3話 出会い
***
「森林! 海! 謎の城! そして、私っと」
無事脱走は出来たけれど、状況は何も変わっていない。浜辺にしゃがんで人差し指で小さくSOSを書いても、波がそれを何食わぬ顔で消していく。虚しいな。
少し海に近づいて、覗き込めば覇気のない私の顔と目が合った。
お兄ちゃんこと、カキラと同じ銀髪。ゆるい内巻きの髪にはお揃いの花飾り。だけど、水面のような花緑青の眼だけは、カキラとは違った。
会いたいな、もう一ヶ月も会えてない。世界で一番かっこよくて強いカキラに。
「水の国のチャンピオンなら、波乗りとかで来てよ……」
やまびこみたいに、大声出したらあの島まで声が届いたりしないかな。無理か。まぁ私も精霊族だから、頑張れば帰れるかもしれないけれど帰ったところで、という悲しさもある。
「これからどうしよっかなぁ」
肩を落として耳を澄ませば、波の音がどこまでも透き通っていく。それ以外は、何も聞こえない。
恋もできなければ、消えた白雪。
水属性のカキラとは違い、この世界にまだ無き属性『氷』を持つ私は自国で居場所を失った。捨てられたわけではない、寧ろ助けるための両親が下した判断だった。けれど、実家に帰れないのも事実。中央国に戻れないのもまた然り。
まったく、厳しい世界だ。
「こうなったらもう、無人島で余生を楽しむ方にプラン変更するしかないね」
諦め半分でそう笑って水面に映る自分を消すように、手でパシャパシャと遊ぶ。ふと瞬きをすると、すいすいと自由に泳ぐ小魚が見えた。底まで透けるな鮮やかな海を、冒険する魚達。ゴールもなくただ進む、穏やかに見えてこの子達の世界も弱肉強食だ。でも、その何にも縛られない生き方が、妙にこれから先の私が歩む未来を感じて。沈んだ心は、期待に満ちるように弾む。
そして、長く息を吐いたあと私は重たい腰を上げ、太陽に向かって拳を上げた。野垂れ死ななければこちらのもの。
……それに三年の余生、起きちゃったなら楽しまなきゃ損だよね。
なんて腹を括れば、風が一瞬だけ止んだ気がした。
「今日からここは、カラン島だ〜! えいえい、おー!」
「みゃ〜!」
気合いは充分。今日から始まる私の新生活。
隣から聞いたこともない鳴き声が聞こえたけれど、きっとカモメだろう。
そう勝手に決めつけた私は、誰もいないのをいい事に両手の拳を交互に上げて横揺れダンス。見られていないなら何したって恥ずかしくないもんね。今度は顔の横で手をキラキラしながら、ワンツーワンツー、ステップステップ。
「これはカラン島の、雨乞いの儀式ダンスにしよう。えいえい、えいえい」
「みゃっ、みゃっ」
「ここで、くるりと回って優雅に───っ!」
「……みゃ!」
ターンを決める途中、視界の端で白い光が瞬いた。
星の欠片が迷い込んだみたいに、ふわりと浮かぶそれは、私を見てにぱっと笑った。
「人魂?」
手のひらサイズの小さな球体。縦長おめめに、逆三角形の口。この世界に住む魔物にしては、あまりにも顔がゆるい。半透明なその子は小さなしっぽと米粒サイズの手を揺らして、私の謎ダンスを繰り返している。なん、なんなんだこの子。可愛い。
あまりの可愛さに、緩む口角を手で隠して後ずさる私に、その子は無垢な顔して近付いてくる。
(ひ、人懐っこい……)
弱肉強食の世界で丸呑みされてしまいそうだ。そこまで、私の世界は荒れてないけれど。寧ろだいぶ平和な世界なんだけど、そう思ってしまうくらいの弱い生き物が、目の前で浮いている。
「あ、ほんのり実態がある。おぉ、ぷにぷに」
「みっ」
「ふふっ、可愛い。お名前はなんて言うの? この島の子?」
両手で可愛い生命体を包めば、その子は「ぷにぷに」と言われたのが癪だったのかほんの少し威嚇した後、諦めたようにしっぽを振った。少し会話も試みたけれど、どうやら「みっ」か「みゃっ」しか鳴けないようで意思疎通が難しい。でも無害そうで人懐っこい雰囲気はする。なにより、とてもかわいい。
「ね、ねぇ。名前、私がつけてもいい?」
「んみゃ? みゃ!」
「それは、承諾するか悩んだ結果いいよってことだよね。そしたら、そしたら今日から君は、」
ひと目見た時から、思ったことがあった。ただ、お腹が空いてただけかもしれないけど。名前を付けれるなら、これがいいと心に決めていた。
森林と海の美味しい空気を胸いっぱいに吸って、その子を太陽に捧げるように持ち上げる。それからめいっぱいの笑顔をその子に向け、ぱっと手を離した。
「しらたまちゃん!」
名前を呼んだ瞬間、半透明の姿はぱっと真っ白な姿に色づいた。まるで蕾が咲いたように。
離れた手から天使のように舞い降りるその子を、ぎゅっと抱きしめる。実は実は、小さい頃からペットなるものを飼ってみたかった私は小動物に強い憧れを抱いていた。愛でたい、懐かれたいと。しかし、強請る私にカキラはにっこり笑顔でいつもこう言うのだ。
「ダメだ。カランには俺がいるだろ?」
ノンノン、そうじゃないと幼ながらに指と首を横に振るという無自覚煽りをした私は、確実にカキラの地雷を踏んだ。それ以降、私の周りから不思議なくらい、小動物が現れなくなったのだ。酷いね。絶対、第一王子かチャンピオンの権力で小動物を私の周りから退かしたんだ。
だからだろうか、無人島生活一日目からこんなに可愛い生命体と出会えるなんて思ってもいなかった。きっと私の心に花畑があったらこの嬉しさで、一気に開花し観光地待ったなしだろう。
「ねっねっ、しらたまちゃん。君はあの城の主が誰か知ってる?」
「みゃーー」
にこっと笑顔のまましらたまちゃんは首を傾げて考えるふり。
「あ、知らなさそう」
すぽんっと私の手から抜け出してふよふよと進み出す。進みの遅さに笑みが零れながら、この先何があるのかもよく考えずに、私もゆっくり足を運んでいった。
そうして辿り着いた先は、先程のお屋敷。改めて見ると首が痛くなるくらい高い。屋敷の前には扉などはなく、代わりに薔薇のアーチが私を出迎えてくれた。くぐり抜けて少し視線を横にやれば、噴水に白い鳥が羽休めするように止まっている。ちゅんちゅんと鳴く声は、この島の平和を歌うように穏やかで心地いい。
「本当に綺麗に手入れされてるね」
「みゃ」
「君がお世話をしてたの?」
「んみゃ〜」
私の問いにしらたまちゃんは、しっぽを振った。どうやら違うらしい。それにしても、思いっきり靴を響かせて出てきたここに戻ることになるとは。
若干の気まずさはあるけれど、人生なるようにしかならない。もういっそ、我が物顔で住んでしまおうか。図々しいこの上ない発想だけど、余命三年なんだ。許して欲しい。そう、顔も知らない家主さんに心の中で謝罪をしてから、私は城へもう一度足を踏み入れた。
「しらたまちゃんは、この城に詳しいの?」
「みゃ!」
「そっか。私も住まわせてもらって良いのかな」
「んみゃ!」
ここまで来たら住む気満々だけど、一応家主の代わりにしらたまちゃんの許可を取ろう。そう思って問いかけた私に、しらたまちゃんは嬉しそうに跳ねた。もしかすると、この子はずっと独りぼっちだったのかもしれない。
カツン、カツンと靴の音がホールに響く。私の足音だけがこの空間を支配しているようで、より一層孤独感は増すばかり。それでも、しらたまちゃんは慣れたように空中を泳いでパチンっと照明をつけてくれた。
「みゃ、んみゃ〜!」
シャンデリアに灯りが灯る。止まっていた時が動き出したように、この空間に彩りが溢れかえった。煌びやかな装飾は、この時を待っていたかのように輝きを取り戻す。シャンデリアと窓から射し込む陽の光に、光の粒子が星のように宙を舞った。
すごい。一瞬にして、お姫様になった気分だ。
「あのとき、階段を降りる私を見てたのは、しらたまちゃんだったの?」
「みゃ!」
伸ばした手に、その子は擦り寄って嬉しそうに頬擦りをする。その姿が愛おしくて、心があったかくなって。逃げてごめんねと伝えるように、私はぎゅっと両手で包み込んだ。
「あっそういえば、自己紹介がまだだったね」
「み!」
包む手を広げ、手のひらに座るお利口さんを私の顔の高さまで持ち上げた。柔らかな陽が私たちを照らし、この時を祝福しているように優しい風が吹き抜けていく。
「私はカラン。水の国第一王女であり、中央国の白雪に任命された精霊。といっても、今は居場所もない旅人だけどね」
「みゃ」
「そんな私ですが、お友達になってくれますか?」
へにゃりと笑う私に、しらたまちゃんは釣られるように満面の笑みを浮かべて、そっと私の頬に口付けをした───。
拝啓 隣国のスミレくんへ
いかがお過ごしでしょうか。
よく貴方の国に侵入しては、治安の悪い輩に絡まれていたカランです。毎度蹴散らしてあげますかと、挑発していた私を見つけては光の速さで発見して回収してくれましたね。
そんな私は今、なんと無人島ならずカラン島にいます。可愛いお友達も出来ました。
紹介したいから、気が向いたら来てね。来れるものなら、だけど。
敬具 開き直ったカランより
「よし、完成!」
顔も知らぬ人のレターを勝手に借りて、適当に見つけた空き瓶に詰める。
「どうか、届きますようにっ!」
そう祈って、海へ放る。
陽光を受けて、瓶に飾った貝殻が一瞬だけきらりと光った。
それはまるで、運命が目を覚ましたみたいに。




