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白雪と七夜の誓い  作者: つゆ子
第2夜 空白の2年
6/14

6話 探索

 甘い、甘すぎる。

 焼きたて熱々の焼き肉はしょっぱいのに、スミレくんが、甘い。


「あれ、カランちゃん焼き肉苦手だった?」

「そんなことないよ。とっても美味しくて、つい目を閉じちゃっただけで」

「それにしては、すごく眉間にシワ寄ってたけど……」


 そんな子犬みたいな顔で見ないでよ。貴方の甘いマスクのせいで、困っているというのに。

 ぱくっとお肉を頬張れば、冷まし忘れたせいでじゅっと舌が焼ける。ただでさえ意識して顔が熱いのに、舌まで火傷しないでほしい。私の不注意のせいだけど。


「んみゅ?」

「なんれもないよ、しらたまちゃん」


 急いでお肉を噛んでは飲み込んで。白湯だったものに氷を増やし舌を漬けた。ひんやりと冷たさが痛覚を鈍らせて、同時に落ち着かない心も覚ましていく。


(朝くらい、穏やかな気持ちで迎えたい)


 できるだけスミレくんと目を合わせないように、目を伏せる。マグカップの水は波紋が広がって、浮かぶ私の花緑青の眼は揺らぐ。

 あぁ、困ったな。こんなはずじゃなかったのに。服の下に潜む、恋の林檎を見ることが怖くなってきた。

 小さく息を吐けば、きらりと日が空間に差し込んだ。シャンデリアは太陽の光を辺りに散らして、朝の星空を作り出す。


「カランちゃん島は、すごくのどかだね」

「……今なら、スミレくん島に変えてもいいよ」

「ははっ、流石に遠慮しようかな」


 もぐもぐと口いっぱいにお肉を詰め込んだスミレくんは、ガーデンを興味深そうに見つめた。アメジストの瞳は太陽の光を浴びて、温かそうな橙色を帯びる。少しつり目の長いまつ毛、わんちゃんみたいな柔らかい髪の毛。まばらにある紫のメッシュは染めてるのかな。


 気になって、最後のお肉を飲み込んだあとそっと指を伸ばせば大きな手が、ゆっくりと掴んだ。


「こーら。見すぎだよ、カランちゃん。さすがに俺も恥ずかしい」

「……は、恥ずかしいんだ」

「〜っ! カランちゃんだって俺にずっと見つめられたら、さっきみたいに照れちゃうでしょ。困らせないように、俺はいま外見てるんだから」


 つまり、さっき私が照れなかったらスミレくんはガン見する予定だったということでは。へ〜、ふーん。色々と危なかったな……。スミレくんには一生照れててもらわないと、私の命が持たない。ある意味双方の命がかかってるんだけど。


「仮にも俺は、婚約者な訳だし。そりゃ、照れるよ」


 朝だから髪の隙間から覗く耳が真っ赤なのがよく見える。今度はスミレくんが目を合わせないように頬杖をして、顔を横に向けた。

忠告した方がいいのだろうか、今の私が惚れっぽいことを。悩む、悩むなぁ。そもそも呪いの話だって、していいのか分からない。


 三年以内に恋をしなければ、永遠の眠りにつくのなら。三年以内に恋をすれば呪いは解けるのか。

――でも、恋をしてしまえばその相手を呪ってしまう。

 その結末事態が、生涯自分を呪い続けるものになるのは確かだ。


「スミレくんは、どうして……」


 私の婚約者に立候補したの。

 そう喉元から出かかった言葉。けれどその答えを知ってしまったら、色んな意味で戻れない気がして、きゅっと自分の手の甲を抓った。


 確信のない憶測は、あまり話したくない。

 事実、分かっていることといえば私が好きになったら呪われますよ貴方。という事だけ。それでも、スミレくんは一応婚約者な訳で。

 温かな朝日に照らされる横顔をじっと見つめながら、茶化すように私は口を開いた。


「困ったなぁ。スミレくん今日からサングラス付けて過ごして、とか言ったら困る?」

「……そんなに俺眩しかった?カランちゃんなんか今日、すごい素直じゃない?」

「まるで、いつも素直じゃないみたいに言わないで。違うよ、なんかすごい。色々あるの、私にも!」


 ダメだ。墓穴掘りそうで、濁せば濁すほど隠し事がありますみたいな返しになってる。案の定、スミレくんは片眉を上げて立ち上がった私を見上げた。


「色々って、呪いのこと?」

「んみゃ?」

「待って。なんでしらたまちゃんそっち側についたの」


 ふたり揃って首を傾げないでよ。二対一は卑怯だ。戻っておいでとしらたまちゃんを見つめるけど、笑顔のまま反対側に頭を倒すだけ。そうやって、可愛い仕草で許されようとしたって流されないからね。


 静かに着席して、水を飲む。

 ちらりと窓に目を向ければ、木の葉が楽しそうに風に運ばれていた。止まっていた時が進んだように、木々は葉を揺らし踊る。


「呪いも、そうだけど。なんか、デバフみたいなのが多分掛けられてるんだよね」

「待って、どういうこと」


 そんな情報初めて知りましたみたいに、目を見開くスミレくんは心配そうに私を見つめた。しかし、こればかりは言えない。流石に惚れっぽくなってますは、恥ずかしすぎて言いたくない。私のプライドが泣く。今だって、目が合うだけで心臓がうるさいのに。


 これ以上は聞かないでと手を前に出し、目を瞑りながら首を振った。

 もはやこの状況、罰ゲームだよ。なかなか食い下がらないスミレくんは「隠したっていつかはバレるんだよ」と意地悪を言ってくるけど、負けじと腕をクロスして更なる固い意思を見せる。

そもそも、そもそもだ。


「なんでスミレくん呪いのこと知ってるの?」

「えっ」


 私は一度も呪いにかかってるなんて言ってないし、デバフ発言した時の反応も驚きと言うよりは聞いてないに近い雰囲気だった。

おやおや〜、これはおかしいですねと組んだ両手に顎を乗せる。


「さぁ、白状する時間だよスミレくん。一体どこまで私の情報知ってるのかな」


 ここぞとばかりにキメ顔で見上げれば、頬杖している手に口元を埋めるスミレくん。何にそんなに悩んでるのか分からないけど、顔が赤い。なんだろう、聞いといてなんだけど嫌な予感してきた。


「君が、魔女の毒林檎をうっかり食べて永遠の眠りについたこと。その呪いが三年以内に解かれないと、二度と目覚めることがないこと」

「すご」

「顔合わせの前夜に用意された別室じゃなくて、お気に入りの枕じゃないと寝れないとかいって自室で勝手に寝てたこと」

「それは……そこまでは、知らなくてよかったかな」


 なんで逆にそこまで知ってるの。

 情報収集が上手いなって感動してたのに、しょうもない私の一面がバレてた事を知ってしまって、なんだかいたたまれない。そんな私の視線に気づいたのか、スミレくんはハッとこちらを見て「違うんだよ」と手遅れな訂正をする。


「これは、俺がカランちゃんをずっと影で追って見てたから知ってたとかじゃなくて。君の弟分のミカゲ君が」

「? 別にそこまでは疑ってないけど」

「ならっ、この話はお終いにしよう。お互いのために」


 白旗を上げたスミレくんは、カチャカチャと逃げるようにお皿を下げて流しへ消えていく。

 スミレくんのあの反応……。如何にも墓穴掘りましたみたいな感じだったけど、言われた言葉を思い出してもおかしなところはない。掘り返すのは可哀想だけど、まだ聞きたいことは残ってる。


「んみゃっ、んみゃ」

「ねー、気になること残ってるよね。追っかけよっか」


 手にすり寄ってきたしらたまちゃんを、肩の上に乗せて席を立つ。

 ちゅんちゅんと鳥のさえずりが聴こえて、呼ばれるように振り返るれば、私たちを見守るように眩しい朝日がこの島を包んでいた。カラッとした晴天、雲ひとつない青空。今日は探索するにもってこいのお散歩日和だ。


 軽い足取りで流しへ向かえば、お皿を片手に佇むスミレくんがそこに。


「あ、お水がないのか。氷出そっか?」

「それどころか洗剤もない。はぁ、参ったな……せめて光属性が居てくれたら」


 眉間抑えて、スミレくんは皿を置いた。

 そういえば、なんで水出ないんだろう。昨日は新鮮なお風呂があったし、電気だって通ってたのに。

 うーん、気になることが多すぎる。このままだと当初の目的を失いそうだ。この屋敷の謎は一旦置いといて、聞くべきことを先に聞いてしまおう。


「あのさ、スミレくん。おしゃべりしながら、外探索しない?」


 しょげてるアホ毛を一瞥してから袖を引っ張れば、スミレくんは二つ返事で着いてきてくれた。


***


 木漏れ日の中を歩いていく。羽休めをしている鳥を眺めては、遠くに湖を見つけて。太陽のスポットライトが照らす湖は、鏡のように水面を揺らしていた。

 二人で目を合わせては、導かれるように足を運んでいく。


「スミレくんはさ、二年探してくれてたんだよね」

「えっ、うん。そうだよ」


 あの時は流していた『二年』経過している事実は、改めて言葉にするとずしりと心が重たくなった。

 二人で並んで歩く道がなんだか、遠く感じて。少し先を行くスミレくんの背中は、大きいのになぜか小さく見えた。


(私は、あと一年しか生きられない)


 足取りが重くなる。

 空いた隙間が、一年後の私たちを表しているように思えた。


「カランちゃん?」


 優しい声が私の名を呼ぶ。

 はっと顔を上げれば、振り向いたスミレくんと視線がぶつかった。


「っ、なんでもない! 早く湖見に行こ」


 影が差した心に気付かないふりして、強く地面を蹴って隣に並ぶ。

 私は、余命よりも長くはこの島に居れない。だからこそ、悲観的に物事を捉えて悩む時間を費やすほどの暇がないんだ。人生結局なるようにしかならない。ならばせめて、楽しいことだけ考えて未練なく眠ろうじゃないか。


「ここは、随分と不思議な島だね。あっ、お手をどうぞ白雪姫」

「……ありがとう、七人の小人さん」


 湖を囲う石の上に立つスミレくんは、ここぞとばかりにウインクを決めておいでと手を差し出した。姫呼びが若干癪に触りながらも掴まって登れば、底が見えるほどに澄んだエメラルドグリーンの湖が視界いっぱいに飛び込む。そして、周りの音が聞こえないほどの滝の音。


「うわぁ、綺麗……!」


 青と緑が生み出す幻想的な絶景に思わず息を飲んだ。滝に囲われたと錯覚してしまうほどに、流れる水の音は大きくて。不思議と弱気な心すらも流され消えていくようだった。


「しらたまちゃん、滝と湖だよ〜」

「んみゃ」

「見慣れてますよって顔してるけど、この子」


 なんだって。

 せっかく見やすいように頭に乗せたのに、しらたまちゃんからしたらいつもの風景でしかないのか。贅沢な子め。

 小さく息を吐いてから、しらたまちゃんを両手で掴み、歩いた足を休ませるために石の上に腰を下ろす。ぷにぷにと、指でその頬を揉めば「んみゅ〜」と嬉しそうに鳴いて膝の上で眠るように丸くなった。


「マイペースな小さないのちだ」

「カランちゃんみたいだね」

「私は大きな命だよ」


 間髪入れずに返せば、乾いた笑いが飛んでくる。なんだろう、この小馬鹿にされた感じは。なにか言い返したいけど、ギャフンと言わせるものが浮かばない。開いた口を閉じて、そっぽ向けば「そういうところが特に」と更なる煽りが聞こえた。


「私が、お子ちゃまだと言いたいのかな」

「俺からしたらカランちゃんはただの女の子だからね。年齢的にも、身長的にも」

「……決闘のお誘いと思っても」

「待って待って! ただ可愛いだけだよって、それだけで」


 そこまで言って、言いすぎたと目を丸めるスミレくんは徐々に顔を赤らめていく。

 カキラがスミレくんを女たらしと言っていた意味が、今凄くわかる。何を食べてたらそんな甘い発言できるの。毎日マカロンでも食べてるのってくらい、ナチュラルに口説かないで欲しい。

 だいたい、だいたい……


「スミレくんが照れないでよ! は、恥ずかしいのは私の方なんだよ!」

「ご、ごめんね。いや俺も、そのうっかり本音が溢れて。あっ……だ、えっと」


 な、何を今更そんなに照れてるのスミレくんは。朝なんて、なんかすごい凄かったくせに。手とか繋いできたくせに、なんでその時以上に照れてるの。

 もう私が、あの滝に打たれて冷静さを取り戻すしか道は無いのかな。


「さすが、炎のチャンピオン。心のマッチに火をつけるのもお手の物ってわけなんだね」

「そ、それはときめきの方? 怒りの方……?」

「怒りだよー! ばか。そうやっていったい、何人の女性を甘いマスクでたらしこんだの」


 カキラから聞いた事あるもんね。スミレくんは思わせぶりな態度をとったことから、一晩で五人の彼女を作ったことがあるという話を。

 そういう奴は大体女と男の敵でもあるから、会う時は適切な距離で仲良くするんだぞって忠告だって、そういえばされてた。

 色々知ってるんだからね、とふんぞり返れば硬直するスミレくん。

 ひゅるると風に吹かれた枯葉も、見事に彼の頭の上に乗っかった。


「あまり、何も知らないカランちゃんだと思わない方がいいよスミレくん」

「……アイツの言うこと八割嘘だから。カランちゃん、カキラの言うこと真に受けないでお願いだから」

「つまり、敵ではないと」

「違う。五人彼女作ってたのは事実だけど、若さゆえの過ちというか。あの時はちょっと荒れてただけで、誰これ構わず誑してるわけじゃ、ないんだよ本当に」


 早口で必死に弁明しようとするスミレくんは、ちょっと可哀想に見えてきた。五人彼女作ってたのは事実だったんだと少し引いたけど、寧ろ正直に話したということは彼の誠実さを物語っているのでは。


 違うんだよと、涙目になってきてるスミレくんの頭を撫でる。内心、カキラの言ってたこと十割合ってたじゃんとは思ったけれど、若さ故の過ちならまぁ仕方ない。掘り起こされたくない過去なんだろう。


 足を伸ばして、空を見上げた。

 美味しい空気を吸い込んで、瞼を閉じる。


(今日は、色んなこと知れたな〜)


 二年眠り続けていたこと、スミレくんが婚約者の一人だったこと。多分デバフで惚れやすくなってて、残りの一年恐らく波乱になること等など。

 良い方向に向かう兆候の情報はひとつもなかったけれど、それを自分で見出していくという目標は出来た。


「カランちゃん、俺は本当に、今一人しか」


 震えた声。

 もう気にしてないよと振り返れば、思った以上にスミレくんの顔が近かった。あと少しでも勢いよく振り向いてたら唇が当たってたかもしれない。


 彼の唇から零れる息が、私の頬を熱くさせる。逃げようと手を引けば、最後まで聞いてとその手を絡め取られる。


 なんとか離れなきゃ、そう思った時だった。


───ピピーッ!!


 大きな影が湖を覆い、鶴の一声のように高らかと鳴る笛の音が響き渡る。


「姉さんに手を出すなんて、見損ないましたよスミレさん!」


 まるで曇天の隙間から晴れ間が差すように、その声はこの空気を壊してくれた。

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