2-29.因縁
クタルムシュ昔日を語ること
「ヘラス人使節たちが? 確かなことなんですか?」
その報せに、ペレウスは思わず身を乗りだして訊き返していた。
客間のじゅうたんの上に直接座った、髪もひげも真っ白な老いた商人がうなずく。その背の曲がった老爺は、少年が待望していた報せを持ってきたのである。
「おまえさんの仲間かどうかは知らん。だが身なりの良いヘラス人の餓鬼どもがハザール海沿岸部のヘカトンピュロスの街にいたというのは、確かな筋から聞いた話じゃ」
「ヘカトンピュロス?」
ペレウスは目を丸くする――それはヘラス語であった。
「どこですかそれ、なんで帝国内なのにヘラス風の名前の街なんです? なんだってヘラス人たちがそんなところに? かれらは何人くらいなんですか?」
「なぜヘラス風の名前かって、そりゃヘカトンピュロスはヘラス人が築いた都市じゃもの。わしが知ってることはそれだけじゃ。それより、わざわざ教えにきてやったんじゃから礼をくれ」
深いしわのはざまにある目に期待の光をたたえ、遊牧民の出と思われる風貌の老商人はてのひらを出した。しぶしぶとペレウスは懐の小銭入れを開き、最後の貴重な銀貨をつまみあげて渡した。
老商人の目が衝撃と憤怒にかっと見開かれた。
「た……たった一ディルハムじゃと!?」
「え? ええ」報せをもたらしてくれたとはいえ、どうせ町々をわたり歩く交易のついでではないかと思う。お礼として一ディルハムがそう少ない金額とは思えない。ペレウスは小銭袋を逆さに振って全財産であったことを暗に示したが、
「ありえない! ありえない! 貴様の吝嗇っぷりはあのダマスカス公家のがめついジンども並みじゃ! 終末の日には唯一神の御手によって貴様の財産は残らず召し上げられ……」
老人の呪詛の途中でユルドゥズがすっとんできた。見守っていた白羊族の誰かが注進したらしい。
「まあまあまあ、ご老人、これを納めとくれ。あたしらが南から運んできた荷で、ほんのちょっぴりだが竜涎香だよ。戦のせいで南部に行きづらい今ならいい値が付くよ」
香の入った小袋を渡され、老商人はそれを当然のように懐におさめながら「そこの若いヘラス人には新鮮な情報の相場をきちんと教えておくがよかろうぞ」とぶつぶつぼやいた。それから、
「あと、わしは腹が減ったんじゃがね」
すぐに老人とその従僕たちにナツメヤシとらくだの乳が供される。その場で白羊族とともに朝食をとりはじめたかれらに、ペレウスは柱の陰からじとっと不満気な視線を注いだ。
クタルムシュがペレウスのそばで苦笑した。
「どっちが強欲だと言いたげだな。かれのような遊牧民には遊牧民の文化と価値観があるのだよ」
「実にずうずうしい文化みたいですね」口を尖らせて言ったが、
「おいおい、白羊族も遊牧の民だぞ。私たち征服系のジンも元をたどればそうだ」
「あ……すみません」
あわてたペレウスに、クタルムシュは微笑んだ。
「この帝国にはあまたの遊牧部族が存在している。
憶えておくといい。広大な砂漠や草原を渡ってくるかれらは、交易の担い手というだけでなく情報の運び手でもある。そして、情報そのものも貴重な商品のひとつであり、代価が払われるべきとみなす者も少なくないのだ。食事の要求については、『客がもてなされるのは当然の権利』という考え方はかれらの共通認識だ」
「情報は貴重な商品、ですか」
「ヘラス人には馴染まない考えか?」
「いいえ……言われてみれば納得できなくはないです」
ペレウスの故国ミュケナイは島にある。海を渡ってくる情報を、「外界の変動に無知であることは許されぬ」とばかりに父王や議会はことのほか重視していた。ミュケナイは貧しい国ながら報せを伝える快速艇制度の維持には力を注いでいる。
海を砂漠、船乗りたちを遊牧民、島を砂漠の中の都市と置き換えればしっくりくる。
非を認め、「以後は心します」と厳粛に口にしたペレウスに「そう力まずとも知っておくだけでよいことだ」と笑いかけ、クタルムシュは話を変えた。
「ヘラス人といえば、とうとう君の友人たちの居所が判明したそうだな」
友人ではないとは言いづらい。
あいまいにうなずいたかれに、クタルムシュは言葉を続けた。
「喜ばしいことだ。私はこのあとアーガー卿およびファリザード殿と会うことになっているのだが、その場でヘラス人使節たちの消息を伝えておこう。彼女はかれらを早急に招聘するだろう」
ペレウスは重ねてうなずいた……嬉しいのかどうかよくわからなかった。
喜ぶべきではあるのだろう。これで、かれが意図していたように使節が一定数揃うのだ。この帝国の内乱に際し〈剣〉を倒すために参戦するよう、ヘラス本国への請願書を連署で送れるのである。
(できればヘカトンピュロスにいるのが王政都市の少年たちであれば……でも民主政都市のやつらだったとしてもこの際かまわない)
個人的な恨みは棚上げしなくてはならないとペレウスは覚悟を決めていた。
だが、それはそれとして、
(……しかしなんでこんな時期に判明するんだ。あいつらと再会する日までぼくは生きていないかもしれないじゃないか)
冬至まであと七日であった。
竜の試練を受けさせられているこのときになぜ、と思わないでもない。
(けれど、試練のことは個人的な問題だ)
竜に寄生されたこと、直面している難問のこと、それらはどれだけ苦しかろうがしょせんかれ個人のことなのだ。公私の「私」の部分でしかないのだ。鬱々とした気分を押し殺す。
(こうなったら、ぼくが優先してやるべきはヘラス諸都市を参戦させるため力を尽くすことだ。確実に生きていられるあいだに)
使節たちには本国へ連署を送る構想を伝えねばならない。使節とすぐ会うなり遺言を書くなり、生あるうちに手を打っておくべきであろう。決意したところでクタルムシュが肝心なことを尋ねてきた。
「それで、使節たちはどこにいると聞いたのだ?」
「あ、はい。ヘカトンピュロスという都市に」
「……ヘカトンピュロス?」
「知りませんか? ハザール海という大きな湖の沿岸にある街だそうですけれど」
クタルムシュが黙りこむ。名を知られていないよほど小さな街なのだろうかとペレウスはかれを見上げたが、
「ペレウス君」クタルムシュの面持ちは深い困惑を宿していた。「ヘカトンピュロスというのは……あそこには、少々複雑な背景があってな」
歯切れ悪く言葉を切ってから、
「その都市は奴隷市場だ」
ペレウスはぎょっとしてのけぞった。クタルムシュの真摯な表情に冗談を言っている風はかけらもない。
「あいつらがなぜそんなところに?」
「さあな。だがもしかしたら使いを出して呼ぶだけでは済まないかもしれない。ことによるとその者たちは違法な奴隷商のもとで自由がない状態かもしれない。敵国とはいえ国の使節がそんな目にあうとは考えにくいが、混乱したこの情勢下では安全だと言い切れるわけではない」
「本当にそうだったらなんとかしなければ」
ペレウスが意気込んだときだった。
兵舎の中庭の入り口がざわめいた。ジン兵が一人馬を乗り入れてきたのである。
そのジンは中庭を見回し、柱廊にたたずんでいるペレウスたちのほうを見ると、まっすぐに歩いてきた。
そして、うやうやしい一礼をその伝令のジン兵はクタルムシュに向けた。
「先に連絡があったと思われますが、ファリザード様からの御召しでございます。クタルムシュ卿」
「だれかと思えば、その声はカイス殿ではないか」
「貴君に憶えていていただけたとは光栄です。以前に仲間ともども助けていただいたこと、改めて礼を申し上げます。
さっそくですが、案内いたします。どうぞこちらへ」
うなずいてクタルムシュは足を踏み出し、ふと思いついたようにペレウスを振り向いた。
「私の外套のある場所をユルドゥズに聞いて取ってきなさい」命じられてとまどうペレウスに今度は小声で、「私の従者のふりをして一緒に来るといい。ヘラス人に関する調査と保護をファリザード殿に頼んでみるがよかろう」とささやいた。
ペレウスが迷ったのは一瞬だけであった。
………………………………
………………
……
兵舎から歩いて移動したそこは、市壁にそびえた塔の内部だった。音を通さない厚い石の壁天井の一室は、密談向きの場である。
「あなたにはわが兄エラムを救助する部隊に加わってほしいのだ、クタルムシュ卿」
いま、ペレウスは部屋中央に立つクタルムシュの斜め後ろに控えている。従者をよそおって無言で。アーチ状の窓を背に話すファリザードがなるべくこちらを見ないようにしていることに、むろんペレウスは気づいていた。
こちらから彼女に話しかけるつもりもなかった――できなかった。
なにしろ部屋の中には、ファリザードとクタルムシュ以外の別のジンがいる。それも二名。
「ファリザード様、要請はもっと正確に伝えるべきです。かれに救出隊の指揮を取ってほしいと」
杖をついたアーガー卿がファリザードに指摘した。かれとは市壁に上がる階段の前で合流したのである。
だが同時に、最初から部屋内にいたジンの男――細身の長身で吊り目がち、なぜか雄鶏を肩にとまらせている――が口をはさんだ。
「そやつが指揮をとって大丈夫なのでしょうか」
そのジンに対し、「久しいな、トゥグリル」クタルムシュがにこりと笑みかけた。親しげに。
それに対してトゥグリルと呼ばれたジンは、応えもせずに黙殺した。ファリザードが硬質の声を出した。
「なにを言っているんだ、トゥグリル卿。クタルムシュ卿の能力は確かだぞ。
かつての近衛隊の長という地位、無能で務まるはずがあるまい。戦士としてだけでなく部隊の指揮官としても、わたしたちの側の握るもっとも有力な駒のひとりだ」
トゥグリルはそれをはね返した。淡々と語ることで。
「誤解しないでいただきたい。私はこやつの能力に疑いを抱いているわけではありませんよ、ファリザード様。
ですが、こやつの下につく者たちが納得するかどうかが問題なのです。こやつの醜聞は天下に鳴り響いていますから。
人族を妻と迎えて一族を出奔したようなジンに、好んで付き従うジン兵がいるでしょうか?」
あまりにも遠慮のないその指摘が、場の空気を凝固させた。
アーガー卿が疲れたようにうつむき、ファリザードが言葉を失って硬直し立ちすくむ。ペレウスは息を飲んでクタルムシュの顔色をうかがった。
かれは苦笑寸前の表情を浮かべていた。
「相変わらず歯に衣着せぬやつだな、トゥグリル」
「現実を直視させようとしているだけだ」
冷ややかな瞳がようやく正面からクタルムシュを見すえる。
アーガー卿が杖でこつこつと床を叩き、とりなすような台詞を発した。
「トゥグリル卿、心配は無用だ。救出隊は、前回と同じく私の家臣から選び抜いた者で構成するつもりでいる。かれらはカースィムに監禁された状態からクタルムシュ卿に直接救われた者たちであり、かれに心酔している」
「…………そうですか。それは重畳。わが兵を貸してやる必要もなさそうですな」
「貸してくれるつもりだったのか?」苦笑寸前からクタルムシュがはっきり苦笑に表情を移行させた。
「わが部下たちならばおまえに従うだろうからな」もう相手の顔を見もせずトゥグリルは応え、
「では、私はこれで退出いたします、ファリザード様」
「あ、ちょっと待て、トゥグリル卿……」
「まだ何かございますか?」
「い、いや……ないけれど、なんで急に」
「この男のふやけた顔を長く見ていたくはないのですよ。まだバハラームの阿呆と同席していたほうがましだ」
言い捨てて出ていった。閉まった扉を見つめながら、ファリザードが「やりにくいな、あいつは。断水公より物腰は常識的だと思ったが、やっぱり癖が強すぎる」と辟易したようにつぶやく。
「ほんと、わけがわからない。さっきまで雄鶏公は『クタルムシュの顔を一目見ておく』と言って残っていたんだぞ。仲がいいのかと思ったじゃないか」
ぼやくファリザードに、「すまない」なぜかきまり悪げにクタルムシュが謝った。
その横で、アーガー卿がほうっと息を吐く。
「あのように狷介な態度をとるとはな。気になさるなよ、クタルムシュ卿」
「しておりませんよ。あいつは子供のころからああいうやつですから」
「そうだな、言われてみればそういう男であった。兄君に対し進歩のないことだ」
そのやり取りでまたも目をむいて凍った――ペレウス及びファリザードが。
「……兄弟……? トゥグリル卿とクタルムシュ卿が?」
先にうめくような声を漏らしたのはファリザードだった。ペレウスはそのおかげで引き続き沈黙を保つことができたが、内心の驚愕ぶりでは彼女と似たようなものである。
トゥグリルというジンとクタルムシュとは、印象にまるで似ているところがなかった。
「まっ、待て」ファリザードがはっと何かに気づいた様子であわてた声を出した。
「クタルムシュ卿、以前に自分の出自を教えてくれたな? サマルカンド公家を祖とする氏族だと」
「然り。私はサンジャル一門の出だ」
「トゥグリル卿も?」
「そうだが」
「ちょっと待て、あいつ、サマルカンド公家のことをだいぶ悪し様に言っていたが……気を許してはいけないとか油断がならないとか。
あいつ自身も元をたどればサマルカンド公家の分流じゃないか! なにを信じていいかわからなくなってきた」
おおいに憤慨した様子のファリザードであった。
ところが、クタルムシュの表情が変わった。激変といっていいほどに。
「いや、それはトゥグリルの言が正しい。本家と分家とは区別してもらいたい。
本家のやつらは朝に陥穽をしかけ夕に陰謀を練り、一日にひとりはだれかを陥れねばならないと信じているような連中だ」
声も冷たく、剣呑なものを感じさせる響きと変じていた。子供たちはアーガー卿に見咎められる危険も忘れ、ひそかに目と目を見交わした。クタルムシュが他者に対する負の感情をむき出しにするのは珍しいことであったから。
ペレウスたちが強い興味を抱いたことを察してか、クタルムシュは語りだした。
「私がユルドゥズに求婚したことを恥と言いたて、わが一族や周辺遊牧部族を焚きつけて白羊族を襲わせ、ユルドゥズの片目をえぐらせたのは本家の公子であった。
私に味方し、ジン兵を出して白羊族を守ってくれたのはあのひねくれ者の弟、トゥグリルだけだ。以来、私はトゥグリル以外の親戚とは縁を切っている」
「な……なぜサマルカンド公家はそんなことを」
その問いに恥じるように黙ったクタルムシュに代わり、アーガー卿が杖に寄りかかって横から言い添えた。
「サンジャル氏族を分裂させ、力を弱めるためではなかろうか。
近衛隊長を経て太守のひとりにまで出世したクタルムシュ卿や、ホラーサーン将ウルジェイトゥと決闘して引き分けてみせたトゥグリル卿という英才を排出し、当時のサンジャル一門は名声赫々たるものであった。本家の嫉視を呼びかねないほどにな。
クタルムシュ卿の……例の騒ぎと、それに続いた白羊族襲撃事件の結果、その両名は実家を去ることになった。サンジャル氏族の輝きも、それとともに弱まったのだ」
クタルムシュはいまや声の鋭さを隠そうともしていなかった。
「本家の者たちは敗者に対する慈悲を持たず、敵に対する敬意を持たず、仲間に対する信義を持たぬ」
常は穏やかなクタルムシュの身から冷たい怒気の陽炎がたちのぼる。その正面にいるファリザードが思わずといった様子であとじさるほどに。
「わが一門をそそのかしたのは、公子たちのうちで特に腹黒い男だ。
ティムールという名の、遠からずサマルカンド公となるであろう若造だ。私はやつだけは断じて許さぬ」
しばしの沈黙が部屋に居座った。やがて、アーガー卿が嘆息とともに、言葉の雷を場に放った。
「そのティムール殿は書簡でファリザード様に求婚してきておられるが、どうしたものか」
今度の一拍ほどの短い沈黙は絶句に類するものであった。
「なんだと? 絶対に断るべきだ」即言したのはクタルムシュであり、
「あんなぶしつけな要求が求婚といえるわけないだろっ」抗議したのはファリザードだった。
ペレウスは一瞬開いた口を閉じ、何も言わなかった。言いたくても声をあげられなかった、アーガー卿のいるこの場では。
ペレウスは憶えていた。隻腕のルカイヤがかれに槍を突きつけながら言ったことを、先ほどトゥグリルがクタルムシュの救出隊長就任に異を唱えたときに言ったことを。
人族とジン族がつがいとなることを忌むジンも多いのだと。
であれば、ファリザードがだれから求婚されようと婚約しようと、この場では驚きを見せることも問いただすこともつつしまねばならないはずだった。
だから、「ほんとにあんなのはまともな求婚なんかじゃ……」言いさしてファリザードが動揺を含んだ目でちらりとかれを見たときも、反射的に顔を背けてしまった。予想通り傷ついた表情になるファリザードが視界の端に見えた。罪悪感が疼く一方で、冷えた怒りに似た、彼女を突き放す気分がわき上がってきていた。
(どう考えたってジンの前では、きみとぼくとはなんの関係もないふりをするほうがいいだろ。こっちを見るなよ)
だいたい、彼女には皇太子との婚約話も持ち上がっているはずだ。
いままでそのことを隠し、こちらに一言たりとも伝えもしなかったくせに、いまさらそんな微妙に泣きそうな顔をされたって――
(……なんだ、これ。これじゃまるでぼくが嫉妬しているみたいじゃないか)
そういうわけではない、と心に言い聞かせる。黒いもやもやしたものが胸に満ちているが、これがそんな感情であるはずがない。いかにも嫉妬のようではあるが、決してそんなことはない。ぼくは彼女のことを特別な対象として見てきたわけではないのだから、嫉妬など抱く理由がない。
“唯一無二の心臓を……”
――だから、彼女は贄にはならない。
黙りこんだふたりの間に、クタルムシュの声が割って入った。
「私としたことが少し昂ってしまったな。ファリザード殿、それでは、返事が遅れたが。
エラム殿をお救い申し上げる部隊に喜んで参加させていただく。
……それと、白羊族長がすぐにも会って話したいことがあると言っている」
しょんぼりとうつむきかけていたファリザードがあわてて顔と背筋を引き締めた。
「ユルドゥズが? なんの話だ?」
「多岐にわたることを。たとえば、これからの白羊族の身の振り方について。
北の故郷から壮兵をさらに呼んでよいかと彼女は申し出てきている。ジン族とは戦えないが、白羊族をあなたの兵として役立ててほしいと」
いつもの穏やかな笑みを取り戻して、
「そういうことを直接、昼餐でも共にしながら具体的に話したいそうなのだよ。良ければ会ってやってもらえないか? かまわないかね、アーガー卿」
いぶかしげなアーガーが異を唱えようとしてか口を開き、閉め、鼻から息を抜いた。しかたなさげにかれは杖をこつりと鳴らした。
「そういうことか。昼餐に招待するほうが主目的であろう。
おぬしの人族の妻がファリザード様と親しいことは知っておる。報告があったからな。……たしかに常に張り詰めさせておくのも良いことではない。しかしこの期に及んでは、あまり長く遊びを認めるわけにはいかん。
おぬし自身が付き添ってファリザード様を昼過ぎまでには館に戻せよ」
ペレウスはどきりとした。どうやらユルドゥズとファリザードが親しいところまではアーガーは調べているようであった。口ぶりからすると幸いにもペレウスのことは報告されていないようだが……
少年少女を引きつれて塔を出たあと、クタルムシュはふたりを振りむいてとびきり晴朗な笑みを浮かべた。お節介な年長者にも、いたずら好きの青年にも似た笑みを。
「行こうか。久しぶりであることだし、話すことがあるならふたりで話しておくといい」
あ、とペレウスはかれの意図を悟った。
おそらくファリザードも同様に。その頬がぱっと赤くなっていたから。