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白雪と七夜の誓い  作者: つゆ子
第3夜 古の城に眠る歴史
28/30

第28話 寂寥

 ヒュッと、トマさんが捲ったトランプの音が部屋に響く。組んだ手に額を置いたミカゲは、長いまつ毛を伏せて浅く息を吐いた。


「トマさんにお願いして、この土地から拾える痕跡を辿ってもしらたまさんは見つけられなくて。木々の記憶を覗いても、分からなくて」

「……そっか」

「あの時、姉さんを止めたことは間違ってはいない。そう思っても、しらたまさんを見失ったのは僕のせいで」


 尻すぼみになっていく言葉。クッションに顔を埋めるミカゲは、あまりにも弱々しく見えた。

 正義感が強い分、責任感も人一倍強いミカゲはたまに抱え込みすぎなくらい自責してしまう。


「ミカゲ、私はミカゲが止めたこと正しかったと思うよ。でもね、確かにあの時私を止めなかったら、しらたまちゃんは捕まえられた」

「っ、はい」

「でもその選択をしたことで、もしかすると私は夢喰にやられてたかもしれない。それに、ミカゲの意見を押し切る選択も出来たのに、私もそれをしなかった」


 撫でる手を止めて、そっともみあげを耳にかければ揺れる草原の眼と視線がぶつかった。潤むその瞳は宝石のようで、ミカゲの優しさを現しているみたい。指の腹で目尻をなぞれば、涙がポロリと零れ落ちた。


「それでもっ、僕は……。姉さん、ごめんなさい。ごめんなさいっ」

「怒ってないよ、大丈夫大丈夫。あーもう、泣かないの。人生何事も、割り切る事が大事なんだよミカゲ」

「白雪ちゃんは、ちょい割り切りすぎっすけどね。はー、まぁそのままミカゲっちのケアしつつ聞いて欲しいんすけど」


 ぐずるミカゲの頭と背中を撫でながら膝に寝かせれば、トマさんは足を組み替えてパラパラとトランプで遊びながら窓に目を向けた。


「この屋敷にはまだ、しらたまっちが掛けた加護が発動されてるんすよ。ミカゲっちが何にそんな焦ってんのか分かんねーけど、生きてはいると思うんすよね〜」


 確かに、よく目を凝らして見れば星の粒子が膜を張っているように見える。昨夜は壊されてしまったけれど、島全体から屋敷に変えたからか強度が強くなったのかな。理由はどうあれ、結界が残っているのは重要な手がかりだ。それにまだ加護を発動中ということは、トマさんの言う通りしらたまちゃんはどこかにいる可能性が高い。

 そう思うと何だか希望が見えてきた気がする。息を吸えばぱっちりと目が開いて、自然と姿勢も伸びた。


「ミカゲ、今から探しに行こ」

「もう夜ですよ。さすがに姉さんを連れ出したらカキラさんになんて言われるか……。それに、これは僕の責任で」

「だー! ミカゲっちもさっさと切り替えてシャキっとしたらどうっすか。しらたまっちは生きてる、ならいーじゃん。明日必ず見つけ出します、でさー」


 ウジウジとお腹に顔を埋めるミカゲに、「トマさんの言う通りだよ」と頬を撫でる。こんなに弱ってるミカゲも珍しいからもう少し甘やかしたいけど、斜め前から飛んでくるスミレくんの視線もそろそろ痛くなってきた。チラリと目を向ければスミレくんは、小さく咳払いをして視線を逸らす。


「……じゃあ、ミカゲに罰を与えましょう。どうせ罰されないと気が済まないんでしょ?」

「はい」

「じゃあ前髪パイナップルの刑にしよっか。はい、仰向けになってね」


 手首に付けてる髪ゴムで、きゅっと結べば綺麗に立ち上がる前髪。だけどミカゲが起き上がれば、するりと落ちていつもの髪型に戻ってしまった。あれーとゴムを拾えば「チッチッチ」と人差し指を振るトマさん。


「分かってないっすねー直毛の扱い方を。白雪ちゃん、ゴム貸して」

「いいけど……。わっ、可愛い編み込みだ! トマさん器用だね」

「まぁ、妹と姉がいるんでこれくらいはちょろいっすよ。コーディネートにヘアアレンジ、お手の物〜」


 チラッと覗き込めば、ミカゲの邪魔そうな前髪は編み込みとともに横に流れて、綺麗なおでこが露になる。落ち着かなさそうに少し瞼を伏せるミカゲの頬は少し赤らんでて、えいっと軽くつつけば眉間に皺を寄せてから肩を竦めた。


「そうですよね。いつまでもこの調子だと時間がもったいない。トマさんと姉さんの言う通り、切り替えないとですね」

「よっ、それでこそミカゲっち! んじゃ、さっさと風呂入って飯食うっすよー!」


 トランプを散らかしたままトマさんは、ミカゲを連れて部屋を出てってしまった。つまりムスッとしたままのスミレくんと二人きり。微妙な空気が流れ、少し気まずいなと思いながらもトランプをまとめていく。そして最後の一枚を取った時、大きな影が私を覆った。

 その主はスミレくんしか居ない。どうしたのかと首を傾げれば、小さくため息をついたスミレくんは私の前に腰を下ろした。


「レカム様にさ、俺たち注意されたんだ」

「え、えっ!? な、なんで突然」

「もう少し、カランちゃんの事を信じてあげたらどうだいって」


 静まり返った空間は、夜の空気と相まって少し冷たい。トランプを置いて冷える指先を擦って温めながら、俯くアホ毛を見つめれば前髪の隙間からアメジストの瞳と目が合った。


「俺にとってはさ、カランちゃんがどんなに強くてもか弱い女の子にしか見えなくて。だけど、不安という感情で行動を制限させるのも良くないよって、言われちゃってね」

「う、うん……。まぁ、不安にさせるくらい、やらかしてた私にも非はあるけど」

「まぁね。でも少し窮屈な思いをさせちゃったかなって俺も思って。少し反省してるんだ」


 ごめんねと下手っぴな笑顔を浮かべるスミレくんに、胸が締め付けられる。レカムさんの言っていることは正しいと思うし、現に私もそう思っていた。だけど、優しさを無下にしたかった訳でもない。そう返してもお世辞と捉えられたらこの溝は埋まらないままだ。

 言葉を交わすことが出来ても、内なる気持ちは上手く交わらないなんて。心というものは難しい。例えどんなに言葉を選んで声に出しても、真っ直ぐその気持ちが相手に伝わるわけでもないのだから。


(でも、しらたまちゃんの時は言葉はかわせなくても仲良くできた)


 餌として見られてたとしても、あの時守ろうとしてくれたしらたまちゃんの思いは言葉がなくても伝わってきた。そして不思議と、トマさんにも通ずるものを感じる。あの人も口は少し悪いけれど、優しさは真っ直ぐ伝わってた。


(この二人の、ざっくりとした共通点は……)


 考えろ、考えるんだ。スミレくんのアホ毛が前髪と一体化する前に。そう必死に思考を回転させた時、稲妻が走ったように答えが浮かんだ。

 

――スキンシップ、つまり触れ合いだと!

 

 言葉が足りないなら、距離を縮めればいい。それが、私のやり方だ。胸の奥に残ったしこりごと、抱きしめてしまえばいいんだ。

 運がいいことに、今の私は戦闘後だからかスッキリしている。デバフでドキドキも今は無効な気分だ。

よし。そうと決まれば、汗とか気にしてるスミレくんには悪いけどミカゲ同様甘やかしてあげよう。


「スミレくん、おいで! ふりーはぐだよ!」

「……えっ!? いきなり過ぎない? てか俺の話聞いてたカランちゃん?」

「聞いてた、聞いた上での行動だよ。私はね、確かに窮屈に思ったけど、それが優しさから生まれたものって分かってるからね。ちなみにあと三秒以内に来ないなら、私から行くよ」


 さぁどうすると顔を上げて、カウントダウンを始める。「さーん、にー」と両手を広げたまま待てば、スミレくんはぐっと顎を引いて「いち」と同時に腕の中に私をしまいこんだ。

 くらりとするほど濃いリネンの香りに包まれる。熱でもあるんじゃないかと心配になるほど熱いその胸板は、スミレくんの優しさが詰まっている気がして、よしよしと背中を叩いた……その時だった。


 ――ガチャ


「カラン、入るぞー……は?」

「おっと、これは」


 ヒュッと、スミレくんの息が止まる。

 じわじわと腰に回された手は私を飲み込むように強くなって、無意識に踵が上がる。さすがに暑いよと背中を叩こうとすれば、肩の上にスミレくんの頭が乗っかった。


「〜っ! お前、ノックしてから部屋に入ってこいよ!」

「ノックされないと困るやましい事があるからか? ……はぁ。カラン、おいで」

「まぁノックは私も礼儀だとは思うけどね。フフッ、そうだスミレくん、トマくん達を誤魔化してくれてありがとう。おかげで私も怒られずに済んだよ」


 べりっとスミレくんから引き剥がされ、行く当てのなくなった両手はそのままカキラに埋められる。頬に触れた髪は少し冷たくて、くいっと顔を上げれば爽やかな石鹸の香りが鼻をかすめた。

 ひと足先にお風呂入ったんだなーと呑気に考えてる横で、聞こえるレカムさんとスミレくんの会話。


「いえ、ミカゲくんの頭が回ってなかったお陰でなんとかなりました。じゃ、じゃあ俺も風呂に入ってきますね」

「あぁ、行ってらっしゃい。……さて、カランちゃんもそろそろ」

「いいよカランは風呂入らなくて。俺が水魔法でざっくり洗うから」

「良くないよ。さすがには、恥ずかしいし。お風呂入ってくるね」


 嫌だダメだと、コアラの如くしがみついてくるカキラをレカムさんと協力しながらなんとか剥がして抜け出し、私も大浴場へ向かった。

 そして反響して聞こえてくる、トマさん達の会話を右から左へ流して一人ちゃぽんと湯船に浸かる。広がる湯気が冷たく感じて、手でぴゅっと水を飛ばしても「んみゃ」といつも返ってきていた声が聞こえない。


「なんか……寂しいなぁ」


 起きてから、しらたまちゃんとはずっと一緒にいた。小さくて、不思議な子。独りぼっちになるはずだった私の傍に、いつもいてくれた。


「必ず迎えに行くからね。待っててね、しらたまちゃん」


 初めてのペットで、新しい私のお友達。

 本当は今すぐ飛び出して探しに行きたいけど、ご飯も食べないで睡眠も取らないままだと見つけられるものもきっと見つからない。


「うん、今日は早く食べて早く寝よう。それで、明日早起きするんだ」


 長湯する気にもなれなくて、ささっと洗ってから私はパジャマに着替えた。ご飯を待っている間、お風呂上がりのミカゲが風魔法で髪を乾かしてくれたお陰で明日の寝癖を直す手間が省け、そのまま盛り盛りとご飯を頬張る。


「……よし、あとは寝るのみ」

「お、じゃあ俺も寝よ」


 ふんふんと己を鼓舞しながら、満腹になるまで食べたあと寝るぞと部屋の前にやってきた時、背後から聞こえたカキラの声。ギギギと首だけ後ろに向ければ、爽やかな笑顔で腰に枕を抱いているカキラと目が合ってしまった。


「ぉ、わ、そのっカキラの部屋ここじゃないよ」

「え、でもカランの寝室だろ? なら、昔と変わらず俺たち部屋じゃないか……?」

「? そ、そっか。たしかに」

「だろ? ほら、良い子は早寝早起きだぞ〜」


 首に手が回って、抵抗する間もなく押されるように入ってしまった部屋。ポイッと枕を隣に並べたカキラはそのまま窓を締めて、私の手を引きベッドに寝かせた。優しくかけられた布団。綺麗に包まれたのが少し不服で、両手をぼふっと上に出せばカキラは目を細めて私の頭に手を置いた。


「今日は疲れただろ? ゆっくりおやすみ」

「カキラは、ねないの?」


 目にかかった前髪を撫でるように退かしてくれたカキラは、上に置いた私の手を布団の中にしまって、その手のひらで私の瞼を覆う。

 触れる肌がなんだか温かくて、視界を閉ざされたからか次第に重くなっていく瞼。おやすみ三秒前まできた睡魔に負けたら、カキラが居なくなっちゃう気がして。きゅっと目を覆う手の袖を掴んでから横に寝返りを打った。


「……俺は何処にも行かないよ。カランが寝たら、俺も寝るから」

「本当?」

「だってカラン一人じゃ寂しくて寝れないだろ? 夜のトイレだって怖くて無理なんだから」


 そんなことないよと返そうとした口を閉じる。図星すぎて、そう返すことによって本当に帰られたら私が困るんだ。だからってはいそうですと、肯定するのも恥ずかしい。

 無言を貫いて布団に潜り込めば、カキラは笑って隣で横になってくれた。繋いだ手が温かくて、カキラがそばに居てくれる安心感が私の眠気を一層強くさせていく。もう少し話していたいのに、眠くて目が開けてられない。


「カラン、俺たちはずっと一緒だ。二人で一つの花、カキランなんだから。もう二度と、一人にさせないからさ。大丈夫、大丈夫」

「ぅん……。でも、しらたまちゃ、いなくなっちゃ、た」

「この島にはいる。この島に一番詳しいのはしらたまだろ? だから大丈夫さ」


 子守唄みたいな優しい声に、遠のいていく意識。カキラが言うなら、きっと大丈夫なんだって、広がる不安は次第に溶けていく。懐かしい石鹸の香りに包まれて、寂しさすらも塗り替えるその温もり。


「おやすみ、カラン」

「ん……おやふみ」


 おでこに触れた柔らかい何かは直ぐに離れて、緩く頭を撫でられる。心地よい感覚に、私は抗えないまま瞼を閉じた。


――どうか、明日はしらたまちゃんに会えますように。

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