封印の門-28◆「閲兵の儀式」
■ジョフ大公国/宮殿/廊下→大手門
グランが公都の大手門に着くと、そこには巨大な戦馬が時や遅しとばかりに主を待っていた。急な出撃で厩舎から引き出されたその黒いスタリオンは『黒王』。グランの姿を見た『黒王』は、半ば従卒を引きずるようにして主の元にゆっくりと歩いてきた。そして、主の心の悩みを見透かしたかの様な視線を送ると、早く背に乗れとばかりに嘶いた。
「判っているよ」
絶対の信頼を置く戦友でもある愛馬の首を数度叩くと、グランは小山の様な高さの背に飛び乗った。ほっとした様に、従卒が手綱をグランに渡した。漆黒の巨躯の戦馬は気性が非常に荒く、幾多の戦場を共に生き延びた主のグラン以外は決してその背に乗せない。その愛馬と会話が出来るとは言わないが、グランと『黒王』が気持ちを通い合わせているのは間違いない事だった。
明るい昼下がりの陽光を浴びて唯でさえ目立つ戦士が一際大きく見える。
その身に纏うのは見事な黒い光沢を放つ魔導重装甲であった。聖戦士の洗礼を受け、魔法的な加護を持つその鎧は元来白く輝いていた。だが、グランは敢えて己の親衛騎士団と色調を合わせ、専属の職人により黒に染め抜いたのだ、銘の由来であるルーン文字は金色に輝き、その存在を強くアピールする。周囲の戦友の防御力と比べると若干劣るものの、グランは『ルーンプレート』に身を包み今回も戦場に臨んだ。
その身に帯びるのは巨大な両手剣。並みの戦士では持ち上げることも出来ない程の大振りな大剣である。鍛え抜かれた魔導鋼の中に炎の精霊の力を宿し、そして“勇気”と“名誉”を司る主神ヘイローニアスの加護を併せ持つ、この世に二振りと存在しない業物である。昨今、この国に眠る秘奥義の秘剣を極めた今となっては、その相乗効果は計り知れないものである。この剣こそが、七本ある“天の聖剣”の内の一本。ヘイローニアス神の加護を受け、闇の者に恐れられている剛剣『チーフテン』である。
決して能力的に人を上回っているわけでは無い。
武器や武具が史上最強というわけでは無い。
人より魔法が使える訳ではない。
人より器用に戦える訳でもない。
しかし、本人は認めないものの周りは彼のことを「最強」と呼ぶ。
そんな一人の戦士が軍勢の前に現れた。
ジョフの公都、ゴルナ市の大手門前には、騎兵と歩兵の集団が集結していた。大手門から向かって右側にジョフ軍、そしてその隣にコーランド北遣軍が整列している。ざわざわとしていたその場の雰囲気は、グランがジャン・バルトとトリアノン・レスコーを伴って大手門より現れた時点でぴたりと止まった。ジョフの戦士達は既に見慣れているが、コーランド軍はグランとその巨大な軍馬『黒王』に少なからず驚いている様子が見受けられた。
グランの背後に、それぞれの軍馬で付いてきているジャン・バルトは傍らを進むトリアノン・レスコーと互いに一つ頷き合うと、一気に前に出た。
「ジョフの戦士達、並びに同盟国コーランドの戦士達よっ! ジョフ救国の大戦士、アルフレッド・グランツェフ殿であるっ!!」
ばっと手を振って後ろに立つグランを指し示すと、更に大音声で続ける。
「我らを率いる者の声を、心して聞けぃ!!」
「おぉぉっ!!」
ジョフ軍から盛大な、そしてコーランド軍からも控えめなどよめきが聞こえる中、ジャン・バルトはグランの斜め後方に下がり、自分が主と仰ぐ大戦士に道を譲った。
「先触れ、ご苦労様です」
「いや、何。これも小職の勤めですわ」
昂然と顔を上げたまま、ジャン・バルトは隣に立つトリアノン・レスコーに囁いた。
「ジョフ軍の正面に立っているのがLAGですね」
「左様。ジョフ最強の騎士達にして、大戦士殿の信頼も厚い親衛部隊です」
「コーランドで言えばギャルド(近衛騎士団)の立場にある騎士の方々ということね」
「いかにも。」
思わず誇らしげに胸を張ってしまうジャン・バルトに、トリアノン・レスコーは微笑んだ。そう言う彼女も、コーランド王朝で24騎にしか与えられていない、ジューヌ・ギャルド・シュヴァリエ(近衛騎士)の位を女王から拝命している逸材だった。ギャルドの白い正装に身を固めたトリアノンは、まこと凛々しく見えた。