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navy moon ー月はいつも丸いー  作者: A.O.C.DESIGN
第五章 Dessert (タイトル未定)
26/27

第二十六話 ひびわれ

二月のパリ。


朝。


曇り空。


入口ゲート前。


『フランス芸術学院パリ製菓専門学校』。


行き交う挨拶。


「おはよー。」

「おはよー。」


外に立つマナ。


「うぅぅ、さっぶーいよー。」


ルナが通過する。


「あー、ルナ。

おはよー。」


立ち止まる。

マナを見る。

少しうつむく。


「おはよう。」

早足で通過する。


「ちょっとー、待ってよー、ルナー。」



「おはよー、ルナマナー。」

「おはようございます、ルナさん、マナさん。」


「おはよう。」

微笑むルナ。


「…おはよー。」

マナは暗い顔。


「ん?

どうかしたのか、マナ。」

「うーん、ちょっと、ね。」


ルナは黙って実習室へ向かう。


「ルナさーん。」

レオンが後を追う。



ルナとレオンは実習室の隅にいる。

「ルナさん、怒っているのデスカ?」


「……」


ルナは窓の外を見ている。



「マナ、ルナと何かあったのか?」

「ローラン、実はね…」


「はあ?象の置物?」

「…うん、ルナに借りたのよ。」


「失くしたのか?」

「…うん。」


「あーあれか、よくルナの教本の下敷きになってる、あれ。」

「そう、開いてるページが閉じないようにね。」


「あんなの、何に使うんだよ。」

「それが…」



授業中。


休憩時間。


ランチ。


放課後。


レオンはずっとルナのそばにいる。


話しかけようとする。


だが、言葉が出ない。



校内ロビー。


「つまり、こういうことね。

嘘をついて借りたものを失くしてしまった。

その嘘を正直に話せないでいる。

…ということね。」


「……うん。

サラサラ、どうしたらいいと思う?」


「難題ね、それは。」


「そんなの、正直に言えば良いだろ。

それで、謝って許して貰えばいい。」


「ローラン君、私もそれが正しいと思うわ。

でもいままで通り、仲の良い関係でいられるかどうか。

謝りかた次第では、溝が出来てしまうかも知れない。

だから、困っているのよ。」


「…ふーん。」


「レオン君も関わっているのね。」


「うん。」


「そっか。

うん、わかったわ。

ローラン君、私たちがフォローするしかないわね。」


「いっ!?

オ、オレも?」


「この問題に対して、第三者だから冷静に判断できるの。

あなたも今まで通りの関係に戻したいでしょ?」


「……まぁ、そうだな。

しゃーねぇか。

で、どうするんだ?」


「シミュレーションするわよ。」


紙とペン。


「フェーズA、ローラン君が全てを話す。

フェーズB、私、サラが全てを話す。

フェーズC、状況をキープして……」


考える。

三人。


話し合う。



翌日。


曇り空。


『フランス芸術学院パリ製菓専門学校』。


行き交う挨拶。


「おはよー。」

「おはよー。」


入口ゲート。


いない。


通過するルナ。


「おはよー、ルナ。」


振り返る。

ローラン。


「あ、おはよー。」

微笑み。


「なぁ、今度の週末って、なんか予定あるか?」


「え?

……えーと、え?」


立ち止まる。


ローランは腕時計に目を遣る。

「あ、いや、そのー。

なんつーか、こん、コンペ。」


「コンペ?」


「…そ、そう。

コンペで、発表する、オレのプレゼンを、だな。

みんなに見てもらいたいなーって思ってさ。」


帽子を取る。

ハンカチで頭を拭く。


「…うーん。

土曜、日曜。

実家に帰ろうかなって、思っていたんだよね。」


「あ、そうなのか…

そか、じゃ、また後日でいいや。

プレゼン…

ちゃんと準備するから、よろしくな。」


「うん。

楽しみにしてるね。」


冷たい風。


「おー、さぶ!

悪い、先に行く。」


走るローラン。


ルナはしばらく、立ち止まったまま。



「どう、ローラン。」


「……サラサラ。

フェーズCの、Gだ。」


「えぇ!G?」


レオンとマナは黙っている。


「そっか、やるしかないわね。

私が車を出すわ。」



ルナは空を見上げる。


冷たい空気。

降りてくる。


両手を重ねる。

手のひらを見る。


目を閉じる。



アフリカの街。

市場の人々の活気。


ー プリンセス…


ー ルナ…


ー 離れてはいけないよ…


ー 象さん…


ー 大きい象さん…



目を開く。

手のひらを閉じる。


足元。

寒さが落ちる。


ゆっくりと歩く。



実習室。


マナ。


その向かいに、ルナ。


「…あのね、マナ。」

「うん…」


「私、あの象さん。

……もう大丈夫だから。」

「……ルナ。」


マナは頭を下げる。


「……ごめん。

本当に、ごめんね。」


二人は黙る。

実習の準備を始める。


レオンとローランは、何も言わない。


(どうして、何も言ってくれないのかな…)



ブルル。


サラのスマートフォンが震える。


|フェーズ CーGー4。


「…最終段階ね。

予定通り、実家に向かったわ。」



数日後。

土曜日。


午前。

実習終了。


ルナは学校を出る。

いつもと違うルート。


地下鉄。


大勢の人。

降りる。


乗り込むルナ。



ブルル。


サラのスマートフォンが震える。


|地下鉄。定刻通り。



地下鉄からバスに乗り換え。


走る街。

整った街。

バスが縫う。


停車。

リヨン駅前。


広場を歩く。

大きな時計。

荘厳な建築。


中へと進む。



『TGV INOUI』


指定座席。

スムーズな加速。


窓の景色。

流れる街の風景。


眺めるルナ。



車。


高速道路。

ブー…


「準備は万全よね?」


ハンドルを握る手。


「えぇ、抜かりはないわ。」

「車で間に合うのか?」


「わからない。

でも、たぶん同じくらいよ。」


「僕が途中で運転代わります。」


「……」


「……安全運転よ。」


「はい。

安全デス。」


「……」


「しっかし、この車、後部座席キツイなー。

四人で乗る車じゃねーよな。」


「ごめんね。

我慢してね。

ほんの、四時間程度よ。」


「まじかよ。」



高速道路から一般道。


葉のない葡萄畑。

遠くまで広がる。


ハンドルを握る手。

レオン。


助手席にサラ。

スマートフォンでマップを見る。


「えーと、そこを、右かしら。」


「いえ、ここはまだデス。

その先で右折します。

最短ルートです。」


「……来たことあるのね。」


「いえ、初めてです。

運転前にルートを確認しています。」


「…たいした記憶力ね。」


「この車も素晴らしいです。

水平対向エンジンのスムーズな走行。

重心バランス。

ハンドリングがダイレクトに車体に伝わります。

マニュアル・シフトも楽しいです。

先生のセンス、僕と相性良いデス。」


「うふ、そう。

ありがとう♡」


ブウン、ブルル。


「到着デス。」


車から出て家を見る三人。

ローランは腰に手を当てる。



夕方、ブルゴーニュ。


太陽が丘に沈む。


紅と紺のゲラデーション。

濃く、深く、村と畑を包む。


暗くなる村に、明かりが灯り始める。

家々の窓が歩道を照らす。



「おかえり、ルナ。」

「お帰りなさい。」


エルアンとクレール。

家の前で待つ。


「…ただいま。」


「さぁ、中へ入ろう。」


カチャ、ギー…

エルアンがエスコートする。


家の中は暖かい。

赤ワインとバターの香りが漂う。


ダイニングのドアを開ける。


テーブル。

中央に花。

その横。

少し大きめの置物。


象。


カカオの香り。


首に掛けられた札。



Happy Birthday

Valentine’s day


ー2026.2.14ー

from Paris



「お父さん、これ…」


「君の友人たちが届けてくれたんだ。」

「チョコレートで作ったんだって、すごいわね。」


ルナはチョコレートの象をじっと見つめる。


「…象さんの、チョコレート…」


エルアンも象を見つめる。

右手をルナの右肩に置く。


「二十歳、おめでとう。」



窓に光が差す。


ブウン、ブルル。


声。

家の扉が開く。

カチャ、ギー。


「戻りましたー。」


「パンとチーズと、ハム買って来ました。

あと飲み物と、お菓子も。」

「ハラ減ったー。」


ルナは、リビングの隅。

小さくなっている。


「あ!ルナさーん。」

「え!ルナいるの?どこどこ?」


マナがキョロキョロする。

ルナが立ち上がる。


「……」


マナに抱きつく。

ソファに倒れ込む。


「…うぅ、う〜、うっ、うっ。」


二人を見守る。

仲間と家族。


ガチャ。

ローランが窓を開ける。


「へー、ルナも泣くことあるんだな。」


空気を変える。

ルナがゆっくりと立ち上がる。


「…え?私…

泣いてないよ。」


「う、うぇ〜ん…」


マナ。



料理が並ぶ。


エスカルゴ。

骨付きチキンの赤ワイン煮。

バターライス。

マッシュポテト。


赤ワイン。


全員グラスを持ち上げる。


「乾杯!」



「3Dスキャン?」

「そうデス。」


「あたしとレオンで考えたの。

ルナの二十歳の誕生日のプレゼント、どうしようかって。」


「そっか、そういうことだったんだ。」


「ルナさんの木彫りの象、立体データを取りました。

3Dプリントして、食品用の樹脂で型を作りました。」


「あたしがその日の帰りに、象を電車に置き忘れちゃったの。

本当にごめんなさい。

大事なものを預かっておいて、こんなことになるなんて。

あれからも、駅に行って聞いてみたり、警察にも届けたりしてるんだけど…

うぅ、うー。」


「はい、ティッシュ。」

「ありがとお、おー。

サラサラー。」


「そういうわけなのよ。

許してあげられるかしら、ルナさん。」


「私は、もちろん。

でも、とっても寂しかった。

そのこともだけど、ずっと、みんなが冷たくなったって思って。

一人でいるのが、寂しかった。」


「ごめんなさい、気がついていたのね。」


「全く、サプライズで人を喜ばすって、実は結構リスクあるんだよな。

それより、食べようぜ、その象のチョコ。」


「うん、食べよ!」

ルナがシートを当てて、押さえる。


パキッ。


割れる。


空洞の中。

香りの塊が解き放たれる。

ルナの声が小さく漏れる。


「…シュォークォー…ロワ〜。」


ローランが固まる。


「今、なんて言った?

もう一回言ってみて。」


「えっ、ごめん、声、出ちゃってた?」


「ルナさん、今度、エクレアで勝負しましょう〜。」


「あー、よかったよー。

ルナー、ごめんねー、ありがとー、おおお…」


「もう一回!

早口で言ってみろってば。」


サラはワイングラスを傾ける。

エルアンとクレールと共に。


チーズ。

スライス・バゲット。

チョコレート。


ジュブレ・シャンベルタン2006。


横に羊革紙の本。

『ひび割れ、それは光が差し込む場所だ。』



笑い声。


歌声。


夜は深まる。


窓の向こう。


月が輝いている。


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