第二十六話 ひびわれ
二月のパリ。
朝。
曇り空。
入口ゲート前。
『フランス芸術学院パリ製菓専門学校』。
行き交う挨拶。
「おはよー。」
「おはよー。」
外に立つマナ。
「うぅぅ、さっぶーいよー。」
ルナが通過する。
「あー、ルナ。
おはよー。」
立ち止まる。
マナを見る。
少しうつむく。
「おはよう。」
早足で通過する。
「ちょっとー、待ってよー、ルナー。」
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「おはよー、ルナマナー。」
「おはようございます、ルナさん、マナさん。」
「おはよう。」
微笑むルナ。
「…おはよー。」
マナは暗い顔。
「ん?
どうかしたのか、マナ。」
「うーん、ちょっと、ね。」
ルナは黙って実習室へ向かう。
「ルナさーん。」
レオンが後を追う。
⸻
ルナとレオンは実習室の隅にいる。
「ルナさん、怒っているのデスカ?」
「……」
ルナは窓の外を見ている。
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「マナ、ルナと何かあったのか?」
「ローラン、実はね…」
「はあ?象の置物?」
「…うん、ルナに借りたのよ。」
「失くしたのか?」
「…うん。」
「あーあれか、よくルナの教本の下敷きになってる、あれ。」
「そう、開いてるページが閉じないようにね。」
「あんなの、何に使うんだよ。」
「それが…」
⸻
授業中。
休憩時間。
ランチ。
放課後。
レオンはずっとルナのそばにいる。
話しかけようとする。
だが、言葉が出ない。
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校内ロビー。
「つまり、こういうことね。
嘘をついて借りたものを失くしてしまった。
その嘘を正直に話せないでいる。
…ということね。」
「……うん。
サラサラ、どうしたらいいと思う?」
「難題ね、それは。」
「そんなの、正直に言えば良いだろ。
それで、謝って許して貰えばいい。」
「ローラン君、私もそれが正しいと思うわ。
でもいままで通り、仲の良い関係でいられるかどうか。
謝りかた次第では、溝が出来てしまうかも知れない。
だから、困っているのよ。」
「…ふーん。」
「レオン君も関わっているのね。」
「うん。」
「そっか。
うん、わかったわ。
ローラン君、私たちがフォローするしかないわね。」
「いっ!?
オ、オレも?」
「この問題に対して、第三者だから冷静に判断できるの。
あなたも今まで通りの関係に戻したいでしょ?」
「……まぁ、そうだな。
しゃーねぇか。
で、どうするんだ?」
「シミュレーションするわよ。」
紙とペン。
「フェーズA、ローラン君が全てを話す。
フェーズB、私、サラが全てを話す。
フェーズC、状況をキープして……」
考える。
三人。
話し合う。
⸻
翌日。
曇り空。
『フランス芸術学院パリ製菓専門学校』。
行き交う挨拶。
「おはよー。」
「おはよー。」
入口ゲート。
いない。
通過するルナ。
「おはよー、ルナ。」
振り返る。
ローラン。
「あ、おはよー。」
微笑み。
「なぁ、今度の週末って、なんか予定あるか?」
「え?
……えーと、え?」
立ち止まる。
ローランは腕時計に目を遣る。
「あ、いや、そのー。
なんつーか、こん、コンペ。」
「コンペ?」
「…そ、そう。
コンペで、発表する、オレのプレゼンを、だな。
みんなに見てもらいたいなーって思ってさ。」
帽子を取る。
ハンカチで頭を拭く。
「…うーん。
土曜、日曜。
実家に帰ろうかなって、思っていたんだよね。」
「あ、そうなのか…
そか、じゃ、また後日でいいや。
プレゼン…
ちゃんと準備するから、よろしくな。」
「うん。
楽しみにしてるね。」
冷たい風。
「おー、さぶ!
悪い、先に行く。」
走るローラン。
ルナはしばらく、立ち止まったまま。
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「どう、ローラン。」
「……サラサラ。
フェーズCの、Gだ。」
「えぇ!G?」
レオンとマナは黙っている。
「そっか、やるしかないわね。
私が車を出すわ。」
⸻
ルナは空を見上げる。
冷たい空気。
降りてくる。
両手を重ねる。
手のひらを見る。
目を閉じる。
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アフリカの街。
市場の人々の活気。
ー プリンセス…
ー ルナ…
ー 離れてはいけないよ…
ー 象さん…
ー 大きい象さん…
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目を開く。
手のひらを閉じる。
足元。
寒さが落ちる。
ゆっくりと歩く。
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実習室。
マナ。
その向かいに、ルナ。
「…あのね、マナ。」
「うん…」
「私、あの象さん。
……もう大丈夫だから。」
「……ルナ。」
マナは頭を下げる。
「……ごめん。
本当に、ごめんね。」
二人は黙る。
実習の準備を始める。
レオンとローランは、何も言わない。
(どうして、何も言ってくれないのかな…)
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ブルル。
サラのスマートフォンが震える。
|フェーズ CーGー4。
「…最終段階ね。
予定通り、実家に向かったわ。」
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数日後。
土曜日。
午前。
実習終了。
ルナは学校を出る。
いつもと違うルート。
地下鉄。
大勢の人。
降りる。
乗り込むルナ。
⸻
ブルル。
サラのスマートフォンが震える。
|地下鉄。定刻通り。
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地下鉄からバスに乗り換え。
走る街。
整った街。
バスが縫う。
停車。
リヨン駅前。
広場を歩く。
大きな時計。
荘厳な建築。
中へと進む。
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『TGV INOUI』
指定座席。
スムーズな加速。
窓の景色。
流れる街の風景。
眺めるルナ。
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車。
高速道路。
ブー…
「準備は万全よね?」
ハンドルを握る手。
「えぇ、抜かりはないわ。」
「車で間に合うのか?」
「わからない。
でも、たぶん同じくらいよ。」
「僕が途中で運転代わります。」
「……」
「……安全運転よ。」
「はい。
安全デス。」
「……」
「しっかし、この車、後部座席キツイなー。
四人で乗る車じゃねーよな。」
「ごめんね。
我慢してね。
ほんの、四時間程度よ。」
「まじかよ。」
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高速道路から一般道。
葉のない葡萄畑。
遠くまで広がる。
ハンドルを握る手。
レオン。
助手席にサラ。
スマートフォンでマップを見る。
「えーと、そこを、右かしら。」
「いえ、ここはまだデス。
その先で右折します。
最短ルートです。」
「……来たことあるのね。」
「いえ、初めてです。
運転前にルートを確認しています。」
「…たいした記憶力ね。」
「この車も素晴らしいです。
水平対向エンジンのスムーズな走行。
重心バランス。
ハンドリングがダイレクトに車体に伝わります。
マニュアル・シフトも楽しいです。
先生のセンス、僕と相性良いデス。」
「うふ、そう。
ありがとう♡」
ブウン、ブルル。
「到着デス。」
車から出て家を見る三人。
ローランは腰に手を当てる。
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夕方、ブルゴーニュ。
太陽が丘に沈む。
紅と紺のゲラデーション。
濃く、深く、村と畑を包む。
暗くなる村に、明かりが灯り始める。
家々の窓が歩道を照らす。
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「おかえり、ルナ。」
「お帰りなさい。」
エルアンとクレール。
家の前で待つ。
「…ただいま。」
「さぁ、中へ入ろう。」
カチャ、ギー…
エルアンがエスコートする。
家の中は暖かい。
赤ワインとバターの香りが漂う。
ダイニングのドアを開ける。
テーブル。
中央に花。
その横。
少し大きめの置物。
象。
カカオの香り。
首に掛けられた札。
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Happy Birthday
&
Valentine’s day
ー2026.2.14ー
from Paris
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「お父さん、これ…」
「君の友人たちが届けてくれたんだ。」
「チョコレートで作ったんだって、すごいわね。」
ルナはチョコレートの象をじっと見つめる。
「…象さんの、チョコレート…」
エルアンも象を見つめる。
右手をルナの右肩に置く。
「二十歳、おめでとう。」
⸻
窓に光が差す。
ブウン、ブルル。
声。
家の扉が開く。
カチャ、ギー。
「戻りましたー。」
「パンとチーズと、ハム買って来ました。
あと飲み物と、お菓子も。」
「ハラ減ったー。」
ルナは、リビングの隅。
小さくなっている。
「あ!ルナさーん。」
「え!ルナいるの?どこどこ?」
マナがキョロキョロする。
ルナが立ち上がる。
「……」
マナに抱きつく。
ソファに倒れ込む。
「…うぅ、う〜、うっ、うっ。」
二人を見守る。
仲間と家族。
ガチャ。
ローランが窓を開ける。
「へー、ルナも泣くことあるんだな。」
空気を変える。
ルナがゆっくりと立ち上がる。
「…え?私…
泣いてないよ。」
「う、うぇ〜ん…」
マナ。
⸻
料理が並ぶ。
エスカルゴ。
骨付きチキンの赤ワイン煮。
バターライス。
マッシュポテト。
赤ワイン。
全員グラスを持ち上げる。
「乾杯!」
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「3Dスキャン?」
「そうデス。」
「あたしとレオンで考えたの。
ルナの二十歳の誕生日のプレゼント、どうしようかって。」
「そっか、そういうことだったんだ。」
「ルナさんの木彫りの象、立体データを取りました。
3Dプリントして、食品用の樹脂で型を作りました。」
「あたしがその日の帰りに、象を電車に置き忘れちゃったの。
本当にごめんなさい。
大事なものを預かっておいて、こんなことになるなんて。
あれからも、駅に行って聞いてみたり、警察にも届けたりしてるんだけど…
うぅ、うー。」
「はい、ティッシュ。」
「ありがとお、おー。
サラサラー。」
「そういうわけなのよ。
許してあげられるかしら、ルナさん。」
「私は、もちろん。
でも、とっても寂しかった。
そのこともだけど、ずっと、みんなが冷たくなったって思って。
一人でいるのが、寂しかった。」
「ごめんなさい、気がついていたのね。」
「全く、サプライズで人を喜ばすって、実は結構リスクあるんだよな。
それより、食べようぜ、その象のチョコ。」
「うん、食べよ!」
ルナがシートを当てて、押さえる。
パキッ。
割れる。
空洞の中。
香りの塊が解き放たれる。
ルナの声が小さく漏れる。
「…シュォークォー…ロワ〜。」
ローランが固まる。
「今、なんて言った?
もう一回言ってみて。」
「えっ、ごめん、声、出ちゃってた?」
「ルナさん、今度、エクレアで勝負しましょう〜。」
「あー、よかったよー。
ルナー、ごめんねー、ありがとー、おおお…」
「もう一回!
早口で言ってみろってば。」
サラはワイングラスを傾ける。
エルアンとクレールと共に。
チーズ。
スライス・バゲット。
チョコレート。
ジュブレ・シャンベルタン2006。
横に羊革紙の本。
『ひび割れ、それは光が差し込む場所だ。』
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笑い声。
歌声。
夜は深まる。
窓の向こう。
月が輝いている。
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