第二十五話 ふたつのリズム
『購買部』
えーと。
クーベルチュール1キロ。
生クリーム1リットル。
ココアパウダー300グラム。
それと。
カカオマス1キロ。
カカオニブ400グラム。
グラニュー糖は、まだあるから大丈夫。
よし。
これだけあれば充分よね。
お会計。
う…
100ユーロ、超えてるかぁ。
……一瞬、手が止まる。
……きっついなー。
でもしょうがない。
チョコレート・ショックだもんね。
カカオの価格高騰。
アフリカの異常気象…
あの村の人たちは、今どうしているんだろう。
カイは…
⸻
ー かさ、かさ。
ー 木は、踊らないよ。
ー かさ、かさ。
ー ほんとだ、踊ってる。
⸻
実習室。
「ルナさん、お帰りなさい。」
「レオン。
ごめんね、待たせちゃった。
ガナッシュだけ作って、今日は帰るね。」
「はい。
僕もこれから、自分の分を作ります。」
チッチッチッ、ボ。
「……ルナさん、もし良かったらデス。
明日、トリュフ・レースしませんか?」
「え?」
「十二個だけのスプリント勝負デス。」
「うーん、そうね。
良いよ。
やろっ。」
「では、レース用のガナッシュも用意しましょう。」
「オッケー。」
⸻
レオンてば、ほんっと競争好きだなー。
でも、あの時から仲良くなったんだよね。
⸻
クーベルチュールが溶ける。
クリームと混ざり合う。
ぐるーり。
ぐるぐる…..
⸻
「あ、見てルナ。」
「何?」
「あの人、今作ってる人。」
「あー、イケメン。
マナって面食いなのね。」
「ち、違うわよっ。
あの動きよ!」
「動き?」
「まるで、機械のような正確な動き。
まるで無駄がない。
早いっ。」
「……ほんとだ。
すごい、ね。」
「ガナッシュを左手でつかむ。
両手の指で押さえる。
手のひらでコロコロ丸める。
右手がコーティングのチョコをすくって、左手の手のひらに塗る!?
…え?
チョコは?
…どこに消えたの!?
…はっ!
またコロコロしてる。
いつの間にー。
早いっ!
そして、右手でトレイに置く、この瞬間!
ここよ!見て!
直線的な動きの最後。
柔らかい手首のスナップで、そっと置くー。」
「す、すごいね。」
「ほんと、只者じゃない。
あの男。」
「……う、うん、マナもね。
すごいよ。」
「……ん?
あー、実況ね。
前に見た時に、こっそり動画撮っておいたのよ。
どうやってるんだろって、何回も見直したの。
でも、あれからまた進化しちゃったみたいねー。」
「ちょっと私もやってみるね。
んーと。
取って、ぎゅってして、コロコロ。
で、持ったまま、すくって、こっちに塗る。
コロコロ、コロコロ。
そして、置く。」
「あー、そこ、そういう感じなのねー。
さっすがルナー。」
「よし!
もっと早くしてみるねー。」
サッ、ギュ、コロコロ……
「ふむ。
なかなか、良いペースね。」
「……」
「ん。なかなか……」
「……」
「ちょ、ちょっと。」
「……」
「は、はやっ。」
「……」
「もう、最後の一個!?」
「……はい!おーわりっ。」
「ルナ、すごーいっ。
あんた、なんで一回見ただけでそんなにできるわけー?
え、天才?
あんたひょっとして天才なのー?」
「マナが実況してたから、かな。」
「あのー。」
二人は声の方を向く。
イケメン。
「もし良かったらデス。
僕と、競争しませんか?」
⸻
ぐるぐる……
ぐるーり。
⸻
そう、あの時は私が勝った。
でも、形が悪かったんだよなー。
レオンのはすごくキレイに出来てた。
よし!
明日はがんばって、ちゃんとしたのを作ろう!
⸻
「サラサラー、ごめんねー。
遅くまで付き合わせてちゃって。」
「良いのよ、気にしなくて。
マーケティングの勉強もあるし、あと、残業もね。」
「残業あるんだー。
いっぱい稼げて良いじゃない。」
「……まぁねー。」
「そっか、残業大変なのねー。
でも頑張らないといけないのよね。
一回、事業ポシャってる身としてはー。」
「もう、本当に容赦ないわねー。
みんなにオブラート配る予算、申請しようかしら。」
「あははー、それいい!
おもしろーい!」
「ふふふ。
でも、あなたたちは良いわねー。
幸せそう。
まぁ、私も学生時代、楽しかったけど。」
「ん?
幸せじゃないの?
サラサラ。」
「うーん。
そうねぇ。
でも、幸せになりたいなー。
もっと。
なる権利はある!
……はずよね。」
「ふむ。
権利、甘いわね。」
「え?」
「私にとって幸せになることは、義務よ。」
「……」
「うちの両親がいつも言ってるわー。
あんたは絶対に幸せにならないといけないのよーって、ね。」
「……そっか、義務かあ。」
「サラサラも、幸せになりなさい!
これは、命令よっ。
拒否権なんてないんだからね。」
「うふふ、はーい。
それにしても、あなたって、本当は何歳なの?」
「え?
そんなの…
……ハタチに決まってるじゃない。」
「永遠のハタチってやつ?
そういえば、あなたのプロフィール、まだ見たことないわ。
サバ読んでるんでしょ。
もう、アイドルじゃあるまいし。」
「二十歳だってばー。
おほほー。」
「レオンとルナ、片付け終わったぞー。
帰るぞー。」
「ん?
誰だっけ。」
帽子を取る。
「オレだ、ローランだ。」
「あー、ごめん。
いたのねー。
あんたも、幸せに生きるのよ。
業務命令よー。」
「お前、いつ上司になったんだ?」
「上司じゃなくたって良いじゃない。」
「それより腹へった。
チョコくれ。」
「はいはい。
これあげるわ。
あたしの特製チョコだからねー。
ブラックペッパー入りジャンドゥーヤよ。」
「なんだそれ。
意味わかんねーな。」
「ちゃーんと、味わってね。」
⸻
翌日の放課後。
実習室。
トリュフ・レース。
『レオン VS ルナ』。
⸻
「レオン、いっつも作業の時イヤホンしてるよな。
何聞いてるんだ?」
シュッ。
ウェットティッシュを抜く。
片方のイヤホンを拭く。
「どうぞ、ローラン。」
大音量。
「うおっ!」
エレクトリック・サウンド。
ハイパー・ビート。
「澄ました顔して、こんなの聞いてたのか!」
「はい。
これくらいでないといけません。
リズムが消えてしまうからデス。」
⸻
照明が当たる。
頭の上のお団子。
「ルナ、どう行けそう?」
流麗に舞う。
ルナの両腕。
両目が薄く開く。
「……いつでも、行ける。」
「じゃ、行くわよ。」
ルナは帽子をかぶる。
⸻
「それでは、始めます。」
フラッグを持つサラ。
「用意、スタート!」
切り分けられたガナッシュをつかむ。
二人同時。
「さぁ、はじまりましたね。
ローランさん。」
「はぁ?
なんで、さん付けなんだ?
マナ。」
「これまでの二人の対戦成績は一勝一敗。
今回は注目の一戦。
このレースは多くの方が注目しています。」
「はぁ?
…うわ、まじで観客いる!
どっから集まった!?」
「ローランさん、レオン選手についての情報ですが…って。
やっぱりこの言い回しは面倒臭いわねー。
ねぇ、ローラン、レオンの聴いてる音楽なんだった?」
「あれは、ハイパー・ユーロだ。」
「えぇ!あの無表情で?
なんてやつ。
そんなの聴きながらあの動き?
普通じゃないわそんなのっ。
まったくブレていないじゃない。」
「集中していると音が遠くなるんだってさ。
大音量でもリズムだけしか聞こえないらしいぞ。」
「…はっ、ルナはどう?」
レオンの横のテーブル。
「流れているー。
まるで、踊っているみたい。
キレイだわー。」
「いや、踊っているというよりも、これは……
オーケストラの指揮者の動きに近いな。」
「はっ!
…うん。
確かにそうね。
直線的で無駄のないレオンの動き。
それに対して、ルナは曲線的で少しオーバーな動きに見える。」
「レオンは軸がしっかり固定されていて安定感がある。
ルナは全身を使って動いている感じだ。
どちらにも言えるが、作業のバランス感覚が優れている。
…ということだ。」
「今のレース状況は、レオン六個、ルナも六個ね。
ほぼ互角。
だけど若干レオンがリードしているわ。」
「あぁ!レオンの目の動きを見て!
チョコを丸めながら、トレイを見ている…
置く場所を特定しているのね!
そして、置く瞬間は次のチョコを見ているわ!」
「いや、それよりも、ルナだ…
ほとんど目を閉じているぞ。
置く場所の特定は、していない。
ルナは、放り投げている。」
「えぇっ!
あぁ、本当だわ!
ココアパウダーのトレイにふわっと…
あれ?なんか、バウンドしていない?」
「ひょっとして、あの下にはクッションが?」
「…今、九個目ね。
三個ずつ仕上げるのは二人とも同じ。
つまり、ここからが最後の周ってこと。」
「……」
「ファイナル・ラップよ。」
「……」
「ルナは追い上げてきている。
これは、最後まで、分からないぞ…」
⸻
「はーい。
おつかれさまー。」
「良い勝負だったわー。」
「うぅ、また負けました。」
「うーん、私、勝ってないよー。
レオンの方が美味しいもん。」
⸻
ちゃんとまとまってる。
形になってる。
良い香りがする。
…クオー…ロワー。
あ、ひょっとしてまた声、出ちゃってる?
⸻
帰り道。
五人。
街を歩く。
広い道。
高い塔。
雲の隅から光。
溢れている。
風が吹く。
冷たくはない。
街の声。
混ざり合う。
C’est bon,
C’est bon.
⸻




