があって、だから、自分は「待って」と言ったのだ。
可哀想という感情もあった。自分が今までに何をされたのかも思い出した。自分がたった今何をされたのか、何をされそうになったのかも思い出した。この人を生かしておいたら、自分がこれから何をされるのかということも容易に想像がついた。
だが、自分も、悪いのだ。
自分があまりにも役立たずだったから、彼は、自分にあんなことをしたのだ。
それを、忘れてはいけない。決して、忘れてはいけないのだ。
自分は、彼の生死を握っているのだから。握ってしまって、いるのだから。
一時の感情で、ただ今あんなことをされたから、されそうになったからと言うだけで、決めてはいけない。
論理的に考えれば、もしかすると、私はこの人を殺した方が良いのかもしれない。
感情的に考えれば、一時の感情で考えれば、私は、この人を、殺したいとまでは思っていないけれど、確かに殺したいほどの気持ちは抱いているのかもしれない。
だけど、論理と感情を組み合わせることなんてできない。
だって、私には、論理なんて難しいこと、わかんないから。
「私は、この人を、殺さない」
サヤは、はっきりとした声で言った。
「理由は?」
青年は感情が無いような目で言う。それに、サヤは意思のこもった目で返し、
「私は、この人を、殺したくないから」
意思のこもった声で、言った。
「……そうか」
青年は呟くと、いつの間にかその剣はどこかに消えていた。そして青年は男を見下し、
「目障りだ。どこかへ行け」
と言った。それに男は「は、はいぃ!」と情けない声を上げて、裸のまま部屋から出て行った。その両腕には、しっかりと手首がついていた。
「……え?」
サヤは呆然と声を出した。しかし、その直後、青年に身体を抱えあげられた。
「え?」
またもやサヤは呆然と声を出した。そして、自分の今の姿を思い出し、ばっと自分の胸と股に手をやり、顔を羞恥に染めた。