第九話 アビジャン
真っ直ぐな道路。
車の列がどこまでも長い。
ブー、ブー。
パー。
クラクションが重なる。
高い音、低い音。
客引きの声。
人の声。
カイは、アビジャンにいる。
だが、まだバスの中。
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窓から街を眺める。
街が四角い。
道が広い。
整った形。
輝く建物。
アフリカ。
だが違う。
村ではない。
草原でもない。
ジャングルでもない。
それでも、アフリカ。
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ポケットから携帯を取り出す。
家族写真。
じっと見つめる。
やがて画面が暗くなる。
目を閉じる。
街の音が、徐々に小さくなって行く。
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「カイー、カイー。手紙だよ、エルアンから。」
アミナが足早に、畑へとやってくる。
カイとクアメが仕事の手を止める。
バナナの葉で作られた鞘に、マチェーテを収める。
「はい、これ。」
「ありがとう。」
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三人はバナナの木の下にいる。
カイは手紙を見る。
変わりないエルアンの文字で宛名が書かれている。
カイは封を切る。
手紙は丁寧な字で、何枚も書かれている。
手紙が届いた事への感謝の言葉。
フランスに帰国してからのこと。
土地には価値があり、価格が相場で決まること。
ー 私は、私たちの土地を守らなければならない。
その意味が、丁寧な言葉で書き綴られている。
そして、カイへの助言。
カイは手紙を閉じ、封筒に静かに戻す。
クアメはバナナの木に触れる。
カイはカカオの木に触れる。
アミナは乾いた土を見る。
誰も、言葉を出さない。
カサ、カサ。
バナナの葉が風に小さく揺れている。
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夜。
パチ、パチ。
カイとクアメが火を囲む。
アミナはナナと一緒に床についている。
手紙を見つめるカイ。
やがて、口を開く。
「…オレ、畑の仕事、嫌じゃない。
まだ、続けられるかもって、思ってる。」
クアメは黙っている。
「…でも、畑の木を助けることができない。
オレは、何もしてあげられない。」
「そうだな。」
「…オレには、まだ畑を助ける力がない。
だから、行く。」
「……」
「街へ。」
「……」
「アビジャンへ。」
「……」
「…生きるために、できることを見つける。」
「わかった。」
「父さん…」
「帰る場所は、ここにある。」
「……うん。」
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朝。
バナナの葉が重く垂れている。
カイは鋏を開き、軽く磨く。
シャッ、シャッ。
磨き終えて、閉じる。
目の高さにして、もう一度、開く。
刃を見て、また閉じる。
カチン。
そして、壁に掛ける。
「行ってきます。」
一人呟く。
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ブー、ブー。
パー。
昼過ぎにバスは到着した。
この都市に、アブドゥがいる。
一泊だけ頼る。
住む場所も仕事も、全てこれから。
バス停の前。
足元を見る。
土ではない。
草がない。
石の地面。
都会を知らなかったわけではない。
だが、これからここで、暮らす。
歩く人を見る。
黒い靴。
ワイシャツ、ネクタイ、サングラス。
息が詰まる。
汗が垂れる。
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ペタ、ペタ。
裸足で歩く。
人材派遣。
不動産。
夕方まで掛かった。
アブドゥとの再会。
ひとまわり大きくなったように見える。
「力仕事だからな。」
「大変そうだな。」
「そうでもないさ。
筋肉がつくのが嬉しくなってきた。」
アブドゥの笑顔。
少し落ち着く。
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アブドゥの部屋。
一晩の仮宿。
「ここ?」
「あぁ、そうだ。狭いだろ。」
「ここで二人で、寝るのか?」
「あぁ、言ってなかったな、もう一人いるぞ。
三人だ。」
「三人!」
「明日はオレだけだ。
そいつは今日まで。
だから、明日もここで寝ていいぞ。」
「あぁ、ありがとう。」
「住むとこ決まったのか?」
「いや、金がないから…」
「まぁ、そうだろうな。
でも、野宿なんかするなよ、危ないからな。」
「う、…そう。
やっぱ、そうだよな。」
「オレが抜けたらそのままここに住んだらいいさ。
金が貯まるまでの辛抱だ。
オレもずっとここにいるわけじゃない。」
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数日は港の荷下ろしをする。
アブドゥの誘いだ。
「もう飲める歳だよな。
行こうぜ、おごる。」
初日の仕事帰りに酒場に寄る。
全く、想像もしていなかった。
ビール。
運ばれてくるのをじっと見る。
ガラス瓶。
金色。
泡。
それを初めて、飲む。
ゴトッ、ゴトッ。
二本。
つかむ。
冷たい。
「そんじゃ、乾杯だ!」
ガチン!
鉄の匂いがする。
一口、含む。
苦い。
冷たい。
喉が痛い。
苦味と刺激。
カイの顔がクシャクシャになる。
体が熱くなっていく。
やがて落ち着く。
「どうだ。」
「わからない、これがうまいのか。」
「そうか、でも、疲れが消えるだろ。」
体が軽くなる。
くたくただった。
だが、楽になる。
これが、ビール。
仕事の後の酒。
⸻
ゴトッ。
アブドゥの三本目。
電話で席を外しているが、届いた。
テーブルにはカイが一人。
ビールはまだ半分以上。
店は賑やか。
顔立ちも、服も、言葉も違う。
この街は、世界から人が集まっている。
ビジネスのために。
スーツのアフリカ人女性がいる。
歩き方に品がある。
都会の女性。
一緒にいるのは村人。
雰囲気でわかる。
西の民族。
どこかで笑い声が高く上がる。
カイは一人。
自分は誰からも見られていない。
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アブドゥが戻ってこない。
「お一人?」
振り向く。
女性が、カイをじっと見ている。
「あなた、ひょっとしてカカオを作っていない?」
⸻
アヤンダ。
それが彼女の名前。
「南から来たの。カカオ豆を探しにね。」
アブドゥが戻り三人。
積極的に話すアヤンダ。
村人を見たら声を掛ける。
ビジネス・チャンス。
だが、話し方に品がある。
都会の女性。
⸻
時が過ぎる。
店の客が帰り始める。
音楽が流れている。
弦の音。
途切れ途切れ。
「モルダウ。」
アヤンダが呟く。
「古いレコードだよ。」
主人が笑う。
「閉める頃には、これなんだ。」
⸻
帰り道。
カイは一人。
空を見上げる。
月も星もない。
空は、深い紺色。
飛行機の灯だけ、横切っていく。
カイは、ただ見ている。
遠くで霧笛がなる。
ボー。




