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白雪と七夜の誓い  作者: つゆ子
第2夜 空白の2年
7/14

7話 14番目

 湖を照らす太陽は、空を舞う大きな影に隠される。

 しらたまちゃんを抱え、腰を上げた。頭上に浮かぶそれを確認しようと目を凝らせば、笛の音がもう一度そよ風のように吹き抜ける。その音が合図だったのか、鳥は高く飛び上がり小さな影が飛び降りた。


「ぅ、わっ」


 僅かな上昇気流が、その人物を支えるように渦を巻いて。冷たい空気が下から肌を撫でる。咄嗟に膨らむスカートを手で抑え、顔を上げれば私と同じ真っ白なマントがふわりと舞っていた。

 漆黒の髪は艶やかに天使の輪を描いて、開かれた瞼からは爽やかな草原色の眼が覗く。


「っ、姉さん!」


 彼の瞳が揺れる。

 音もなく着地したその人物は、震えた声で私を呼んだ。昂ったように走り出しては両手を広げて、ぎゅっと私を包み込む。


 仄かに香る白檀の匂い。枝毛ひとつない黒髪に、純白の軍服。彼は、小さいころよく怪我をしてはうさちゃんの絆創膏を貼ってあげてた、頑張り屋さんで努力家の……


「ミカゲだ!」


 なかなか会えてなかったから、背が伸びてて気づかなかった。昔はもう少し小さかったのに。びびっと記憶が掘り起こされて、名前を呼べば応えるように抱きしめる力は強くなる。


 冷たい澄んだ空気は風となって。木漏れ日が私たちを照らす。木々は葉を踊らせて、まるでこの再開を喜ぶように音を奏でた。


「良かった、本当に無事で……」


 滝の音でかき消されてしまうほどに小さな声。

 ミカゲの胸板にくっつく頬は、彼の体温を感じて熱が移ったように熱い。流れる水の音は私たちを閉ざすようで、伝わる温もりは鼓動を速くせる。


 なんだか、二人きりの世界にいるみたいだ。耳を掠める息は、弱々しい。少し背伸びをして、彼の背中に手を回す。


「大丈夫、大丈夫だよ。ちゃんと生きてるよ」


 ゆっくりと大きな背中を撫でれば、ぴくりとミカゲの指先が揺れた。肩を掴むその手は緩み、縋るように服を掴む。

 これは、甘えん坊ミカゲだ。よしよしと、頭も撫でてあげようと手を伸ばした時、その指を誰かが掴んだ。

 指先に伝わる熱に心臓が跳ねる。


「ストップ。カランちゃん、これ以上甘やかしたら大変なことになるよ」

「ん、みゃ」


 知らぬ間に頭に移動していたしらたまちゃんが、ぴょんぴょんと跳ねた。構え構えというように、小さなしっぽでつむじを刺してきて。

 髪の毛乱れちゃうよと頭を揺らせば、長いため息が落ちる。


 その音が、風のざわめきよりも重く感じた。


「単刀直入に聞きますが。……スミレさん、姉さんにキスしたんですか?」


 鋼のように冷たい声色は、地を這うように低く。この空間を支配するように高圧的だった。

 自分に向けられているものではないと、分かっていても無意識に身体が硬直する。そんな私の後頭部をミカゲはぐっと抱き寄せた。


「まさか、姉さんを十四番目にするつもりで?」

「十四番目って……?」


 風に流れて雲が太陽を隠す。

 再度訪れる影に胸がざわついて、指先が冷えた。腕の隙間から顔を覗かせれば、スミレくんは喉仏を上下に動かして、目を丸くしている。ひくついている口角は、明らかに不利な状況を物語っていた。


 気になる、十四番目の真相が。なになにと、催促するようにミカゲのマントを引っ張れば長いため息をついたあと、私から少し離れて口を開いた。


「スミレさんが、過去にお付き合……」

「待って、ミカゲくん」

「はぁ、弁明をどうぞ」

「……何か今、食べたいものとか、ない? 俺、奢るよ?」


 その発言に、草原のような瞳が曇りを帯びた。

 僅かに空いた隙間から、スミレくんの手が入ってそっと抱き寄せられる。そして、この先の会話を聞かれたくないのか「ごめんね」と、スミレくんは軽く謝ってから私の耳を塞いだ。


(私耳いいから、もっと強く抑えないと聞こえちゃうけど……)


 聞こえてないふりしとこう。

 頭の上に居るしらたまちゃんを捕まえて、もちもちと遊ぶ。


「食後なんで特に浮かびませんね。そもそも過去に十三人もの女性を渡り歩いて、次は姉さん? そんな冗談、笑えませんが」


 気になる、その話すごく。でも、聞いてはいけない……。私は無にならないと。

 容赦ないミカゲの言葉にスミレくんは肩をすくめたのか、耳を抑える手が弱まって。乾いた笑いをこぼした。


「それは、ご最もなんだけど……。告白されたら断れなくてさ。あの時はその、若さ故のというか」

「優柔不断の弁明は結構」

「待って待って。でね、それには深い事情があってね」

「事情とかどうでもいいですよ。事実は事実なんで。それで? 姉さんにキスしたんですか」


 うひゃー、ミカゲの尋問は痺れる。さすが、元騎士団副団長。問い詰める圧が現役のままで、面と向かってる私も、刺すようなその眼と声色に震えちゃうよ。普段はわんこみたいに可愛いのに。

 気を逸らすように深呼吸をすれば、今度はスミレくんが息を吸う。


「信じてもらえるか分からないけど、カランちゃんにキスはしてないよ。本当に」


 頭上で広がる口論。

 知らんぷりするのもしんどくなりそうな内容が飛び交って、平常心を保つのが大変だ。二人の会話は深く考えず、適当に辺りを観察しようかな。

 そう思って顔を上げれば、ミカゲと視線がぶつかった。雲が流れ再び太陽が私たちを照らす。


(本当に、ミカゲは綺麗な目だなぁ)


――こんなに綺麗だったっけ、と思わず息を呑む。

 穢れを知らない、真っ直ぐな瞳。澄んだ眼は、晴天の下広がる草原のよう。

 かっこよく育ったなぁ、なんて見つめればミカゲは嬉しそうににぱっと笑った。


 犬の尻尾がぶんぶんと揺れている幻覚が見えるくらい、眩しい笑顔。うーん、可愛い。

 にこっとつられて笑みを返せばミカゲは頬を赤らめて、私の指先をそっと掴んだ。


 冷たい私の指先と、温かいミカゲの手。溶けるように混ざり合う体温が、なんだか恥ずかしくて。そっと視線を落とせば、耳を抑えている手がぴくりと動いた。


「まだ、俺との話終わってないよね。ミカゲくん」

「いえ、もうおしまいでいいですよ。どちらにしろ、カキラさんが来たら嫌というほど聞かれると思いますし」


 あっけらかんと返すミカゲに、スミレくんは長い沈黙の果て、息を吐いた。

 耳を塞いでいた手は離れ、温まった耳は朝の冷たい空気に晒される。一瞬でもミカゲに揺れた心を冷ますように、すっと肺に朝の空気を詰め込んだ。


 可愛い弟分に、邪な気持ちを抱くなんてお姉ちゃん失格だ。いくら前より背が伸びて、かっこよくなってたとしても、私がときめくなんておかしくて。どこか、心の軸がずれてしまったみたいだ。


 ダメだダメだ。流されちゃいかん。常に威厳ある態度をとり、舐められないようにしなければと心の中で旗を上げる。


「よし、それじゃあミカゲ。私がこの島を今から案内してあげるね」

「んみゃ!」


 正直スミレくんの恋愛事情には若干引いたけど、きっと告白してきた女の子の気持ちを蔑ろにしたくなかった優しさ故の過ちなんだろう。ものすごく話を掘り返したいけど、今はミカゲに色々と聞きたい。


 とりあえず屋敷に案内しようかなとミカゲの手を取れば、「姉さん、ごめん。あと十分待って」と制されてしまった。


「なにかあるの?」

「カキラさんから、もし姉さんがここに居たら資源調達すると言われてまして。さっきの鳥が、ここに運んできてくれる予定なんです」


 そう言ってミカゲは顔を上げた。

 想定より鳥の戻りが遅いのか、空を見ては困ったようにへの字に口を曲げて。その様子を見たスミレくんが「あ、そういえば」と口を開いた。


「ミカゲくん、カキラの様子落ち着いてた?」

「いえ、まだ全然ですね。鳥の戻りが遅いのも、カキラさんが一緒に乗り込もうとしてとごたついてる気がします」


 二人は遠い目をしながら、空を見上げた。

 そういえば、カキラにはいつ会えるんだろう。

 ミカゲの言い分からして、きっと私がここにいることはカキラも知っているはずだ。


(早く、会いたいなぁ)


 二人の真似をして空を見上げても、心は穴が空いたように何処か欠けたままで。通り風が吹き抜けていく。

 寂しい。私たちは、二人でひとつだって。ずっと一緒だって、頭を撫でてくれた手が恋しい。届きもしないあの時のテレパシーの祈りが、虚しく感じた。いつかは会えると分かっていても、この寂しさが埋まらないことがもどかしい。


「カキラは、忙しいの……?」


 私よりもカキラに詳しそうな二人に問えば、ミカゲはスミレくんに視線を投げスミレくんは「俺が言うの?」と言いたげに自分を指さした。


「言い出しっぺはスミレさんですよ」

「俺より、最近のアイツの様子詳しいの君じゃないか」


 じゃあミカゲに聞こう。

 ご指名だよと、ミカゲを見ながらそっとスミレくんの横に並べば、諦めたようにミカゲは肩を竦めた。


「忙しくさせられてるんです。大嫌いな権力行使をしてでも、姉さんと呪った奴を探そうとしてまして」

「俺が最後に会った時も、人を殺す顔してたからね」

「えぇ。毎日殺気を振り巻くものだから、別の意味で姉さんが見つかったらまずいんじゃないかって、周りが焦り。落ち着くまで無理やり仕事を押し付けられてるんです」


 二人揃って顔を真っ青にさせながら、話してくれたけどいまいち実感が湧かないな。そんな姿のカキラ、産まれてこの方一度も見たことない。

 しかし二人は、世にも恐ろしいものを見たかのように顔色を悪くしていく。これ以上思い出させるのも悪い気がして、もういいよと手を振ったとき影が落ちた。


「ピュイッ! ピュイ!」


 ミカゲの鳥だ。見かけによらず、可愛い鳴き声。

 滝よりも大きな羽音を立てるその鳥は、ミカゲの指笛に反応してゆっくりと降りていく。背中には冷蔵庫並のサイズをした袋。お利口に羽を下ろしたその子の荷物を回収したミカゲは、ポケットから紙を取りだし何かを書いてからちらりと振り返った。


「姉さん、ごめん。氷で筒って作れたり」

「できるよ。でも紙が濡れないように葉っぱでも詰めとかないとね」


 あの時みたいに、派手に氷魔法を使わなければ怒られないし。この二人は私の事をよく知っているからやりやすい。簡単にイメージした筒を、手元に投影するように氷の粒子で描いていく。

 一分もしない内に出来上がったそれに、葉を詰めて渡せばミカゲは目を輝かせて受け取った。


「さすが姉さん。やっぱり氷は綺麗ですね。こんなすぐに作れるのも、姉さんの驚異的な魔術センスと実力あってこそ……!」

「えへ」

「はぁ、それに比べて僕はまだまだ姉さんを越えられそうにないや。あぁ、でも僕が姉さんを超えるのは少し烏滸がましいな」


 そう言うやいなや、肩を落としたミカゲは、荷物の袋から紐を取って鳥に筒を巻き付ける。


「これを、雷の国に居るレカム様に届けてほしい」

「ピュイ!」

「頼んだよ」


 筒を鳥の首に下げてから、ミカゲはもう一度指笛を吹いた。高らかに飛んで去った鳥を目で追えば、随分と遠くに引っ越している太陽が映った。


 ここに来てからどれくらい時間が経ったのだろう。吹き抜く風は温かくて、心地よい温度が眠気を誘う。うつらうつらとまぶたが重くなって小さく欠伸をすれば、肩の上に戻っていたしらたまちゃんがつられたように鳴いた。


「眠くなっちゃったね」

「んみゅ……」


 そろそろ屋敷に戻りたいけど、鳥が飛び去った今あの大荷物はどう運べばいいんだろうか。同じ疑問を抱いたのか、スミレくんも荷物を漁っているミカゲの方に足を運んでいる。

 私も着いていこうと小走りで向かった時、「良かった、あった!」ミカゲの弾んだ声が聞こえた。


「姉さん、これ! カキラさんからの贈り物です」

 

 振り返ったミカゲの手には、カキラそっくりのぬいぐるみが座っていた。

 銀髪に肩まで伸びた襟足。ちゃんと毛先には青のグラデーションが入っている。私とお揃いの髪飾りの花もフェルトで作られていて、ちょこんとマントに付いている。

 今にでも動き出しそうなほど、カキラの特徴を抑えた可愛いぬいぐるみ。心做しか、カキラの魔力も感じる気がする。


 ミカゲに渡されて、ちょこんと私の手のひらに座ったぬいカキラは何だか嬉しそうに笑っているようで。空いた心が埋まるように、花が綻んだ。


「可愛い、嬉しい」


 ぎゅっと抱きしめれば、懐かしいカキラの香りがする。それだけで、心が満たされた気がした。顔の高さまで持ち上げれば、つぶらな瞳と目が合う。


「不思議、カキラが見守ってくれてるみたい」


 愛おしさのあまり、もう一回ぎゅっと抱きしめれば、頭上からスミレくんの息を飲む音が聞こえた。


「アイツ、まさか……」


 何か言いかけるスミレくんに、被せるようにミカゲは「それじゃあ、そろそろ」と言葉を続けて、荷物の前に立つ。


「今の姉さんのお家に、行ってもいいですか?」




 

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