第 節 - -
一人の青年と、一人の少女が向かい合っていた。
そこは巨大な空洞だった。
漆黒の床と壁に囲まれた空洞。
見る者が見れば、石棺のようにも思えたかもしれない。
壁や床を構成しているものは黒曜石のようにも見えたが、違う。
未知の素材としか言いようのないものに囲まれている。
漆黒の石棺に立ち込める空気は冷たく、張り詰めている。
ぴりぴりと肌を刺す空気。どこにも風が通るところなどないはずなのに、風が、吹いている。
息が詰まり、否応なく、死を連想させる、風が。
そんな死の世界で、少女は石棺の中央、高台のようになっている、玉座と思われる場所に座り、青年はその遥か前方、扉の前に立っていた。
青年の歳は二十代前半くらいであろう。
精悍を体現したような相貌。
夜空を思わせる黒髪。
その肉体は鍛え上げられており、それはさながら、研ぎ澄まされた刃のようですらあった。
少女の歳は十にも満たないほどのように見える。
月光のごとき金の髪は神聖と静謐を纏い、宝石のごとく紅き双眸は見る者すべてを魅入らせる魔力を放つ。
無垢の白肌は一片の淀みも許さず、一糸まとわぬ肢体の流麗は黄金の均整と呼ぶ他ない。
青年の表情にも、少女の表情にも、抑えられぬ愉悦が窺えた。
同時にその凛とした顔立ちは、双方の精神の誇り高きと、芯の通った確固たる意志を、見た者に思い知らせる。
二人は幾度か、愉しそうに、言葉を交わす。
まるで旧来の友人のように、言葉を交わし、まるで親の仇を前にするように、殺意を放つ。
敬意があった。
双方ともに、相手に対する深い敬意を持っていた。
殺意があった。
双方ともに、相手に対する深い殺意を持っていた。
笑みがあった。
やっと、ここに至ったという満足感からの笑みが。
達成感の笑みが。
双方の目に宿る光は、様々な感情を放っていた。
混沌として、それでいて明確な感情が。
沈黙の中、音が響く。
外の音。
戦争の音。
悲鳴や怒号が飛び交っている。
何かを破壊する轟音がする。
彼らはそれを聞いて、何も思わず、何もしなかった。
既に、そんな余裕はなかった。
今までとは違う。
外界の一切を排除して臨まなければいけなかった。
今までの相手とは、違う。
これで終わりだ。
これが最後なのだ。
他のすべてを犠牲にしても、これに勝利すれば、終わる。
外界に残す同胞のためにできることは、目の前の敵を倒すことだけ。
「そろそろ、始めるか」
青年は言った。
いつの間にか、その手には剣が握られていた。
刀身に複雑な紋様が刻まれている剣だった。
「ああ。始めよう」
少女が言った。
彼女はゆったりと玉座から立ち上がった。
光が届かぬ場所であるにも関わらず光り輝く金髪の輝きが増し、月光のごとく、淡く、周囲を照らす。
青年は少女に剣先を向け、獰猛とも言える笑みを見せた。
「光栄に思え、魔王。俺の理想のために、征服してやろう」
少女はそれに物ともせず、余裕の現れたる笑みを見せる。
「面白いぞ、勇者。――良い。貴様には我が手ずから裁きを下そう」
その時。
両者から膨大な魔力が溢れ出し、激突した。
ただ溢れただけの魔力であるのに、それは一瞬で死の世界を覆い尽くし、満ちた。
息の詰まる空気は、息のできない空気へと変わる。
常人には立ち入れぬ領域へと。
並大抵の魔族であっても立ち入れぬ領域へと。
この世の超越者にのみ踏み入れることを許された領域へと、移行する。
そうして、勇者と魔王の決戦は――人間と魔族の先を決める戦は、始まった。
世界の先を決める戦が、始まった。