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白雪と七夜の誓い  作者: つゆ子
第3夜 古の城に眠る歴史
27/30

27話 一休み

 スポットライトが当てられたように、一筋の光が私たちを照らす。ふと空に目を向ければ、撃ち抜かれたように闇夜には穴が空いていた。

 差し込む夕陽は海を金色へと変えていく。


「お、終わったの……?」


 常に気を張っていたからか、頭では夜が明けたことを理解していても身体は強ばったままで心が追いつかない。ぱっと双剣を解除すれば、爽やかな風が頬を撫でる。


 ――キュワ、キュワ


 頭上を通り抜けるカモメの声に、初めて緊張の糸が切れた。途端に、腰が抜けたように足に力が入らなくなって、重心が後ろに傾いていく。


(あ、落ちる)


 瞼を閉じながら「勝利の海水浴も悪くないかな」と己を納得させたけれど、海に落下することはなく。膝裏に何かが触れ、ぐるんと視界が回転した。


「さ、戦いは終わりだ。カランちゃんが引き付けてくれたおかげでね」

「わっ、レカムさん。……そっか、勝ったんだ。良かったぁ」

「お疲れ様。フフッ、でも余韻に浸かるのはまだ早いよ。夢喰の回収はカキラに頼んで、私たちは急いで屋敷に戻らないとね」


 海面に走らせた電流の上を華麗に歩くレカムさんは、端正な顔をにこりと緩ませる。腕の中で唖然とする私を他所に、レカムさんは周囲を確認しながら駆け足で屋敷まで向かい、玄関に入った。


「良かった、彼らはまだ来ていないみたいだ。カランちゃん少し腰をかけて休んでてくれないかい」

「う、うん? 分かった」


 食堂とは別の部屋。やけにふかふかなソファの上に私を下ろしたレカムさんは、静かにこの場を去った。あの嵐のような戦闘が嘘みたいに、この部屋は穏やかで、ぼーっとシャンデリアを見ては肘掛に頭を乗せたり、そのままごろりと寝転がれば、静かに昂っていた心も安らいでいく。


(あ、このソファすっぽり私が収まる……)


 これは私専用だね、なんて思いながら遠慮なく足を伸ばせばコンコンと扉を叩く音が聞こえた。


(ま、まずい……!)


 いくらなんでも、こんなぐうたらしている姿をレカムさんに見られるわけにはいかない。そう咄嗟に身体を起こすと同時に開かれた扉。

 振り返れば満月の眼と視線がぶつかって、まずいと目を見開いた私にレカムさんはきょとんと首を傾げた。そしてそのまま、私の前に座ってトランプを机の上に広げ始める。


「レ、レカムさん?」

「あぁ、カランちゃんこの手札を持っていてくれるかい?」

「え、あっえ?」


 乱れた髪の毛を手櫛で直そうとすれば、ぱっと渡された謎のトランプカード。ハテナが止まらない私を他所に、レカムさんはニコニコと笑っている。如何にもババ抜きの途中ですみたいな謎の状況に、瞬きが止まらなくてとりあえずしらたまちゃんを握ろうと頭を触ってふと気づく。

 ――しらたまちゃんが、いないことに。


 あの時、しらたまちゃんは何かに呼ばれるように飛んで行った。あの速さでは、恐らくミカゲは屋敷を出た時点で見失っている。


「カランちゃん、もしかして頭でも痛いのかい? 先の戦闘で怪我でも……」

「ちが、これはそのっ癖で……。ただ、しらたまちゃん探しに行かないと。どこかでお腹空かせてるかもしれない!」


 屋敷に壁を張っていたから、空腹になっているのは間違いないけれど……しらたまちゃんは手のひらサイズ。小さすぎて見つけられる自信がない。私には魔力の追跡能力もないし、あったところでしらたまちゃんは無属性だから追跡不可能。


 どうしようと肩を落とせば、外からガヤガヤと声が聞こえてきた。やっと皆帰ってきたんだとレカムさんを見れば、私の頭の上で何故か止まっている手が視界の上に入る。しかしそれは特に乗ることなく、レカムさんはその手を口元に戻し外を一瞥してから「彼ら迎えに行ってくるよ」と笑って部屋を後にした。


「……絶妙に、距離を感じる」


 迎えも私を連れてってくれてもいいのに。どうしてトランプをいきなり渡してくれたんだろう。優しいのに、本当に掴みどころのない人だ。だけど、近すぎないこの距離感が安心するからそのままいて欲しい。なんて思いながら、息抜きにトランプを重ねていく。目指せ立派なトランプタワー。


「……そういえば今日やっと、しらたまちゃんにかっこいい所見せれたのに。本当に何処にいっちゃったんだろう。暗いところで泣いてないかな、怪我ないかな……」


 無になりきれない思考が、不意に最悪を想定するせいで視界が滲んでいく。震える指先でトランプを置いたからか、タワーはバランスを崩し倒れてしまった。

 なんか何やっても、上手くいかない。今日はダメな日だなぁと膝を抱えればまた扉が叩かれ、今度は返事をする間もなくそれは開かれた。


「っ、あの姉さ」

「はいはいはーい、白雪ちゃんお邪魔しまーす! いやぁ、レカム様とちゃんと屋敷に残ってくれてありがとうございますっす」


 振り返ればどこか気まずそうな顔をしているミカゲを連れたトマさんがいた。ズカズカと大股で歩くトマさんは、そのまま勢いよくミカゲを目の前のソファに座らせ、ひと仕事終えたように、わざとらしく手の甲で額を拭う。


「あー、つっかれた!」

「お疲れ様、トマさんも座ったら? ふかふかだよソファ」

「んじゃ、お言葉に甘えて〜」


 ぐっと伸びをしながら、トマさんは背もたれに頭を乗せて足を組むように座った。

 しんみりしていた空気も、不思議と花が咲いたように明るく。沈んでいた思考も、今はトマさんの声に釣られるように上がっていく気がした。


「しっかし、まさか白雪ちゃんがちゃんと屋敷に残ってるなんて驚き。絶対飛び出すと思ったんすけどねー」

「? え、でも私……」


 普通に飛び出したけど、そう返そうとすれば「本当に、カランちゃんが無事で、俺安心したよ」と被せるように硬い声が後ろから落ちる。その声の主はあの時「避けて」と言っていたスミレくんだ。


「えへ、レカム様のおかげでちゃんと無事だよ」

「レカム様が、カランちゃんをここに留めてくれたおかげだからだよね?」


 違うよと見上げれば、話を合わせてと私を見下ろすアメジストの眼と視線が絡む。意図がわからなくて首を傾げれば、何故か貼り付けたような笑みを返された。これは、黙ってての顔に違いない。なんでなんでと訝しげに見つめれば、スミレくんはクッションひとつ挟んだ隣に腰をかけ、ふいっと顔を外に向けた。


(あっなんか、隠してるやつだこれ)


 そんな明らさまに、距離置かれると逆に気になる。しょげてるミカゲも気になるけど、スミレくんのこの態度の方がなんか……引っかかって仕方がない。隠し事するにしても、昨日まであんなに距離近かったのにこんな離れるなんて絶対何かある。


(まさか、怪我でもしてるのかな)


 有り得る、スミレくん結構カッコつけたがりだし。だめだ、気になって仕方ない。なんだかこのモヤモヤは、早急に晴らさないと夜眠れない気がしてきた。


「スミレくん、なんでそっぽ向くの」

「なんとな……待ってカランちゃん、今の俺に近づかないでお願いだから!」

「やだ。そんな素直に言うこと聞くカランちゃんだと思ったスミレくんの負けだね!」


 いきなり触れたら困らせるかもしれないと思いつつも、はぐらかされて逃げられる方が嫌だ。

 隙あり! と身を乗り出して頬杖をしているその手を掴む。「カランちゃ、本当に待って」と捲し立てるように何回も同じことを言うスミレくんを無視しながら、容赦なく無駄にビロビロしている袖を捲りマントを退かした。


「こっちの手は怪我してないね。なら」

「ま、待っ……! カランちゃん本当に、俺から離れ」

「やだ。離して欲しいなら、なんでそっぽ向いてたのか教えて」


 すかさずそう返せば、ぐっと唇を結んで真っ赤な顔で見つめ返してくるスミレくん。心做しか目が潤んでいるような気がするけど、きっと気の所為だろう。

どうするの? と視線を逸らさず見つめれば、へにゃっと下がるアホ毛。何故か戦闘している訳でもないのに息が荒いスミレくんに、いよいよ疑問が止まらなくなってきた。


「ひーっ、無知は罪とはよく言ったものっすねー! よっ、頑張れスミレっち!」

「見てないで助けてくれてもいいんじゃないんですか!? トマさん!」

「応援を呼ぶなんて卑怯だよスミレくん」


 しかし話す気がないのであれば、状況は変わらない。そちらがその気ならと、もう片方の手も拝見だと手を掴めば、ばっと動きを封じるように反対側の手で押さえつけられた。


「〜っ、年頃の女の子が! 俺みたいな男にくっついちゃダメなんだよ!」

「……そうやって、それっぽい言い訳して逃れようとしてるんでしょ! このっ、手……退かして。捲れない」

「捲ろうとしなくていいから、あーもう! トマさんかミカゲくん俺の事助けて!」


 ぶわっと顔を赤くしたスミレくんは、更に応援を呼んだ。さすがにまずいと振り返れば、ミカゲは視線を落としたままでトマさんはお腹を抱えて爆笑している。


(これはもう、スミレくんの負けだね)


 勝利を確信して、ふんっと口角を上げれば観念したようにスミレくんは長いため息をついた。


「……話したら、離れてくれる?」

「うん」

「……。俺、その、えっと。戦って汗だくなんだけど、レカムさんに風呂入る前にカランちゃんの所に行って欲しいって言われてさ」


 俯きながらぽつりぽつりとスミレくんが話す度、じわっと私の手を押さえつけている手のひらが熱くなる。額に汗が滲んで、首筋を伝うスミレくんの汗がなんだか見てはいけないものを見ている気分にさせて。急に湿度が上がったみたいだ。


「あ、あのスミレくん。話してくれるなら先にそのっ、手を……退かしてくれたら私離れるよ?」

「今ひよるのは、ずるいんじゃないかな。……まぁとにかく俺ね、今すごいその、あっ汗臭いと思うから。あんまり、近いと悪いというか恥ずかしいなって」


 重なる手が緩むと同時に、その熱が移ったように顔が熱くなる。気まずそうに目を逸らすスミレくんは、これ以上は言えないというように口を閉じた。後ろから「ひー! やばい、白雪ちゃん強すぎ最高!」とバシバシ太ももを叩きながら爆笑するトマさんに、更に駆られる羞恥心。あそこだけ一人だけ楽しそうだけれど、私はあまりの居心地の悪さに今すぐ逃げ出したい。


「えっと、スミレくんごめんね。わ、私は気にしないけど配慮に欠けてた。その、離れるね」

「やばい、マジ面白すぎる。白雪ちゃんそれ逆にスミレっち傷つくっすよ」


 知らぬ間にトランプタワーを立てたトマさんは、カラカラと笑いながらスミレくんを指さした。顔の熱を引かせようと必死にトランプで仰ぐ私の横で、片手で顔面を抑えるスミレくんは無言で席を立ち、項垂れるミカゲの腕をおもむろに掴み始める。


「ちょっ、何ですか急に」

「いや、俺より今はミカゲくんの方がカランちゃんの隣に最適かなって思って」

「ただ逃げに僕を使いたいだけですよね」


 そう言葉を交わしながら渋々席交代をしたミカゲもまた、クッション一個分開けて座った。


「……な、なんで!? ミカゲ、私のこと嫌いになっちゃた? お、お姉ちゃん離れ?」

「いえ、ただその、姉さんお昼の時嫌がってたから」


 確かにと目を見開く私に、ミカゲははっと口を閉じる。綺麗な草原の眼を隠すように、ぱさりと垂れたもみあげ。何か思い詰めるように口を開けては閉じるミカゲが心配になって、艶やかなその黒髪にそっと手を置いた。よしよしと撫でれば、始めて息が吸えたようにミカゲは深呼吸を繰り返す。少しの静寂が訪れた後、弱々しく首を振ったミカゲは「すみません、今のは嘘です」と付け足して、クッションを膝に抱えながら口を開いた。


「しらたまさんの件で、姉さんに謝りたくて」

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