封印の門-11◆「行動の時は今」
■ジョフ大公国/宮殿/大広間
「それでは、僕らはちょいと野暮用があるので失礼するよ。ヒラリー、行こう」
「野暮用ではなくて準備だろう」
ディンジルの軽口に、生真面目にヒラリーが応じる。
「時間が掛かりそうか?」
「いや、今はそれ程でも無い。追っつけ、僕らも宰相閣下の所に顔を出すよ」
「顔を出すでは無く、『お伺いする』だろう」
この莫迦者め、とヒラリーが結ぶのも常用句だ。
「判った。俺達の方は、先にカイファートの所に行ってるぞ」
「了解。ほんじゃ、後ほど」
もっと礼を失さない言い方が出来ないのか、とヒラリーがディンジルに小言を言いながら二人で出て行くと、グランは残った一同を見回した。
「さて。我々も一度自室に帰って用意を調えてからカイファートの所に行くか?」
「こちらは・・・」
ちらりとレムリアの様子を確認してから、エリアドは言葉を続けた。
「・・・問題ない。」
「私もそれで大丈夫です」
ジャンニも首肯する。
「細かいところは姫にお願いする事にしよう。それでは各支度を済ませてカイファートの所に向かうことにしよう。姫、それで宜しいでしょうか?」
グランはレアランに向き直って言った。その表情には、僅かな“揺らぎ”が垣間見えていたが、それに気がついているのは同性のレムリアだけだった。
「はい。その様に、お願いします」
「よし。では、半刻後にまたここに集合しよう」
「判った。レムリア、行こうか」
「はい。皆さま、失礼いたします」
エリアドがレムリアと連れだって部屋を出た。
「大公女様、グラン殿、美味しい朝餉、ご馳走様でした。では私も早速。次も一番最後ですと、“似非妖精は蚊帳の外”になりかねませんからね! それでは!」
ニコリと微笑んで少しおどけながら言うと、トレードマークの羽根付き鍔広帽子を手業でクルリと回し被りながら“水晶の霧”(Crystal Mist Moutains)の峰々を一瞥し、ファミリアのマニを伴って大広間を後にした。
☆ ☆ ☆
一人、自室に向かう廊下を歩くジャンニの脳裏に、ふっと先程隣席を立った彼女のことがよぎった。
「・・・ヒラリー・・・」
何処か、この世の者ではないような儚さを秘めた麗人。そして、時空を跨ぐ聖剣“フォウチューン”を担う守護者(Warden)“紫の騎士”。
思えば初めて出会った時、彼女は華奢な身体に、傍目にも不釣合いな大剣を両の手に身体を支える杖の様にして抱きながら、歯を食いしばっていた。自身を孤独に追いやって、言うなれば危なげな感を呈しながら。
だが・・・現在は黒の守護者というパートナーを見出して以来、多少は心の安寧を得た様だ。
・・・よかった。 心からそう思う。
しかし、彼女は現在も此の世の守護者であるし、その両肩に圧し掛かる重責は、私が推し量るに及びもつかぬだろう。
先程黒の剣聖が申していた“過去の事例”、そして彼女が言っていた“ここに集っている者には自明のこと”とは何の事だろう?
そして何故・・・
退室する際に彼女が見せた、頑なな蒼い瑠璃鋼の様な瞳の焔めきは、私にそんな事を想わせた・・・。
☆ ☆ ☆
残ったグランに、レアランは微笑んで言った。
「わたくしたちも支度をいたしましょうか」
「了解です、姫。差し支えなければ、後でお迎えに上がります。では、後ほど」
「はい、大戦士さま。また、後ほど」
大股に大広間を立ち去るグランの背を見送った後、一つため息をつくとレアランも大広間を後にした。