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白雪と七夜の誓い  作者: つゆ子
第2夜 空白の2年
9/14

9話 攻防

「さて、ミカゲくんは何をしてたのかな」


 机にことりと置かれたストロベリー紅茶。

 向かいの二人に置かれたものと違って、私のマグカップからは湯気が出ていない。両手で包めば、じんわりと優しい熱が伝わっていく。


(ぬるま湯だ……!)


 やった、すぐ飲めるぞ〜と口をつける。

 上品ないちごの香りがふわりと香って、甘い紅茶を味わうこのひと時。あまりにも、贅沢だ。

 荒れた心も静まって、ほっとひと息と瞼を閉じる。あぁ、なんだか遠くから聞こえ波の音も、ざぶんざぶんと楽しげに聞こえてきた。


(なんて、穏やかな時間なんだろう)


 ホイッスルを鳴らした後は大変だった。それはもう、すごくすごく……。

 現行犯逮捕と指を向けられたミカゲは、驚くどころか「姉さん姉さん、何罪ですか?」と嬉しそうに聞いてくるし。スミレくんは昔の回収癖が抜けてないのか、何故かミカゲを捕まえないで光の速さで私を抱っこしてきたし。

 兎に角、カオスだったのだ。あの時、唯一の癒しが、しらたまちゃんだった。


 マグカップから口を離し、ほうっと息を吐く。紅茶美味しい〜と横揺れするその向かいで、ミカゲの髪が左右に揺れた。


「僕はしらたまさんに、自己紹介してただけですけど」


 湯気が出ている熱々の紅茶を飲むミカゲは、まるであれも自己紹介の一部ですって顔だ。そして、言葉の節々には棘を感じる。絶対あれは機嫌悪い。というより不貞腐れてる。

 ピリつく空気、このトゲトゲ感。んー、昔と変わらないミカゲだ。子供の一面だけは残ってるんだと、笑みを零せば口を尖らせるミカゲ。


 太陽は西に傾き、淡い陽の光が部屋を照らす。ご機嫌ななめなミカゲと正反対に、窓の外は穏やかだ。

 ぬいカキラを膝に抱えながら、とくとくと紅茶を注げば「あっ」とミカゲは声が落ちた。


「そうだ、姉さん」

「ん?」


 注ぎ口を上げれば最後の一滴が落ちて、紅茶は波紋を描く。揺れる湯気の向こうには、真っ直ぐな眼でこちらを見つめるミカゲの姿。

 風が強くなったのだろうか。窓の外にある木々が、大きく揺れているように見えた。


「姉さんは、自分に掛けられた呪いをどこまで知っていますか。あと……誰が、姉さんに呪いをかけたの」

「えっ」

「覚えてる範囲で構いません。姉さんの代役で来た白雪から得られた情報はあまりにも、信憑性がなくて」


 そこまで言って、ミカゲは視線を落とす。

 風の国は正義の国とも呼ばれるほどに、厳重且つ秩序が保たれている国。そしてそれは他国の信頼も厚く、多くの情報を得ることが出来る。つまりその国の近衛騎士であるミカゲが、私にこの質問を投げたという事は、スミレくんが言っていた情報以外、何も分からなかったということかもしれない。


(うーん。どこまで話せば、いいんだろう)


 思考を落ち着かせるため紅茶を飲みたかったけれど、甘い香りが広がった途端火傷した舌がぴりっと悲鳴を上げた。


「っ、えっとね」


 即座にティーカップを置き、思考を巡らせる。

 嘘をつく必要も、隠す必要も無い。けれど、呪いを解く方法は言いたくなかった。

 スミレくんも、ミカゲも優しい人だ。恋をすれば呪いが解けるなんて知ったら、善意で助けようとしてきそうで怖い。そんな好意嬉しくないし、結果呪うなら尚更ごめんだ。


「んーとね」

「姉さん、勿体ぶらないで。やましい事でもあるんですか」

「ないよ、ないない」

「カランちゃん、ミカゲくんに嘘は通用しないよ」

「だからないってば」


 嘘だけど。全然あるけど、ちゃちゃ入れてこないで欲しい。


 しかし困った。尋問の対象がスミレくんから私になるなんて。スミレくんの言う通り、ミカゲに嘘は九割通用しない。残りの一割は、ミカゲが上機嫌のふわふわ状態の時に限る。

 嘘に真実を混ぜればバレないとか言うけど、ミカゲには多分無理。


 でも逃げることはもっと不可能だ。ここは腹を括って頑張るしかない。そう決意し、私は息を吐いた。


「えーと、呪いについてね。呪いかけられた日から三年は生きていられるよ。でもその間に解呪しないと永遠の眠りにつくらしい、です」

「……他には?」

「林檎は一口しか食べてないよ。名誉のために言うと、別にうっかり食べたわけじゃないよ……」


 タラタラと汗が背中を伝っていく。

 スミレくんは私が「うっかり食べた」とか言ってたけど、全然そんなポンコツ間抜けマンじゃないし私。これでも、カキラの次に強い自負はあるし。


 目の前のミカゲが怖くても、私は何も悪いことしてないんだから強気でいよう。平常心を保つため、ぬいカキラの手を握りながら、湯気を見上げるしらたまちゃんに視線を向けた。


「んみゃ?」

「ううん、なんでもないよ」


 可愛い、元気出た、まだやれる私は。

 ふんっと胸を張れば、草原の眼はすぅっと細められていく。


「他には?」

「林檎、蜜っぽくてとても甘かったです」

「カランちゃん……」


 そんな哀れな目で私を見ないで。自分でも苦しいとは思ってるよ。

 私の返しにミカゲの草原の瞳がわずかに曇った。

 うぅ怖い、ミカゲ怖い。まつ毛で目のハイライト見えないし、お姉ちゃんに向ける顔じゃないよ泣くよ、いい歳した私が。いいのかな。


 不意に訪れる静寂。沈黙が、机の上に置かれた紅茶を冷ましていく。

 ぬいカキラの頭を撫でて、一瞬で消えた平常心を取り戻そうとすれば、沈黙を破るようにミカゲは口を開いた。


「他には?」

「う、うっ……」

「ミカゲくん、カランちゃん多分君のその姿見慣れてないから、免疫ないよ。焦るの気持ちは分かるけど。さすがに、可哀想だって」


 ありがとうスミレくん。なんだか、太陽みたいに眩しく見えたよ。 やっぱりイケメンは何しても眩しいね。

 けど、どんどん罪悪感が募って心が重い。ミカゲも私に生きてて欲しいから、こんな圧迫尋問してるんだ。その優しさを、私が無下にしているのも事実。


 仮に、自白したとしても、そんな呪いのための恋したくない。呪い殺されてもいいって言われても、困る。解呪する方法を見つけたとして、私の命が消えるていで組まれた運命の天秤と釣り合う同じ重さの対価は何。


 張り詰めた空気。

 ぎゅっとぬいカキラの手を握れば、机から降りたしらたまちゃんが「んみゃ」と頬擦りしてきた。まるで、大丈夫だよと言うように。


(そうだよね、大丈夫。私、嘘は言ってないもん。このまま上手く、やり過ごそう)


 私はね、皆を守りたいんだよと冷めた紅茶を煽る。

 知ってるよ、そういう優しさが一番困るしやめて欲しい行為だってこと。でもね、さすがにそうせざる得ないよ。こればかりは。


 ふんっともう一回めげずに胸を張れば、ミカゲは眉間に手を当てて。本日何度目かのため息をついてから、席を立った。おっ勝ったかな、と思ったのも束の間。

 ミカゲは私の隣の席に腰を下ろして「姉さん……」と甘えるように顔を覗き込んできた。


「呪いを解く方法は、分からない?」

「ぅ、ん」

「本当に? それとも、僕達には言えないんですか」


 するりと、大きな手が私の手を絡み取る。

 手の甲に触れるミカゲの指先が、やけに温かい。 その体温だけで、逃げ場がなくなる気がした。

 真っ直ぐな草原の瞳は、私の一挙一動見逃さないように見つめて。ぎゅっと繋いだ手に力が入る。


「言えないんですね。じゃあ、カキラさんには?」

「……え、っと」

「言える対象か微妙なラインか。じゃあ、しらたまさんには?」

「しらたまちゃんなら……」

「言える対象なんですね」


 あれ、あれれおかしいな。

 甘えん坊ミカゲが帰ったと思った途端、可愛くなくなったよ。しかも何も言ってないのに、話が進んでる。ボロがボロボロ。ボロネーゼだ。


「姉さん?」

「なん、でもない」


 自分で言っといてちょっとツボりそう。ボロがボロボロ、ボロネーゼ。こんな雰囲気じゃなかったら、何気なく今のギャグ言えたのにな。

 肩を落とし冷めた紅茶に目をやれば、何を勘違いしたのかミカゲは「姉さん、嫌わないで」と潤んだ目で見上げた。


「ミカゲの立場上、仕方ないのは分かってるから大丈夫だよ。嫌いになんてならないから」

「でも、」

「えっと、そのね。呪いの解き方知らない訳じゃないの。でも、ミカゲ達を守りたいから今はまだ言えない。意地悪してごめんね」


 捨てられた子犬みたいな顔で見てくるから、話せるのはここまでかなと終止符を打った。

 席に戻りなさいと促しても、椅子を近づけてぴとっと肩に頭を乗せくる。


「僕の方こそごめんなさい。今回の事件、僕が担当することになって。でも、姉さんのおかげで答え合わせは出来ました」

「? よかった」


 殆ど林檎の食レポだった気はするけど、ミカゲの欲しい情報があったなら良かった。

 緊張が解けて、にへらと笑いながら紅茶を飲み干す。借りたホイッスルを返せば、斜め向かい側に座っていたスミレくんも、伸びをしながらアホ毛を揺らした。


「俺、ミカゲくんとカキラだけは敵に回したくないなって改めて思ったよ」

「カキラさんと並べるなんて光栄すぎますね」

「褒めてないからね俺。それじゃ、呪いかけた人の話はお昼ご飯食べてからにしようか」


 有無を言わさぬ笑顔でウインクを飛ばしたスミレくんは、「君も手伝ってね」とミカゲを連れていった。


「あ、カランちゃん食べたいものとかある? 食材も送られてるから大体のものなら作れるよ」

「ボロ……ボロネーゼ食べたい」

「了解。ミカゲくん包丁ないから、風の力でみじん切りよろしくね」


 そう言ってスミレくんに連行されたミカゲは二人揃って部屋を後にした。


「んみゃっみゃ」

「どうしたの?」


 机のうえで飛び跳ねるしらたまちゃんは、何か聞きたそうに私を見る。

 一日の折り返し、少し陰る食堂。陽の光だけではそろそろ暗くなってきた。電源を探すついでにしらたまちゃんと話しようと、ぬいカキラを置いて席を立てば、ふよふよとしらたまちゃんは飛び始める。


「ミカゲについて知りたいの?」

「みゃ!」

「よし、そしたらしらたまちゃんは食堂の電気つける場所教えて」

「んみゃ!」


 任せてと言うようにクルクルと舞うしらたまちゃん。久しぶりに二人きりに慣れた気がして、心の平穏を感じる。


「ミカゲはね、さっきみたいに怖い時もあるけど、比較的甘えん坊な時が多い可愛い子でね。風の国出身なんだけど、その国も水の国の隣に属してるの」

「みゅ?」

「ふふっ。そうだよね炎の国も隣国。ね、しらたまちゃんは色相環って知ってる?」


私の問いに、しらたまちゃんはふるふると首を振る。

そして、壁についているスイッチをその小さな手で押すと一階に灯りが灯った。そのまま、しらたまちゃんは教えてというように私の袖を引っ張る。


「言葉で伝えるのは難しいんだよね。紙と色鉛筆……色が塗れる物があれば。えっと画材とか」

「みっ」

「やった、伝わった」


 心の中でガッツポーズを決めて小さな背中を追っていく。


 やっぱり、しらたまちゃんはこの屋敷は詳しいのかもしれない。電気だってそうだ。昨日もこの子が灯してくれた、止まった時を動かすように。


(光属性、それか雷なのかな……)


 無知だけど、ツギハギな知識はある。でも、魔力は一切感じない。不思議な存在だ。

 未確認生物って、こういう感じで現れるのかな。いや、幻の類の存在なのかも。

 庇護欲しか湧かないしらたまちゃんを見つめながら、そんなことを考えていると三階の扉の前で止まった。私の部屋と変わらない扉、古びてもない綺麗な扉だ。


「みゃっ」

「失礼しまーす」


 催促されるまま開いた扉の先には、綺麗な宝石が飾られているショーケース棚。そしてパレットや筆、絵の具などが置かれている作業机があった。少し視線を横に向ければ綺麗に整えられた布団に、誰かの服も掛けられている。


(ふーっ、やっぱり金持ちのお屋敷だぁ)


 窓から見える景色は私の部屋よりも高くて、海がいっそう広く感じる。揺らめく木々も今は穏やかだ。

 だが、私の心境は穏やかじゃない。今になって不法侵入の罪が重く感じてきたからだ。そして今から私は、人のものを勝手に使用する罪人となる。


「んみゃ! んみゃ!」

「よし、じゃあ説明するね」


 どこから取ってきたのか分からない、厚紙の高そうな画用紙に絵の具をつけた筆を滑らせていく。


「色相環って言うのはね、こうやって赤・青・黄色って色の違いを円形に並べたものなの。間にある橙とか緑は類似色の仲良しさんだね」

「みゃー」

「その色相環に沿って、精霊の国は人が住む中央国を囲うように属してるの。だから、黄緑のミカゲも、紫のスミレくんも水の国の隣国なんだよ」


 そこまで説明して筆を置く。

 色相環の周りをぽてぽてと、飛んでは移動して覗くしらたまちゃん。この島と離れている島の話だから気になるのかな。

  じっと紙を見つめるしらたまちゃんの頭を、何となく人差し指で押せばぷにっとした癒しの感触と「みっ」という鳴き声が飛んできた。


「ごめん、つい」

「みっみっ」

「他にも知りたいの? そうだなぁ、そしたら精霊族について話そっか」


 細い筆をとって、画用紙の空いているところにカキラの似顔絵を描いていく。その隣には何となくで描いた人。


「精霊族はね、見た目は人間と一緒なの。でも違うところが二つある。それは、長寿で自然の力を扱えること」


カキラの周りに水龍を足して、自分の髪飾りと同じ宝玉の付いた花をマント描く。


「けれど人間は精霊に力を借りている身。常に敬意を払う、そんな決まりがあるみたいでね。私たちが見分けられるようにって、精霊の証を付けることになってるの」

「んみゃ〜」

「それが、このお花」


 そこまで説明して、髪飾りを取って画用紙の上に置いた。きらりと光る宝玉は、私の瞳と同じ色。真っ白な花弁、その中央から広がる花緑青は幻想的だ。


 淡い光が、花飾りと画用紙を照らす。

 古い紙の香り、歴史を感じさせるからか不思議と寂しい気持ちに襲われた気がした。それか、これから話す事がそう思わせているのかもしれない。


「この花飾りの花弁の枚数にも、意味があるんだよ」

「みゃ?」

「……花弁が五枚ある精霊は、王族の証なんだ」


しりすぼみになっていく言葉は、波にかき消されていくように消えていく。

 この花飾りをつける資格が、今の私にあるのか分からないけど。あの王宮で過ごしていた時間は、大切な思い出で帰るべき場所でもある。だから色も属性も異なる私にとって、この花飾りだけが唯一の繋がりなんだ。


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