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navy moon ー月はいつも丸いー  作者: A.O.C.DESIGN
第二章 Soupe 流れゆく永遠
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第九話 アビジャン

真っ直ぐな道路。

車の列がどこまでも長い。


ブー、ブー。

パー。


クラクションが重なる。

高い音、低い音。


客引きの声。

人の声。


カイは、アビジャンにいる。

だが、まだバスの中。



窓から街を眺める。


街が四角い。

道が広い。

整った形。

輝く建物。


アフリカ。


だが違う。


村ではない。

草原でもない。

ジャングルでもない。


それでも、アフリカ。



ポケットから携帯を取り出す。


家族写真。


じっと見つめる。


やがて画面が暗くなる。


目を閉じる。


街の音が、徐々に小さくなって行く。



「カイー、カイー。手紙だよ、エルアンから。」


アミナが足早に、畑へとやってくる。

カイとクアメが仕事の手を止める。


バナナの葉で作られた鞘に、マチェーテを収める。


「はい、これ。」


「ありがとう。」



三人はバナナの木の下にいる。


カイは手紙を見る。

変わりないエルアンの文字で宛名が書かれている。

カイは封を切る。


手紙は丁寧な字で、何枚も書かれている。


手紙が届いた事への感謝の言葉。

フランスに帰国してからのこと。

土地には価値があり、価格が相場で決まること。


ー 私は、私たちの土地を守らなければならない。


その意味が、丁寧な言葉で書き綴られている。

そして、カイへの助言。


カイは手紙を閉じ、封筒に静かに戻す。


クアメはバナナの木に触れる。

カイはカカオの木に触れる。

アミナは乾いた土を見る。


誰も、言葉を出さない。


カサ、カサ。

バナナの葉が風に小さく揺れている。



夜。


パチ、パチ。

カイとクアメが火を囲む。


アミナはナナと一緒に床についている。


手紙を見つめるカイ。

やがて、口を開く。


「…オレ、畑の仕事、嫌じゃない。

まだ、続けられるかもって、思ってる。」


クアメは黙っている。


「…でも、畑の木を助けることができない。

オレは、何もしてあげられない。」


「そうだな。」


「…オレには、まだ畑を助ける力がない。

だから、行く。」


「……」


「街へ。」


「……」


「アビジャンへ。」


「……」


「…生きるために、できることを見つける。」


「わかった。」


「父さん…」


「帰る場所は、ここにある。」


「……うん。」



朝。


バナナの葉が重く垂れている。


カイは鋏を開き、軽く磨く。


シャッ、シャッ。


磨き終えて、閉じる。


目の高さにして、もう一度、開く。


刃を見て、また閉じる。


カチン。


そして、壁に掛ける。


「行ってきます。」


一人呟く。



ブー、ブー。

パー。


昼過ぎにバスは到着した。


この都市に、アブドゥがいる。

一泊だけ頼る。

住む場所も仕事も、全てこれから。


バス停の前。


足元を見る。


土ではない。

草がない。

石の地面。


都会を知らなかったわけではない。

だが、これからここで、暮らす。


歩く人を見る。


黒い靴。

ワイシャツ、ネクタイ、サングラス。


息が詰まる。

汗が垂れる。



ペタ、ペタ。

裸足で歩く。


人材派遣。

不動産。


夕方まで掛かった。


アブドゥとの再会。

ひとまわり大きくなったように見える。


「力仕事だからな。」


「大変そうだな。」


「そうでもないさ。

筋肉がつくのが嬉しくなってきた。」


アブドゥの笑顔。

少し落ち着く。



アブドゥの部屋。

一晩の仮宿。


「ここ?」


「あぁ、そうだ。狭いだろ。」


「ここで二人で、寝るのか?」


「あぁ、言ってなかったな、もう一人いるぞ。

三人だ。」


「三人!」


「明日はオレだけだ。

そいつは今日まで。

だから、明日もここで寝ていいぞ。」


「あぁ、ありがとう。」


「住むとこ決まったのか?」


「いや、金がないから…」


「まぁ、そうだろうな。

でも、野宿なんかするなよ、危ないからな。」


「う、…そう。

やっぱ、そうだよな。」


「オレが抜けたらそのままここに住んだらいいさ。

金が貯まるまでの辛抱だ。

オレもずっとここにいるわけじゃない。」



数日は港の荷下ろしをする。

アブドゥの誘いだ。


「もう飲める歳だよな。

行こうぜ、おごる。」


初日の仕事帰りに酒場に寄る。

全く、想像もしていなかった。


ビール。


運ばれてくるのをじっと見る。


ガラス瓶。

金色。

泡。


それを初めて、飲む。


ゴトッ、ゴトッ。

二本。


つかむ。

冷たい。


「そんじゃ、乾杯だ!」


ガチン!


鉄の匂いがする。

一口、含む。

苦い。

冷たい。

喉が痛い。


苦味と刺激。


カイの顔がクシャクシャになる。

体が熱くなっていく。

やがて落ち着く。


「どうだ。」


「わからない、これがうまいのか。」


「そうか、でも、疲れが消えるだろ。」


体が軽くなる。

くたくただった。

だが、楽になる。


これが、ビール。

仕事の後の酒。



ゴトッ。


アブドゥの三本目。


電話で席を外しているが、届いた。

テーブルにはカイが一人。

ビールはまだ半分以上。


店は賑やか。

顔立ちも、服も、言葉も違う。

この街は、世界から人が集まっている。


ビジネスのために。


スーツのアフリカ人女性がいる。

歩き方に品がある。


都会の女性。

一緒にいるのは村人。

雰囲気でわかる。

西の民族。


どこかで笑い声が高く上がる。


カイは一人。


自分は誰からも見られていない。



アブドゥが戻ってこない。


「お一人?」


振り向く。


女性が、カイをじっと見ている。


「あなた、ひょっとしてカカオを作っていない?」



アヤンダ。


それが彼女の名前。


「南から来たの。カカオ豆を探しにね。」


アブドゥが戻り三人。


積極的に話すアヤンダ。

村人を見たら声を掛ける。

ビジネス・チャンス。

だが、話し方に品がある。


都会の女性。



時が過ぎる。

店の客が帰り始める。


音楽が流れている。

弦の音。

途切れ途切れ。


「モルダウ。」

アヤンダが呟く。


「古いレコードだよ。」

主人が笑う。


「閉める頃には、これなんだ。」



帰り道。


カイは一人。


空を見上げる。


月も星もない。


空は、深い紺色。


飛行機の灯だけ、横切っていく。


カイは、ただ見ている。


遠くで霧笛がなる。


ボー。

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