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2-10.毒虫〈上〉

都市テヘラーンの領主アーガー卿、カースィムを逆徒と名指しし

カースィム、決闘裁判をファリザードに申しこむこと


「カースィム卿、これはどうしたわけか。その椅子に座っているのはアーガー卿ではないか。おぬしは直接の主君を幽閉して、拷問していたのか!

 そして都市テヘラーンを奪いとり、それを知られぬためわたしたちを遠ざけようとしたのだな!?」


 眉を怒らせて詰問するファリザードが前に出、白羊族がそれを包んで塔内に入りこむと、場の雰囲気はたちまち変わった。

 驚愕は険悪な敵意に代わり、両陣営のにらみ合いは空間をぎりぎりと張り詰めさせてゆく。


 カースィムの連れていた傭兵たちが歯を剥いて挑発の表情をする。

 白羊族、ことに血気にはやる若者たちはそれを見て鼻頭にしわを寄せ、矢の羽に指を起き始めた。


 都市テヘラーンの警備隊長ことカースィムは、ファリザードに難詰されても無表情であったが、唐突にじわりと殺意がにじんだ。その手がそろそろとベルトに差した剣の柄頭をまさぐっているのを見て、ペレウスは戦慄した。

 ほぼ同時に禿げのウルグが、ファリザードおよび闘気をふくらませた白羊族の者たちへと注意を促す叫びをあげた。


「待て、刺激するな!」


 ファリザードがはっと息を呑む。彼女もすぐに理解したのだ。

 まずい状況だった。

 人数には大きな差はない。こちらは捕虜のジオルジロスを除き三十名、カースィムたちのほうはそれより若干少ない二十五人前後であろうか。

 だが、こちらの主力を占める白羊族はジンには手を出せないのだ。となれば問題は、カースィムの武力がどの程度のものであるかになってしまう。

 冷静に考えればカースィムと戦えるのはファリザードとペレウスしかいないのだから。


(でも……イルバルスと違い、カースィムは白羊族が戦えないことを知らないようだ。だとしたら、あちらもこんな状況で戦いたくないはずだ)


 奇妙にして両者とも望まざる状況であった。

 どちらもできれば、戦うなら原野で戦いたかったであろう。

 ここは白羊族にとっては、騎馬戦術を駆使する余地がない場所である。

 カースィム側にとっては、本来なら傭兵の人数では優っていたのに、遭遇戦の成り行きで寡兵の立場に置かれているという状況である。


(カースィムがここにいたのはなんのためだ? 幽閉したアーガー卿の息の根を止めておこうという判断だったのか。だから少人数でひそかに訪れていたのか。

 いずれにしても……相手が白羊族の実情を知らない以上、仕切り直すことは交渉次第で可能なはずだ。アーガー卿を殺さないように取引していったん引き下がれれば――)


 しかし、そのときだった。

 気絶していたかに見えた椅子の捕囚が、鳩の白い糞でにかわのように塗りつぶされていたまぶたをかっと見開いた。満身創痍のアーガー卿はもがき、口に押し込められた鳩の死骸を吐き出した。


「告発する!」


 今こそ機とばかりの絶叫が放たれる。

 その怨念は鳩の塔の内部に轟きわたり、無数の巣穴を揺るがした。


「イスファハーン公家のファリザードよ、このアーガーは御身の臣下として告発する! その男カースィムは逆徒なり!」


 幾千羽もの眠れる鳩が目を覚まし、飛び立って乱舞し、翼で空気を叩いた。

 自らへの告発にあくまで無言を通し、カースィムは鬱陶しそうに天井を見上げている。


「その逆徒は私に毒を盛って四肢の自由を奪い、ここに監禁し、拷問し、いずれは殺すつもりだと語った。〈剣〉に膝をつき、その裏切りの代償としてテヘラーンを己のものとして受け取るつもりであった。

 公領全土を統べる正当な大領主の子ファリザードよ、一族の責務である裁定を行われよ。私に対する、イスファハーン公家に対する、帝国に対する反逆の罪を裁くべし!」


「鳩を拾い、その愚者ののどに突っ込め。窒息死してもかまわん」


 ようやく口を開いたカースィムが平然と傭兵たちに命じる。それはかれが仮面を完全に投げ捨てたことを示していた。

 ざわめきの中で、ペレウスは目を閉じて蒼白になっていた。

 戦うしかなくなった――カースィムの罪は完全に確定したといってよいのだから。

 こちらはかれを捕らえねばならず、かれはこちらをどうあっても口封じするしかなくなった。


(疑いようもなく、これは正義だ。正義だけれど……アーガー卿、ぼくらは大軍勢でこの地に来たわけじゃないんだ)


「話がありまする、ファリザード様。いえ、申し出ですが」


 カースィムが口を開き、さりげない調子で言った。

「な、何だ」ファリザードが身構えた。ペレウスは祈った。どうかカースィムの申し出というのが“お互い兵を引きませぬか”というものであるようにと。

 もちろん、そんな話にはならなかった。


「決闘裁判を受けていただけましょうや」


 ――ペレウスを含めこちら側の全員が、耳を疑った。


(決闘裁判だと?)


 いったい何を考えている。集中する視線を浴び、「ジン族古来の法により」カースィムはふたたび口を開いた。


「裁判官の前で、原告の名指しした者と戦い、決闘の勝敗によって身の無実の証を立てることは、訴えられた者の権利として認められておりまする。

 大陸諸国のジンのみならず、西方諸蛮国の白のジン(エルフ)どもにすら残る古法。知らぬとは言いますまいな、ファリザード様」


「知っている」慎重にファリザードは答えた。「だがそれでなぜ、わたしとの決闘に話が飛躍するのだ」


「なぜなら、もはやそれ以外に無罪を手に入れられそうにないからです。

 アーガーは、あなたに私を訴えました。われらは公領の都市テヘラーンの領主と警備隊長。われらの直接の上位者は、上帝(スルターン)を別にすればイスファハーン公のみ。

 そしてイスファハーン公が死んだ今、その嫡子であるあなたは、われらの争いを裁定すべき立場にありますぞ。しかもアーガーはあなたを名指しした……ゆえに、この場では、裁定者と原告の立てた戦士役、双方をあなたに代行していただくことにしましょう。

 さて、ファリザード様」


 ふてぶてしくカースィムは口角をつりあげた。


「裁定者としてのあなたは私を有罪としますか、無罪としますか? あなたの答えは決まっているのではないですか? そら、私は破滅を避けるために最後の手段として決闘裁判に訴えるしかない。むろんあなたが私の無実を証明してくれるならそのようなことは起こす必要もありませんが」


「ばかな……有罪無罪を論ずる段階か。貴様は反逆の現行犯だぞ」


 理解できず目を丸くしたファリザードに、カースィムは声を低く沈めた。


「呑み込みの悪い姫君だ。

 殺されたくなければイスファハーン公家の名にかけて私の無罪を宣告しろと言っている。決闘に応じずともよいのだぞ――そうなれば、互いの兵を動かして殺しあい、無用の犠牲をそちらが増やすだけのこと」


 冷たい泥水のごとき粘る殺気を浴びせられて、ファリザードがびくりと一歩退いた。

 ペレウスは理性とは別に、かちんと来るものを覚えた。かれはファリザードの前に出て、カースィムに対峙した。


「開き直るな、逆臣」


 にらみあげるペレウスを、カースィムは排水路のドブネズミを見るがごとき目で一瞥した。


「……なんだ、お前は」


「イスファハーン公家の食客だ。

 あんたは岳父アーガーを鳩の塔に幽閉し、拷問を加え、都市テヘラーンを簒奪し、そして実情を知られないためにファリザードを追いはらおうとした。

 明々白々なその罪状を逃れるために、ファリザードみたいな女の子一人に、大の大人が決闘を申しこむという形で脅すなど、みっともないと思わないのか」


「言葉をしゃべる害獣よ、その舌は正論らしきものを吐く術を知っているようだな。だがそれがどうした?」


 鼻先でカースィムは嗤った。


「いまは力の世だ。

 本当を言えばファリザード様がどう裁きを下すかすら関係ない。私が反逆したからといって、イスファハーン公家に私に罰を下す力などもうないのだからな。

 わが身の無実を証言してもらおうとしたのは、うむ、言われてみればわが心の弱さだな。私としたことが慌てていたようだ。うむ、うむ……それに、どうやらくだらぬ忠義心のかけらが、私の奥にもまだあったようだな。それもここで消そう。

 姫の身柄を押さえ、〈剣〉に突き出そう。最初からその選択肢を選ぼうとしなかったのは、無用の気後れというものであった」


 言いつつ一歩を進めたカースィムに、ペレウスは鞘から三日月刀を抜いた。対峙する二人以外の全員が、身をこわばらせてぎくりとした。

 白羊族のウルグが、「よせ、坊や」と驚愕の声をあげ、ファリザードが思わずといった調子でペレウスの袖をつかんだ。

 カースィムの面に、はっきりと不快感が現われた。自分の引き連れている傭兵たちも人族であることなど意にも介しない様子で、かれはうんざりとペレウスに訊ねる。


「なんのつもりだ、害獣」


「わかった、決闘すればいいんだろう。

 ぼくらが負けたらそっちの無罪を認めてやる。ぼくらが勝ったらぼくらを黙って逃がせ。悪い話じゃないはずだ」


 良い話だとも悪い話だとも、カースィムは評しなかった。ただ醒めた声でつぶやいた。


「……『ぼくら』?」


「そうだ。決闘するにしろ一対一は不公平すぎる。ぼくが彼女に味方する」


(カースィムは正しいことをひとつ言った。『無用の犠牲をそちらが増やすだけ』――そうだ、たしかにそのとおりだ。

 ジンと戦えない白羊族のみんなはカースィムとは戦えない。ジオルジロスは解き放つのは危険だ。集団戦にしろ決闘にしろ、この男と戦えるのはぼくとファリザードの二人だけ)


 ならば、決闘のほうがまだましだ。


「……二対一? なぜ、そのような変則的な決闘に、私が応じねばならんのだ? これでは茶番でしかないな」


「最初から茶番だろう。古来の法だなどと言って、単にファリザードを脅すための手口だったじゃないか。

 それとも怖いか、カースィム。戦う子供が二人に増えただけで怖じけづいているのか。廉恥心というものはおまえにないのか?」


 自らへの鼓舞をかねて、ペレウスは相手を挑発した。

 かれは、ファリザードとかつて決闘したときの戦略を鮮やかに覚えていた。挑発し、格下相手と侮る敵を猛攻させて、敵手の体力が尽きたときに反攻して勝利をおさめた。今度もそれが通用するかどうかはわからないが、無策よりはましだろう。


「怯えているのだとすればおまえなんて、ホラーサーン将に比べて怖くもなんともない」


 鳩の白糞がみぞれのように降って両者の間にぴちゃと落ちた。

 滑稽でそして恐ろしい間の後、カースィムがふたたび歩を進めた。


「……まあ、ホラーサーンの歴戦の猛者どもと比べられても困るな。兵を動かす体裁を整えるために都市警備隊長の役職を名乗ってはいるが、もともと私は書記官だからな。

 “大力”の能力もせいぜいが五人前――」


 その露出した首元の地肌に、不意に赤く呪印が浮かび上がった。

 呪印は伸び、蔦蔓(ツタカズラ)のようにジンの肌身を覆っていく。

 戦闘準備が整ってゆく。


「だが、生粋の武官ではないとはいえ、私もジンだ。

 侮りは己のちっぽけな生命であがなえ、愚かな幼獣」


 カースィムはついにペレウスに向けて腰を落とし、しゃらりと剣を抜きつれた。それは通常の鋼の剣で、刃渡りは肘から手指の先までと短め、しかし十分に鋭かった。


「ペレウス、だめだ、下がってろっ」ファリザードがぐいぐいと袖を引っ張る。


「きみこそ下がってろ」


 ファリザードの狼狽に聞く耳を貸さず、つかまれた袖を振り切り、ペレウスは刀をかまえた。背後の彼女にささやく。


「防御なら多少は心得がある。盾がないのが残念だけど……ぼくが受けに専念して持ちこたえるから、きみはその間に攻撃しろ。役割分担だ」


 言いながらペレウスは、カースィムの姿に目を凝らした。サー・ウィリアムに叩き込まれたとおり、まずは間合いを目測する。


(八歩)


 相手はジン、しかも大人である。この距離でも軽々と詰めてくるだろう。わずかな動きも見逃さないつもりだった。


(やつが飛び込んできたら即応する)


 微塵も、ペレウスは油断はしていなかった。ただ、甘かった。甘く見積もり過ぎていた。成体に達したジンの速度を。

 唐突に、剣尖が目の前にあった。


(――?――)


 一瞬きの数分の一――死生のはざまに気がつけば、いた。

 時間が奇妙にゆっくり流れ、生存本能がいきなり最大限の警鐘を鳴らし、


(――??!――)


 予想をはるかに超える速度で刺突が顔面に来たのだと認識するより先に、ペレウスは刀をはねあげてそれをかろうじて払いのけていた。

 それによって胴ががら空きとなった次の瞬間、迅雷のごときカースィムの蹴りがかれの腹に炸裂した。


  ●   ●   ●   ●   ●


 少年が宙を舞う。

 前触れなく一跳びで八歩の距離を無にしたカースィムに、すくいあげられるように蹴られてペレウスが吹っ飛んだのだった。突進する牡牛にはねとばされたがごとく、数ガズ(メートル)も。

 かれの身体は回転しながらアーガー卿の縛り付けられていた椅子にぶつかり、ばきばきと破砕音を響かせて、半壊した椅子とアーガー卿もろとも床に転倒した。


「ペ……ペレウス!」


 ファリザードは絶叫した。

 しかし、駆け寄るより早くカースィムが彼女に向き直り、逆手で斬りつけてきた。

 転瞬、ファリザードの腰間から黒い光が手走った。相討ち必至の一撃にぎょっとした表情のカースィムがみずからの斬撃をひっこめ、ファリザードの刃をのけぞってかわす。


 名刀“七彩”(ハフト・ラング)を抜いたファリザードが横に跳ぶ――彼女は敵の体を回りこんで倒れたペレウスのもとへ行こうとしたのである。だが、カースィムはそれを逃避行動と勘違いしたようだった。

 同じく地を蹴って横跳びに進路をふさいできたカースィムに、ファリザードはきっと目を据えた。

 彼女の手元から鞭がしなるように、三日月刀の斬撃が放たれる。


 余裕しゃくしゃくで剣をかざして受け止めようとしたカースィムの前で、その一刀の軌道がぐにゃりとねじ曲がった。袈裟斬りが刃を寝かせた首薙ぎに変じ、泡をくって身を沈めたかれの頭上を黒い刃が通過する。肝を冷やされたカースィムが吠えた。


「小娘、存外にやるな!」


 ばっと双方が跳びすさり、向かい合ったまま円を描いて高速で廻りはじめた。独楽(こま)の反対側の縁のように一定の距離を保って。

 その距離が双方ともに埋められて縮まり、円が急速に収斂する。近づいた一瞬で数合刃を噛みあわせるやまたも跳びすさる。

 もはやカースィムはうかつに近寄ってはこないが、ファリザードのほうもペレウスのほうへ走りたくても走れない。足を止めたり背を向ければ致命的な斬撃を食らうだろう。


  ●   ●   ●   ●   ●


 敵味方の人族が後ずさって壁ぎわへと退避し、息を詰めてジン同士の決闘を見守っていた。

 ジオルジロスは戦うファリザードを見ている。奇異なものを見たようにまなじりを開いたが、やがて、く、と片頬をゆがめて笑いを漏らした。


「臆病な犬も――」


 主人が目の前で傷つけられれば、恐怖を忘れて無我夢中で噛みにかかるらしい。

 その独り言に、白羊族の者たちがちらりとかれを振り向く。気にせず、かれは笑壷に入ったようにくつくつ横隔膜を震わせつづけた。


  ●   ●   ●   ●   ●


 ファリザードにはジオルジロスの言葉を聞きとめるどころか、一瞥する余裕もない。

 大人のジンの嵐のような手数と速度と斬撃の威力を前に、吹っ飛ばされぬよう巧みにさばくだけで精一杯である。

 身体能力で圧倒され、ただ剣技という一点においてのみ、彼女はカースィムより上位にあった。カースィムが武官ではないという言葉はどうやら本当のようだった。


 ――……それを含めていくつもの幸運が、まだ彼女を生かしている。


 剣技に加え、もうひとつは得物の違い。ファリザードの愛刀ダマスカス鋼の“七彩”は、鋭さ軽さ頑丈さ、しなりの柔らかさと、性能においてカースィムの剣を遠く引き離す。


 さらにひとつは、カースィムの斬撃に彼女を殺す意図がさほどないこと。〈剣〉に差し出すと言ったとおり、かれはファリザードを生け捕りにするつもりのようだった。


 だがそのどれよりも大きな理由は、足場だった。周囲で見守る人間の観客たちにとっては大小どちらのジンも目にも留まらぬ速さであろうが、駆け巡る速度は本来なら大人がはるかに勝り、比べ物にならないはずなのだ。それがどうにか拮抗しているのは、塔の床は鳩の糞で覆われ、滑りやすくなっているからだ。ここでは転倒を恐れるカースィムの足は鈍るが、より体が小さくより軽く小回りのきくファリザードは、足場の悪さの制約をさほど受けないのだった。


 円が縮まる。残像、余光、鋼のきらめきが乱舞する。

 一刀。一剣。また一刀。受けられる。返される。受け止める。返す。斬撃の応酬に火花が散り、無数の手数のもとでつかの間の均衡が成り立ち……

 刀と剣とが強烈に噛みあった瞬間、小さく鋭い音が居並ぶ観衆の耳を突き刺した。


 驚愕もあらわに何度目かの背後跳躍を行ったカースィムの手には、柄元から断たれた剣が残っている。


「……驚いた。鋼の剣を斬られるとは。腕力でやすやす押し切れるはずと真っ向から噛みあわせたのがまずかったな」


 剣の断面を指でなぞり、カースィムが嘆声を発した。

 だが、ぜいぜい息を荒げながら動かず立ち尽くしているファリザードの目は、かれに向いていない。


 彼女の見ているのは、その斜め後方だった。横に倒れたアーガー卿と半壊した椅子とその破片の傍らで、ペレウスがうめきながらよろよろ上体を起こしていた。見たところ生命に関わる大怪我もなさそうである。アーガー卿の体が衝撃を受け止めたのかもしれない。

 それを視認してようやくファリザードが心底からほっとしたとき、


「認めて進ぜよう、ファリザード様」


 すぐさま顔を戻したファリザードに、そのジンはうなずく。


「あなたは豊かな天禀を持っている。類まれな宝刀を使ったとはいえ、呪印の浮かんだ大人のジンに剣技で渡り合うとはな。

 よろしい。革袋を持ってこい」


 命令は、背後の傭兵たちへのものだった。

 大きな革袋を肩にかついでいた一人の傭兵が進み出、カースィムへとそれを差し出した。


「ファリザード様、残念だ。まったく残念だ。あなたの生け捕りを諦めなければならないとは。あたら若い才能を無惨な屍に変えねばならないとは。

 だがそれもあなたの運命というものだ」


 革袋を受け取り、その中に手を突っこんで、拳ほどの大きさの玉をカースィムは取り出した。玉の中には、透ける薄膜に包まれた黄色く濁った液体が満たされている。


「この先はわが本来の戦い方でやらせてもらおう」


次回(来週)は、前回の連絡のとおりお休みさせていただきます。

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