第二十四話 ちがう
「みんな、食べ終わったわねー。
あたし片付けるから、みんなは準備してね。」
「あら、片付けなら私がしますよ。
マナさんは、みんなと一緒に…」
「大丈夫、大丈夫。
サラサラも勉強するんでしょ?
マーケティング。
私はみんなをサポートしたいのよ。」
「うーん、そう?
でも、なんか悪いから手伝うわ。
レオン君のケーキ、あのクオリティは
高級ブランドの域に近かった。」
道具を揃えるレオン。
ローランは腕時計を見ながら、
ポーラーハットを被り直す。
ルナは座っている。
トン、トン…
あごを支える左手。
右手の中指と親指がテーブルの上で、
軽くバウンドしている。
トン、トン…
トン。
動きが止まる。
「…トリュフ。」
ローランが反応する。
「何、トリュ?」
ルナは動き出す。
道具を揃える。
二倍速。
⸻
うん、そうだ。
試してみよう。
やりながら、何か思いつくかも知れないもんね。
⸻
「ん。
どうやらスイッチ入ったみたいね、ルナ。」
「うふふ。
何が始まるのかしら。
楽しみね。」
「また、コートドールみたいなの、作っちゃうかも。」
「…あれには、驚いたわ。
……そして、私も学んだのよ、ね。」
シャー。
シャワーの水がシンクを流れる。
シャー…
⸻
拍手。
階段。
劇場。
歌声。
⸻
「すごかったねー。」
「うん、声がすごーくキレイだった。
張りがあるっていうか、澄んでいるっていうか。」
「たくさんの声が重なった時の、あのハーモニー。
ほんと、しびれたわー。」
「響いてたね。」
ルナは空を見上げる。
「これが、オペラ。」
⸻
「ルナ、右手大丈夫?
そのテーピング。」
「大丈夫よ、軽い腱鞘炎だって。
ちょっと休ませていれば治るって。
ありがとうマナ。
心配してくれて。」
…うーん。
ちょっと、無理しちゃった。
右手に負担かけ過ぎちゃったのね。
左手もうまく使えって、先生が言ってたのに。
さてとー。
オペラ。
うん、ちゃんと出来てる。
左手だけで作るの、ちょっと大変だったけど。
「おぉー、出来てる、出来てる。
さすがルナね。」
「マナが手伝ってくれたおかげだよ。
…マナの方も、良い感じだね。」
「うふっ。
オペラ、わざわざ劇場まで観にいった甲斐があるってもんよねー。
あのストーリーも良かったのよー。
若い芸術家たちの青春ドラマ。
めっちゃインスピレーション湧いたわ〜。」
「うんうん、そうだった。
エモいって、ああいうのだね。」
…オペラ。
チョコレートのケーキ。
キレイに出来上がってる。
これを、切らないと、だね。
左手で、切れるかな。
うーん。
ナイフ、なんかしっくりこない。
でも、しょうがない。
切ろう。
スッ。
「あ。」
…っちゃー。
「あらら、ルナ。
言ってくれれば切ったのに。」
「うん、ありがとう。
とりあえずこれ、盛り付ける。」
お皿に持って、と。
あー、ちゃんと立たないなぁ。
パタン。
やっぱ、倒れたー。
えーい、デコってしまえ!
ホイップ。
よし。
金箔…
あ、ココアパウダー、掛かっちゃった。
中途半端だ。
足しちゃおう。
んー、なんか、高さ、足りないかな。
チョコ・スライス刺してみよう。
斜めに一列、とか。
で、金箔っと。
「ルナさん…
あなた、何を?」
「あ、サラサラ先生。」
やっばー、見つかったー。
「こ、これは。
……はっ、そういえば、あなたの出身って、確か…」
ん?
えーと、出身?
「はい。
ブルゴーニュの、ジュブレ・シャンベルタン村。
コートドールです。」
「…やっぱり、そうね。
そういうことよね。」
……
ん?
⸻
…カシャ。
「よし。」
ガララ、ピシャ。
タッタッタッ…
「なになに?
サラサラ、どうかしたのルナ。」
「うーん、サラ先生、私のオペラ見て、なんか反応してた。
写真撮ってた。」
ガララ…
「こちらです。」
うわ、いっぱい入ってきた。
「おぉ、なんと。」
「ふむ。」
「こんな解釈があったとは。」
「はい。
これは、コートドールです。
ね、ルナさん。」
え?
私の、オペラ。
えーーーー!?
⸻
校長室。
「なるほど、つまり。
たまたま偶然、こうなった。
ということだね。」
ルナが応える。
「はい。」
校長が頷く。
「それを、周りが騒いでしまった、と。」
サラが頭を下げる。
「すみません。」
「私があなたがたを呼び出したのだが。
…どうやら、必要なかったようだね。」
校長はルナを見る。
ルナの視線が少し落ちる。
「オペラを観に行きました。」
「実習の前に。」
「とても感動しました。」
「たくさんの人の重なる歌声。
私は、その感動を、このケーキで、
表現したいと思いました。」
「うむ。」
校長は左手の甲に右手を乗せる。
「チョコレートのオペラを作った人も、
たくさん努力して作ったと思います。」
「そうだね。」
ルナはケーキの皿を見る。
「……違うと、思います。」
「これは、オペラじゃない。」
校長はルナの顔を見る。
「……そういうものじゃ、ない。」
サラは頭を下げている。
ルナも頭を下げる。
「…はい、その通りです。」
明るい校長の声。
「では、もう下がって良いですよ。」
校長は、微笑んで見送る。
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シャー…
流れる温かい水。
指を洗うルナ。
目を閉じている。
三本の指が動いている。
澄んだ水が、流れている。
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「どうだった?ルナ。」
「……」
「ダメだったのね。」
「……まとまらないの。」
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指先が、少しだけ止まる。
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「……まだ、ワにならない。」




