表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
navy moon ー月はいつも丸いー  作者: A.O.C.DESIGN
第三章 Plat principal 収穫のあじわい
15/23

第十五話 帰 郷

「出発するわね。」


カイとアヤンダ。

朝の日差しが、バスの中を明るく満たしていた。


「それにしても、昨日は楽しかったわ。ヤオ、面白い子。」

「うん。本当によく笑った。」


スピーカーから曲が流れる。


「インターネットラジオだから、いろんなチャンネルあるの。」

「それにしても、まさかバスとは。」

「だって、いっぱい運べるじゃない。」


カイは携帯を見る。

母への返信。


|明日帰るよ。


アヤンダが言う。

「二人でやれば早く終わるわ。収穫作業。」



かさ、かさ。

バナナの葉。


畑の脇にバスが止まっている。


さら、さら。

しゃがんで眺めるカイ。


「…何だこれ。」



畑に入る二人。


カイは立ち止まる。


アヤンダも立ち止まる。


「こ、これは、どういう…」


「これ……あなたの家の畑なの?」



バナナの木。


葉の影。


カカオの木。


根元に集められた、カカオの実。


その下の枯れ草。


刻まれたバナナの枯葉。


畑を進む二人。


若いカカオの苗の列。


等間隔で並んでいる。


カカオの列。


カカオの列。


その向こうにも、列。


カイは目を凝らして、見る。


(…水が、ゆっくり流れてる。カカオの殻の水路…)


(こっちの列......稲?)


(奥の方に花、バラ?)


さらにカカオの苗の列が続く。


「試しだ。」


クアメ。


「お帰りなさい。」


アミナ。



「初めまして、アヤンダと申します。」

手をおろし、頭を下げる。


「初めまして、私はクアメ。それとアミナ。」

帽子を取り、二人とも頭を下げる。


アミナが口を開く。

「早かったわね。まさか昨日の今日だなんて。」


カイは畑を見ている。


アヤンダが答える。

「たまたま、予定が空いていたので参りました。

お邪魔でしたか?」


「いえいえ、そんなことは。

昨日、収穫がひと段落したんです。

大変だったものだから、息子に手伝いを頼もうと思いまして。」


「私は、南アフリカで事業をしております。

コートジボワールにカカオを仕入れに来ています。

畑を視察するのは、私の仕事です。」


「それはそれは。あの、大きい車でいらしてるの?

大変ね。」


「いえ。アビジャンまでは貨物船ですので。」


ナナが木の影から顔をのぞかせている。

「ナナ、こっちにいらっしゃい。」


ナナはカイにしがみつく。

アヤンダを見る。


「ナナさんね。こんにちは。」


「ナナ、大きくなったね。」


カイが我に帰る。



バナナの葉が、光を遮る。


その木の下に、五人がいる。


風に揺れる草。


クアメは根元に座る。


クアメの前に、刈り取ったばかりの稲穂。


ひと束。


四人で囲む。


アミナとアヤンダの会話が弾む。


カイとクアメは、黙っている。


ナナは、バナナの木にしがみついている。


昼前の穏やかな風が、吹き抜ける。



午後。


ラジオから弦の音。


アヤンダとカイは散歩。


「村の人たちが、協力して作ったのね。

本当に素晴らしいわね。

川辺から水を引いて、畑まで。」


「うん。」


「あのバラ、いいバラね。

八重咲き。

先がピンクの白い花びら。」


「…」


「さっきから元気ないわね、どうしたの。」


カイは立ち止まる。

「オレ、父さんは変わらないと思ってたんだ。」


川辺の石を拾う。

「言われたんだ、継がなくていいって。」


卵の形の石。

「先が無いんだって、思った。」


右手で放って掴む。

「でも、違った。」


繰り返しながら続ける。

「父さんは、諦めていない。」


「そうね。」


「あの畑には、とても魅力があるわ。」


「…うん。」


「ね、ご両親に伝えて。」


卵の形をポケットに入れる。

「え?」


アヤンダはカイを見る。

「できれば、この畑のカカオを高く買い取らせてほしいの。」


畑の端から端まで、ゆっくり見る。

「もし、畑の写真と情報を発信することを許可してもらえれば、だけどね。」


両手の親指と人差し指で、枠組みをする。

「うん。やっぱりここ。」


文章を読むように口にする。

「この畑は、とても貴重な未来への挑戦が始まっていた。」


体をカイに向ける。

「私は、信頼し合える関係を築けるように頑張るわ。」


目を閉じる。

「問題が起こらないように、ちゃんと注意する。」


目を開き、カイの右手をそっと引き上げる。

「そう、伝えて欲しい。」


カイを見つめ、両手で優しく包む。

「ゆっくり考えて欲しいって。」


暖かい風がそよぐ。


稲穂が、上下に揺れる。


アヤンダは手を離して、歩く。

「でも、私はこの畑のカカオをすぐにでもチョコレートにしたい。」


カカオの実に触れる。

「少しでもいいから、持って帰りたいな。」



「…はぁ。」


アミナのため息。

クアメとアミナが並んで座る。

その向かいに、カイとアヤンダ。


「もう、話があるって言うから。

びっくりしたわ。

あぁ、そう、いうことね。」


カイは首を傾げる。

アヤンダは少しうつむく。


「大丈夫でしょ、あなた。」


沈黙。


「あなた?」


少しの間。


「…できるなら。」


クアメはアヤンダを見て話す。


「作ってもらえないか。」


アヤンダが顔を上げる。


「チョコレートを。」


カイの目が開く。


「ここで。」



アヤンダは眉を寄せる。

「…私は、作れるのですが、ここでは器材がなくて…」


「そうよね。気にしないで。ただ食べたいだけよ。」


コトン、何かの音。

「チョコレート…?」


離れたところからナナが近づく。

クアメのそばに座る。


「また食べたいと思った。ただ、それだけだ。」


カイが立ち上がる。

「それなら。」


真剣な目。

「オレが、作るよ。

父さん、もう一度、いいかな。」


アヤンダがカイを見る。

「…作れる、の?」


「何度も、作ってきたんだ。」


カイに視線が集まる。


「頭の中で。」


クアメが目を閉じる。


「……」



ー ねぇ、父さん…


ー 僕もチョコレート作ってみたい…


ー だめ?...


ー 一回、だけだ…



虫の声。


灯。


かまど。


石。



小さなカイの、後ろ姿。


振り返る。


固くつぶる目。


舌と歯。



「……」


クアメが静かに目を開く。


「やってみろ。」


カイが頭を下げる。



西日が差す。


灯が揺れる。


カイはかまどから石板を取り出す。


石板を水平にし、砂糖を広げる。


クアメの背中が伸び、目を凝らす。


カイの顔を見る。


カイは鉄鍋で豆を煎る。


パチ、パチ。


薪を動かし、火を見る。


「いい匂い……」


アヤンダとナナが大きく息を吸う。


カイはじっと鍋を見ている。


鍋を火から下ろす。


クッ。


殻をマチェーテで割る。


中身を石の皿の上に置く。


ゴン、ゴン。


卵の形の石で、叩く。


ガッ、ガッ。


擦る。


カカオがドロドロになる。


カイは木の板で混ぜる。


グルグルと、練る。


「砂が、土になるまで。」


カイは小さな石板と、細い石で型を組む。


トロトロのカカオを流す。


しばらく待つ。


アヤンダがカイに話しかける。


「カイ、なぜこんな作り方を、どうやって。」


「…エルアンと、父に教わったんだ。」


クアメは黙っている。


「私が話すわね。」


アミナが、扉を開く。


「エルアンはね、十年くらい前にここで畑を手伝ってくれたの。フランス人よ。」



日が沈む。


村の人々が、集まり始める。


火が灯される。


タン、タタン。


太鼓の音。


大きな声が、村に響き渡る。


祭り。



ナナが外に出る。

「見てくる!」


止まって後ろを向く。

「チョコレートまだ?」


アミナが答える。

「まだよ。大丈夫、ナナのはちゃんとあるからね。」


ナナが駆け出す。


アヤンダがカイを見つめる。

「…そんなことがあったのね。

何だか、信じられないけど、確かにチョコレートが、ここにあるわ。」


クアメが問う。

「私は、一回だけ許した。それだけだった。」


カイはクアメの目を見る。

「一回だけだよ。」


少しの間。


「失敗した。…だから、次に作る時があったら失敗しないように。

頭の中で練習した。

そして、父さんが言った言葉の意味を考えたよ。」


アミナが外を見ながら聞く。

「何を言ったの?」


カイが答える。

「…若いって。」


クアメは目を細め、少し上を見る。

「あの時、確かに言った。

それで、あの動きか。」


「そろそろ、固まったと思う。

チョコレートは祭りに持っていけないよね。」


パキッ。


真っ直ぐ半分に割る。


パキッ、パキッ。


「はい、父さん、母さん。…どうぞ、アヤンダにも。」


クアメが口にする。


沈黙。


クアメが背中を向ける。


大きな背中。


上に顔を向ける。


肩が小さく、ゆっくりと、動く。


アミナが寄り添う。


「…おいしいわね、ね…」



ドドドド、ドン!


トトトト、トン!


タン、タタン、タン、タン!


ズン、ズン。


太鼓。


叫び声。


金属音。


パチ、パチ。


松明の火。


動き回る炎。


旗がゆったりと舞う。


脚が細かく、時を刻む。


大地が揺れる。


腕が風を起こす。


バナナの木が揺れる。


葉と幹に、光と影が映る。


人の波。


その根元に果物。


皿の上。



「はい、ナナ。お待たせー。」

「わー!チョッ…」


カイがナナの口を塞ぐ。

「しーっ。少しだけしかないんだから。」


「んー!んー!」


ナナが駆け出す。

腕を振る。

クルクル回る。

倒れる。


笑う。


「あなたは作れる。作るべき。」


アヤンダはカイの隣に立つ。

「でも、方法はあなたが、あなた自身で見つけなければならないわ。」


カイは微笑む。

「あぁ、そうする。…だってさ、その方が大きいよ。」

アヤンダは前を向いたまま。

「何が、かしら。」


「…残るものが。」



ドドン、ドン。

ドドン、ドン。


「お兄ちゃーん!いっしょにおどろー!」


カイはすっと立つ。

「よし、行くとするか。」


「行ってらっしゃい。」


アミナとアヤンダが並ぶ。


「よかった。カイは成長してる。」

「彼は、とても優秀です。」

「私が言うのも何だけど、自慢できるわ。」

「大いに自慢できます。

でも彼は、謙遜するのでしょうね。

カイはとても上品です。」


ドドン、ドン。


「カカオ、今は少ないけど、使って。」

「よろしいんですか?それは、とっても嬉しいです。」

「あなたは、充分、信頼できます。

畑の仕事もしてくれたし。

こちらもちゃんと、お礼をしないと。」


ドドン、ドン。


松明を囲む人の輪。


カカオの実を、両手に持つナナ。

カイの後ろを、ついて歩く。


「珍しい踊り、ですね。」


「カイがね、村の人に広めたのよ。」


「え?そうなんですね。

これは、遠い国の踊り。

アフリカだと、こうなるのね。」


「その国では、どうなの?」

「もっと、こう、ゆったりした… 壁と床を、お掃除しているような。」


ドドン、ドン。

ドドン、ドン。



祭りの後。


静かな畑。


暖かい風。


真上に向かう月。


カイは立って、上を向いている。


目を閉じて、光を浴びる。





ー カカオを学びたいのです…


ー 素晴らしい木だ…



ー これは安全だよ… 


ー 刃は刃だ…



ー これをあなたに…


ー 未来を考えるために…




ー ルナだ… 


ー 娘がいるんだ… 

ー 初めて食べた時、踊った…


ー Bonjour…


ー 月は、いつも…



ー 木は、踊るの…

ー 太陽の光で柔らかくなって…



ー 大きい象さん…

ー 私も作りたい…



ー いろんな形があるの…


ー いつも丸いの…



ー 月と海、仲良し…


ー フランスに来て…



ー 約 束 … … …






ー ここで育てた豆を…


ー チョコレートを…


ー あなたたちが…




ー ここで…





ー ありがとう…


ー 教えてくれて… 






カイは光を浴びている。


ナナがいつの間にか、カイの後ろにいる。


ナナは見上げる。


カイの頭の影。


月は見えない。


ひとすじ。


光が足元に落ちる。


ナナは、手のひらを広げる。


月の光に当てる。


手のひらをじっと見る。


振り返って、カイの頭をもう一度見る。


そして、ゆっくりと、歩き出す。


音を立てずに。


そっと。


家に向かって。



光と影が揺れる。


畑の水面に。


さら、さら。


かさ、かさ。


夜は深まっていく。



朝の光。

鳥の声。


「はい、ここに並んでくださーい。」


張りのあるアヤンダの声。

三脚にスマートフォン。

写真撮影。


村人みんなが集合。


「それでは、三枚です。

よろしくお願いしまーす。」


さら、さら。


かさ、かさ。


アヤンダが村人たちに混ざる。


「カシャ。カシャ。カシャ。」

オートシャッター。

デジタル音。


「どうもありがとうございましたー。」



ブルン、ブルル…


「元気でね。」


「母さんも、ナナも。


父さん、お元気で…


…出発します。」


軽く頷く。

手を振り合う。


ドアミラー。


離れていく。

三人の姿。


バスの中は、午前の柔らかい日差しで明るい。


「いい写真が撮れたわ。

私ね、写真撮るの好きなんだ。」

「そうなんだ。」

「文章書くのも、結構得意なのよ。」

「そうなの。」


「...そっか、やっぱり、寂しいのね。」

「……」


カイは、うつむいている。

指が画面に触れる。


アヤンダのタブレット。


「アヤンダってさぁ、これで仕事してるんだよね。」

「そうよ。」

「これって高いの。」


「そうね、金額で言ったら高いわ。

でも、妥当な価格だと思うわ。」

「...そう。」


しばらくの間。


「オレもこれ欲しいかも。」


インターネットラジオが曲を届けている。


「この番組、世界のポップスね。」

「…そうなの?」

「この曲、いい音色ね。」

「…うん。」

「ハーモニカ。」


「……」


「何だか落ち着くわね。」


「…」


「...お疲れのようね。気にしないで寝ていいのよ。」


ハーモニカが奏でる。


懐かしい、土の香りが漂う。


故郷の記憶が浮かぶ、暖かいメロディ。


「…ラジオ。」


「うん?」


「...カーラジオでは、ないんだね。」


「そうよ。」


「...カーラジオではないわ。」



バスが走る。


揺れながら。


街に向かう。


空は青い。


月は見えない。


太陽の光。


明るく照らす。


ハーモニカの音色。


耳に残る。


指が画面に触れる。


チャンネルが変わる。


曲を選ぶ。


また音楽が流れる。


バスは走る。


揺れながら。


村から遠ざかる。


轍を残していく。


真っ直ぐに。


前へ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ