封印の門-23◆「それぞれの決意」
■ジョフ大公国/宮殿/宰相の部屋
「大公女さま」
グランから散会宣言が出た後、レムリア姫はそっとレアラン大公女に歩み寄った。
その表情には心を安らげる様な不思議な笑みが浮かんでいる。
「レムリア姫さま?」
「一つ、我が儘を申し上げることをお許し下さい。わたしも、大公女さまとご一緒しようと思います」
「しかし、レムリア姫さま!! わたくしのところなど・・・斯様な危険な場所に、貴女さまにいらして頂く訳には参りません!」
レムリアの言葉に驚いたレアランの声が思わず高まる。
しかし、そんなレアランにレムリアは諭すように続けて言う。
「お聞き下さい。わたしも大公女さま同様に、ヴェロンディでは“盾を持つ乙女”の立場です。お国の存亡に係わる事態にあって、どうしてわたしだけ安全な場所に引っ込んでいられましょう」
そう言い切ったレムリアの双眸には、深い輝きが宿っていた。
レムリアの言う通り、この時代の女性には二通りの生き方がある。一つは“誰かに護られる立場”。宮廷の姫君や貴婦人など、高位の婦人の殆どが自然とこの立場になる。稀に、この立場を潔しとしない女性がいる――“紫の騎士”ヒラリーや後世の“紅い龍騎士”カーシャ・ラダノワが著名だが、身分的にこの立場に立たざるを得ない女性もいる。それが、ジョフ主権者であるレアラン姫や、フリヨンディの“夢見姫”レムリアだった。前者は、ジョフの公族で唯一残った血筋である為に。後者は、それが背負う運命が故に、安閑とした生を選べなかった為に。
何れの生き方が幸せなのか――レムリアも過去、真剣にその問いを自問したものだった。一つだけ判っていることは、十分な自覚と理解無しには、この生き方が務まらない事だ。レムリアは、その事が骨身に沁みていた。そして、互いの目標は異なるものの、立場的には似ているレアランの事を他人事とは思えなかった。勿論、厳しい経験を積まなければ、この立場を維持していく事は出来ない事も重々承知していた。そうであっても、只でさえ心労が多いこの若い主権者を、レムリアは出来るだけ支えたいと思ったのだった。
「・・・でも・・・」
思わず、言葉がこぼれ落ちる。
レムリアの持つ暖かさに励まされながら、尚もレアランは逡巡する。
「大公女さま。僭越ではありますが、わたしでも何某かのお手伝いが出来ると思います。それに、大公女さまの傍らに控えるのは、何もわたしだけではありませんよ」
レムリアは、さり気なくグランに下知された作戦について、声高にやりとりを交わしている人々を指し示した。
「剣の一振り、知恵の一滴たりとも今は必要な時でございます。大公女さまに的確なご判断を必要な時に下して頂く為にも、そしてその御身を害為す者から護る為にも――ひいては、この美しい国であるジョフとその公民を護る為にも、大公女さま、わたし達の我が儘をお受け入れ下さいませ」
言霊に力が籠もると言うのであれば、レムリアのこの言葉がそれなのだろう。
「・・・わかりました。レムリア姫さま、宜しくお願い申し上げます」
決意をその表情に浮かべると、レアランはその手をそっと差し出した。
差し出された手をレムリアはしっかりと握りしめた。その手は、思いの外温かかった。