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白雪と七夜の誓い  作者: つゆ子
第4夜
30/30

第30話 論争

「それで、何をどうしたらカキラさんと姉さんが一緒に寝るなんてことになるんですか……」

「カランが寂しがるからだけど」


 じっとりとした眼差しを向けるミカゲと、あっけらかんと返しお肉を頬張るカキラ。なんて気まずい朝食の時間なんだ。タレがたっぷり絡んだお肉をぱくりと食べて、どうしてこんな状況に……と一人瞼を閉じる。


 それはこうなる事、数十分前。


 いつものようにふかふかお布団におはようと顔を出した時、しがみつくカキラにより起床出来ない朝が訪れた。見慣れたはずの顔も、五年以上経っている成長により変に意識してしまう。一応兄妹だし、それ以上もそれ以下もないんだけど。それはそれとして直抜け出せない今、どうすることも出来ない。ただこの顔面の良さは命に関わると、起床から二度寝に目的を変え瞼を閉じた刹那叩かれた扉。


「カランちゃん、起きてる?」


 何故かいつも私を起こしに来てくれるスミレくんがやってきた。だがしかし、返事をしたくてもカキラは起こしたくない。これは無言を貫いて、自分でどうにかするしかないねと寝返りを打とうとすれば何故か扉が開かれた。まだ、返事もしてないのに。


「……カ、カランちゃんもしかして体調悪い? って、は!?」


 そして、第一発見者となったスミレくんは鬼の形相でカキラを引き剥がした。寝起きのカキラはものすごく機嫌が悪いけど、まぁ二人は元々仲悪いしあまり変わらないか。えへえへとお辞儀をしてから、スミレくんの飛び火が来る前にと逃げるように部屋を飛び出せば、ミカゲと遭遇。


 目を丸くせるミカゲに事情を説明すれば、感情を殺したような顔で私を見てから「姉さんは、先に、食堂に行っててください」と。


 そんなこんなで、 超高級食材の一つだった昨日の竜を調理したスミレくんの自家製焼肉を堪能しているところで、冒頭の会話が始まったのである。ちなみにこのお肉は脂が沢山乗っていて、且つ柔らかい。しっかり焼けていて、蕩けるような柔らかさは極上。朝から食べるには重いけれど、ここまで人が増えたら調達された食材も底切れるし仕方ない。

 うまうまと頬張る斜め前で、ご機嫌ななめなカキラはやれやれと肩を竦めた。


「逆に聞くけど、俺が居なかったらカランが寝れたと思うか? しらたまが居なくなってお前らを不安にさせないよう気丈に振舞ってたカランが、あんなに広い部屋で一人、孤独に、眠れると?」

「そ、れはそうですけど。でも、一応カキラさんも、姉さんの婚約者の一人ですし。節度というものが」

「頑張れミカゲくん。俺の代わりにもっと、ほら、あの時みたいな厳かな態度で!」


 ミカゲに耳打ちするスミレくんと、一人だけ世界が違うように美しい所作でお肉を口に運ぶレカムさん。ちらりと窓に目を向ければ、まだきらきらと小さな粒子が見える。綺麗だなと眺めつつ視線を落とせば、 後ろ髪を引くように伸びる私の影にいつもいた小さな丸の影が映らない。零れそうになるため息を水で飲み込めば、かちゃんとフォークを置く音が響いた。


「節度っていうが、じゃあミカゲはカランが一人、寂しく、夜な夜な泣いててもいいんだな?」

「よくないですけど。そしたら、その」

「一緒に寝てやりたいよなぁ。婚約者云々よりも、俺はカランのお兄ちゃん。妹のために寝てあげるのは当たり前だと思うが」


 逆に、そうでない奴らが一緒に寝る方が節度がなってないよな。

 そうにこやかに付け足すカキラは、黙り込むミカゲを一瞥し最後の一口を食べた。涼しげな顔で水を飲むカキラに、目を伏せ口を閉じるミカゲ。その隣で、スミレくんは首を横に振った。


「兄妹だからとか、それ以前の話なんだよこれは。まず年頃の女の子の部屋に、異性が寝るのはおかしいよって俺たちは言ってて」

「ふーん、で?」


 あまりにも短い返事。

 声色が低くなったカキラの声はまるで絶対零度のようで、食堂の空気は一気に張り詰める。そして未だ不在のトマさん、優雅にナプキン出口を拭うレカム様、そして冷ややかな視線を投げるカキラ。


 ここまで私は話の軸でありながらも、蚊帳の外にいる。黙々と食べているけれど、なかなかお肉が減らないのは少し多めによそられていたからだろうか。咀嚼するのに精一杯で話に入れないけれど、何故そこまでスミレくんとミカゲがカキラを否定しているのかが分からない。


(兄妹って、別に一緒に寝ても問題ないはずだよね……?)


 確かに今呪いのせいで、カキラにすら心は揺らいでしまっている。それは事実だけれど、二人は何を懸念しているのだろうか。

 小さい頃からカキラとはずっと一緒にいた。おはようからおやすみまでいつも二人で過ごしてて、同じ部屋で暮らすのも当たり前。それこそベッドだって一緒だった。つまり、何もおかしくはない。だけどそう思っているのはもしかして、私とカキラだけなのかな。


「カランちゃんが、寂しがって寝れないのは可哀想だけど。だからって一緒に寝ていい理由には。ほら、着替えとかだってしずらいかもしれないしさ」

「お前は何を想像してんだ。はぁ、カランは俺と一緒に寝てて嫌だった?」


 その問いに首を振れば、スミレくんのアホ毛は項垂れるように下がってしまった。


「違う、そうじゃないんだよカランちゃん……」

「な、なんかごめんねスミレくん。その、水の国では兄妹はいつも一緒なものだって教わってて。その、少し恥ずかしかったけど当たり前なことだから大丈夫」

「でもそれカキラがカランちゃんに植え付けた知識なんだよね。カキラが、先生してるって昔言ってたもんね……はは」


 乾いた笑いは長い溜息へ変わり、湯気が消えたお肉をスミレくんは焼き直すことなくおもむろに食べ始めた。そんな中、飛び火が一度も来なかったレカムさんは、クスクスと笑ってから両手を合わせる。


 まだ食堂に来ないトマさんが気になるけれど、よくよく考えたらいつもより早起きをしただけだから、寧ろここにトマさん以外が集まっていることがすごい気がしてきた。皆、健康的すぎる。


「だいたい最初からお前に勝算がないのに、よくこの会話に入ってこれたな。ミカゲの方がまだ勝算あったぞ」

「いえ、この会話は始まる前からカキラさんの勝ちですね。兄というカードをお持ちな時点で、今の僕に勝算はないです」

「お、さすがミカゲ。スミレと違ってお前はやっぱり賢いな。じゃあ、不毛な会話はここまでにして……トマの奴は何処行ってんだ?」


 ひゅっとカキラが指を降った途端、食べ終わったお皿の上を綺麗な水が渦を巻いて、汚れを取っていく。ぱんっと渦が弾けた時にはきらきらと水の玉が蒸発して、お皿に指を滑らせば「キュキュッ」といい音が鳴った。


「わぁ、さすがカキラ。洗い物要らず!」

「だろー?」

「僕だって洗濯もの乾かせますよ姉さん」

「? さすがミカゲ!」


 お皿を重ねながらミカゲの席まで行って頭を撫でる。艶々さらさらヘアーは、撫で心地が良い。よしよしとひとしきり撫でてから、部屋を後にし水切りラックにお皿を戻す。


 不在のトマさんは確かに気になるけど、今はしらたまちゃんだ。澄んだ空気の中、朝日を浴びれば上がっていく気分。なんの根拠もないけど「なんとかなる」そんな心が私の背中を押してくれる。沢山寝たからか妙に頭もスッキリして、ふんふんと鼻歌を歌いながら食堂に戻ればドンッと何かにぶつかった。


「え、ぅ……」

「あ、姉さんごめんなさい。大丈夫ですか……?」


 どうやら私がぶつかったのは、壁のように硬いミカゲの胸板。大丈夫だよと親指を立てればおでこを摩られ、なんだか変に心がそわそわしてきた。


 小さい頃から一緒だったのもあり、ミカゲも比較的距離が近い。正直、ミカゲはカキラの事をどうこう言える立場ではないと思ったけど、それよりもだ。前までは「呪い殺されたいのかな?」と心の中で言うだけだったけど、カキラからあの爆弾発言をされた今。

 私はついに、自重しなさいと言える……!


「姉さん?」

「あの、知ってると思うけど。わ、私に惚れられたら滅びるんだよミカゲは。だからね、その」


 きょどるな私!

 もっとはっきり威厳をつけて言わないとダメなのに、私の指をちょんっと触れてきたミカゲがどんどん握るように絡めてくるものだから意識がそっちに行く。ううん、ダメだダメだ。今日はしらたまちゃんを探す大事な日なのに、こんなに意思がブレブレじゃ見つけられるものも見つけられない。

 頑張れ私。一言、一言言うだけ。


「……えっと、私にあまり優しくしないで、欲しいな」

「僕が姉さんをもっと甘やかしたら、姉さんは僕のことを好きになってくれるんですか?」

「ひぇ」


 言ってやったぞと思ったのも束の間。

 組むように繋がれた手に突然力が入って、びくりと視線を上げれば、熱く逸らせない程に強い草原の眼と目が合ってしまった。

 その瞬間、何故か分からないけれど脳が警鐘を鳴らす。早く逃げ出せと。


 それでも、視線を逸らせなくて足が動かない。あぁもう心拍数が、煩わしく感じてきた。はくはくと口を開閉させても言葉は出なくて、ミカゲのかさついた指の腹が擽るように手の甲を撫でてくる。


「僕はね、姉さんの為ならこの命すら捧げたいと思っています。だけど、どうか勘違いはしないで欲しいんです。僕は呪い関係なく、一人の男として姉さんを──」


 ミカゲの息を吸う音が、唾を飲み込む私の音と重なり合う。周りの音が消え、二人だけの世界が訪れみたいにその眼から目が離せない。

 唇が動き、空気が揺れたその刹那。


 ――ガチャ!


「たっだいまー! はー、もう眠い眠すぎるっすね。柄にもなく早起きなんてするんじゃなかった……って、ちょお! 朝から何いい雰囲気になってるんすか」


 大きな声にハッと戻った意識。

 朝から不在だったトマさんだと振り返れば、大きなその背の後ろに真っ黒なローブが揺れた。

 

「あはっ、お久しぶりですね」


 男性の声とも言いづらく、少年にしては芯のある声。


「ボクのこと、また忘れてなんていませんよね? 永遠の宿敵、ポンコツへにゃちょこカランさん」


 脱いだフードから現れる陶器のように白い肌と真っ赤な眼の中を渦巻く右眼。挑発的な笑みを浮かべるその人物は、私がこの世で一番ムカつく全てを兼ね備えている男──


「久しぶり、メア」

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