封印の門-29◆「闇の気配」
■ジョフ大公国/宮殿/大広間
「・・・ご丁寧な挨拶、痛み入る。我が名はエリアド。世間では“魔剣士”などと呼ばれているらしい。そして、こちらは、我がパートナー、ヴェロンディのレムリア。御存知の通り、“夢見姫”と呼ばれている。それから、あちらにおられるのが異界からの来訪者であるジャンニ殿」
「高名な“夢見姫”にお目に掛かれて光栄に存じます」
三人の“龍騎聖”を代表する形で、剣のサッコウがレムリアに優雅に一礼した。
それに勝るとも劣らず、レムリアが見事な返礼を返す。
一拍おいて、エリアドが続けた。
「このような危急の際でなければ、いろいろ話したいこともあるのだが、状況が状況なので、そのあたりは先送りにさせていただくことにするが・・・」
ふむ、とエリアドは心の中で唸った。
三人の“龍騎聖”が口にした“天の聖域の巫女”とは、自分の認識が間違っていなければ、白き姫君アレゼルのことであろう。
“・・・とすれば、彼らは、アレゼル殿の意思を知る(識る?)ことができると言うことになるが、龍騎聖の三君と天の巫女の間に、如何なる縁があるのだろうか・・・”
疑問は尽きず、また今現在その答えも有るはずがなかった。
エリアドはこう続けた。
「・・・現在、我らの置かれた状況については、皆それなりに御存知のようだが、これについては、どうやらサリアン殿が一番お詳しいようだ。他に、我らが識っておくべきことがあれば、お教え願いたい。他の方々も、必要があると感じた時には、補足をお願いしたい」
そう言うと、エリアドは入り口に立つ男に軽く会釈を送った。
「いいけど、教える見返りは?」
理解が難しいような、摩訶不思議な言葉が口にされた。本人は至って平静、にこやかに笑っている。
「み・か・え・り・だよ。わかんないかな? MIKA-ERI、ぎぶ・みー・さむしんぐ・ばっく、戻し入れ、キャッシュバック・・・」
「・・・では、どの様な見返りをお求めなのでしょう」
その表情にいつもの笑みを戻して、レムリアが尋ねた。
「そうだね、夢見姫。キミがボクと一晩付き合うことでもいいよ」
「一晩、お付き合いするのですか?」
「そう。そのとーり」
さしものレムリアも、苦笑いを浮かべて言った。
「別の条件をお伺いした方が宜しいでしょうね」
「駄目なのかなぁ?」
「駄目でしょう」
「そっか。なら、情報提供しない」
「それは、困りましたわ」
「だろ? だからさ、解決策は簡単だよ。一晩、ボクと一緒にいるだけさ」
「・・・倫理観の問題かと思うのですが、貴方にはそのような概念はありませんの?」
「気分次第だね。もっとも、貴女みたいな美人を目の前にして、何もしないというのは僕の理念に反するよ」
「理念・・・ですか・・・」
“賢女”の誉れも高いレムリアが、珍しくも“困りました”という表情を浮かべた。
「・・・サリアン殿。もしも私やレムリアのことを試すつもりなら、そのくらいにしておいてください」
唇の端に皮肉っぽい冷やかな微笑みを浮かべて、エリアドが合いの手を入れた。
「まぁ、言葉通り、『あなたがレムリアと一晩一緒にいるだけ』なら、私はかまいませんけれどね。むろん、私はその言葉以上のことをさせるつもりはありませんし、その場には私もご一緒させていただきますが。
『この世界と彼女とどちらが大切か?』 なんて野暮なことは聞かないでくださいね。私には、どちらも大切なのものなのですし、まだ、この身を“闇”に投じるつもりはないのですから」
少しだけ考える振りをすると、エリアドは良い考えが浮かんだとでも言うように続けた。
「・・・そうですね。代わりに、私が一晩お相手する。などという条件ではいかがですか?」