第六話 シェードツリー
カサカサ。
バナナの葉が鳴る。
畑は、明るすぎる。
一本、また一本と、木が枯れている。
空が広い。
広すぎる。
本来なら、葉が影をつくるはずの場所に、
強い光が差し込む。
カカオは、強い光を好まない。
若い実が、縮れている。
風は吹いている。
だが、木は踊らない。
⸻
ラジオが伝える。
「カカオの国際価格は過去最高値を更新――」
世界は不足を嘆く。
だが、この畑は、
静かに減っている。
「未来に続かない。」
カイは、小さく呟く。
⸻
ガッ。
クアメのマチェーテが枝を落とす。
カチッ。
ラジオのチューナーが変わる。
ノイズ。
カチッ。
弦の音。
聞き覚えのある旋律。
カイは畑に似合わないと思った。
しかし、支障はない。
少し心が和らいだ。
⸻
「カイ!」
クアメが声を張った。
「作業が終わったなら、あるべき場所へ戻せ。」
カイは、はっとなる。
足元のマチェーテを拾い上げる。
ガッ。
バナナの葉を落とす。
枯れた葉。
⸻
マチェーテを小屋の壁に戻す。
ポケットの中で、鋏の重みを感じる。
家紋の刻まれた刃。
十年前の朝。
「目を閉じてみなさい。」
エルアンの声が蘇る。
カイは、鋏を握る。
だが、切る枝は少ない。
切る未来が、見えない。
⸻
クアメが近づく。
背中は、以前より少しだけ小さく見える。
「すまない。」
突然だった。
カイは顔を上げる。
「何が?」
クアメは、言葉を探す。
だが、出てこない。
アミナが、代わりに言う。
「あなたに、継がなくていいと言ったこと。」
風が止まる。
カイは、黙る。
「父はね。」
アミナは続ける。
「お金のことを言ったんじゃない。」
クアメは、咳を一つする。
「お前には、もっとできることがあると、思った。」
それだけだった。
⸻
畑には、大きなバナナの木がある。
シェードツリー。
何十年も、影をつくってきた。
葉は半分枯れている。
だが、幹は太い。
クアメは、その幹に触れる。
静かに。
カイも、手を伸ばす。
ざらりとした感触。
枯れている部分がある。
だが、内部は固い。
生きている。
クアメは、何も言わない。
だが、その沈黙は、感謝だった。
長い間、影をつくってくれた木へ。
カイは理解する。
⸻
クアメが、また咳をする。
今度は、少し長い。
アミナは、すぐに言う。
「大丈夫。」
微笑む。
だが、その目は知っている。
カイも知っている。
時間は、永遠ではない。
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夜。
家の中は静かだ。
カイは、古い手紙を取り出す。
エルアンの文字。
ブルゴーニュからチョコレートと一緒に送られてきた。
あの味。
完璧な形。
滑らかな表面。
割った感触。
十年前の夜の、ざらつきとは違う。
だが、同じ匂いがあった。
赤土の匂い。
カイは目を閉じる。
鉄鍋。
弾ける豆。
石で擦る音。
「若い。」
クアメの声。
あの夜の熱が、胸に戻る。
作れるだろうか。
ここで。
もう一度。
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月が昇る。
半分に見える。
カイは、鋏を机に置く。
そして、もう一度、手紙を書き始める。




