第八話 カイへの手紙(2024)
カチ、カチ。
古い時計が刻んでいる。
十年。
長い時間。
エルアンがクアメに手紙を送ってから。
返事は返ってこなかった。
「覚えていますか。」
覚えている。
頭の隅にはいつもあった。
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あの畑の葡萄。
このワイナリーのフラッグシップが、
もう作れない。
チョコレート事業への転換。
それは、すぐに浮かんだ。
だが、別の道を考えた。
アフリカの畑。
赤土の匂い。
風。
光。
影。
ー なぜ、ここに来た。
ー 買いに来たのではないのか。
ー いいえ。
ー 作りたいのです。
ー なぜワインをやめて、ここへ?
ー やめていません。
クアメとの会話。
ビーントゥバーの流行。
チョコレート事業を視野に入れている。
全て話した。
だが、クアメは頷いていない。
状況を説明して協力を….
クレールが口を開いた。
「アフリカはアフリカ。
フランスはフランスよ。」
原因は、地価の高騰。
アフリカの土地ではない。
これは、フランスの問題。
ワインの相場。
土地の相場。
変わる数字。
石灰岩は、変わらない。
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エルアンはペンを執る。
慎重に言葉を選ぶ。
「私は私たちの土地を守らなければならない。」
その手紙を送った。
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カチ、カチ、カチ….
時が流れる。
月が昇り、
沈む。
カイは二十歳になっている。
彼はもう理解できる。
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ガタン。
椅子を引く。
腰を掛ける。
白い紙を置く。
カイに宛てて、手紙を書く。
「忘れるはずがありません。
もちろん、覚えています。」
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カイは知りたいと思っている。
あの時の状況。
なぜ止めたのか。
判断の理由。
そして、今、アフリカの畑の危機。
チョコレート・ショック。
エルアンは、丁寧に文章を書き進める。
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最後にカイへ。
迷うとき、私は目を閉じる。
それでも決まらないときは、目を開けて枝を見る。
真っ直ぐな枝は、誰もが残したがる。
だが私は、曲がった枝を選ぶ。
風に押され、光を探し、回り込んだ枝だ。
その曲がり目は、固くなっている。
そこから出る芽は、意外に強い。
ー エルアン・ロシュより
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石灰岩の畑に、太陽の光が差す。
エルアンは目を細める。




