表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
navy moon ー月はいつも丸いー  作者: A.O.C.DESIGN
第四章 Fromage 悠々たる旅路
19/25

第十九話 遺るもの

カーテンが揺れる。


白い布が、やわらかく膨らむ。



窓の外。


ブーゲンビリア。

乾いた風に、赤い花がこまかく震える。


ザァ…


その向こう、地中海の深い群青色が、

紫色に染まっていく。


ザァ…


ザァ…



テーブル。

グラスの底に、わずかな赤。


右手。

三本の指が、静かに閉じる。


何も持っていない。


だが、指は閉じる。


その下には、

指の影が映っている。



部屋を出る。


朝食。


白い壁。

石畳の床。

青いプール。


素焼きのテラコッタ。

緑のアガベ。


朝の光が差す。

反射する光に、全ての影が柔らかくなる。


穏やかな時間の流れに、心が浸る。



ホテルを発つ。


二泊目のホテル近くの駅。

車を駐める。


電車に乗る。

海岸線。


地下トンネル。


街。


赤い屋根と白い壁が、遠くまで続く。


大きな駅。

小さな駅。

海岸線。


さらに大きな駅。

下車。


バスに乗り換え。


電車とは異なる窓辺。

異なる速度。

異なる揺らぎ。


バス停を降りて、徒歩十五分。

緩やかな坂道を歩く。


到着。


『ルノワール美術館』



淡い色と濃い色。


浅く、深く。


柔らかな光と、穏やかな影。


光を含んだ肌。


奥行きのある風景。


人々が集う街。


水に浮かぶ船。


食事をする人々の群像。


色をぼかす筆遣い。


くっきりと白を乗せるハイライト。



ミュージアム・ショップ。


「これ、一冊買おう。」

「良いわね。」


「この絵のポーズ、覚えてるかい?」

「あなたが私を撮った。」


微笑む。

「もう、覚えてるわよ。」



ショップの店員。


一枚の紙が渡される。

簡単な地図。

丸がいくつか、打たれている。


店員が指で触れる。


二箇所。



美術館を出る。


エルアンはすぐに立ち止まる。


空。

海。

風。


草木が揺れる。


エルアンは目を細める。


「いない。」


クレールは横にいる。



細い道を歩く。


石の壁の家。


プールの水面。

光が揺れる。


明るい空。


変わらない道。

変わらない建物。


足が止まる。


「...いない。」


静かな刻。


クレールが肩を寄せる。


「風が冷たくなってきたわね。

お昼にしましょ。」



海辺のブーランジェリー。


ショーケースに様々なパン。


サンドイッチ。

デニッシュ。

タルト。


店員と客の声。

明るい表情。


「ピストゥスープ、あるかな。」

「うーん、どうかしらね。」

「ニースのピッツァも食べたいな。」

「そうね、ここは軽くにしておきましょ。」



停留所。


白い標識。

時刻表。


風。



電車が来る。

道の上にはレール。


低い音。


扉が開く。

乗る。


窓。

景色が流れる。

住宅街。


プール。

青い水面。

揺れていない。


白い家。

閉じた窓。


バルコニー。

椅子。


誰もいない。



停留所。


人が乗る。

声。


電車が動く。

音が増える。


海。

光。


「…同じ海なのに、ね。」


「…」


「違うのは、人だ。」



停まる。


さらに人。

会話。

笑い声。


電車が動く。


進む電車。

軽いブレーキ。


揺れる。

手すりを三本指が握る。



青いプール。

白い家。


青いプール。

白い家。


人のいないバルコニー…



停留所。


降りる。


『ニース』



ショーウィンドウが並ぶ。


ブランド品。

眺める。


歩く。

浜辺へ向かう。


海沿いの店。

指差すクレール。


ストローハット。

サングラス。



浜辺を歩く。

裸足の二人。


片手に靴。

もう一方は帽子に触れる。


ザァ…

ザァ…


海鳥の声。

跳ねる魚。



波が足を覆う。

蹴る。


飛沫が舞う。

光る。


しゃがむエルアン。

水に触れる。

三本指。


すくう。

上を向く。

口に運ぶ。


沈黙。


「…うん。

間違いない。

これは、海だ。」


「当たり前よ。」


二人は笑う。



通り沿いで足を乾かす。


眺める。


砂。

波間。

水平線。

空。


飛行機雲。



ボトルワイン。

二つのグラス。


ロゼ。


具沢山のサラダ。

魚介。

ブラックオリーブ。

クスクス。

ハーブ。


海辺のテラス。

乾杯。


ミストラルが吹く。

店内へ移る。


緑色のスープ。

オニオンのピッツァ。


柔らかい光。

穏やかな空気。

ハーブとガーリックの香り。


「最高ね。」

「あぁ。」



夜。


海岸に沿う線路。

電車が駅に着く。


音楽が誘う。

ネオンが導く。


煌々と明るい建物。


二人は見る。

輝く瞳に映る文字。

目を合わせ、微笑む。


『CASINO』



「賭博じゃないのよね。」

「あぁ、大丈夫。

ここはただのゲーム。

遊びだよ。」


「ちょっと、ドキドキしちゃう。」

「よーし!楽しむとしよう。」


煌びやかな店内は、それほど混んでいない。


「閑散期だし、大人の時間が楽しめそうだ。」

「カクテル、頼みたいわ。」


「ブラックジャックやろう。」

「ルール、教えてね。」

「あぁ、大丈夫だ。」



「ヒット!」

「スタンド!」


声が飛び交う。

ディーラーがカードをめくる。


6、7、8、合計、21。


歓声が上がる。



「ヒットしますか?それともスタンド?」


悩むエルアン。

ディーラーの顔を伺う。


カードの流れを読む。


「K」、「6」が並ぶ。


「スタンド。」

小声。


ディーラーは、聞かなかったそぶり。


目を閉じて悩むエルアン。

目を開く。

右手の指を見る。

伸びた二本指が、閉じる。


「やっぱり、ここはヒットだ!」

声を張る。


カードが配られる。

開く。


「5」。


「よし!」


ディーラーのカードが開く。

「6」、「Q」、そして、もう一枚。


「J」。


歓声が上がる。


ディーラーは微笑んで、

カードをシャッフルする。



「次は、ルーレットね。」


「ルールは単純。だからこそ、のめり込める。」

「チップを置く場所で、配当が変わるのね。」

「当たる確率と配当のバランスが整っているんだ。」


「あ、あの人当たった。

いっぱい当たってるわ。

でも、ディーラーの計算、すごく早いわね。

ちゃんと合ってるのかしら。」


「ふむ。

157だな。

ちゃんと合ってるよ。」


「早っ。」



ウィルが回る。


中央のポールの上には、輝く球体。


数字と枠が並びながら煌めく。


ディーラーが指で球を弾く。


シュー…


目で追えない。


残像が映るだけ。


やがてゆっくりになる。


そして落ちる。


数字が決まる。



シュー…


「黒だ。」


エルアンはチップを置く。


ディーラーがベルを二回鳴らす。


「それまで。」


象牙色の球の速度が落ちていく。

緩やかなカーブ。

スーッと、降りていく。


カツン。


ピンに当たって軌道が変わる。

カン、カン。


カラン。

「23赤」。


ストッ。

マーカーが置かれる。


エルアンは無言で、紙に結果を記す。



赤か、黒か。


エルアンは基本的にスタイルを変えない。

時々、数字の枠に置く。

回を追うごとに、少しずつチップが増えていく。


「では、次の回でディーラーが交代いたします。」



交代したディーラーが球を弾く。


投げ方が違う。

手首を返しながら、レールに沿って手を広げる。


ヒュイー…


音。

球速。


ベルが鳴る。

「それまで。」


球が落ちる。


カラン。


ディーラーはマーカーを指先で放りあげ、

空中で掴んでゆっくりと数字に置く。


カンッ。


「ナイスキャッチ!」


たまたま置いたエルアンの一点掛け。


歓声。



エルアンのチップは最初の10倍まで増えている。


客が集まっている。


「私は、これで最後の勝負にします。

全て掛けます。」


微笑む。


ディーラーも返す。


トン。


球が卓で跳ねる。


指先で掴む。


ウィルに触れる。


手が動く。


ヒュイーン…


「ねぇ、どっちにするの?

赤?黒?」


「…うん、待ってくれ。」


「ねぇ、どっち?」


じっとホイールを見つめる。


「…よし!決まった!」


客たちが固唾を飲む。


「…うん、決めた!

白だ!」


「ないわよっ!」

クレールのツッコミ。


張り詰めた緊張が緩む。


「ごめん、えーと、赤だ!」


赤にチップの山が動く。


すかさず、他の客たちが、黒に置いて行く。


「……」


ベルが鳴る。


「それまで。」


球がゆっくりとカーブを描いて落ちる。


カツン。


ピンに当たって軌道が変わる。

カン、カン。


赤に向かう。


跳ねる。


黒に入る。


しかし、跳ねる。


カラン。


「0」。


歓声と笑いがその場を埋める。


ディーラーが全てのチップを集める。


クレールがエルアンの肩に手を置く。


エルアンが立つ。


カン。


音。


下を見る。


一枚のチップ。


クルクルと回る。


三本の指で持ち上げる。


じっと見る。


ディーラーに目を移す。

「本当のラスト、お願いします。」



ホテルへと歩く二人。


「いやー、負けたなー。」

「そうかしら?

勝率なら勝っていたんじゃない?」


「うん?」

「あはっ、いい思い出。

とっても楽しかったー。」


振り返る。

「…あぁ。」



夜空。


星が輝く。


細い道。


街灯が照らす。


家の窓。


暗い。


プールの水面。


月は、触れていない。


風が撫でる。


ザァ…


潮騒。


ザァ…



朝。


ホテルを出て帰路に着く。


アビニョンを通る。


人がいる。


活気がある。


「…世界遺産よね。」


「あぁ、人がいるな。」


「…うん。」


橋の上の人々が目に映る。


「遺ってるな。」



道。


車がゆっくり走る。


石の街を抜ける。


人々の姿。


遠ざかる。



橋。


川。


流れる水。


ザァ…



車内。


エルアンの右手。


ハンドルの上。


三本の指。


静かに、力が抜ける。



窓の外。


空。


月は見えない。


鳥が並んで旋回している。



音。


エンジン。


一定のリズム。



そのまま、


道が続いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ