釣り合わないので損切りしました
端的に言うと釣り合いだと思っていて。
何がって婚約とか恋愛とかと呼ばれる、男女構成における付属因子についてですけれども。
政略による婚約ならば思惑や打算の釣り合いを見るけれども、恋愛は違うだろうって?
同じですよ。
無意識に相手の美点を探して、評価点が一定以上だから恋に落ちるのです。
話は変わりますけれど、我が国で貴族というと公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の世襲の領主貴族と一代士爵に分けられます。
同じ貴族であってもピンキリですね。
特に男爵と一代士爵の間には越えられない壁があると言ってもいいです。
一代士爵は騎士や近衛兵の正隊員や高位の文官の他、一般市民でも功のあった者が任じられます。
わたくしシャロンはホッジ男爵家の娘です。
領主貴族の嫡男に嫁げるならば最高と思っていましたが、そうもいかず。
結局二つ年上でこの春正騎士に任官したクライド・タウンゼント様と婚約いたしました。
タウンゼント家は代々騎士になる方が多く、クライド様の父君フレディ様も騎士だそうで。
武門の家ですね。
ここで釣り合いの話に戻りますけれども、騎士って爵位貴族の娘をもらうのはいいことなのだそうですよ。
将来を嘱望されているように思われるらしく。
つまりわたくしとの婚約は、クライド様にとっては明らかなメリットがあるということです。
さて、では格下の騎士の婚約者になったわたくしにどんなメリットがあるかといいますと……。
クライド様ってちょっといないレベルの素晴らしい美形なのですよ。
似顔絵や姿絵が売買されているくらいの。
こんな素敵な殿方がわたくしの婚約者だなんて、ありがたいですこと。
お互いに利のある、満足すべき婚約だとわたくしは思っておりました。
◇
「またですか」
「シャロン、すまん!」
クライド様ったら、今日のお茶会もキャンセルですか。
ため息を吐きたくなるところを堪えます。
どうもよろしくないです。
婚約者らしいキャッキャウフフができなくて。
釣り合いの理屈からすると、クライド様はその端正なお顔でわたくしを喜ばせるべきだと思うのですが……。
「……まあクライド様もお仕事ですから、仕方ないですよね」
「そ、そうなんだ。仕方なくて」
ヘコヘコ謝っているクライド様は美形度三割減です。
マイナスポイントですね。
一々謝ってくださるだけマシと思いたいです。
「この埋め合わせは必ずする。じゃあね!」
「あ……」
飛ぶように駆け去ってしまいました。
埋め合わせしてくださったことが今までにあったでしょうか?
態度と言葉が軽薄なことはマイナスポイントではないですかね?
ドタキャンもこれで何度目でしょう。
最近まともに話せていないですよ。
婚約者だというのにどうなっているのかと、不安に思います。
婚約者を不安にさせるのもマイナスポイント、と。
……おまけにクライド様には不穏な噂があるのですよ。
先日王立学校でのことですけれども。
『クライド様が女性と密会しているのではないか、ですって?』
級友からそんな話を聞きました。
クライド様は注目されているイケメン騎士ですし、わたくしと婚約していることもよく知られていますから、結構情報が集まるのです。
わたくしが嫉妬されているのではないかですって?
そんなことはありませんよ。
だってクライド様は超イケメンではありますけれど、一騎士に過ぎないのですから。
その辺年頃貴族令嬢の見る目はシビアなのです。
『そう。お相手がメアリー・エディントンビル侯爵令嬢』
メアリー様は一つ年上の高位貴族令嬢です。
かなり我が儘な方だそうなのですよ。
ですから来春にも王立学校を卒業だというのに、婚約されていません。
ただし見とれてしまうほどお美しいのは事実で。
『ヴィジュアル的にはクライド様と釣り合いが取れますよね』
『あくまでヴィジュアルだけじゃないの』
『ですよねえ』
『でも自分勝手なメアリー様でしょう? シャロンはクライド様から何か聞いてない?』
『メアリー様の護衛騎士に指名された、とは聞いていますけれど』
『クライド様は王国の正騎士なんでしょう? エディントンビル侯爵家の騎士でなく。メアリー様の護衛なんておかしいじゃないの』
『……』
わたくしもおかしいと思います。
しかし『クライドじゃなきゃ嫌とメアリー様がごねちゃって』と説明され、ありそうなことだなあと感じてしまったのです。
だってメアリー様ですものね。
その時のクライド様に誤魔化しているような素振りは見えませんでしたから、多分本当なのだと思います。
『メアリー様がクライド様の顔を気に入ったというところまでは決定でいいと思うのよ。だってクライド様は誰が見たってイケメンですし、自分の護衛騎士に指名するなんて横車を押すくらいなんですから』
『……かもしれません』
『かもしれませんじゃなくて、ほぼ決定ですってば。クライド様の人間性ってどうなの? 優柔不断なところない?』
『……ありますね』
『美人で侯爵令嬢で自己中なメアリー様に言いよられて、断れる人?』
『……断れないと思います』
『ダメじゃないの!』
ダメですねえ。
何がダメって、この婚約の釣り合いが取れなくなってきているところですよ。
わたくしばかりが気を揉む展開で、クライド様のマイナスポイントがどんどん増えていくのですもの。
もっとも噂に基づいてクライド様を非難するほど、わたくしもわからず屋じゃありません。
クライド様に対して密かに調査を入れました。
◇
「ひどいな、これは」
調査報告書を見たお父様が首を振っています。
クライド様とメアリー様は身体の関係があるようで。
いえ、乳繰り合っていようとそれが即婚約解消の事由というわけではないですよ?
でも婚約者のわたくしに対して不誠実ですし、スキャンダルが表沙汰になったらクライド様の出世の見込みもなくなるではありませんか。
リスクだって大きなマイナスポイントですよ。
クライド様の積み重ねたマイナスポイントで、婚約の釣り合いを維持できなくなったと考えていいです。
お父様が嘆息します。
「父君のフレディ殿は立派な騎士なのだがなあ」
「親に似ない子など、どこにでもおりますよ」
「確かにな。うちは出自が商家だから舐められることがあるだろう? タウンゼント家との結びつきは利があると思ったが」
ああ、お父様にはそういう視点があったのですね。
クライド様のイケメンぶりがあまりにもキラキラしいものですから、わたくし他の要素は重視していませんでした。
「婚約解消を申し入れよう。この調査報告書があれば、フレディ殿はすぐ受け入れてくださるだろう。シャロンにはすまないことをしたな」
「いえいえ、とんでもございません」
これ、慰謝料は取れないでしょうね。
今の時点でさほどクライド様に絶対的な非があるわけではありませんから。
わたくしに婚約解消の傷がつくだけマイナスなのが面白くありませんが、仕方ないですね。
損切りは素早くが商人のセオリーです。
「ところでシャロンに新しい縁談があるのだが」
「えっ?」
早くないですか?
わたくしの婚約はまだなくなってはいないのですけれど。
「先日レイクス男爵家の当主ジェラルド殿と会った際にな。嫡男ナッシュ君の婚約者を探しておるという話をしていたのだ。うちの娘と色男との婚約がなくなりそうだと伝えたら乗り気でな」
「ええ? 言い方がひどいです」
「いや、ジェラルド殿はこっちの婚約解消を見込んでそういう話をしてきたふしがある」
「二人ともせっかちなのですから」
「ナッシュ君とシャロンは同学年と聞いたが」
……同学年ということまで知っているのならば、ナッシュ様から出た話という説が濃厚ですね。
ナッシュ様はわたくしを気に入ってくださっているみたい?
ナッシュ様はもの静かで落ち着いた令息です。
婚約解消となる傷物のわたくしにはとてもいいお話ですね。
「釣り合いがいいと思います」
「そうだな。進めてみよう」
「お父様。婚約解消が先ですってば」
「おっと、そうだった」
アハハウフフと笑い合います。
今度こそよき婚約でありますように。
◇
――――――――――三ヶ月後。
わたくしはナッシュ・レイクス男爵令息と婚約いたしました。
いえ、クライド様との婚約解消が先でしたね。
わたくしとしたことがつい先走ってしまいました。
おかしなところでお父様との血の繋がりを感じます。
おほほ。
クライド様との婚約解消、ナッシュ様との婚約については特筆すべきことはありません。
特筆すべきなのはその後でありまして。
「あーん」
「あーん」
そう、わたくしがやりたかった婚約者らしいこととはこれです。
スイーツの食べさせ愛、もとい食べさせ合い。
ナッシュ様は嫌がりもせず付き合ってくださるのですよ。
プラスです、大いなるプラスポイントです。
「シャロンは賢いじゃない?」
「ええと、はい?」
ナッシュ様は何を言いだすのでしょうね?
「賢いだけじゃなくて奇麗な淑女だからさ」
「無条件に褒めてくださるなんて、プラスポイントが重なってしまいますよ。ナッシュ様はわたくしに何をさせたいのですかね?」
「プラスポイント? いや、シャロンが騎士クライド・タウンゼントと婚約が決まった時は本当に残念で。でもお似合いの美男美女だったなあって思っていたんだよ」
「ええ?」
客観的に見て、わたくしはヴィジュアル面でクライド様と釣り合うほどではないですよ。
ナッシュ様ったら恥ずかしいですね。
「でもその後クライド騎士とメアリー・エディントンビル侯爵令嬢の醜聞が噂になり始めたろう?」
「徐々にそういう雰囲気になっていきましたね」
「シャロンは賢いから、絶対に自分が巻き込まれる前に婚約解消を選択するだろうと思ったんだ」
「あっ、だから早めに縁談が来たのですか」
「スピードの勝利だね。シャロンが婚約者なんて僕幸せ」
「ありがとう存じます」
わたくしのことをわかってくれているのですね。
プラスポイントです。
先を見る目があるのはナッシュ様のいいところ。
さらにボーナスポイントです。
「どちらかというとクール系のイメージだったんだ。ところが実際に婚約してみると、シャロンは結構甘えてくるでしょ?」
「お嫌でしたか?」
「違うの。ギャップにやられてあふーんって感じ」
よくわかりませんけれど、ナッシュ様もわたくしにプラスポイントをつけてくれていると理解しましょう。
これでこそウィンウィンです。
「で、僕達のことはいいんだけれど」
「充実していますものね。ナッシュ様の仰りたいことはわかります。クライド様とメアリー様の件ですね?」
「うん。一〇日前の新聞を見てビックリした」
どんな記事が載ってたかですか?
エディントンビル侯爵家の御当主様が、領から王都邸に戻っていらした時のことなのですけれども。
そうしましたらクライド様とメアリー様がくんずほぐれつしていた、まさにその瞬間だったらしく。
ムリヤリ乱暴されたとメアリー様がクライド様のせいにすると、侯爵様は怒り狂ってしまい。
結局クライド様は断種刑に、メアリー様は王立学校の卒業を待たず修道院行きになりました。
「あの二人は愛し合っていた。だからシャロンも身を引いたという側面があるんだろう?」
「はい、ありました」
クライド様とわたくしの釣り合いが取れなくなったという面。
侯爵令嬢であるメアリー様に逆らってもロクなことにならないという損得勘定が働いた、という面ももちろんありますけれど。
「断種刑でしょ? クライド騎士に対して異常に厳しいと思うなあ。結局メアリー嬢の勝手な言い分が通ってしまったんだろうから」
「わたくしも厳しいとは思いますけれど、不当だとは思わないのですよ」
「ふむ? シャロンのことだから、元婚約者に採点が辛くなるということじゃないんだろう? ぜひ理由を聞きたいね」
こういうことにも興味を示してくださるナッシュ様は素敵ですね。
視線も優しげで素敵なのですよ。
プラスポイントです。
ポッ。
「クライド様とメアリー様の釣り合いが取れていないではないですか」
「ええと、それは身分的なこと?」
「狭い意味ではそうですね。メアリー様は美貌の侯爵令嬢ですから、年回りさえ合うなら王族に嫁いだって全然おかしくないほどの方ですよね」
「うん、わかる」
「侯爵様にも様々な政略的な目論見があったと思います。それをクライド様が全てパーにしました」
「待ってよ。メアリー様のほうから誘ったんじゃないかって憶測が書いてあったけど?」
「どちらが誘ったかは関係ないですよ。侯爵家の被った損害に釣り合うだけの罰を、クライド様は受けなければなりません。罰を恐れるなら、クライド様はメアリー様を拒絶すべきでした」
メアリー様を拒絶することで恨みを買い、一時的に左遷されることがあったかもしれません。
しかしそうした筋を通す態度を評価する人もまたいたと思います。
最終的に収支はプラスに働いたでしょう。
「……それが釣り合いということか。シャロンの天秤は厳格だな」
「でもわたくしはクライド様に感謝しているのですよ。だってナッシュ様と引き合わせてくださいましたからね」
「あれっ? じゃあ僕もクライド騎士を相当崇め奉らないといけないな」
「もう、ナッシュ様ったら」
心地よい笑い声が響きます。
和みますねえ。
「シャロンに要求があるよ」
「何でしょうか?」
「もう一度あーんしていいかな?」
「もちろんですとも」
目の前の気の合う婚約者に向けて、とびきりの微笑みを向けてみせました。
天秤の傾かない関係というのは、何と甘やかで安定しているのでしょう。
損切り対象の行く末にほんの少しの同情を覚えつつ。
目の前の極上のスイーツとそれ以上に甘いこれからの未来を、わたくしはしっかりと堪能することに決めました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
どう思われたか下の★~★★★★★で評価してもらえると、励みにも勉強にもなります。
よろしくお願いいたします。




