封印の門-26◆「心の迷路を抜けて」
■ジョフ大公国/宮殿/宰相の部屋→廊下
グランの心境は別にして、時の流れは全てに無感動に、無関心に進んでいく。無慈悲な時間の流れは、“時の大神”レンドールにも儘ならないものなのかも知れない。
足音高く回廊を歩くグランは、突き刺す様な胸の痛みを抱えながらも、遮二無二前に向かって歩いていた。本人自身も一体何処へ向かっているのか――後を追っかけてきたジャン・バルトに呼び止められるまで判らなかったのかも知れない。
“今、姫の思いに答えるにはこれしかないのか。一番大切なことは軍を統率して勝利に導くこと、それだけを考えよう。俺にはそれしか出来ないし、誰に替わる事も出来ないのだから”
敢えて自分の心の痛みを無視すると、グランは奥歯がへし折れるほどかみ締めた。そうでもして自分を戒めないと、叫び出しかねなかった。
「大戦士殿!」
すんでの所で、グランを凶行から思い留まらせたのはこの人。ジョフ親衛隊の隊長であるリオン・ジャン・バルト、通称“ロック”(岩)だった。その渾名の通り、頑固一徹で融通が利かない反面、その忠誠心は忠臣の中でも群を抜く。
そのジャン・バルトは大股で歩くグランに追いつくと報告した。
「宰相閣下より、軍の方を頼むとのお話しでした。公都前に、LAG(親衛隊)を初めとする全戦力が集結しております。大戦士様、そちらへ参りましょう」
話している最中に、後ろから軽い拍車の音を響かせて、コーランド北遣軍司令官トリアノン・レスコーが追いついてきた。
「お二人とも、早足ですね」
事態が修羅場であれどうあれ、全く動じた様子もなく笑顔で話しかけてくる。その平常心たるもの――伊達にコーランド王国の近衛騎士を拝命してはいない。
「私たちの部隊にも集結するように指示を出してあります。ご一緒致しましょう」
「・・・」
グランは、ジャン・バルトにも、そしてトリアノンにも一言も返さなかった。だが、話を聞いている証拠に、グランの足は公都正門に向かっている。
ジャン・バルトとトリアノンは互い顔を見合わせると、無言で歩くグランの後に従った。先程の状況を思い起こすと、二人は大戦士の心中を察してはいたが、今や国と民の要ともなったこの人物に、奮起を促さねばならない必要もあった。
さて、此処まで沈黙を守っていたグランだったが、その心の中には一つの引っかかりがあった。
『キミらには難しい相手が向こう側に付いたってことだろうね』
“放浪の戦士”と名乗った相手の、この台詞が頭の中から消えなかったのだ。
「・・・」
幾ら考えても、今は杳としてそれ以上が判らなかったのだが。
漸く、本編が三分割する所まで辿り着きました。思いの外時間が掛かり、お待たせしてしまって済みません。今後は、各章ごとに更新していきます。宜しくお願い申し上げます。