第二節 -3- 一つの別れ
「じゃ、ここに立て」
地面に何かの紋様を描くと、青年はそう促した。
「ここに?」
レナリーは不思議そうに首を傾げた。
「ああ。今、ここを指定した。一度使えばもう二度と使えないような簡易的な指定点ではあるが、それでも一度は使える」
青年は何でもないように言ったが、こんなことが可能であるということは魔法学を学んだことがある者ならば充分驚愕に値する。簡易とは言っても、転移指定点は転移指定点である。転移指定点を刻むことは、魔法学を数年学んだ者でやっと可能かどうかというところだ。そして、それは刻むことが可能であるにすぎず、それにかかる時間は途方もないものである。魔法学の権威であっても、数日はかかるはずだ。簡易的なものであっても、それにかかる時間は数時間以上であろう。
それを青年はたったの数分でやってのけたのだ。その凄さは異常とも言える。
無論、レナリーは魔法学など学んだことがないので、その凄さがわかるはずもなく「そうなんだ」としか応えることはできなかった。
「あっちに着いたら、ちゃんと俺について話せよ。そうすれば、待遇がかなり良くなるはずだ。俺はあいつに借りがあるし、あいつは借りを返す奴だ。どっかの王よりは無能だが、そこだけは信頼しても良い」
「魔王を倒す者、って言えば良いんだよね?」
「ああ。そう言えば伝わるだろう。魔王を倒すなんて言う奴は、俺くらいだろうからな」
レナリーは青年が描いた紋様の上に立った。青年は満足そうにうなずく。
「じゃ、飛ばすが、準備は良いか?」
青年が地面に描いた紋様に手を添えた。
「うん。……あ、ちょっと、待って」
「なんだ?」
「ありがとう、って、言いたくて」
青年ははっと顔を上げた。すると、レナリーは笑っていた。
「そう言えば、言ってなかったから。どうしても、言いたかったの」
レナリーは恥ずかしそうに笑う。それを見て、青年は呆然としていた。
「あの魔族を殺してくれて、ありがとう。村のみんなの仇を討ってくれて、ありがとう。そして、私を助けてくれて、ありがとう。あなたがいなかったら、私はきっと死んでいた。
最初は、なんで助けたのか、そう思った。村のみんなが死んだんだから、私も一緒に死にたかったんだ、って。だけど、本当は、違うの。私、生きることができて、とっても嬉しかった。私は、生きたかった。どうしようもなく、生きたかった。死にたくなかった。だから、とっても嬉しかったし、感謝もしてる。
ありがとう。この恩は、一生忘れたりしない。私は、あなたを忘れない。あなたに、この世で一番の幸運がありますように」
レナリーはそう言って、胸の前で手を組んだ。祈るように、手を組んだ。
「そう、か。そう、なのか。……は、ははっ」
青年は嬉しそうに笑い始めた。本当に、心の底から嬉しそうな笑いだった。
「……ありがとう。俺からも、言っておくよ」
青年の言葉にレナリーは一瞬、不思議そうな顔をしたが、すぐにその顔を笑みに変えた。
「うん。どういたしまして」
「じゃあ、飛ばすぞ。もう、何もないな?」
「ないよ」
レナリーが言うと、青年は描いた紋様に添えた手に魔力を流した。すると、魔力は手から紋様へと流れて行く。紋様が光り、レナリーの身体を包み込む。
「さよなら。またね」
その声と共に、レナリーの姿は光と共に消えた。
「……ああ。必ず、いつかまた」
青年は剣の一振りで紋様を消した。