23話 皆の隠し事
「んぐっ、んん〜っ」
「おぉ、動いてる動いてる。ダメだぞ〜お兄ちゃんがこーんなに近くにいるのに、よそ見するなんて。そろそろ、寂しくて泣いちゃうかもなー」
お布団に包めるように、カキラのロングマントはぐるぐると私を巻いていく。あまりの近さに視界は、白から黒へ。石鹸の香りも一層強く感じた。
抜け出さなければ、危機管理能力が働き足を少しずらしてはたと気づく。カキラは、抵抗すればするほど喜ぶんだったと。ずらした足をゆっくり戻し、念の為林檎のペンダントを確認。
「……あれ?」
何か、色が違う。
マントで影になってるから? でも、赤からも遠いしあの夕焼けに染まる海みたいな渦もない。どちらかと言えば、夜空が染める薄紫みたいな。
んー? と首を傾げて、もう少しよく見てみようと目の前まで持ち上げれば、大きな手が首を撫でてそのまま肩にポンっと置かれた。
「カラン?」
「わっ、わっ……なんでもないよ」
「そっか、ふぅん」
無に近い声色。み、見られたかなと振り返れば、カキラは空を見あげていて眠そうに瞼を閉じた。のしっと、頭に重しがかかって「うぇ」と情けない声が溢れる。早くペンダント隠したいのに、カキラの腕が邪魔で仕舞えないしどうしたものかと肩を竦めれば「はぁ!?」と荒らげた声が飛んできた。
「オレがこんっなに、必死こいて作物育ててんのに何してんすか!? ちょお、ありえないんすけど! 手伝ってくださいよー」
「そこにカランが居たから捕まえてるだけで。俺は水やり以外、やること特にないし。虫退かしてやっただろ」
ぐるっと振り返ったトマさんは、真ん丸なお目目を更にかっぴらいて私を見る。すぐ側で蝶々は楽しげに踊っているのに、気づいていないのか悲鳴を上げることなくズンズンと近づいて口を開いた。
「白雪ちゃんも少しは抵抗したら!? このままじゃおにーさんのこと、殺しちゃうんすよね!? ……あ」
「……おートマ、この時期の海はまだ冷たいが大丈夫か? 脱水嫌がってたし、水分増量でも俺は別にいいけど。どっちがいい? 選ばせてやるよ」
「ま、まっ……! レカム様ー! レ、レカム様ー!」
真っ青な顔で脱兎の如く逃げ出したトマさんを、追うことなくカキラはパッと抱きつく腕を解放してくれた。怒涛の勢いで展開された会話に、入る隙もなくって。ただ、どくんと心臓が嫌な音を立てた。
(今、トマさんはなんて言った……?)
このままだと、私がカキラを殺すと。そう、言っていたはず。そして、あの怯えた顔。明らかに口封じされていた反応だ。
身体を包んでいた温もりは、風と一緒に消えて胸の奥が嫌に冷える。吹き抜く風が、この疑心をカキラに送ったみたいに、優しい海の眼が私を見つめ返した。
「そうだなぁ。カラン、今なら一つだけお兄ちゃんがなんでも教えてあげよう。ただ一つだけ、な」
静かなこの空間に、合わないくらい優しい声。
先程まで何も無かったその畑に実る作物は、陽の光を浴びて色鮮やかなのに。どこが冷たく感じた。
「それって、裏を返せばまだ私に隠し事たくさんしてるってことだよね」
「さぁどうだろうな。それを質問と捉えていいなら、教えるけど。最優先の質問がそれでいいのか?」
パチンと真っ赤なトマトを切っては、籠に入れていく。同じ作業を淡々とこなすカキラは、子守唄を聴かせるように鼻歌を歌って。急かさずに、待ってくれた。
(何を、聞けば最適なんだろう)
確信に近い疑問を聞くのはもったいない。
トマさんのあの言葉が私の『呪い』を指すものだったら。皆は、私に惚れられたら滅ぼされることを知っていることになる。それに、よく考えたらこの屋敷にここまで人が滞在しているのもおかしい。
スミレくんは、確か『魔女の毒林檎を食べた私が、永遠の眠りついたこと。三年以内に呪いを解かないと二度と目覚めないこと』を知っていた。そして、出会ってすぐに「誰にキスされたの?」と言ってきた時点で、私がキスで起きることは知っていたはず。
「えっと、もしかして皆呪いの内容知っ……」
「カランにとって、それが最適解の質問? なら、俺は答えちゃうけど。受け取り手が自由に解釈出来るあやふやな問いは、おすすめ出来ないなぁ」
「ま、まって今のなし! 待って……待ってね」
たしかに、カキラの言う通りだ。
今の質問だと、はいかいいえで終わってしまう。もっと具体的に、確実なものじゃないと。とりあえず、今までの事を振り返ろう。
スミレくんは、呪いの一部の内容をミカゲから聞いたと言っていた。そんなミカゲは、私の代役で来た白雪から得られた情報は信ぴょう性に欠けると。あの時の会話を思い出すのは怖いけど、ヒントがあるかもしれない。
頭に乗るしらたまちゃんを取って、にぎにぎしながら息を吐く。
(一個の質問で多くの情報を確立させないと)
ミカゲは信ぴょう性の足りない内容と整合性を取りたくて質問を繰り返していた。でもあの質問は全て、私が呪いを解く方法を知っている前提のもの。知らないと嘘ついても、「誰になら言える?」と鎌をかけられた。でもこの時点で既におかしい。
永遠の眠りについた私が目覚めている時点で、普通は『解呪されている』と思うはずだ。
「お、黄金のトマトだ。土属性が育てる作物はやっぱ、質がいいな。ハリもあるし」
「んみゃ〜」
「カランまだ考えてるのか。あはっ、小さい頭で頑張るなー。もう少しゆっくり取っていくか」
手の中から抜けたしらたまちゃんは、カキラの元へ飛んで輝くトマトの上に乗っかった。早く二人の輪に入りたいけど、その為にもさっさと答えを見つけないと。
そもそも『永遠の眠りについた白雪が、三年以内に呪いを解かないと二度と目覚めない』という内容だけしか知らないのであれば。本当に、それしか知らないのであれば、ミカゲがあの質問をする意味がわからない。ここに滞在する理由も。
(仮定しよう、皆が本当の解呪法を知っていることを)
そう決めてしまえば、空を飛ぶカモメの声が遠くに聞こえた。いやに喉が渇いて、ごくりと唾を飲み込む。
──その仮定を踏まえて、的確な質問をしなければ。
あの二人は呪った人、願った者を知らない。つまりそれを問う必要はないから……。気になることはあと一つだ。
一歩足を前に出し、深呼吸を繰り返す。お互いの影が重なって息すらも交わるその距離で、逃げ場を無くすように私はカキラの手を掴んだ。
「……私に滅ぼされる覚悟を、どうして皆は持ってるの? はぐらかさないで、教えて」
これで『滅ぼす』という言葉にカキラが疑問を抱かないのであれば、私の仮定は確定となる。そして、同時に皆の考えが分かるはずだ。
我ながらなかなか良い線行っていると、ニヤける口角を頑張って下げる。さぁ、なんて答えるのかなと目だけ上に向ければ、カキラは海の眼をまん丸に見開いて笑った。
「それは、俺の口から言うのは野暮じゃないか?」
「えっ」
「まぁ、そうだなぁ。その質問は俺からしたら何処まで解釈して返せばいいのか、分かんないけど。……一言でまとめるなら」
「ま、まとめないで! ちゃんと話してよ!」
一言でまとめられないように、複雑解釈の質問を考えたのに。まとめられたら困る。掴む手に力が入れば、ぴょんとその手にしらたまちゃんが乗っかった。
「みゃ」
「そうだよ、しらたまちゃんもなんか言ってカキラに」
「んみゃー」
そんな縦に伸びても怖くないけど、可愛いからいっか。私もなけなしの威厳で圧をかけようとつま先立ちすれば、カキラは明後日の方向に目を向けて口を尖らせた。
「トマはただレカムに引っ付いてきただけだけど。大体の奴らは大切な子に好きになって貰えた瞬間、滅ぶことができるなら本望なんじゃないか?」
「えぇ……なんで」
「両想いという最高の幸せを得た瞬間に自分は滅ぶ、同時にその子が救われるなら男冥利に尽きるだろ?」
ぜ、絶句だ。
よく分からないけど、せっかく想いが通じ合ったなら生涯一生一緒に居たいものなんじゃないのかな。そんな、せっかく好きになって貰えた瞬間、その子を置いて自分は同じ未来を共に歩めないなんて……私なら絶対嫌だけど。
「カキ、カキラもそういう考えなの?」
「俺? まぁ少しはそっち寄りの思考だけど、どうせなら一緒に……。あーいや、うーん。カランにはちょっと早いかなー」
「でもそしたら、レカムさんは辻褄が合わないよ。私レカムさんに命かけてまで守られる義理なんてどこにもない」
百歩譲って、スミレくんとミカゲは心配性だから分かる。それはカキラも然り。でも、それならあの日出会って少し話しただけのレカムさんはどうして?
質問の中の対象者は『皆』と私は言った。だからこれにもきちんと答えてもらわないと困る。お願いと、袖を引っ張ればカキラは肩竦め珍しく眉を下げた。
「困ったな、さすがにそこまでは俺も言えな……」
「さっき教えてくれるって言った!」
「言ったけど、プライバシーがあるだろ? アイツにもアイツなりの矜恃があるし、正直俺もあんまり理解はできてない。ただまぁ、平たく言えば……償い?」
償われる覚えもないけど、それよりあのカキラと全然目が目が合わないなんてすごい。本当に分からないんだ。カキラにも分からないことってあるんだ。いやでも、そんなことよりレカムさんのあの人柄で『償い』なんて想像できない……。
カキラに対する妙な親近感と、増える疑問。それでもさすがにこれ以上聞くのは、知りすぎて後に引けなくなる気もしてきた。
掴んだ手を離して、「ありがとう」と笑えば大きな手が頭を撫でて頬に触れる。そのまま首を伝って、鎖骨の辺りで止まった。
話は終わったのに未だ交わらない視線。見上げる私に目もくれずに影が落ちたその海の眼は、どこが一点を見つめていた。
「それで、カランのこれは何? 俺、こんなのあげた覚えないけど」
「あっ」
指先で転がされるそれは、硝子の林檎。私の、今の心境を表す呪いの林檎だ。
たらりと冷や汗が背中を伝う。何か、何か言わなければと口を開けてもそれらしい言葉が浮かばない。終わった、詰んだ。完全にエサを求める魚みたいに口をパクパクさせることしか出来ない。
「おかしいなぁ、カランは俺があげたものしか付けない子だったのに。いつそんなに、親しい相手が出来たんだ?」
「え、えっと」
「どうしても俺に言えないなら、ミカゲでもいいけど」
そう言われて過ぎるは、あの恐ろしいお昼の尋問。ぶるっと身震いして、一歩後退れば大きな一歩が足の間に入ってきた。飲み込むように私を覆う影、震える喉。
「あっ、あっ……」
困った、今度は私の逃げ場が塞がれた。せめてもの抵抗で首を横に振るけれど、カキラの笑みは深まるばかり。ミカゲかスミレくんあたりがいつもなら駆けつけてくれるけど、二人の気配は全くないしもうダメだ。
カキラにイリウの存在をもう話すしかないのかな。そう目を瞑ろうとした刹那、白い物体が視界の端で動いた。
「みゃっ! んみゃ!」
「おぉ、活きがいいな。ただ、今は俺の邪魔しないでくれるか? カランのペット痛めつける趣味は、さすがにないからさ」
「んみ〜〜!」
しらたまちゃんだ!
あのカキラに向かって、小さなしっぽをぺちぺちとぶつけている。一ダメージも入っていなさそうだけど、それでも諦めず威嚇まで……!
白旗を上げようとしていた心は、勇敢なる姿を見てやる気を取り戻してきた。
(まだイリウの話はするわけにはいかない。スミレくん達にも後でと言ったからには、きちんと自分の中でケリをつけてから話したい)
それにスミレくんもミカゲも、そしてカキラも敵と見なしたものには厳しい。少なくとも、私の中でまだイリウが完全な悪と認識できていない今、私情を挟んで有耶無耶な話をし流される事態は避けたい。
えいえいと必死に戦うしらたまちゃんを横目に、ゆっくり息を吐いて顔を上げた。
「後でがいい! 後で、話すから!」
「後回しか、まぁいいか。約束できる?」
「する、はい小指」
ぴこっと右手の小指を立てれば、巻き付くようにきゅっと絡みつくカキラの小指。一度は逃げれたけど、多分次はないだろうな。だけど猶予が与えられただけ良かったかもしれない。
指切りげんまんをすればカキラはしらたまちゃんを摘んで、私の頭の上に置いた。
「それじゃ、俺は収穫したもの閉まってくるから。またな」
「あ、待って私もてつだ……」
う、と言いかけたその唇に触れる人差し指指。
不意に吹き込んだ風に背を押され目を丸めた時、頬に柔らかい何かが触れた。
「――密室で俺に惚れない自信があるなら、おいで」
吐息混じりに耳元で囁かれた言葉。そこからじんわりと熱が身体に回るように熱くて。
「〜〜っ! レカムさんのとこに戻るから!! またね!」
唇が触れた頬を抑えながらそう吐き捨てた私は、後ろでカラカラと笑うカキラを無視して、全速力でレカムさんがいる食堂へ向かった――。




