表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
navy moon ー月はいつも丸いー  作者: A.O.C.DESIGN
第五章 Dessert (タイトル未定)
25/27

第二十五話 ふたつのリズム

『購買部』


えーと。


クーベルチュール1キロ。

生クリーム1リットル。

ココアパウダー300グラム。


それと。

カカオマス1キロ。

カカオニブ400グラム。


グラニュー糖は、まだあるから大丈夫。


よし。

これだけあれば充分よね。


お会計。


う…

100ユーロ、超えてるかぁ。


……一瞬、手が止まる。


……きっついなー。


でもしょうがない。

チョコレート・ショックだもんね。


カカオの価格高騰。


アフリカの異常気象…


あの村の人たちは、今どうしているんだろう。


カイは…



ー かさ、かさ。


ー 木は、踊らないよ。


ー かさ、かさ。


ー ほんとだ、踊ってる。



実習室。


「ルナさん、お帰りなさい。」


「レオン。

ごめんね、待たせちゃった。

ガナッシュだけ作って、今日は帰るね。」


「はい。

僕もこれから、自分の分を作ります。」


チッチッチッ、ボ。


「……ルナさん、もし良かったらデス。

明日、トリュフ・レースしませんか?」


「え?」


「十二個だけのスプリント勝負デス。」


「うーん、そうね。

良いよ。

やろっ。」


「では、レース用のガナッシュも用意しましょう。」


「オッケー。」



レオンてば、ほんっと競争好きだなー。

でも、あの時から仲良くなったんだよね。



クーベルチュールが溶ける。


クリームと混ざり合う。


ぐるーり。


ぐるぐる…..



「あ、見てルナ。」


「何?」

「あの人、今作ってる人。」


「あー、イケメン。

マナって面食いなのね。」


「ち、違うわよっ。

あの動きよ!」


「動き?」


「まるで、機械のような正確な動き。

まるで無駄がない。

早いっ。」


「……ほんとだ。

すごい、ね。」


「ガナッシュを左手でつかむ。

両手の指で押さえる。

手のひらでコロコロ丸める。

右手がコーティングのチョコをすくって、左手の手のひらに塗る!?

…え?

チョコは?

…どこに消えたの!?

…はっ!

またコロコロしてる。

いつの間にー。

早いっ!

そして、右手でトレイに置く、この瞬間!

ここよ!見て!

直線的な動きの最後。

柔らかい手首のスナップで、そっと置くー。」


「す、すごいね。」


「ほんと、只者じゃない。

あの男。」


「……う、うん、マナもね。

すごいよ。」


「……ん?

あー、実況ね。

前に見た時に、こっそり動画撮っておいたのよ。

どうやってるんだろって、何回も見直したの。

でも、あれからまた進化しちゃったみたいねー。」


「ちょっと私もやってみるね。

んーと。

取って、ぎゅってして、コロコロ。

で、持ったまま、すくって、こっちに塗る。

コロコロ、コロコロ。

そして、置く。」


「あー、そこ、そういう感じなのねー。

さっすがルナー。」


「よし!

もっと早くしてみるねー。」


サッ、ギュ、コロコロ……


「ふむ。

なかなか、良いペースね。」


「……」

「ん。なかなか……」


「……」

「ちょ、ちょっと。」


「……」

「は、はやっ。」


「……」

「もう、最後の一個!?」


「……はい!おーわりっ。」


「ルナ、すごーいっ。

あんた、なんで一回見ただけでそんなにできるわけー?

え、天才?

あんたひょっとして天才なのー?」


「マナが実況してたから、かな。」


「あのー。」


二人は声の方を向く。


イケメン。


「もし良かったらデス。

僕と、競争しませんか?」



ぐるぐる……


ぐるーり。



そう、あの時は私が勝った。


でも、形が悪かったんだよなー。

レオンのはすごくキレイに出来てた。


よし!

明日はがんばって、ちゃんとしたのを作ろう!



「サラサラー、ごめんねー。

遅くまで付き合わせてちゃって。」


「良いのよ、気にしなくて。

マーケティングの勉強もあるし、あと、残業もね。」


「残業あるんだー。

いっぱい稼げて良いじゃない。」


「……まぁねー。」


「そっか、残業大変なのねー。

でも頑張らないといけないのよね。

一回、事業ポシャってる身としてはー。」


「もう、本当に容赦ないわねー。

みんなにオブラート配る予算、申請しようかしら。」


「あははー、それいい!

おもしろーい!」


「ふふふ。

でも、あなたたちは良いわねー。

幸せそう。

まぁ、私も学生時代、楽しかったけど。」


「ん?

幸せじゃないの?

サラサラ。」


「うーん。

そうねぇ。

でも、幸せになりたいなー。

もっと。

なる権利はある!

……はずよね。」


「ふむ。

権利、甘いわね。」


「え?」


「私にとって幸せになることは、義務よ。」


「……」


「うちの両親がいつも言ってるわー。

あんたは絶対に幸せにならないといけないのよーって、ね。」


「……そっか、義務かあ。」


「サラサラも、幸せになりなさい!

これは、命令よっ。

拒否権なんてないんだからね。」


「うふふ、はーい。

それにしても、あなたって、本当は何歳なの?」


「え?

そんなの…

……ハタチに決まってるじゃない。」


「永遠のハタチってやつ?

そういえば、あなたのプロフィール、まだ見たことないわ。

サバ読んでるんでしょ。

もう、アイドルじゃあるまいし。」


「二十歳だってばー。

おほほー。」


「レオンとルナ、片付け終わったぞー。

帰るぞー。」


「ん?

誰だっけ。」


帽子を取る。


「オレだ、ローランだ。」


「あー、ごめん。

いたのねー。

あんたも、幸せに生きるのよ。

業務命令よー。」


「お前、いつ上司になったんだ?」


「上司じゃなくたって良いじゃない。」


「それより腹へった。

チョコくれ。」


「はいはい。

これあげるわ。

あたしの特製チョコだからねー。

ブラックペッパー入りジャンドゥーヤよ。」


「なんだそれ。

意味わかんねーな。」


「ちゃーんと、味わってね。」



翌日の放課後。


実習室。


トリュフ・レース。


『レオン VS ルナ』。



「レオン、いっつも作業の時イヤホンしてるよな。

何聞いてるんだ?」


シュッ。


ウェットティッシュを抜く。

片方のイヤホンを拭く。


「どうぞ、ローラン。」


大音量。


「うおっ!」


エレクトリック・サウンド。

ハイパー・ビート。


「澄ました顔して、こんなの聞いてたのか!」


「はい。

これくらいでないといけません。

リズムが消えてしまうからデス。」



照明が当たる。


頭の上のお団子。


「ルナ、どう行けそう?」


流麗に舞う。


ルナの両腕。


両目が薄く開く。


「……いつでも、行ける。」


「じゃ、行くわよ。」


ルナは帽子をかぶる。



「それでは、始めます。」


フラッグを持つサラ。


「用意、スタート!」


切り分けられたガナッシュをつかむ。


二人同時。


「さぁ、はじまりましたね。

ローランさん。」


「はぁ?

なんで、さん付けなんだ?

マナ。」


「これまでの二人の対戦成績は一勝一敗。

今回は注目の一戦。

このレースは多くの方が注目しています。」


「はぁ?

…うわ、まじで観客いる!

どっから集まった!?」


「ローランさん、レオン選手についての情報ですが…って。

やっぱりこの言い回しは面倒臭いわねー。

ねぇ、ローラン、レオンの聴いてる音楽なんだった?」


「あれは、ハイパー・ユーロだ。」


「えぇ!あの無表情で?

なんてやつ。

そんなの聴きながらあの動き?

普通じゃないわそんなのっ。

まったくブレていないじゃない。」


「集中していると音が遠くなるんだってさ。

大音量でもリズムだけしか聞こえないらしいぞ。」


「…はっ、ルナはどう?」


レオンの横のテーブル。


「流れているー。

まるで、踊っているみたい。

キレイだわー。」


「いや、踊っているというよりも、これは……

オーケストラの指揮者の動きに近いな。」


「はっ!

…うん。

確かにそうね。

直線的で無駄のないレオンの動き。

それに対して、ルナは曲線的で少しオーバーな動きに見える。」


「レオンは軸がしっかり固定されていて安定感がある。

ルナは全身を使って動いている感じだ。

どちらにも言えるが、作業のバランス感覚が優れている。

…ということだ。」


「今のレース状況は、レオン六個、ルナも六個ね。

ほぼ互角。

だけど若干レオンがリードしているわ。」


「あぁ!レオンの目の動きを見て!

チョコを丸めながら、トレイを見ている…

置く場所を特定しているのね!

そして、置く瞬間は次のチョコを見ているわ!」


「いや、それよりも、ルナだ…

ほとんど目を閉じているぞ。

置く場所の特定は、していない。

ルナは、放り投げている。」


「えぇっ!

あぁ、本当だわ!

ココアパウダーのトレイにふわっと…

あれ?なんか、バウンドしていない?」


「ひょっとして、あの下にはクッションが?」


「…今、九個目ね。

三個ずつ仕上げるのは二人とも同じ。

つまり、ここからが最後の周ってこと。」


「……」


「ファイナル・ラップよ。」


「……」


「ルナは追い上げてきている。

これは、最後まで、分からないぞ…」



「はーい。

おつかれさまー。」


「良い勝負だったわー。」


「うぅ、また負けました。」


「うーん、私、勝ってないよー。

レオンの方が美味しいもん。」



ちゃんとまとまってる。


形になってる。


良い香りがする。


…クオー…ロワー。


あ、ひょっとしてまた声、出ちゃってる?



帰り道。


五人。


街を歩く。


広い道。


高い塔。


雲の隅から光。


溢れている。


風が吹く。


冷たくはない。


街の声。


混ざり合う。


C’est bon,


C’est bon.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ