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2-2.浮上開始

夢を見てファリザード不安を吐露し

意を決して一歩目を踏み出すこと


『敵の弱きを叩くことが覇者の常道だ』


 庭のナナカマドの木の股に腰掛けた伯父が言う。枝に座って足をぶらぶらさせる彼女に向けて。


『獅子は象ではなくガゼルを追う。群れのなかの壮健な個体ではなく、主に足の遅い老獣や幼獣を狙う。固い肩ではなく柔らかい喉笛を噛んで殺す。獣の王にしてかくの如し。

 強をもって弱を討ち、大をもって小を討ち、衆をもって寡を討つ。勢い盛んなるをもって衰えたるを討つ。それが始原の、純粋な武の姿だ』


 ――でも弱者を狙うのは卑怯ではないの、伯父上。卑怯が、武の本質なのですか?


『弱き者ではなく、弱き部分だ。全体を鳥瞰したとき、もろい箇所は真っ先に狙われるということだ。

 おまえは刀術を習い始めていたな。武芸においては対手の隙を探るであろう。急所を狙うであろう。それは卑怯か、ファリザード』


 ――う……ううん。でも、やっぱり、大人が赤子をいじめるようなことは卑怯になります。


『おまえのその論は、(みち)と呼ばれるものに基づいている。

 獣の一部は同族の赤子でもむさぼり食う。純粋な武はあくまでも獣の理だ。対してジン族……それに人族など、智を持ち社会を築く者らは、倫に沿って生きなければならぬ。

 ゆえに、武において倫は枷だ。

 だが倫は、同時に武を巧緻たらしめる要素ともなる。純粋なる武から先へ進んだ巧緻の武においては、弱者が強者に勝つやりようも存在する』


 ――どうやって弱者が強者に勝つのですか。


『方策はいくつかある。一つ目は――』


 革の天幕の内側ではね起きた。

 おびただしい寝汗をかいていた。毛布をはねのけたために夜気が冷え冷えと身に沁む。悪寒が心悸に重なって気持ちが悪かった。


(夢……)


 怪物の夢でも、血の夢でもないにもかからわず、いま見たものはやはり悪夢だった。

 滅入って顔を覆ったとき、天幕の壁が外から軽く叩かれ、ファリザードははっとした。


「……大丈夫? ファリザード」


 細々と伝わってきたのは、ペレウスの声だった。

 すでに皆が寝静まっており、外は月光が中天から照らしている時刻のはずである。もっとも、この少年はここ連夜ユルドゥズやクタルムシュたちと話し込んでいるようだったので、まだ起きていても不思議はなかった。

 どうやら夢から醒めたときに小さく叫んだか天幕を揺らしたかしたようである。たまたま外を通りかかったペレウスを驚かせてしまったらしかった。

 なんでもないと言おうとして、少女の口から出たのは、


「入ってきて」


   ●   ●   ●   ●   ●


「様々な悪夢を見るんだ。たいていは父上か伯父御が出てくる」


 ファリザードの吐露をペレウスは聞いていた。

 ひざを抱えて小さく縮こまる彼女の隣に座っている。


「父上はあの館にいて、わたしが走り寄ると抱き上げて笑ってくれる。でも、夢の終わりでは館は火を噴いて灰になり、父上は笑顔のまま、皮を剥がれて血みどろになっていく。

 伯父の夢は……〈剣〉は……軍を率いていて、いつだって殺しただれかの皮を剥ぎとらせて陣幕の前に晒すよう命じている。晒されているのは兄上たちの皮であることも……でも、そういう夢よりずっと耐えがたいのは、昔の夢だ」


 ファリザードの声がわなないた。


「庭で、客として訪れた伯父御がわたしに話を聞かせている夢だ。

 わたしはあの男を嫌いではなかった。優しい言葉をかけてきたことも笑顔を見せたこともなかったし、むしろいつでも霜刃のような雰囲気の怖い男だったけれど……子供のわたしにも真摯に向い合ってくれた。三日月刀“七彩”(ハフト・ラング)も馬の“黎明”(サハール)も、伯父がわたしに与えてくれた。

 ……父上を殺したあの男へは憎悪の念しか残すべきではないのに……」


 天幕の内は、間近にいても面輪しかわからない暗さである。それでも、ファリザードの憔悴した様子は見て取れた。

 彼女がそれ以上話さなくなると、気詰まりな空気が天幕を満たした。ペレウスは闇を見つめて考えていた。彼女の弱音を、どう受け止めればいいのかわからなかった。

 慰めの言葉を吐くべきか、叱咤激励するべきか、気にするべきではないとまたも諭すべきか――どれも適切とは思われず、かれはただ話題を変えた。


「ホラーサーン軍の動向だけれど、いま〈剣〉は……」


 そこで話を一度切ったのは、(しまった、この話題を選んだのはまずいかもしれない)と気がついたからである。ところが、


「バグダードの門前、落としたクテシフォンの町に軍を続々合流させはじめたのだろう」


 鬱々した声のファリザードが、こちらが伝えるはずだった情報を先取りしたことにペレウスは瞠目した。


「あれ、ユルドゥズさんに先に聞いてた?」


 ファリザードは首を振った。


「……伯父御はこれまで、散らばった狼の群れのごとく軍を分散させていた。それによってイスファハーン公領諸侯を野戦におびき出し、細かい勝利を積み重ねた。

 だが帝都バグダードの大円城の、堅牢無比なる城壁を攻めるためには、巨象の体当たりが必要だ。ホラーサーン軍は結集し、本来の力で攻めるはずだ。クテシフォンを落としたと聞いたときから、それは予想がついていた」


 ひざに顔を埋め、取り憑かれたようにファリザードは語りつづけた。


「ホラーサーン全軍が伯父の統率のもとにまとまれば、もはや正面から戦えはしない。

 こちらが取りうる戦略は……昔、伯父自身が言ったことがある。『巨大な敵軍を退ける方策の常道は、飢えさせることだ』と。小部隊による四六時中の襲撃で敵軍の後方を悩まし、わたしたちみずからの畑と村々の倉を焼いて敵の補給を断ち、反転した敵に攻められれば各地の城に拠って執拗に粘る。それしかない。

 けれど伯父はそうした抵抗に対し、身の毛もよだつ報復を行うだろう。町を破壊し、城市をまるごと屠ることを何度もしてきた男だ。イスファハーン公領は流血の巷と化すだろう。

 そして、そういう戦い方であがいたとしても、最後には制圧される光景しかわたしには思い浮かばないんだ」


 鮮烈な驚きに知らず息を殺してペレウスは聞き入っていた。理解したのである。


(この子は、ただ怯えていたのではない。ぼくよりよほど考えているかもしれない)


 だが、おそらくそれゆえに……明るい未来が見えないがゆえに彼女はがんじがらめになったのだ。


「わたしの側についてくれる領主や民がいたとしても、最後にはみんな殺される……やると言ったら、伯父はかならずやる。民を巻き添えにして苦しめた末、勝ちも得られず犬死にさせるくらいなら、最初から抵抗しないほうがいいとすら思えてきてしまう」


 気鬱に囚われた少女の声が天幕の内にかそけく響く。


「意気地なしとわたしを軽蔑するだろう。けれど、心が萎えてしまうんだ……」


「……わかったよ。きみの言いたいことは」


 ペレウスは言い、目を閉じて心に面影を浮かべた――故国ミュケナイの懐かしい風景を、貧しくも誇り高い人々を。

 それから転じて、ファールス人を。生きているかどうかもわからないゾバイダをはじめ、出会った数多の異国人たちを。


(かれらはファリザードにとっては、ぼくにとってのミュケナイの人々と同じなんだ。

 戦ったほうがいいなどとぼくは言った。けれどあれは無責任な言葉だったかもしれない。領民を殺すことになっても最後まで戦えだなんて、彼女に強いる権利はぼくにはない)


 肺の底から漏れてきたため息を、ペレウスは途中で噛み切り、


「それならぼくの国へ行こう、ファリザード」


 前々から考えていたことを静かに言った。


「きみが戦いたくないなら、それでいい。きみを客分としてミュケナイへ連れていく。なんとかして戦火の及んでいないヘラスまで逃げよう。兄君たちが望むなら、かれらもミュケナイに亡命すればいい」


 横の彼女の体がこわばるのが感じられた。


「それは……でも……」


「問題が?」


 短く問えば、負い目を感じて萎縮した声が返ってくる。


「……そうまでイスファハーン公家のためにしてくれても、もうおまえに何の得もない……伯父の敵意を買うだけだ」


「ぼく個人は、〈剣〉から敵意以外のものを受け取るつもりはない。あいつが矛を納めないかぎりは」ペレウスは本能的な恐怖をねじふせて言った。「ユルドゥズさんたちだって同じだ」


「……ペレウスは、立場がまた別だろう。だって王族だ。ヘラスの利益が第一なんじゃないのか……おまえの国ミュケナイに、迷惑がかかってしまう」


「そのことも、きみが気に病む必要はない。

 どうせ〈剣〉はヘラス諸都市を征服しようとするだろう。だからもう、ヘラスはかれとの戦いは避けられない。きみたち一族を亡命させたところで結果は変わらないんだ」


 もちろん実際はそんな簡単なものではない。亡命受け入れは難航するかもしれない。だが、ペレウスはあえて事を単純化した。

 奥歯を噛み締め、決意を固くする。


(ぼくはとうとうイスファハーン公の力になることができなかった。せめてその遺児だけでも、〈剣〉に殺されるままにしておけるものか)


 近視眼的な軽挙と言われるだろう。公私混同とそしられることも間違いない。

 ヘラスの伝説には、一人の美女のために故国を滅ぼすことになった都市トロイの王子パリスの先例がある。ペレウスはパリス二世と揶揄されるかもしれない。


 それでも、と触れ合う肩から伝わる体温を思う。

 喧嘩と和解があった。温もりを分かち合った。命を助けた。助けられた。

 笑いを交わして、涙を拭いて、想いを告げられて――この友人の苦境を見捨てるには、あまりに心を通わせすぎた。


(王位継承権を放棄してでも、父上とミュケナイの元老院を説き伏せてみせる)


「提供できる安寧はほんの数年かもしれないけれど、きみたちをミュケナイ宮廷の庇護下に迎えるつもりだ」


「……手をつないで、ほしい」


 顔をひざに伏せたファリザードが唐突にいった。その手がおずおずとペレウスの腕に触れてきた。

 明確な返答がなかったことにペレウスは当惑したが、口をつぐみ、黙って手のひらを出した。指をからめ、もどかしげに何かを訴えるようにファリザードの小さな手が握りしめてくる――熱い手のひらだった。イスファハーンに帰った日、寝台で嗚咽しながらかれの手を求めたときと同じ熱さだった。

 ファリザードがつぶやいた。


「ペレウスの国は、海が近いんだったな」


「島の都市だからね」


「海を見たことはないんだ……砂漠より広いのかな」


「広いよ。広いだけじゃなく、紺碧の海は美しい。西日が水平線に落ちるときは、天も水も燃えているみたいな夕紅に染まるんだ」


「見たいな」


 言って、少女が身を寄せてきた。柔らかい頬がかれの肩にもたせかけられる。


「わたし、今月で十三歳になったんだ」また、ファリザードの話が飛んだ。


「もう大人になることにする。しばらくひどい有り様だったけれど、これからはあんな甘ったれた姿はだれにも見せない。

 だけど……ときどき、おまえにだけはこうさせて」


 頬が肩にすりつけられる――その頬は濡れていたのかもしれなかった。返事に少々困ったが、ペレウスは握り返すことで承諾を示した。

 しめやかな息づかいが、夜の静寂に響いていた。


 同じ毛布にくるまって眠るまでずっと、手は離されなかった。

 身を寄せ合い、まどろみの中でペレウスは朦朧と考えた。


(結局ファリザードがどうするのか、はっきりさせ損ねた)


………………………………

………………

……


 次の朝にそれは明らかになった。


「すこし前に聞いたところでは、イスファハーン公領南部、西部の大部分はすでにホラーサーン軍の軍門に降ったが、北部はまだ旗幟を鮮明にしていないという話だったな。

 ユルドゥズ、その状況に変化はないか?」


「あ……ああ、斥候が聞き込んできた範囲ではね」


「ならばこのまま北上を続けよう。目指すは都市テヘラーンだ。ここからなら三日と要しない距離にある」


 当惑顔のユルドゥズを尻目に、砂上に広げた地図の一点をファリザードが指す。


「テヘラーンの領主アーガー卿は、イスファハーン公家に仕えるもっとも誠実な将と名高い。かれならばわたしの力になってくれるはずだ」


「……力ね。その後どうするかは決まっているのかい」


「兵の決起を宣言し、南下しながらイスファハーン公領諸侯に檄文を飛ばす。〈剣〉の徴発を拒み、食料は可能なかぎり城壁に運びこんで残りは奪われぬよう焼けと呼びかける」


 昨夜、「民を苦しめてそこまでしても勝ちがおぼつかない」と弱音を吐いたことなど無かったように、ファリザードは明確に方針を告げた。

 彼女の表情はどちらかといえばまだ曇っており、ふるまいも以前の快活さを取り戻したとはとてもいえない。だが、幽鬼じみてどんよりしていた昨夜までに比べれば雲泥の差である。


「ホラーサーン軍の主力はすでに帝都バグダードの門前に集結し、腰をすえて攻める構えだ。だが、その補給はいま、穀倉地帯であるイスファハーン領南部および西部を後背地とすることでまかなっている。ゆえにまず、やつらに奪われたその地一帯をわが薔薇の一族の元に取り戻す。それによってホラーサーン軍を飢餓の窮地に落としこみ、さらに上帝の軍と挟み撃ちできる。そうなれば持久戦に持ちこむか決戦を挑むかはこちらの自由だ。

 どう思う、クタルムシュ卿?」


 ファリザードに問いかけられた近衛隊の元隊長は薄く笑んだ。


「〈剣〉がバグダードの攻略に手間取っているあいだに総決起してホラーサーン軍の後方を断つというわけだな。簡潔明瞭でよい。

 ただし〈剣〉がイスファハーン領に打ち込んだ恐怖のくさびを考慮に入れるべきだな。“反抗すれば報復する”との脅しは諸侯を怯えさせている。総決起に二の足を踏む者がいるだろう」


「たしかに。それにバグダードが落とされれば士気はますます低下するよ」


 ユルドゥズの指摘に、ファリザードはてきぱきと地図を丸めて立ち上がった。


「ではさっさと動くべきだな。バグダードを伯父御が落としてしまう前に。

 できれば兄上たちや他の諸公家と議論を重ねたいが、その時間も手段もなければ独断での決起もやむを得まい」


「……よし、出立を急ごう。ところで嬢ちゃん……」


 ユルドゥズがためらいがちに声をかけたのは、おそらく少女の心境の変化について聞きたかったのであろう。が、老女がその直後に口にしたのは、「軍学を学んだのかい?」だった。


「伯父に少し」


 振り向かずそれだけを言い、ファリザードは黎明号のもとへ歩いていった。意識してそうしているのかペレウスを一瞥もせず、一度も言葉を交わさず、近くに寄りもしなかった。

 ――移動が始まってすぐ、クタルムシュがペレウスの鞍に鞍を寄せてきた。


「君か? ファリザード殿に活を入れたのは」


「……違います。ファリザードが一人で立ち直りました」


 実のところペレウスには本当にぴんとこなかった。かれがしたのは、亡命するなら受け入れると申し出たことだけだ。それでどうして彼女がこんなにも敢然と抗戦を決めたのだろう。

 しかし、かれの話す詳細を聞いたクタルムシュは「なるほど」と納得した様子になり、離れていこうとした。あわててペレウスは呼び止めた。


「なるほどって、どういうことです?」


 振り向いたクタルムシュのまなざしは、優しげだった。


「君は刃の心金になったのだよ」


「心金……?」


「彼女は刃になる決意を固めた。その心の支えが君だ。

 どんなことがあってもこの人は味方になってくれるだろう――そう信じられる相手にジンは報いる」


 かれの指がペレウスの胸を指した。


「ファリザード殿にとっては君が大事であり、君にとっては故国が大事だ。

 〈剣〉を放置すればいつかは君と、君の大事な故郷が傷つく。彼女はそれを考えたのだろう」


 天啓のごとく理解の稲妻が降り、少年を打った。ペレウスは舌の上に実際に焦げたような苦味すら感じ、ぎゅっと眉を寄せた。


「イスファハーン公家が抵抗を断念すれば、この地の民は当面はたしかに戦に巻き込まれずにすむだろう。だがそれは〈剣〉に、それだけ容易にファールス帝国を制圧し、すぐにでも他国侵略の準備を始めることを許すだろう。戦火はついにはより大きく広がり、君の国を含めて大地を呑むだろう」


 この内乱に〈剣〉が勝利を収めれば、かのジンはいつかペレウスの故郷に攻めてくる。それは疑いない。

 ヘラスにとって最善の道は、帝国の内で〈剣〉が討たれ、ヘラス本土に飛び火する前に戦が終息することである。そのためには帝国諸家には反〈剣〉の旗をかかげて起ってもらうのが望ましいのだ。


(そうだ、ぼくはそれも望んだ……ヘラスのために望んでいた。争いが帝国内部で終始することを)


 急に息苦しさを覚え、ペレウスは知らず自分の胸元をつかんだ。

 ヘラスに災いが及んでほしくないという願いと、ファリザードを亡命させて危険から遠ざけておきたいという想い。相矛盾するふたつの望みが、胸中で渦巻いていた。


(ヘラスさえ無事ならどれだけ帝国の民が死んでもいいなんて思っていたわけじゃない。少し前までのぼくならそう思っていたかもしれないけれど、いまは違う。

 でも結果として、ぼくのためファリザードが戦いを決めた……)


「……ペレウス君がそう気にすることではない。

 屈服か闘争か、ファリザード殿はもともと迷っていたはずだ。領民の命を救うか、復仇と大義と広い世界のために戦うかという選択だった。たしかに君への想いが決め手になって彼女は後者を選んだのだろうが、それは天秤の一方に載せられた最後のおもりだったのだろう。

 誇りのため、愛憎のため、公益のため、私益のため――ひとつの選択の陰にはしばしば複数の動機があり、それらは薔薇の茂みのようにもつれている。人それぞれだ。君は君の迷いに答えを出すことだ」


「……迷ってはいません」


 後ろめたいだけである。

 ペレウスの葛藤をクタルムシュは正確に汲み取ったようで、「では、彼女が望むとおり支えになってやるがいい」と告げてきた。


「ファリザード殿は切れ味鋭い剣になれるかもしれないが、まだ余裕がなさそうだ。

 硬いだけの刃は折れやすい。良質の鋼は柔軟でなければならないのだ。折れぬよう、君が守ってやるがいい」


 かれの馬が離れていく。ペレウスは軽く吐息し、馬群の行く彼方を見やった。はるか北の地平線に、アルボルズ山脈という峰々の、雪冠をかぶった壮姿が見えはじめていた。都市テヘラーンはその山脈のふもとにあるのだという。


(内乱が終わるまでは、この砂漠と高山の大地に留まることになりそうだな)


 無論、かれはそうするつもりだった。


「よし……ぼくもやるべきことをやらないと」


 もともとペレウスが手をつけるべき根本方針は、ファリザードがどういう選択をしようと変わらなかった。

 都市テヘラーンへ着いたら、他のヘラス人使節たちを探す。

 本国と連絡を取って〈剣〉に対抗して帝国諸家と同盟するように具申する。

 その二点であった。


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