第十三話 深まる
酒場『Oasis』
ガヤガヤ。
「いらっしゃい、お疲れさん。」
「空いてる席、やっぱりカウンターだけだね。」
カイが腰掛ける。
アブドゥの横。
「マスター、今日はラガーで。」
カイは声を張る。
奥から店主の声。
「カイ、来たか!お疲れさん!ラガーだな、はいよー!」
「ラガー。…そうか、そういや、今日までだったっけ。仕事。」
「あぁ。」
「んじゃ、オレも次はラガーだ。門出を祝ってやるよ。」
「ありがとう。」
「次の仕事、そういえば聞いてなかったよな。何やるんだ?」
「今度は、派遣じゃない。」
トン。
一本。
「んじゃ、とりあえず乾杯。」
コン。
「それにしても、派遣はいろんな仕事があるなぁ。」
アブドゥは指で数える。
「港から始まって、ビール工場、スーパーの品出し、機械工場で組み立て作業…」
カイが続く。
「レストランで皿洗い兼調理補助。あぁ、建設、土木作業もやったっけ。
アビジャンに来て八ヶ月、いろいろ見てきたよ。」
「お前、器用だよなー。どこの職場でも順応しちまうんだから。」
「んー。一週間だけのはずが、だいたいどこでも一ヶ月以上になってたから、まぁそういう事かもな。」
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「あれー?ひょっとしてカイ?」
店の客が、奥の方から急に声をかける。
「え?」
カイは振り返る。
アブドゥも同時に振り返る。
客がカウンターにやってくる。
「え?」
(誰だ?)
かすれたデニム。
白いシャツ。
サングラス。
アフロ。
小柄な背丈。
「すみません、どちら様でしたっけ?」
サングラスを外す。
「ヤオだよー。」
「…あぁ!久しぶり、です。ビール工場の時はお世話になりました。
すみません、すぐに思い出せなくて。」
「何その丁寧な言い方、やめてよ。オレの方が年下なんだから。」
「いーえ。」
カイはヤオに微笑む。
「先輩ですから。」
ヤオはカイの肩を軽く叩く。
「だから、やめろってば。」
二人は笑う。
アブドゥは微笑む。
「カイ、紹介しろよ。」
⸻
「そんっでさー、こいつったらさー。」
「そうなん?意外ー。」
アブドゥがカイの過去を語る。
「やめてくれー、掘り返すなー。」
カイは笑っている。
「あれー?ひょっとしてカイ?」
店の客が、奥の方から急に声をかける。
カイは振り向く。
(...え、また?今度は誰だよ。)
編み込まれた髪。
彫りの深い顔立ち。
カーキ色のスーツ。
捲り上げた、袖。
すらっとした細身。
(都会の女性、だ。)
アブドゥが立ち上がる。
「あ、アヤンダ?」
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カイ、アブドゥ、ヤオ。
アヤンダ。
「元気そうね。」
「はい、アヤンダ、さん。」
カイは背筋を伸ばす。
「緊張してるの?まだ慣れていないのかな?」
アヤンダは軽く腕組み。
「でも、体は大きくなったようね。」
上半身を曲げて、カイを見て微笑む。
「アヤンダー、やっと来たね。待ってたんだよー。」
「え、待ってた?...あぁ、アブドゥね。あなたにも会えてよかった。」
アヤンダはアブドゥにも微笑む。
「カイ、アブドゥ、オレにもアヤンダさん紹介してよー。」
トン。
ヤオはビンを置く。
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アブドゥ。
アヤンダ。
カイ。
ヤオ。
席を増やした。
狭い。
カウンター越しに、店主。
店は、少し落ち着いてきた。
「アビジャンでも珍しいですよね、カウンターなんて。」
アヤンダが店主に話しかける。
「いいだろ?手作りなんだ、これ。」
「え、そうだったの?」
カイは、カウンターを眺める。
表面を撫でる。
トン、トン。
(....しっかりしてるな。土台、構造が。)
「これを?ご自分で、本当に?マスターが?」
カイの目が大きくなる。
「あぁ。あっちの、あの通りに高級バーがあるだろ?」
店主は酒を注ぎながら話す。
「かっこいいと思ったんだ。」
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古びたレコード。
酒が並ぶカウンター内。
店主に挨拶して帰る客たち。
「マスター、いつもありがとう。」
「こちらこそ。」
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「さて、そろそろ出すか。」
主人がニヤリ。
「何?マスター。」
カイは顔を突き出す。
「待ってましたー!」
アブドゥが声を張る。
「なになになになに?」
ヤオがカウンターに身を預けてアブドゥにたずねる。
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ドン。
鍋。
漂う、魚介とナッツの香り。
店主は白い米を盛る。
赤茶色のソースを掛ける。
魚、海老が乗る。
「特別だぞ。釣り仲間がたまたま持ってきたんだ。」
小声。
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コトッ。
「さぁ、召し上がれ。」
「ボナペティ。」
声が重なる。
フィンガーボウルで手を洗う。
右手の三本指だけで、小さなおにぎりを作る。
ねっとりとしたソースと細い米。
三本指で持ち上げる。
少し上を向く。
口元に右手。
口を開く。
親指で、中へと運ぶ。
目を閉じる。
下顎がゆっくりと動く。
一回、二回、三回...
右手が徐々に上へ向かう。
親指を立てたまま。
グッと握る。
アヤンダの左右で、交互に腕が、上がり下がりする。
「どうだ?」
店主の声。
フォークを持ってうっとりしているアヤンダ。
上に伸びていた腕がゆっくりと、同じ早さで下りて、胸の高さで止まる。
グッと握る。
「おかわりある?」
ヤオ。
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「マスター、美味しかったです。ごちそうさまでした。」
店主が奥から応える。
「おぉ、また機会があったら作ってやるよー。」
主人の背中。
包丁の音。
カイは父の面影を重ねる。
店内を振り返る。
人の笑顔を思い返す。
(...村のみんなは、元気だろうか。)
「それで、次は何をするの?」
アヤンダ。
「仕事だよ、次の仕事。もったいぶるなよー。」
アブドゥ。
「カイはどこでも仕事になるよな、かっこいいから。」
ヤオ。
「かっこいいって?オレが?どこが?」
カイ。
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店の外は静かに深まっていく。
中は、賑やかに。
ゆっくりと。
レコードが静かに回っている。




