26話 敵襲
そんなこんなで、レカムさんの言葉に「もちろん、忠告も兼ねてするよ」と返した途端、ひやりと空気が変わった。
鮮やかな海に一滴の闇が広がり、飲み込まれていく。
「……レカムさん、見た?」
「あぁ、でもそこまで警戒はしなくていいんじゃないかな。ここにはチャンピオンが沢山いるからね」
チンっとエレベーターは一階に到着し、視界は海と切り離される。
緊張が走る私と反対に、レカムさんはどこか余裕そうな笑みだ。すっかり忘れていた林檎のペンダントを服の中に隠してからその背中を追えば、バタバタと複数人の足音がやってくる。
「レカム様ー! やばい、やばいっす夢喰五体くらい一気に来てるんすけど!?」
「おや、随分と多いね」
「龍と鮫がそれぞれ二体です。あと鳥型の夢喰が一羽。今はカキラさんとスミレさんが先陣を切っていますが、姉さんとレカム様は出来れば安全な屋敷内に……」
居てくださいと、ミカゲが続けるよりも先にゴンッと何かがぶつかるような大きな揺れが起きた。けたたましい鳥の鳴き声が響き、脳が揺さぶられるように気持ち悪い。 咄嗟に耳を塞げば、頭から落ちたしらたまちゃんは、何処かに誘われるように飛んでいく。追いかけようとしても、揺れに足を取られて走れない。
「しらたまちゃん、待って!」
「姉さんダメです。ここで待っていてください」
「でも!」
「花嫁にもしもの事があったら、僕はどんな顔をしたらいいんですか。姉さんお願い、ここにいて」
自嘲気味に吐き出された言葉。それでもお願いと優しく論するミカゲに返す言葉が見つからなくて。ぐっと唾を飲み込めば、「それじゃあ、行ってきます」とミカゲは走って消えてしまった。「だりぃけど、死にたくもないし。オレも応戦に行ってくるっす!」とトマさんも後を追うようにこの場を後にする。
ポツンと残されたせいで増していく孤独感と焦燥感。何も手伝えないもどかしさと不甲斐なさで、きゅっと袖を握れば隣でため息が落ちた。
「カランちゃんは、行きたいところはあるかい? ここにいてもつまらないだろう」
「え……えっ?」
「あぁいや、流石に勝手に連れ出したら怒られてしまうか。……カキラ、鮫の方は私たちの方で預かるよ。君は空中の方を頼む」
突然、私の腰に下げているぬいカキラに話しかけるレカムさん。それただのぬいぐるみだよと教えてあげても、「まぁ、彼にはきっと届いてくれるはずだよ」なんて笑ってレカムさんは外へ足を運んでいく。
(じ、自由すぎる……!)
今さっきミカゲに釘を刺された手前、そんなすぐに割りきれなのに。それ以前に百歩譲って、私が勝手に行動する分にはいいけれど、レカムさんはダメだよ。国王様にもしもの事があったら、屋敷の不法侵入だけではなく新たな罪が重なってしまう。
「レカムさんまって、待って! 私戦えないから足手まといになるよ」
「君にもしもの事が有れば、カキラが飛んでくるだろう」
「そ、そうじゃなくて。レカムさんの身に何かあったら大変なの!」
ひしっとレカムさんのマントを掴めば、「大丈夫さ」なんて笑って歩く足を止めてくれない。
(大変だ、大変なことになった!)
たらりと冷や汗が背中を流れる。もしかして、私が意気揚々と脱走する度、スミレくんやミカゲはこんな気持ちだったのかもしれない。なんだかそう思うと凄く申し訳ない気持ちになったけれど、今はしょげている場合ではないんだ。
頭を振って、こんな時二人ならどうするか考えろ。考えるんだ。
「……私が、レカムさんを絶対に守るから。守れる範囲にいてくださいね」
「? もちろん。あっそうだ、もしこの屋敷を出たことを聞かれたら、私のせいにして構わないからね」
「う、うん。じゃあ、お言葉に甘えて。怒られたらレカムさんに連れ出されたって言うね」
つい流されて頷いちゃったけどもうダメだ。スミレくんの甘さとミカゲの自信が混じり合っちゃった。まぁいっか、この際なるようになれ。そう諦めて満面の笑みを浮かべながら扉を開けた途端、ゴオッと火の玉が目の前に飛んできた。
「わっ」
「おっと」
咄嗟に屋敷に戻れば、見えない壁にそれはぶつかり消えていく。キラキラと輝く壁は、星屑のように淡く光って屋敷を修復させていた。花々は宙へ星を送り、小さな壁を作っていく。これは、しらたまちゃんがあの日頑張ってくれたものと同じだ。
「なるほど。だから、屋敷が安全なのか。しかし参ったな……まさかここに現れる夢喰が、これ程凶暴だったとは」
「うん。昨日のたこは、ミカゲとスミレくんでも苦戦してた。だけど今は五体、チャンピオンは三人。カキラなら無双出来るかもしれないけど、数で押されたら不利だよ」
龍と鳥は空中戦。鮫は海中。
ミカゲ、スミレくんは空中戦の討伐に向いてる。カキラは両方いけるし、最悪空中戦の足場はトマさんが作れるはず。一人に一体、確実に倒せるならいいけれど、そうでないなら戦況は芳しくない。
だから今、私がやるべきことは――。
「行こう、レカムさん。この島が焼け野原になる前に、ケリをつけに」
後でミカゲには個別で怒られよう。
頭上で展開される魔法、地響きのように震える島。交差する数多の属性の技に、この島が巻き込まれてしまう前に終わらせないと。
レカムさんの手を引いて、闇をくぐり抜け海へ向かう。相手の目を欺くのは、幼少期の脱走で慣れているし気配を消すのだって得意。それはレカムさんも同じなのか、苦戦することなく私たちは浜辺までやって来ることができた。
「さて、鮫は二体だったね。一体は既に……終わっているみたいだが」
目の前には浜辺でぐったりと寝たまま、水の膜で拘束されている鮫。
ふと顔を上げれば、前髪が瞼を撫でた。この乱れる気流はミカゲのもの、水面に反射し揺らぐ紫の炎はスミレくん。各所で繰り広げられる戦闘を感じながら、手のひらに氷華を作り出し剣を握った。
「レカムさん、私は近距離戦しかできなくて。体力的に延長戦に持ち込まれたら終わりだから、後方支援をお願いしてもいいですか?」
「それは都合いがいい。寧ろ私は近距離が苦手でね、よろしく頼むよ」
そう笑うと、レカムさんは右手を空へ翳しパチンっと指を弾いた。その瞬間、闇を引き裂くように一本の光が海へ落ちる。音速よりも早く、落雷する稲妻。唖然とする私の隣に並んだレカムさんは、水面に電気を走らせ照らす。
「多少の目眩は任せて欲しい。……さぁカランちゃん、怪我をせず戻っておいで」
「っ、うん! 必ず無傷で帰ってくるよ。行ってきます」
靡くもみ上げを耳にかけ、小さく息を吐く。
あの人は、レカムさんは鳥かごの鍵みたいだ。その場しのぎで結びすぎた私の約束を、緩めて連れ出すみたいに自由にさせてくれる。
その分、課されたものは大きい。戦場は、海面。昨日と同じだ。鮫にとって有利なフィールド。対してこちらは、雷と氷。
「多発される落雷の威力は弱い、だけど一点集中のものは発動までに時間がかかるから引きつける必要がある……」
私のサポートをする分、レカムさんの背後は隙だらけ。早めに切り上げないといけない。剣に乗り、海面を渡る。未だ姿を見せない夢喰に、焦りを感じた時海が一層激しく光出した。
――グォォオオオオ!
真下の海面が激しく波打つ。びりびりと肌にまで感じるほどの殺気。月よりも眩しいその海面から、遂に魚影が浮かび上がった。
「そうだよ、そうこなくっちゃ」
身をかがめて後方へ飛べば、雄叫びを上げながら上がってきた鮫。私一人丸呑みできてしまいそうなほどの大きな口には、刃のような歯が並んでいる。本来の大きさよりも明らかに巨大化している体。ぎらりと此方を見る眼は、理性を失ったように赤紫の光に飲み込まれているようだった。
「グォォオオオオ!! シャァアア!」
「……わ、危ない。でも速さは私の方が上かな。攻撃も粗がありすぎる、戦闘経験はなさそうだね」
吹き飛んでくる水の刃は、一心不乱に投げられているのか隙が多い。けれど交わすだけでは私の回避速度が落ちて、凄まじい勢いで向かってくる鮫に食われてしまう。
だからといって、行動パターンが読めない状態で仕掛けるのは無謀。可能な限り、陸に近づけたいけれど夢喰の標的がレカムさんに変わったら厄介だ。
「シャァアア!!」
「っ頭をあげた時、刃が生まれるんだね。そっか、ふーん」
つまり最初の攻撃から次の攻撃まで、僅かな間がある。それまでの間は、物理的な攻撃のみ。
「でも変だな。あの殺気のわりには、動きが悪い。レカムさんの雷による痺れかな?」
なんて考えつつ、鮫が胴体を打ち付け波を作り出すと同時に飛んでくる刃。軽く交わせば、それはひたりと闇を垂していく。その間を潜り抜け空へ飛ばした剣に飛び移り、私は夢喰のしっぽに向かいもう片方の剣を振りかざした。
銀色の三日月が海面に反射し、宙へ舞う大きなしっぽ。切り口からは氷が侵食していき断末魔と共に鮫は静かに浮かんだ。
「……この程度なの、夢喰が?」
それにしてはあまりにも呆気なさすぎる。
警戒は解かず、少しの間様子を見ようと息をついたその時だった。
「カランちゃん、避けて……!」
頭上から、スミレくんの声が聞こえた。
咄嗟に振り返れば、刃とは違う真っ黒なシャボン玉――否、皆が言う水泡がすぐ傍にまで来ている。
(まだ、この距離なら交わし切れる……けど)
水泡に映る自分のすぐ側で、何かが動き始めた。
「……っ、やっぱりまだ意識が!」
龍との交戦中のスミレくんは怪火を飛ばしてくれるけれど、落下速度は水泡の方が速い。ダメだ、間に合わない。
「こ、んのっ!」
身体を捻り、迫り来る水泡を剣で切り裂く。その間一髪で避けた背後で、鮫は口を大きく開けた。その口の中には、刃ではなくあの水泡が膨らんできている。
(嘘でしょ。捕食じゃなくて、この至近距離から遠距離攻撃……!?)
想定外の動きに思わず出てくる小さな悲鳴を飲み込んで、崩した体勢を戻そうとするけれど、それより先に夢喰鮫は水泡を飛ばした。
(氷魔法を……ダメだ、スミレくん達との約束を破ることになる。でもここで食らったらレカムさんとの約束がっ)
巡る思考、遅れる判断。
視界がゆっくりと見えて、せめて受け身を取ろうと瞼を閉じた時眩しい光が視界を真っ白に染め上げた。
「すまない。助けるのが少し、遅くなってしまったね」
潮よりももっと優しい、太陽の香りが鼻をかすめる。覚悟していた痛みはなく、背中から温もりが広がっていって。思わず閉じた瞼を開けた時、足元には白目を向いた鮫が浮き上がっていた。




