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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第二節 天才
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第二節 -9- 夜這い?

「正直に言うと、夜這いかと思った」

 シェーラの希望もあり、青年はシェーラの自宅に泊まることになった。

 青年はその夜、こっそりとシェーラの寝室へと侵入し、シェーラを起こした。そこでシェーラは動揺したが、「ま、まあ、良いだろう。貴様ほどの者ならば、その子も、さぞ強いものになるだろうしな」と言って、青年をむやみに追い出すようなことはしなかった。

 しかし――青年からしては当然のことながら、青年は何も夜這いに来たわけではなかった。ただ、二人だけで、この街の現状を話してもらいたかったのだ。これだけの若さならば、内部に敵がいてもおかしくはない。故に、部下がいるところでは話しづらいだろうことも話してくれるだろうと踏んで、青年はわざわざ夜寝る時間にシェーラの寝室に忍び込んだのだ。

 その旨を話すとシェーラはその雪のような顔を少し溶かし、「紛らわしいことをするなっ」と怒った。

 それに青年は肩をすくめ、

「俺もそういうことをしたくないわけじゃあない。お前ほどの美貌を見て、興奮しないほど俺は聖人君子ではないさ。お前に言ったかどうかは忘れたが、俺は自分の欲望に忠実でな。本音を言えば、今すぐにでもお前を押し倒したい。俺にはそんな経験がないから、もしするとなるとお前にリードしてもらうことになるだろうがな。しかし、今はそんなことをしている場合じゃないんだ。俺は、一刻も早く、俺の夢を叶えるために、動かなければいけない」

 と言った。しかし、シェーラはその言葉に雪を蒸発させるように怒った。

「リードなど、できん! 私も、そんな経験はゼロだ!」

「あ、そうなのか? お前の性格を考えると、政略として、その美貌を使うだろうことは容易に考えられるが」

「悲しいことに、この国の領主のほとんどは女性だ。そして、貴様も王紋を持っていると言うことは、陛下の性格を知っているはずだ。あの方は、私たちを娘のように思っている。故に、私が隣国の権力者を落とそうと思っても、何もさせてはくれぬのだ」

「……あー。あいつ、人は良いが、馬鹿だからな」

「そうだ。あの人は人格者だが、王としては情が深すぎる。もっと非情であれば、この国ももっと発展しただろうに」

「はたして、本当にそうかな」

 愚痴を言うシェーラに、青年は含むように笑った。

「あの人柄があったからこそ、あれだけ優秀な部下がついてきたんじゃないか? そして、あの人柄だからこそ、隣国とも良好な関係を築いているんじゃないのか? 少なくとも、俺はそう思うがな」

「……考えすぎだ」

「いいや、そんなことはない。あの人柄のおかげで、お前はまだ純潔を守っているんだ。それについては、感謝しても良いんじゃないか?」

「……貴様は、純潔を守っている女性の方が、好みか?」

「いや、そんなことはない。好き嫌いなんて、そんなことで決まることじゃあない。人を好きになるなんてことは、理屈じゃない。感覚だ。まあ、魔法と同じだな。強引に理論を並べることはできるが、その本質は感覚でやっているにすぎない」

「そ、そうか」

 シェーラは顔を赤らめて言い、しかし、その直後、はっとして言う。

「貴様、今、何と言った?」

「ああそう言えば、理論と感覚の循環による魔法行使効率の上昇は、世界中に教えているわけじゃあないし、お前が知らなくても当然か」

「……それは、なんだ?」

 訊ねると、青年はシェーラの身体をくまなく見た。それにシェーラは少しだけ恥ずかしくなって、「何を見ている」と身体を隠した。

「ま、お前になら、教えても良いか」

 青年は言って、シェーラの額に手を当てた。シェーラは身体をびくんと震えさせた。それはなにも青年の手が額に触れたことに対して、シェーラが何らかの感情を覚えたことによるものではなく、青年の手から魔力が流れ込んできたからだ。

「昔は口頭で教えてたんだが、今はそういうわけにもいかない。つうか、あんな漠然とした思考を与えるだけじゃあ、本質に至るには遠すぎる。故に、これを教えるときは、魔法で直接教えているってわけだ」

 青年の手が光り、シェーラの頭にイメージが浮かぶ、それはヴィジョンとなり、シェーラの視覚へ明瞭に映し出される。いや、視覚ではない。もっと根本的な――「感覚」としか呼べないような、自分の「心」に直接刻みこまれているような、そんな気がした。

「無論、これを世界中、誰にでも教えていたら、今の魔法学ももうちょっと発展していただろうし、魔族に対しても少し優勢になったかもしれない。だが、それより先に、人間は馬鹿だから、人間同士の戦争にこの技術を使ってしまう。魔法の行使時間が短縮されれば、人間同士の戦争も大幅に短縮されるのは道理だろう?」

 糸。編む。魔力。魔法。感覚。理論。循環。構築。漠然としたイメージ。確固たる理論。様々な言葉が理論として理解され、様々な理論が感覚として感じられて、様々な感覚が言語として表現できて――その循環。魔力から魔法を構築するまでの動作のイメージが一つの円環となり、それは言語、理論、感覚を通過する際に加速する。全てが相互に影響し、単一では考えられないほどの大きな効果となる。

 そうか。そうだったのか。

 シェーラは唐突に理解した。

 魔法とは、どういうものだったのか。

 それは、魔法の成り立ちを考えれば、簡単にわかるはずのことだったのだ。

 元々、魔法は魔族のものだ。

 そして、人間の扱う魔法とは、魔族の使う魔法を解析し、理論として強引に成り立たせたにすぎない。

 その本質は、感覚。 

 身体を動かすことと、同じようなものなのだ。

 しかし、それだけを使うのはもったいない。人間には理論もあるのだ。ならば、それを使わずして何を使う。理論と感覚。その二つを同時に使うのだ。そうすれば、人間は魔法を、もっと効率的に扱うことができるはずだ。だが、感覚をすぐに理論とすることは難しく、ならば言語にすればいい。感覚は言語として表現することができ、言語から理論は構築されているのだから。

 すべて、わかった。

 到達した。いや、やっと、始めることができる。

 魔法を行使すると言うことを。

「よし、終わったな」

 青年はシェーラから手を離した。

「……今の、は」

 シェーラは呆然として、やっとのことで声を出した。

「とりあえず、魔法を使ってみろ。今の状態ならば、先の障壁よりももっと出来のいい障壁が、十秒とかからず構築できるはずだ」

 青年に言われて、シェーラはとりあえずやってみることにした。

 魔力が完全な魔法に構築されるイメージが感覚され、それが言語として変換され、理論として確立される。そしてそれが感覚となり、後はもう魔法を発動するだけだ。

 感覚、言語、理論を駆け巡り、循環し、加速する。

 魔法はもう、完成した。

「……えっ」 

 シェーラは思わず、そんな声を出していた。信じられなかったのだ。今、自分がしたことが。

 あれだけ構築するのに時間がかかったはずの障壁をゆうに超えるほどの障壁が、ほんの数秒でシェーラの周囲に張られていたのだ。

「上出来だ」

 青年が言い、それにシェーラは驚いた。障壁が張られたにもかかわらず、青年は障壁内部にいたのだ。

「ん? ああ、何故、俺がまだここにいるのか、か。先の障壁で拒絶する対象を感知する方法は解析していたからな。ならば、それと同じように錯覚させてやればいいだけの話だ」

 簡単に言う青年に、シェーラは驚きを超えた呆れを隠せずにはいられなかった。

「貴様、魔法に関しては、本当に人類一かもしれないな」

 すると、青年はふっと鼻で笑う。

「当然だ。魔王を倒すんだからな」

「そうか。そうだな。貴様は、魔王を倒す者、なのだから」

 シェーラは羨むように、青年を見た。

 青年はそれには何も言わなかった。

 ただ、魔王を倒すという思いが強くなっただけだった。

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