第一節 -1- その少年は……
彼は神童と呼ばれた子供だった。
その才は街の誰よりも高く、将来は確実に魔法学の権威となるだろうと言われていた。
それは彼の両親の影響でもあった。彼の両親は魔法学者であり、その書庫で少年は幼いころから何冊もの魔法学についての本を読んでいた。
少年が十歳のある日、少年は一人で街の外に出ていた。魔法の秘密特訓である。両親を驚かせてやろうと、そう思って、秘密に魔法の特訓をしていたのである。
その時、街を何匹かの魔族が襲っていた。
恐ろしい魔族で、街の人々はたくさん殺された。
そんな時、彼は帰ってきた。
彼は魔物を見て恐怖を覚え、しかし、すぐにそれは怒りへと変わった。
魔物の傍に転がっていた死体が、自らの両親であると気付いた瞬間に。
彼は怒りに任せ、その才に任せ、魔族を殺した。
一匹は剣で。街の警備兵が魔族に立ち向かうために使い、呆気なく殺された結果、魔族の近くに落ちていた剣で。
またある一匹は魔法で。剣で殺した魔族の血を浴び、瞬間的に増加された魔力を使い、書庫で読んだことがあるだけの魔法書の知識を用いて。
そうやって、彼は魔物を惨殺した。剣で斬り裂きその血を浴び、魔法で消し飛ばしその魔力を奪い、思いつく限りむごたらしい手段で魔物を殺した。
――よくも。よくも。よくも、やってくれたな。
そんな言葉を叫びながら、怒りにまかせて、惨殺した。
魔族を殺しつくしたとき、彼の身体は魔族の血で濡れていた。
そして、街の人間の方を見た。自分はやった。仇をとったぞ。そう言うように。
だが、彼らはそれを恐怖で返した。魔族を見るときと同じ目で、彼を見た。彼のことを神童だと持て囃していた者たちですら、同じように。
彼はそれに呆然とした。自分は仇を取ってやったのに。そう思った。
しかし、彼は明晰だったがために、街を離れる決意をした。
魔法学者である両親が生きていれば、それは違ったかもしれない。だが、それはもう叶わない。この街にいれば、自分は街の人々から恐れられ、避けられるだろう。魔族と同じように見られるだろう。それ故に、彼は街を離れた。
その後、彼は一人の人間と出会った。そして、彼はその人間と共に行動するようになった。
その人間は魔法に精通しており、彼に様々なことを教えた。
魔法だけではなく、本当に様々なことを教えた。
『自分のためだけに生きろ。自分の利益を最優先とし、自分の欲望を最優先としろ。理想を追い求め、自らの幸福を追い求めろ。常に自らのことを考えろ』
『周りに期待するな。誰かがやってくれるはずはなく、それは自分にしかできない。故に、自分でしなくては、何も変わりはしない』
そんなことも彼が教えてもらったことの一つであり、それが彼の人格の根幹となった。
そのようにして、彼は決意した。
『自分のために生きる』。自分のためとは、自分のしたいこと。自分のしたいこととは、自分の願い。自分の願いは、安定した、平和な、幸福に満ちた世界で生きること。『周りに期待するな』。周りには期待しない。自分がやらなければ何も変わらず、自分しかこの世界を変える者はいない。
故に、彼は決意したのだ。
この世界を、平和にすることを。より良くすることを。
そんな世界で生きることが彼の望みであったのだから。そして、周りには期待することなどできず、ならば、自分でするしかないのだから。
そして、彼は、自分のために、世界を救うことを決意した。
そのために、魔族を殺しつくすことを決意した。
*
「お客さん。あんた、こんなご時世によく旅なんかに出るねぇ」
馬車の中、口元に髭を生やした男が少年を見て言った。
少年は夜空を思わせる黒髪を持っていた。中性的な容姿であり、かなり幼く見えた。事実、彼は幼く、現在まだ十四歳である。
「それも、俺のような護衛をつけて、さ。そうまでして、何か用事でもあるのか?」
「ああ。少しな」
少年はぶっきらぼうにそう言い、すぐにその口を閉じた。男はそれに何か言いたげだったが、すぐあきらめたように前を見た。
同時に、少年は突然立ち上がり、男から馬の手綱を奪い取った。
「なっ、いきなり、何を――」
そう言うのも束の間、少年は驚くほど高い技術で手綱を操作していた。馬はそれに従い、まさに導かれるがごとく右に曲がった。
直後、馬車の側面を衝撃が襲った。
「なっ、何だぁ!」
男は悲嘆するように叫び、背後を振り返った。
そこには巨大な何かがいた。黒い体表に、巨大な体躯。胴体からは牛の脚が何本も生えており、その脚に数え切れないほど眼球があった。それは一斉に男を見て、男は思わず「ひぃっ!」と情けない声を出した。
魔族がいた。それも、男が今までに見たこともないほど強大な魔族だった。
「お前程度でも倒せる奴なら任せるつもりだったが、こいつは無理だな。ったく。高い金払ったのに、これじゃあ無駄金じゃねえか」
少年はぼやきながら自分の剣を抜いた。それを見て男はぎょっとした。ただの護身用の、つまり『飾りの』剣だと思っていたが、違った。あの剣は、明らかにそんな剣じゃなかった。男も用心棒で金を稼ぐことができる程度には実力がある。だからこそわかったのだ。その少年の持つ剣がどれほどのもので、どれほどの血を吸ったのか。
「死ね、畜生が」
その言葉に触発されたかのように、魔族は自らの魔力を用い、魔法を発動した。炎が巻き起こり、少年を襲う。
しかし、少年はそれを剣の一振りで掻き消した。
「無駄な小細工なんて、戦いで使うもんじゃねぇ。魔法ってのは、こう使うんだよ」
少年は剣を持っていない方の手を突き出し、そこから魔法を発動した。炎でも雷撃でもない、ただの衝撃を。そしてそれはいとも簡単に魔族の肉体を消し飛ばした。
「なんだ、これは……」
男は驚いていた。こんな少年が、あんな魔族を倒すなど、およそ信じられることではなかった。だが事実だった。確かに、この少年は容易く魔族を倒してみせた。それは確かだったのだから。
気付くと、少年は魔族の残骸に歩み寄っていた。そして、少年はそれに手で触れ、直後、魔族の残骸が一気に萎れた。――魔力の吸引。元々の魔力量が魔族に比べて圧倒的なまでに少ない人間が編み出した技術。魔族から、その魔力を奪い取る。それにより、自らの魔力量を増やし、次の戦いに臨む。少年がしているのは、それだろう。
いや、そんなことよりも――男は思い、少年に尋ねた。
「あんた、何者だ?」
「魔王を倒す者」
少年はそんなことを当然のように言い放った。