第十四話 おしえて
「カカオ栽培支援チーム?」
「そう、入ってみる。」
沈黙。
口元で、右手を軽く握るアヤンダ。
「…うん。それは、悪くないわね。」
「オレそれ知らん。知ってる?アブドゥ。」
「オレも、知らないな。ボランティアで畑の手伝いするのか、カイ。」
「スーパーで働いてた時に知ったんだ。カカオ栽培の支援チーム。
調べたら……ハサミを使ってた。」
「ハサミ?」
「うん。」
「あーそう言えば、使っていたよな、昔、お前。」
ヤオが、カウンターを叩く。
トントントン。
「はぁ?お前んとこ、そんな高価なもん使っているん!?」
「…頂いたものだよ。今は大切に仕舞ってある。」
「へえー、そう。そか、ふーん、ハサミねぇ…」
「んで、支援チームって何やるんだ?」
「うん、畑仕事。収入はもちろんある。海外企業の援助があるんだって。
畑仕事って言っても、やり方が違うんだよ。」
「やり方?」
「まだよくわからないけど、肥料を余り使わなかったり、木の管理が違ったり。」
トン。
「そかぁ。…マチェーテは使わないんか?」
「使う、と思う。今は収穫期だから、きっと使う。」
「勉強になると思うわよ。」
アヤンダがカイに微笑む。
「新しい農法、技術。教えてもらうといいわ。今、若者の参加者が徐々に増えてるのよね。」
「はぁ、そんなら、オレも一回参加してみよかな。」
トントン。
「ところで、アヤンダさん。」
「何?」
「アビジャンには、どのようなご用で、いらっしゃって、おられるんですか?」
「滑舌わるっ。」
アブドゥのツッコミ。
トン!
「…おーいマスター。飴玉ないー?」
トントン。
「んでー、アヤンダさん。」
「あぁ、私はね…カカオ農家の視察。それと仕入れよ。」
「なるほど。…ん?仕入れ、てことは、車で?」
「そうよ。車中泊でね。」
トン。
「うわ、マジで!?...そうですかぁ。でも、長旅かぁ、オレもしてみたいっすね。」
「そうね…途中でいろいろ寄ったりするから、まぁ、楽しいかもね。」
「アブドゥ、旅行したことある?」
「いや、ずーっと村。来れてもこの街までが精一杯さ。」
「カイは?」
「オレもそうだよ。」
「そかぁ、そりゃ、そうだよな。アヤンダさんは、明日はどちらに?」
「うーん、まだ決めてないのよね。予定より早く着いたのよ。」
「そうなんすねー。」
「ねぇ、ヤオって、ひょっとして…」
「え?なんすか?」
「西の出身?」
トン。
「あーバレました?」
苦笑い。
「西の方の言葉が混ざっているもの。やっぱりね。」
トントントン。
「はいはい、ちょっと整理しよ。」
「カイとアブドゥの村は、東。」
「オレの村は、西。」
「で、アヤンダさんは、南アフリカ。」
アブドゥ。
「お前司会かよ。」
「せや。」
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「なんやて?」
トントン。
「鞘に収めてる?ほんま?」
ヤオはカウンターに身を乗り出す。
「え?なんで?」
トン。
「そんなん聞いたことないー。マチェーテに、鞘やて。」
「普通じゃないの?」
「普通じゃないのよ。カイ。」
「普通、箱にまとめて入れとくんやで。」
カイは固まる。
「…」
トン。
「せやで…」
トン。
「ほんなら…」
トン…
カイの視線が止まる。
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カサカサ…
バナナの木。
カカオの木。
物置の小屋。
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中の壁に、鞘に収められたマチェーテがある。
クアメが手に取る。
「これから、これを使え。」
「え?」
カイは一歩退く。
「背が伸びた。もう使える。」
よく研がれた輝きのある刃。
磨かれて艶のある柄。
柄を掴む。
(手に吸い付く。湿りがある。)
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ー カイ!
ー マチェーテを!置くべき場所をお前が決めるな!
ー …まだ、使うから…
クアメが横を見る。
ナナがいる。
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ー 線があるんだね…
ー うん。これはここ、これは…
ー 素晴らしい。秩序がある…
ー ありがとう。教えてくれて…
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タン。
「カイ、どないした。」
我に返る。
「あ、いや、なんでもないよ。」
「そか、目が遠いとこ見てたで。」
「あぁ、ごめん。」
微笑む。
「いやでもカイはさぁ、カッコええよ。」
「…そんなことないよ。一体どこが?」
タン。
「動き。」
タン。
「早い。っていうか、的確。なんかキビキビしとったで。」
手を振りながら続ける。
「パレット置くのがちゃんと線に沿ってたし、つぎ移動すること考えて並べとったやろ。」
手が水平に動き、真っ直ぐ縦に伸びる。
「オレ、真似してるんやで。カイの動き方、カイの仕事、カッコええ。」
「…」
アヤンダが微笑む。
「それに、言葉も丁寧だし、ね。」
「せや。」
⸻
モルダウが流れ始める。
「ふむ…そうか、なるほど。」
アブドゥが腕を組み、頷く。
「カイ、あれやってくれよ。」
「何?」
「お客ももうほとんどいねぇし、いいだろ。
ずっと練習してた、あれだよ、あれ。」
カイの耳元で囁く。
「…」
カイの顔色が変わる。
背を逸らしてアブドゥを見る。
「んじゃ、ちょいと場所作るからな。」
(えぇ…ほんとに?)
⸻
弦の旋律。
途切れ途切れ。
カイは帽子を被り直す。
帽子のつばに指を触れる。
静止。
踵が上がる。
スッと、後ろへ滑る。
スー。
ススー。
そして踊る。
機敏な動き。
弦の調べとは合っていない。
カイのリズム。
スー。
ススー。
「まじか…」
ヤオが固まる。
カイがもう一歩。
……
足がもつれる。
こける。
「あいたた。」
苦笑い。
少しの間。
みんな笑う。
⸻
「どうやるんだよ、オレに教えてくれない?」
店の客が声を掛ける。
「あ、はい。えーと、こうやって、こう。」
「マスター、ありがとう。」
「こちらこそ。」
「さて、行きましょ。明日はどうしようかしら。」
「のんびりしたらええんちゃう?」
「そうそう、疲れを癒した方が良いな。おーい、カイー、行くぞー。」
「あー、すぐ行く。置いてかないでー。」
⸻
店を出る。
「西のビーチにでも行こうかしら。明日。」
少しの間。
二人、同時に上を見る。
「…」
しばらくの間。
「どうかしたの?」
アヤンダも上を見る。
月の光がぼんやり。
⸻
帰り道。
カイとアヤンダ。
駐車場の近くまで。
いつもと少し違う道。
カイが立ち止まる。
アヤンダが振り返る。
「どうかしたの?」
無言。
カイの目が釘付けになっている。
チョコレートショップのショーウィンドウ。
「食べたい?」
カイは一歩退く。
首を強く振る。
「た、た、高すぎて…無理…」
アヤンダは、はっとして下を向く。
「…ご、ごめんなさい。…軽率だったわ。」
少しの間。
カイはケースに並ぶチョコレートをゆっくりと見る。
(...いろんな形が、ある。)
形。
香り。
音。
記憶。
⸻
ブルル。
ポケットの携帯が震える。
母の写真。
アミナ。
|収穫手伝ってよ。
少しの間。
ブルル。
|返事は早めにね。
カイは、ゆっくりと横を向く。
ショーウィンドウを眺める。
文字を打つ。
……
そして消す。




